夢魔はじめました。

入海月子

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先のことは先のこと

夢魔はじめました。

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 取りあえず、ルシードが買ってきてくれた服に着替えることにする。

 ちなみに、ここはシュトラーセ教国の宿屋で、私が意識を失った後、ライアンがここまで運んでくれたそうだ。
 荷物は森の中に置いたままだ。
 取りに行くより、先に進むことにしたらしい。
 着替えもなにもないから、ルシードが私の服を買いに行ってくれてたんだって。

 私が着替える間に、ルシードは自分の部屋に戻って、ライアンはご飯を食べに行った。

 着替えながら、ひとりでカアッと赤くなる。

 ライアンが好きって言ってくれた!
 一番大切だって。
 夢みたい……。

 あの時の真剣な表情、愛しげな眼差しを思い出して、キュンとする。
 ワンピースを握りしめて、身悶えてしまう。

 私も好き。本当に好き。どうしようもないほど好き。

 さっき、ルシードが来なかったら、あのまま抱かれてたのかな?


『夢魔と人間の生きる時間は違う』


 ふいにルシードが言ってた言葉が蘇った。
 もし、私が人間に戻れなかったら、ライアンとはひと時の恋人にしかなれない……。

 浮かれてた気持ちに冷や水を浴びせられたような気がした。

 その時、私はどうすればいいんだろう?

 ベッドに座り込んで、ぼんやりしてると、帰ってきたライアンが飛んできた。

「エマ!どうしたんだ?どこか調子が悪いのか?」

 抱きしめられて、顔を覗き込まれる。

「ひとりにするんじゃなかった……」

 その目を避けるようにライアンに顔を擦りつけて、「なんでもありません」とつぶやいた。

「なんでもないって顔じゃなかったぞ?不安そうだった。なにがそんなに不安なんだ?言ってみろ」

 ん?と優しく首を傾げるライアン。
 でも、言っても仕方ないことだからと首を振る。

「俺に言っても解決しないことなのかもしれないが、お前の不安を共有させてくれないか?ひとりで不安にならないでくれ」
「ライアン………」

 心を尽くして私を慰めてくれるライアンに胸が詰まった。
 ついぽろりと言ってしまう。

「人間に……戻れなかったら、どうしようと思って」

 言葉と一緒に涙もこぼれてしまう。
 それを指でそっと拭ってくれて、ライアンは元気づけるように微笑んだ。

「エマ、こないだ言っただろ?俺は夢魔のままでもいいんだ。問題になるのは10年以上先の話だろ?そんな先のことはその時考えればいい。もしかしたら、その頃にはとっくにエマに愛想を尽かされてフラレてるかもしれないし」

 おどけたようにライアンが言う。

「そんなことないです!私がライアンを振るなんて!」

 勢いよく否定すると、彼は甘い瞳になり、私の頬をなでた。

「エマは、俺とずっと一緒にいることを考えてくれてるんだな……」
「あっ………」

 そういえば、勝手にそう思って不安になってたけど、そんなことを思う間もなく振られることだって……。

「ないよ。俺からエマを離すことはない」

 思考を読んだように、ライアンが言った。

「俺は、俺と一緒にいられないかもと不安になって泣いてるエマがすごく愛しい。離したくない。というより、離せない。俺の人生にエマがいないのはもう考えられないんだ。だから、お前がそう考えてくれてるのが、すごくうれしいよ」

 畳み掛けられる甘い言葉に、蕩けそうになる。
 そうね、離れないといけなくなるとしても、ずっと先のこと。
 今はこんなに愛されてるんだからいいじゃない。
 今から不安になることないわ。

 心の凝りが解けて、私は微笑んだ。

「私もライアンがそう思ってくれてて、うれしいです」

 私達は微笑み合い、唇を重ねた。
 離したくなくて、離れたくなくて、舌を絡め合う。



「っ!そろそろ出かけないと……」

 名残り惜しそうにもう一度キスをして、ライアンが言った。

「これから、シュトラーセ大神殿に向かう。エマはどうする?疲れているだろうけど、できればついてきてもらった方が安心なんだが」
「ついていきたいです」

 シュトラーセ教国は、国と言いながら、大きい街の大きさしかなくて、パラド教皇はその中心のシュトラーセ大神殿にいるらしい。
 ようやく親書を教皇様に渡せるのね!

「それじゃあ、出かけよう」
「はい!」
「悪魔教の連中はあれで全部だと思いたいが、油断はできない。俺から離れないでくれよ?」

 そう言って、手を繋がれた。
 私はちょっと緊張しつつ、外に出る。

 朝の街は、人通りが多くて、危なげない雰囲気だ。
 巡礼に訪れたような人や真っ白のローブを着た聖職者っぽい人が多い。
 旅行客を目当てにしているような店も多くて、とても賑わっている。
 食べ物を売ってる屋台もそこら中に出ていて、いい匂いをさせていた。

 ライアンがモツ煮のようなものを売ってる屋台に気を取られていて、くすっと笑う。

「食べてもいいですよ?」
「いや、食べたばかりだし、後にする」

 まぁ、確かに教皇に会いに行くのに、モツ煮はないよね?

「そういえば、教皇なんて偉い人にすぐ会えるんですか?」

 日本で言えば、総理大臣にアポなしで会おうとしてるぐらいハードル高いと思うんだけど。

「普通は会えないだろうな。だけど、親書と身分を証明する手形を持ってるから、繋いでくれると思う」
「やっぱりそうなんですね」

 しかも、こないだライアンは近衛隊長だって言ってた。
 実はライアンも偉い人なのかも。
 それがどれくらいの地位なのか、感覚がわからないけど、王子様の近衛隊長というのは結構上な気がする。
 平民の私からしたら雲の上の存在なのかもしれない。

 そうして歩いてる間に、シュトラーセ大神殿が見えてきた。
 塔が五つ聳え立っていて、細やかな彫刻に覆われた壮麗な建物だった。

「立派な建物ですね」
「そうだな。俺も初めて見た」

 二人で眺めていたら、「隊長!」と後ろから呼びかけられた。
 振り返ると商人風の若い夫婦がいた。

 隊長って、ライアンのことよね?
 彼の知り合いかな?
 そう思ったけど、ライアンも訝しげな顔をしている。

「あぁ、失礼いたしました。私です。アスランです」

 そう言うと、商人の格好をした姿が一瞬で、銀髪の美人さんに変わった。
 美人と言っても、男の人だ。
 でも、細面で涼やかな翠の瞳のその人は、中性的で美しかった。

 そして、その隣には、目が大きくてくりくりでかわいいショートカットの女の子が寄り添っていた。

「アスランか!よく無事でここまで来れたな」
「隊長こそ!ご無事でよかった。昨日の落雷は隊長でしょ?隊長が悪魔教の奴らを惹きつけてくださってる間に、私はすんなりここへ入り込むことができました。擬態がバレなくて助かりました」

 あっ、銀髪って、生き残ってるという仲間の騎士の?
 あんな風に自分の姿を変えられたら、追手も簡単に撒けるわよね。
 本当に魔法って便利よね。
 使える人は限られるみたいだけど。

「それにしても、堅物のお前が女連れとは意外だったな」

 ライアンがチラッと女の子を見ると、アスランと言う人は素っ気なく言った。

「いえ、この子は行きがかり上しょうがなく……」
「しょうがなく……」

 彼女が目に見えて、しょぼんとした。
 小動物系で、女の私から見てもかわいくて、思わず慰めたくなる。

「いやっ、しょうがなくではなく、成行で……」
「なりゆき……」

 焦ったように彼が言うのを復唱して、ますます落ち込んでいく彼女。
 大きな目がウルウルしている。

「あぁーっ、もう!………私の大事な子です」

 観念したように、アスランは彼女の頭を胸に抱きかかえた。
 わー、この人、ツンデレだ!
 初めて見た。
 リアルツンデレ。

「そうか、お前にそんな子ができるとはな」

 ライアンがニヤニヤと笑った。

「私のことはいいんです!隊長こそ、その人は?」

 私達が繋いでる手を見て、アスランは反撃してきた。
 ライアンはまったく慌てず、私の肩を抱くと、見せつけるように頭にキスを落とした。

「俺の恋人だ。かわいいだろ?」

 こ、恋人!?
 想いを確かめ合ったんだから、そうかもしれないけど、改めて言われると、恥ずかしい。

 私は真っ赤になった。

「隊長ってそんなキャラでした?」

 呆気に取られたようにアスランがつぶやいた。

「それはそうと、シュトラーセ大神殿に行くんだろ?」
「はい。ようやくですね」
「そうだな。行こう」

 そうだ、あと少しでライアン達の任務が終わるのよね。

 歩きながら、お互いを紹介し合って、先に進む。
 そのうち、ライアンとアスランは情報交換を始めた。
 アリード王子のことを心配そうに話している。

 と、いきなり肩を引き寄せられて、ライアンの後ろにかばわれた。

 ジュッ……!

 カン、カーン

 飛んできた矢が消滅して、ナイフのようなものがライアンとアスランの剣に弾かれた。

「追うな!親書を渡せば俺達の勝ちだ」

 足を踏み出しかけたアスランをライアンが止めた。
 頷いたアスランは剣を収めた。

 足早に大神殿に向かう。
 もう目と鼻の先だ。

 後ろを警戒しながら、実際、なにかの攻撃を弾きながら、最後は入口に駆け込んだ。

 ライアンは入ってすぐにいた聖職者を捕まえ言った。

「グランデルブルク王国の近衛隊長ライアン・シールドだ。アリード王太子の親書をお持ちした。パラド教皇にお目通り願いたい」

 それと同時に身分証明の手形らしきものを提示した。
 突然のことに、驚いていた聖職者も内容を聞くと、表情を改め、こちらへと内部に通してくれた。

「こちらで少々お待ち下さい」

 控え室のような部屋に通されて、聖職者は出ていった。
 手形は確認するためか、持ち去られた。


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