夢魔はじめました。

入海月子

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アーデルトの街

夢魔はじめました。

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 その後、私達は順調に旅を続けた。
 二日に一回の濃密な補給にも慣れてきた。
 うそ。
 全然慣れなくて、終わった後はやっぱり赤面してしまう。
 慣れてきたのは一緒のお風呂とライアンに触られることぐらいかな。

 慣れていいのかというのはさておき、フェラをしないといけない日は、お風呂から濃厚に触られるようになって、お風呂を上がって、ベッドに行くと、補給の前にいろんなところを弄られ舐められて、イかされるようになった。
 ライアン曰く、自分だけ気持ちよくなるのは不公平だということだけど、そもそも私の補給のためにしてるのにね。

 触れられるのはいいんだけど、イかされるのはやっぱり慣れない。
 特に、あの恥ずかしい声をあげてしまうのが……。
 ライアンは相変わらず「かわいい」を連発するけれど。


 船で川を渡り、いくつかの街を抜けて、いよいよ今日はアーデルト行きの馬車に乗っている。
 アーデルトでは、買い物や情報収集のために少なくとも二日は滞在する予定だ。
 お買い物も楽しみだけど、一番は、いると言われている夢魔の存在。
 うまく会えるかな。

 私がそわそわしていると、ライアンが笑って、髪をなでた。

「アーデルトに着くのは夕方だぞ?今からそんなに落ち着きを失くしてたら疲れちゃうぞ?」
「だって、いよいよ会えるかもしれないんですよ?ちゃんと会えるかしら?」
「会えるよ。こんなかわいいエマを狙わないはずがないからな」

 誰にとは言わずとも、ライアンはわかってくれた。
 私を引き寄せ、耳許でそう囁く。
 でも、その理由はどうかと思うけど。

 ロイドの夜から、ライアンは遠慮なく私に触れてかわいいと言うようになった。
 あれ、でも、かわいいと言うのは前からかも。
 スキンシップももともと多めだったし。
 全体的により多めになっただけかもしれない。



 二回の休憩を挟み、馬車はアーデルトの街に着いた。

 前におじいさんが大きい街だと言っていたけど、街の門からして大きく重厚で、それを抜けると、広い石畳の街道が続いていた。

 遠くの方には立派な時計台が見えて、瀟洒な教会のようなものも見える。
 街道沿いにはお店が立ち並び、店頭に様々な商品が並べられていた。
 道歩く人々の数も今までの街とは段違いに多い。
 交易が盛んというだけあって、とても活気のある街だった。

「賑やかだな」
「はい。お店屋さんもいっぱいありますね」

 こんな賑やかな街に夢魔がいるの?
 これくらいの規模の街だったら、もう一人夢魔が住み着いても大丈夫かな?

 ライアンが私を重荷ではないと心から言ってくれてるのは信じられるようになった。
 それでも、これからもずっと一緒にいられるわけじゃない。
 私は一人で生きる術を見つけないといけない。
 それは変わらない。

「エマ?なにを考えてる?」
「え?いろいろ話を聞けたらいいなって」
「一人で考え込むのは止めてくれよ?」

 ライアンが私を抱き寄せた。
 彼に身を任せながら、この温もりから離れないといけないと思うと、胸が痛くて、彼にしがみついた。

「あっ……」

 馬車の窓から外を見て、ライアンが声をあげた。
 そのまま外を睨んでる。
 今まで見たことのない険しい表情。

「どうしたんですか?」
「たぶん追手だ。なるほどな、シュトラーセ教国に行くには大概ここを通るから、先回りしていたのか」
「追手がわかるんですか?」
「散々追っかけられてたし、だいたい黒ずくめの格好をしてるしな。反対に言えば、向こうも俺を見つけやすい。馬車の中でよかったよ」
「気をつけないといけないですね」
「あぁ」

 ライアンは頷いて、私を抱く腕に力を入れた。



 馬車を降りて、案内人におすすめの宿を聞く。
 これほど大きな街だと闇雲に歩いても効率が悪いから。

 教えられた宿まで警戒しながら歩く。
 ライアンは顔を伏せ気味にしながらもピリピリして、周りを窺っているのがわかる。

 宿で部屋に荷物を置くなり、ライアンは「悪い、ちょっと出てくる。ここで待っていてくれ」と外へ出ていった。
 結界は張っていくから、ここは大丈夫だと言われたけど、私のことよりライアンのことが心配でならない。



 どうにもできずにやきもきしながら、待っていると、日がすっかり落ちて、暗くなった頃、ライアンは戻ってきた。
 どこかで買ったのか、フード付きの暗い色のコートを羽織っている。

 血の匂いがした。

「ライアン!どこか怪我でも?」

 私が駆け寄ると、フードを取ったライアンは破顔して、「俺のじゃない。大丈夫だ」と頭をなでてくれた。

「とりあえず、飯を食ってきていいか?腹が減った」
「もちろんです。ごゆっくり」

 ライアンが無事だったことに安堵して、私は椅子に座り込んだ。
 ふいに口づけられた。
 空色の瞳が優しく細められる。

 また、クシャっと私の髪の毛をなでて、ライアンは部屋を出ていった。
 優しいけど、どこかピリリとした雰囲気を身に纏っていた。

 今まではライアンも警戒はしていたんだろうけど、追手の姿はなかったらしく、こんな雰囲気じゃなかった。
 本当に追われてたんだ……。
 ますますライアンの邪魔をしてはいけないと思う。
 でも、もしライアンが怪我をしたら、私は治せる。
 彼が死を覚悟したような傷でも治せた。
 そんな事態になった時、私は彼のそばにいて治したい。
 私は付いていくべきなのか、そうでないのか、わからなくなった。



 しばらくしてライアンが部屋に戻ってきた。
 ご飯を食べて、ひと息つけたのか、さっきの張りつめた雰囲気は消えていて、いつものライアンだった。
 ホッとして抱きつこうとすると制止された。

「血がつくかもしれないから、ちょっと待て」

 ライアンはそう言って、コートを脱いで、服を着替えた。
 中に来ていた服は、確かに返り血なのか、べっとりと血がついていた。

 彼は着替えると、ベッドに座り、おいでと手を伸ばした。
 私は飛びつく。
 心配で心配でならなかったから、彼の無事を実感したかった。
 私を抱き止めて、ライアンは口づけをくれた。

「心配させたみたいだな」
「当たり前です!」

 ひしっと抱きついて、私は唇を尖らせる。
 そこにチュッとまたキスをして、ライアンは笑った。

「大丈夫だ。森の時は10人に囲まれて、なんとか反撃して逃げたんだが、あの時、半数は倒した。5人くらいなら簡単にはやられない」

 私をなだめるように髪の毛をなでてくれながら、ライアンは説明してくれる。

「それに、今日、馬車から見かけた場所に行ったら、あっさり追手を見つけたが、やはり残りは4、5人のようだった。わざと姿を見せて、追ってきたところを一人殺って、もう一人は重傷を負わせたから、残りのあの人数に負けることはない」

 そんなことをしてきたのね……。
 殺さないと殺されるんだろうけど、平和な日本で育った私には馴染みのない話だった。

「俺が怖いか……?」

 青い瞳が探るように見つめてくる。
 私は微笑んで、首を横に振った。
 そして、また抱きつく。

 倫理的にはどうかと思うけど、この人が無事であればなんでもいいと思った。

「こことは反対方向の裏町に誘導してそこで宿を取ってきた。今頃アイツらはあの宿を見張ってるだろう。夢魔のよく現れる場所を聞いてきた。ちょうどこっちの方らしいから、今のうちに夢魔を探しに行こう」

 夢魔!
 追手のことで頭がいっぱいで忘れてた!
 ライアンはちゃんと考えてくれてたのね。

 私は頷くと、ライアンはまたフード付きのコートを着た。
 私もフードをかぶると、ちょっとあやしい二人よね?

 外に出ると、ライアンにフードを取られた。
 彼はかぶったままだ。
 いつもと反対の行動に首を傾げると、「今日はエマを狙ってもらわないといけないからな。あんまり気は進まないが……」とライアンは言った。

 もう暗いから、街灯の灯りと食事処から漏れ出る灯りぐらいで、顔の判別とかできなさそうだけど。
 と思って、辺りを見回すと、意外と夜目が効くことに気づいた。
 今まで暗くなってから外出することはほとんどなかったから気づかなかったけど、これって夢魔の仕様かな?
 だとしたら、ここにいる夢魔も夜目が効くのかな?

 手を繋ぎながら、散歩というようにぶらぶらと賑やかな通りから、だんだん人影が少ない通りへと歩いていく。
 ライアンはコートを買った時に、夢魔の噂を聞いてきたらしい。

 でも、これで本当に夢魔は現れるのかしら?

 1時間くらい歩いたような気がして、ライアンに尋ねようと口を開いた時、急に肩を抱き寄せられた。
 芳しい香りがして、耳許で心地よい声が響く。

「綺麗なお嬢さん、僕と気持ちいいことして遊ばないかい?」

 え?

 隣を見上げると、キラキラ輝く金のウェーブした髪にひどく整った顔が私を見下ろしていた。
 そして、その切れ長の目には赤い瞳が嵌っていた。
 それはとても綺麗で、ライアンが正統派イケメンだとしたら、彼は妖しい美しさで、形の良い薄い唇をニッと歪めた。

 夢魔!?

 待ち望んでいたはずなのに、私は驚いて固まった。


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