夢魔はじめました。

入海月子

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ルシードと

夢魔はじめました。

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 ライアンの後ろ姿が見えなくなっても、見つめていると、ルシードが「あいつなら大丈夫じゃない? 敵は遮るものがないところにいて、こっちは森の中だし」と言ってくれた。

「そうですね」

 私は頷いて、川辺の岩に腰かけた。
 ルシードもそばの岩に座った。

「それにしても、ずっとここにいないといけないなんて、暇だね」
「確かに、こうしておしゃべりするしかないですね」

 ふとルシードにずっと聞いてみたかったことがあるのを思い出した。
 言い出そうかどうか迷っていると、ルシードが笑って、「なにか聞きたいことがあるなら、どうぞ?」と言った。

「ルシードは元は人間だったと言っていましたよね?夢魔になった時のことを覚えてますか?」

 思いきって聞いてみる。
 前に若くして死にかけた時に夢魔になったと言ってた。
 私と同じような状況だったのかな?
 ルシードも異世界から来たのかな?
 聞いたところでなにかが変わるわけではないけど、気になってたのだ。

「あぁ、僕は生まれた時から病弱で、死ぬ寸前に頭の中に声が響いて、気がついたら夢魔になってたんだ」
「私と一緒……。じゃあ、この世界とは違うところから来たんですか?」
「さぁ? そもそも僕は家から出たことがなかったから、外の世界はどこも馴染みがなかったし。でも、習った地理も歴史も通用しなかったから、異世界なのかな? エマも異世界から来たの?」
「はい。ここと全然違う世界です。夢魔もいないし、魔法もない世界だったんです」
「へー、そうなんだ。じゃあ、違和感半端ないね」

 目を丸くして、ルシードは私を見た。
 ってことは、ルシードの世界はこことあまり変わらなかったのかな?

「僕の方は常識的なことはあまり違わなかったから、特に違和感はなかったよ。どちらかというと自分の身に起きた変化の方が激しかったし。歩いても走っても苦しくないのが不思議だった」
「じゃあ、夢魔になってよかったと思いました?」
「うん、すべてから自由になれた気がしたよ」

 彼は言葉とは裏腹に苦い表情を浮かべた。
 人間の頃はつらかったのかなとなんとなく思った。

「そんな話はいいから、もっと楽しい話をしようよ」

 あまり突っ込んでほしくなさそうだったので、私は頷いて、話題を変えることにした。

「んー、そうだ、ルシードはなんでお金を持ってるんですか?」
「あぁ、たまに暇つぶしに売り子とかをしているからね」
「えっ、ルシード、働いてるんですか?」
「いつもじゃないよ? ほら、僕はこんな見た目だから、カフェやアクセサリーショップなんかの女性客が多いところを手伝うと客寄せになって重宝されるんだ」

 確かに、こんな王子様みたいなウエイターさんがいるカフェなんて評判になりそう。
 応対もソフトな感じだし。

「そうだ!夢魔あるあるを教えてあげようか?」
「なんですか?」
「僕達は人間を惹きつけるようにできてるから、人間に執着されて迷惑することも多いんだ」

 身に覚えがあって、ドキッとする。
 やっぱり夢魔だったせいなんだ。

「……誘拐されそうになりました」
「あぁ、エマは小さくてかわいいもんね。拐いたくなる気持ちはわかる」

 大真面目に頷くルシード。
 小さいってこの世界に来てからよく言われるけど、160cmはあるんだけどな。
 ここの人達が大きいのよ。

「そういう時はどうするんですか?」
「君が馬車でやったのと同じ。魅了で自分の存在を消すんだよ」
「あぁ、なるほど」
「でもね、本気で惚れられたら、それも効かない」
「それじゃあ、どうするんですか?」

 私の問いに、ルシードはニヤリと笑った。

「ひたすら逃げるか、捕まるかしかないね」
「捕まる?」
「ひと時、恋人関係になるんだよ」
「ひと時?」
「うん、だって、夢魔と人間の生きる時間は違………あ、君はきっと人間に戻れるよ!」

 思わず顔を歪めてしまったのに気づかれて、ルシードが慌てて慰めてくれた。
 やっぱり夢魔と人間はずっと一緒にはいられないよね……。
 ライアンは夢魔のままでもいいと言ってくれたけど、一方が年を取っていき、もう一方が変わらないままだったら変だもんね。

「夢魔が年を取る方法ってないんですか?」
「ない、と思う……」
「そうですか……」

 落ち込む私の頭をルシードがなでてくれる。

「もし夢魔のままで、ライアンと離れないといけなくなったら、僕が一緒にいてあげるよ」
「ありがとうございます。優しいんですね、ルシードは」
「そういうわけじゃないよ……」

 私が感謝すると、ルシードは拗ねたようにそっぽを向いた。
 照れてるのかな?

「………なんか楽しくない話になったね。話を変えよう。今度はとびっきりのおもしろいやつ」

 ルシードは表情を改めて、今度はくすくす笑える話や自分の失敗談なんかを話してくれた。
 私の気分を変えるように。
 本当に優しいな。


 そうしてルシードと時間を過ごしている間に夕方になり、突然、空がピカッと光った後、しばらくして、ド、ドガガガッシャーンとものすごい音がした。

「落雷……?」
「あぁ、落ちたねー」

 雷……?ライアンなの……?

 その音は一回限りで鎮まり、一網打尽だったのを思わせた。

「あいつ、すごいな。自信満々だったはずだ」

 ルシードも同じことを思ったのか、鳥肌が立ったというように腕を擦って、つぶやいた。

「これでそのうち帰ってくるね。真夜中になりそうだけど」
「途中でちゃんと休んでくれるといいのですが……」
「無理じゃない?大急ぎで愛しい君の元に帰ってくるよ」

 ルシードはニヤニヤ笑い、私は頬を染めた。



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