夢魔はじめました。

入海月子

文字の大きさ
上 下
17 / 51
どうしよう……?

夢魔はじめました。

しおりを挟む
 私達は起きて、身支度を整えると、ライアンは朝食を頼みに行った。
 部屋に戻ってくると、ライアンは先に私に朝食を与えてくれた。
 相変わらず、彼のは甘い……。

 朝食を食べた後、宿を引き払い、街へ出る。
 馬車乗り場に行くと、昨夜は遅くていなかった案内人にライアンが尋ねた。

「シュトラーセ教国に行きたいんだが、そっち方面の馬車はあるか?」
「それだったら、あそこの馬車がルミーゼ行きだ。間もなく出発だぞ」
「ありがとう」

 教えられた馬車に急ぐ。
 今の時間に出発ってことは結構遠くまで行く馬車なのかな。

「二人乗れるか?」
「あぁ、空いてるよ。すぐ出発だから乗ってくれ」

 御者にお金を払って、馬車に乗り込む。
 半分くらい席が埋まっていた。
 ライアンは私を窓際に座らせてくれて、自らも横に座った。
 座った途端、馬車は動き出した。
 本当に出発寸前だったんだ。

 そういえば、なかなかアクセサリーを換金できないから、旅費をすべてライアンに出してもらってるなぁ。
 お金足りるのかな?
 大事な使命の予算があるのかしら?それとも個人のお金?
 なんとなくライアンの性格から後者のような気がする。
 そうだとしたら、なおさら自分で払いたい。
 でも、先を急がないといけないから、無理も言えないし……。

「この馬車に乗れてラッキーだったな。ひとつ街を飛ばせたぞ」
「そうなんですか?」

 ライアンは地図を取り出して、見せてくれた。

「レーベンがここだろ?ルミーゼがここだ。普通はレーベンからグルートの街経由でルミーゼに行かないといけないんだ。馬車乗り場に先に来てよかった」
「タイミングよかったですね」
「そうだな。でも、今日も遅くに到着するはずだから、たびたび補給した方がいいな」

 補給……ライアンは何気なく口にするけど、私的にはキスする宣言をされてるようで、恥ずかしい。
 頬の赤さを隠すように私はうつむいた。



 今日の乗客は、一人旅の人が多いようで、話してるのは私達だけで、後は目をつぶってるか、窓の外を眺めていた。
 若い人も私達ぐらいで、他はみんなおじさん。
 女性はひとりもいなかった。

 私も外を眺める。
 そこは見渡す限り荒野が広がっていて、たまに生えてる木も立ち枯れているようだった。

「そういえば、これから行くところって、暖かくなるんですか?寒くなるんですか?」
「だんだん寒くなるはずだ。途中で服を買い足さないと寒いかもな」

 地図の上に向かって進んでいっていたから、私の感覚では北に向かってるのかなって思ってたけど、寒くなるなら、やっぱりその感覚で正しいのかな?
 寒いのはあまり得意ではないけど、雪とか降ったりするのかな?

「シュトラーセ教国に着く頃には、雪の季節になるかもしれない。その前に着きたいな」
「雪……降らないといいですね」
「寒いのは苦手か?」
「はい。ライアンは平気なんですか?」
「騎士の鍛錬で、極限の暑さ寒さに耐えたり、不眠不休で動いたりさせられたからな。耐えるのはそれなりに得意だ」
「うわぁ、騎士って大変なんですね……」
「簡単になれたら騎士の価値がないからな」

 ライアンがさわやかに笑った。

 なんかすごいなぁ。
 孤児院もつらいところだったみたいだし、きっと騎士になるまでも相当な苦労があったと、何も知らない私でも容易に想像ができるのに、それを笑って済ませられる度量の広さに感心する。

 そんな風にぽつぽつとライアンと話していると、休憩所に着いた。
 いつもより大きなところのようで、何台かの馬車も停まっていて、お店屋さんっぽいところまであった。

「助かった。昼飯を買ってから馬車に乗るつもりが買う暇がなかったから、飯なしで過ごすつもりだったんだ」
「あれ、やっぱりお店屋さんなんですね」
「売り切れる前に買いに行こう」

 ライアンと一緒に馬車を降りて、お店へ行って、行列の一番後ろに並ぶ。
 みんな、買ってるのは、パンに野菜やお肉や魚を挟んだホットドッグのようなものだった。
 ライアンは、お肉のと魚のと二つ買っていた。
 それを持って、休憩所ではなくちょっと高台になっている場所に向かった。
 そこにもベンチがあった。

 高台から見下ろす景色は広大で壮観だった。
 思ったより高いところに来ていて、眼下は見事になんにもない赤茶けた荒野が広がり、遥か遠くに山が見えた。
 そういえば、途中からずっと登りだったな。

 その景色を見ながら、ライアンはご飯を食べて、「味見」と言って、途中で私に口づけた。
 いつもよりちょっと香ばしい。

 食べ終わってから、またキスをくれる。
 次の休憩がいつかわからないから、がっつりと彼のものを与えてくれた。

 ぽーっとなってる私の頬をなでて、「行くぞ」と手を取られた。

 馬車に乗り込むと、再び出発だ。

 ずっと同じ景色が続き、さすがに退屈してくる。

「ライアンはルミーゼに行ったことはあるんですか?」
「いや、ないな。ルミーゼは装飾品の加工で有名だと知識で知ってるだけだ。エマにもなにか買ってやろうか?髪飾りとか」

 そう言って、ライアンは私の髪の毛を指に絡める。

「だ、だいじょうぶです!」
「大丈夫って……」

 突然の提案に焦って吃った私をライアンはくっと笑った。

「遠慮するな。旦那が妻にプレゼントするのは普通だ」

 赤くなっている私に畳み掛ける。
 絶対からかいモードだ。

「これ以上余計なお金を使わせるわけにはいきません!」
「どうしてだ?かわいい妻に金をかけるのは当たり前だろう?」
「もう、ライアン!」

 暇だからって、私で遊ばないでほしい。
 悔しいからなにか反撃したい……。
 ライアンが焦りそうなことってなんだろう?
 うー、思いつかない。
 悔しいなぁ。

 しょうがないから話題を変えた。

「アーデルトはどんな街なんですか?」
「ん?アーデルトも行ったことはないんだが、交易が盛んで、月に一度、巨大な市が立つというので有名だ。そこに行けば大概のものが手に入ると言われている」

 へー、楽しそう!
 私の『市が立つ』というイメージは、テントが並んで、行商人におすすめを聞いたり、値切り交渉したりと会話を楽しみながら買い物をするというもの。
 フリーマーケットのような感じかな。

「あそこで防寒着を買うのもいいな。市が立つ時以外にも店は多くて、物価は安いらしいから」

 私が目を輝かせたのを見て、ライアンが笑った。

「女の子は買い物が好きだな」
「だって、見てるだけでも楽しいんです。だから、その時までにはアクセサリーを売りたいです」
「そうだな。じゃあ、ルミーゼで売った方が高く売れそうだ。その時間くらいは取ろう」
「ありがとうございます」

 アーデルトに行くのがますます楽しみになる。
 夢魔に出会えたら、聞くこともまとめておかなきゃ。




 その後、一回短い休憩があって、辺りが暗くなってきた頃、ルミーゼの街の灯りが見えてきた。
 そして、私は飢えていた……。
 休憩の時にちゃんとライアンの補給は受けていたのに。

「ライアン……」

 彼の袖をそっと引くと、ライアンが私の顔を覗き込んで慌てた。
 私の瞳が赤くなっているんだと思う。

 馬車の中も薄暗くなっていたのをいいことに、ライアンは私を抱き寄せ、フードで顔を隠して、キスしてくれた。
 甘い唾液が入ってくる。
 美味しい……けど、なにか足りない。

「戻らないな……」

 再び顔を覗き込んで、ライアンはつぶやいた。

「もう少しで着くから、宿まで我慢してくれ」
「はい……」

 ライアンにキュッとしがみつく。

 こんなことは初めてだ。
 このまま瞳が赤いままだったらどうしよう……。
 ライアンは先を急がないといけない。
 足手まといな私はここに残るしかない。

「大丈夫だ」

 泣きそうな私を抱きしめて、ライアンが力強く言ってくれた。
 そして、耳許でささやく。

「絶対置いていかないから」

 私は黙って首を横に振った。
 ダメ!そんなの!
 私はライアンの重荷にはなりたくない。

 もし瞳の色が戻らなかったら、ライアンに抱いてもらって、娼館に行こう。
 目をつぶって、目が見えないフリをして。
 彼以外だったら誰でも同じだよね……。

 でも、彼以外の人に触られて平気なのかな?
 そんな思いをしてまで生きる必要があるのかな?
 ライアンに最後に抱いてもらったら、前の世界で心残りだったすべてを達成するんじゃない?
 そうなったら、もういいんじゃないかな?
 そう思うとふと気持ちが楽になった。

「良くないことを考えてないか?ダメだぞ?」

 ライアンが諌めるように言って、抱きしめる手に力を入れた。

 そんな状態でルミーゼに着いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

高級娼婦×騎士

歌龍吟伶
恋愛
娼婦と騎士の、体から始まるお話。 全3話の短編です。 全話に性的な表現、性描写あり。 他所で知人限定公開していましたが、サービス終了との事でこちらに移しました。

処理中です...