夢魔はじめました。

入海月子

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ライアンの気持ち

夢魔はじめました。

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 毛布の中でもそもそと服を着て、ライアンの元に戻る。
 そして、隣に腰かけて、聞いた。

「手を試してもいいですか?」
「あぁ」

 ライアンは手を差し出してくれた。
 その大きな手を両手で握って、目を閉じる。

 精を吸う……。
 イメージする。
 ライアンの中の精気を集めて、手のひらから吸い上げる。
 触れている部分を目がけて、じわっとなにかが集まって来るのを感じて、ビックリして、手を放す。

 怖い……。
 あれが精気?
 すごい勢いで集まってきた。
 加減がわからないと、ライアンの精気を吸い尽くしちゃうんじゃないかと、怖くてたまらない。
 飢えてなくてこれだと、飢えてたらどうなっちゃうんだろうと自分が怖い。

「大丈夫か?」

 ライアンが心配そうに覗き込んできた。

「あ……はい。すみません。精気が集まってきたのはわかったんですけど、怖くって……」

 よっぽど怯えた顔をしていたのか、ライアンがなだめるように頭をポンポンと叩く。

「最初から無理しなくていい。少なくとも俺の方は今までと同じ補給方法でいいから」
「でも……」

 ルシードに何度も『やらしい』って言われた。
 本当にそうよね……。
 本来なら手から精を吸えるはずなのに、あんなことをライアンにしてるんだもん。

「アイツに言われたことを気にしてるのか?」
「だって、本当ならしなくてもいいことだったなんて……」
「でも、まだできないんだから仕方ないだろ?」
「そうなんですけど……」
「エマがもうしたくないなら、頑張って、明日までに手から精を吸えるようにならないとな。精気を感じられたなら、すぐできるようになりそうじゃないか」

 気軽に言うライアン。
 そう……だけど、できるようになったら、もう一緒にいる理由がなくなっちゃう。
 ライアンはそれでいいと思ってるのよね……。
 手から精をもらえるようになったらお役御免って言ってたし。
 私に付き添う必要がなくなるから、自由になれるもんね。

「ライアンは……」
「ん?」
「ううん、なんでもありません。頑張ります……」

 私が首を振ると、ライアンは「それじゃあ、風呂に入って寝るか」と言うので、お風呂の準備をする。

 ライアンがお風呂を見に行ってくれて、空いてたそうなので、二人でお風呂に行く。

 この流れはさすがに慣れた。
 銭湯に行ったと思おうと無理やり自分を納得させてる。
 もちろん、銭湯には男の人はいないけどね。

 淡々と脱いで、浴室に入り、身体を洗うと湯船に浸かる。
 ライアンも入ってきて、後ろから私を抱きしめるように座った。
 身体がすっぽりとライアンに包まれる。
 この体勢は恥ずかしいけど、幸せな気分になるから、実は気に入っている。
 こうしていられるのもあと少しだけど。

 私は彼にもたれて、残り僅かな幸せを享受した。



 お風呂を上がってから、ライアンの温かい腕の中で眠りにつく。

 今日はルシードに会って、なかなか衝撃的なことをいっぱい聞いたなぁ。
 手から精を吸うのを練習しないといけないけど、それができると同時にライアンとのお別れが待ってる。

 …………さみしい。

 目を開けて、ライアンを見ると、彼もじっと私を見ていた。
 彼はなにか言いかけたけど、結局言わずに、そっと唇にキスが落とされた。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

 私は目を閉じると、今度はそのまま眠りに落ちていった。




 急に寒気を感じて、目を覚ました。
 まだ、辺りは真っ暗で、夜中のようだ。

「ライアン……?」

 寒く感じたのは、横に寝ていたはずのライアンがいなくなっていたからだった。

「ごめん、起こしたか……?」

 ライアンはコートを羽織って、外に行く仕度をしていた。
 こんな真夜中に、どこに?

「ちょっと追手の様子を見てくる。エマは寝てろ。朝までには戻るから」

 私の頭をなでると、ライアンは部屋を出ていった。

 追手の数が減ったから、負けないとは言ってたけど、やっぱり私は不安で完全に目が覚めてしまった。
 このまま寝られるわけない。
 かといって、私にできることはなくて、歯痒い。

 ルシードが『接触している限り、夢魔は無敵だ』って言ってた。
 手から精を吸えるようになったら、私も戦力になるかな?
 でも、人を老人にしてしまう力なんて、私に使えるのかな……。
 せめて無力化するぐらいだったらいいのに。
 それもコントロールできるようになればいいのかな?

 ベッドでつらつら考えて待っていると、うとうとしてきた。



 カチャ……

 ドアが開く音で、はっと目覚める。
 ライアンがそっと入ってきた。

「ライアン!」

 私は起き上がって、駆け寄った。

「起きてたのか?」

 彼は、胸にしがみついた私を抱き止めながら、髪の毛をなでてくれた。
 今度は血の匂いはしない。
 怪我はしてないみたいでよかった。

 ライアンはコートを脱ぐと、ベッドに腰かけ、私を膝に乗せた。
 私はまた彼に抱きつく。
 彼の身体は外気でひんやり冷えていた。

「あと一人になった。もうそんなに警戒しなくていいだろう」

 そう言って、彼は出かけた後のことを話してくれた。

 目くらましに取った宿のそばに行くと、そこを見張っていた追手達を見つけて、姿を現して、襲ってきたところを返り討ちにしたそうだ。
 一人逃したのを悔やんでいたけど、何事もなく帰ってきてくれて本当によかった。

「人数がいるとやっかいだが、一人一人はそんなに実力はないから、もう安心して、シュトラーセ教国に行けるぞ?」

 えっ……?
 安心して?
 もしかして、私を気にして追手を排除しようとしてくれてたの?

「私……ついていってもいいんですか?手から精を吸えるようになっても?」
「エマは……ここで俺と別れたいのか?お前が俺から離れようとしているのはわかってはいるんだ」
「…………」

 だって、それはあなたに迷惑をかけないように……。

 私の頬を両手で挟み、視線を合わされる。
 ライアンの瞳が切なげに揺れた。

「さっきの感じだと、すぐにエマは手から精を吸えるようになるだろうし、ルシードの言う通りここに残って、恋人を見つけたら、人間に戻れるかもしれない。エマの幸せを考えると、俺はここで手を放すべきなんだろう……そう思った」

 別れたいわけない!
 ライアンから離れて、幸せになれるわけない!

 私はライアンの目を見ながら、首を横に振る。

 そうじゃないの……!

「だけど、俺はエマを手放したくない……。重要な使命の途中なのに、どうしてもお前を離したくないんだ」
「え……」

 ライアンは私の頬をなでて、私を見つめた。

「なぁ、ついてきてくれないか?逃げないでくれよ。俺にチャンスをくれ。使命を果たしたら、ちゃんと言うから。それまで時間をくれ……」

 え?
 えぇっ?

 離したくない?
 チャンスをくれ?
 ちゃんと言うって、なにを……?

 私……もしかして、期待していいの?

 ライアンと先があるとは考えたことなかった。
 そんなうれしいことがあるなんて。

 驚いて、目を見開く。

「エマ……?なにをビックリしてるんだ?」
「え、だって、ライアンが、私を……?」
「ちょっと待て。気づいてなかったのか!?お前、俺をなんだと思ってたんだ!ただの触り魔か?」

 ライアンががっくりとうなだれる。

「ご、ごめんなさい!だって、そんな都合のいい話……あるわけないって……優しくしてもらえるだけで、十分だって……」
「エマは、それで十分なのか……?」

 口角を色っぽく上げ、ライアンは私の額に、瞼に、頬に、唇の横に優しくキスを落とした。

「………これで満足か?」

 待っていた唇には与えられずに、思わずねだるように見上げてしまう。
 ふっと笑って、ライアンは耳許に口づける。

「………いじわる」
「こんなに優しくしてるのに?」

 そう言って、ライアンは髪から頬をなで、唇がそれを追っていく。
 確かに、その目も手つきも唇も甘く優しい。

「でも、いじわる」

 顎に手をかけられ、焦らすように、親指で唇を辿られる。
 口を開いたところで、噛みつくようなキスをされた。
 息ができないくらい深く吸われて、クラクラする。

「ついてこいよ……」

 彼の熱い視線に、操られるように私は頷いた。



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