夢魔はじめました。

入海月子

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二人の関係

夢魔はじめました。

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「エマ、聞きたいことはだいたい聞けたか?」

 ジロジロ遠慮なく私を見るルシードの視線を遮るように、私を毛布で包んで抱きかかえると、ライアンは聞いてきた。
 なんだか私、お父さんに抱っこされてる子どもみたい。

 ええっと……いろんなことで混乱していた私は、頭の中の聞きたいことリストをさらってみる。
 他になにかあったかな?

「あっ、瞳ですが、色が変わったりしますか?」
「瞳の色?エマは珍しく夢魔なのに黒いんだね。ん?ちょっと赤みがかってるの?」
「精で満たされてる時は黒くて、足りなくなってくると赤くなるんです。これって普通じゃないんですか?」

 へぇーとルシードはおもしろそうに瞳を輝かせた。

「そんなの聞いたことないよ。やっぱりおもしろいなー、エマは。これなら、魅了がなくても人間社会に溶け込めるね」
「満たされていれば、ですけど」
「補給タンクがすぐ横にいるからいいじゃん」
「そんな気軽にできません!」
「気軽にできない補給方法なんだ?エマのは」

 ルシードがニヤニヤ笑うから、この話題は変えよう。
 赤くなりながらも、気になっていたことを片っ端から聞いていく。

「吸いすぎたら、精気を返すってできるんですか?」
「えー、無理じゃない?やったことないけど。枯れちゃった花にいくら水をやっても元には戻らないでしょ?あ、枯れる前ならなんとかなるのかな?」

 ルシードは首をひねった。
 そっか、手を握って精を吸うっていうのができたら本当にいいんだけど、やっぱり吸いすぎたら怖いな。

「精を吸うコツってありますか?強弱つける方法とか?」
「んー、魅了と一緒で意志の力じゃないかなぁ。手を強く握るのと弱く握るのと感覚違うでしょ?」
「なるほど……」

 わかるようなわからないような……。
 自分が自然にできることを人に説明するのは難しいよね。
 ルシードは教えてくれようとしてるけど、やっぱりよくわからない。
 ストローで吸うのを考えたらいいのかなぁ。

「他に夢魔がいるところって知ってますか?特に女性の」
「たまに、ばったり会うこともあるけど、夢魔って一定の場所に居続けることは少ないから、今どこにあるかは知らないなぁ。僕だって、そろそろここも潮時かなと思ってるしね」
「そうですか……」

 女性に話を聞けたら、もっとアドバイスがもらえたかもしれないと思ったけど、そうはうまくいかないわよね……。

「思いつくのはこれぐらいです。ルシード、ありがとうございました」
「どういたしまして」

 私はいろいろ教えてくれたルシードにお礼を言った。
 彼はにっこり笑って、「お礼はキスで……」と言いかけて、ライアンの殺気に「冗談だよ」と引きつった笑いを浮かべた。

「じゃあ、もう解放するから帰れ」

 ライアンが手首の拘束を解いたようだ。
 そっけなく帰宅を促す。

「なんだよ、もっと話そうよ。つれないなぁ」
「もう夜遅いし、こちらの用は済んだ」
「えー、こっちからも質問させてよ」

 確かに一方的に質問するだけは不公平よね?
 私が頷くと、ライアンが顔をしかめた。
 だって、用が済んだらさっさと帰れっていうのはひどいよね?

「君達は旅の途中なのか?」
「はい。ライアンと……」

 シュトラーセ教国にと言いかけて、それを彼に言っていいものかわからず、ライアンを見上げた。
 彼は頷いて、答えた。

「シュトラーセ教国に行く途中だ」
「へー、あんなところまで行くつもりなんだ。なにしに?」
「言う必要はない」
「ふーん、内緒なんだ。ま、いいけど」

 聞いたくせに、どうでもよさそうにルシードは流す。
 そして、瞳を煌めかせて言った。

「で、二人は恋人なの?」
「違うな」

 ライアンは即答。
 うん、そうよね……。

 胸がズキンと痛む。
 バカね。当たり前のことを言われただけなのに。
 だって、心はあげられないって言われてたじゃない。

「じゃあ、どういう関係なの?」

 今度はライアンも黙り込む。

 私達はどういう関係なんだろう?
 私からしたら、ライアンはご飯をくれる人、優しくしてくれる人、そして、好きな人。
 そして、ライアンは私をかわいがってくれてるだけ。
 それだけ……。

「………命の恩人だ」
「へー、だから、精を提供して恩を返してるって訳だ。抱くのを我慢して。へー、義理堅いね」
「別に義理でそうしてる訳じゃない」
「恋人じゃないなら、そのうち手を離してあげなきゃね?」
「は?」
「だって、エマは好きな人を探して、セックスして、人間に戻りたいみたいじゃない?君がいたら、恋人なんて作れないじゃん」
「……………」

 ニヤニヤ、ニヤニヤと意地悪そうに笑うルシード。
 ライアンが腕の中の私を見て、考え込んだ。 

 ちょっと待って。
 その言い方だと、私がまるでライアンに囚われてるみたいだわ。
 全然違う!
 でも、彼は迷ってる。

「ライアン……」

 私は手を離されるの?
 確かに、ライアンを離れて自活しないと、とは思ってた。
 けど、ライアンから手を離されることは考えてなかった。
 アーデルトに行ったら、他の人から精をもらえるようになったら、なんて考えていたけど、本当は全然そんな覚悟ができてなくて、動揺する。

 ふっとライアンが笑って、私の髪の毛をなでた。

「そんな顔をするな。お前が離れたいと言わない限り、離さないから……」

 離れたいわけじゃない。
 でも、離れないといけない日は来る。

 私はライアンを切なく見上げた。

「私が手から精を吸えるようになったら……」

 はっと目を見開いた後、ライアンは優しく微笑んだ。

「そうだな。その時は俺はお役御免だな」

 違う!
 私から解放してあげるのよ?
 心置きなく使命を果たせるように。

「ハハハッ 君達は本当に見てて飽きないなぁ。あー、楽しい!じゃあ、そろそろ僕、行くね。またねー」

 唐突に、ルシードはツバメになって、窓から出ていった。



 賑やかな彼が去って、私達は沈黙に包まれた。

「だいぶ目が赤くなってきた。補給するか?」

 しばらくして、ライアンがそう言って、キスをしかけて止まった。

「それか、手から試してみるか?」

 ライアンは私の手を取る。

 手から……。

「吸いすぎたら怖いから、まずは補給してから試していいですか?」
「もちろん」

 彼は微笑んで、口づけをくれた。
 舌と一緒に甘い唾液が入ってくる。

 手から精をもらえるようになれば、こうする必要もなくなるのね……。

 だんだんライアンのキスに夢中になってきて、気がついたら彼の首に腕を回していた。
 口を離してからも甘い余韻に浸っていると、「エマ……」とライアンの困ったような声がした。

 目を開けると、身体を覆ってた毛布がすっかり下に落ち、私は上半身裸になって、ライアンに抱きついていた。

「え、きゃあ!」

 慌てて、毛布を引き上げて、「ご、ごめんなさい!」と抜け殻のようになっている服のところに急いだ。

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