夢魔はじめました。

入海月子

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素直な気持ち

夢魔はじめました。

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 途中短いトイレ休憩があっただけで、あとはひたすら移動していたのに、レーベンに着いた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 おじいさんや周りの人に挨拶をして、馬車を降りた。
 ペゴンで教えられた宿を探す。
 他の人は自分の家があるのか、宿がもう決まってるのか、さっさと去っていった。
 馬車通り沿いを歩いていくと、宿はすぐ見つかった。

「いらっしゃい。お二人ですか?」

 カウンターに退屈げに座っていた男の人が慌てて立ち上がった。
 この人がいとこかな?

「あぁ、パースの紹介で来たんだ。二人部屋はあるか?」
「パースの紹介か!よかった。今日は閑古鳥が鳴いてて、どうしようかと思ってたんだ。サービスするよ!二人部屋でも、でっかいベッドのある部屋でもなんでも空いてるよ」
「いや、二人部屋でいい」
「わかった!じゃあ、シャワー付きの部屋にしてやるよ」
「そんな部屋があるのか?」
「うちの売りなんだ!日頃は結構人気なんだぜ?」
「そうだろうな。じゃあ、そこにしてくれ」
「かしこまりました」

 彼はにっこり笑って、部屋に案内してくれる。

 初めて二人部屋が空いてたわね。
 物理的にでもそばにいたいと思ったのに……。
 ちょっと残念な気分になってしまう。
 こういう気持ちを伝えたらいいのかな?

 案内された部屋は、シャワー付きだけあって、どこか高級感漂ういい部屋だった。

「本当は割増料金取るんだけど、パースの紹介だし、空いてるから通常料金でいいよ」
「それは有難い。あと、部屋で飯を食べられるか?」
「あぁ、いいよ。今からかい?」
「そうだな。腹が減ったから、すぐがいいな。彼女はあまり食べないから、1.5人前でいい。おまかせで作ってくれるか?」
「わかった。できたら運んでやるから、くつろいでいてくれ」

 にぎやかな宿の人が去ると、私達は荷物を置いて、それぞれのベッドに座った。

「飯が来るまで時間があるだろうから、シャワーでもかかるか?」
「はい」
「じゃあ、先に使っていいぞ」
「ありがとうございます」

 なんとなく黙りがちになってしまうから、やることがある方が助かる。
 私は着替えを持って、シャワールームに行った。

 ずっと馬車に乗ってただけだから、さして汚れてないと思うけど、シャワーにかかるとスッキリして気持ちがいい。
 この世界って、お風呂とかシャワーとか普通にあるけど、どうなってるのかしら?
 日本みたいにありふれてるってわけでもないみたいだけど。

 金属とかプラスチックではない、石のようなボタンに触れるとお湯が出る。
 魔法なのかな?
 不思議。

 さっと全身を洗って、下着も洗うと、新しい服を着て、ライアンのところに戻った。

 ライアンはベッドに寝転がっていたけど、私がシャワー室から出てくると起き上がった。

「それ、洗濯物?乾かすか?」

 私が持っていたタオルに包んだ下着を見て、ライアンが言った。

「お願いします」

 私が頼むと「そこに置け」と言って、ジュッと乾かしてくれた。

「髪の毛も……乾かしてやろうか?」

 ためらいながら、ライアンが言ってくれたので、私は喜んで頷いた。

 彼のそばに行くと、また膝の間に座らせて、髪の毛を梳きながら乾かしてくれる。
 でも、身体がなるべく触れないようにしていて、なんだか切ない。

「あの、ライアン………」

 意を決して伝えてみようと思った時、コンコンとノックがあり、「夕食をお運びしました」と宿のお兄さんが入ってきた。

 彼は私達を見て、驚いた顔をして、トレーを落としそうになった。

「おっと、危ない………っていうか、奥さん、めちゃくちゃかわいいじゃないですか!さっきはフードをかぶっててわからなかったけど。フードかぶるなんて、もったいないですよ!」

 お兄さんの言葉に、私は赤くなる。
 未だにこの扱いは慣れない。

「あんたみたいなのが多いからだよ」
「あぁ、なるほど。確かに変なのも寄ってきそう………って、僕は違いますからね!僕はリンダ一筋ですから!……でも、奥さんが旦那さんと別れて僕を選ぶって言うなら揺れるなぁ」
「揺れるのか!」

 そんな軽口に、ライアンは渡さないというように、後ろから私を抱きしめた。

 お兄さんは「取りませんよー」と笑いながら、料理をテーブルに置くと、「それでは、ごゆっくり」と言って、部屋を出ていった。

 宿の人が出ていくと、ライアンは身体を離して、髪を乾かし終わると、テーブルに向かった。
 私は食べるわけではないけど、なんとなく向かいに腰かける。
 生理現象がないのは便利だけど、一緒に食事を楽しめないのはちょっとつまんないかも。

「少し食べるか?」

 ライアンが気を使ってくれた。
 私が頷くと、お皿に一口ずつ料理を取り分けてくれた。

「レーベンはリンゴが名産だから、この豚肉とリンゴの煮込料理が有名なんだ」
「そうなんですね。あ、美味しい」

 この組み合わせは初めて食べるけど、甘塩っぱくって、美味しかった。

「こういうの好きか?」
「はい。不思議な組み合わせですね」
「もっと食べ……いや、なんでもない」

 ライアンが勧めかけて、ハッとした。
 私はなんでもないフリをして、微笑んだ。

「食費がかからなくていいですよ」
「確かに、そうだな」

 私がちびちび食べている間に、ライアンはどんどん料理を片づけていく。
 気持ちのいい食べっぷりだ。
 1.5人前をあっという間に平らげた。

 男の人だなぁ。

 感心して眺めた。
 満足そうなライアンに笑みが浮かんでくる。

「エマ……少し話さないか?」

 ライアンがまっすぐな瞳で見つめてきた。
 その明るい空色の瞳に吸い込まれそう。
 私は魅入られたように頷いた。

 私達はそれぞれのベッドに腰かけて向かい合った。

「ライアン、私………」

 おじいさん達に言われたように、自分の気持ちを話さなきゃと思うものの、言葉が出てこない。
 ライアンは優しい目で私を見ている。

「あの……」

 なかなか言葉が出てこない私に、ライアンは「俺から先に言っていいか?」と言った。
 もちろんと頷くと、彼はじっと私を見て口を開いた。

「………率直に言うと、俺はエマに触れたい。髪をなでたいし、落ち込んでたら抱きしめたい。いや、なにもなくても触れていたい。でも、それがどういう気持ちなのか、自分でもまだわかってないんだ」

 ライアンは私の反応を伺うように見て、続けた。
 私は驚きすぎて、反応できなかった。

「庇護欲はある。所有欲もある。ただ、お前を無理やり奪いたいという気持ちはない。前にも言ったが、エマが求めない限り、手を出さない自信はある。騎士だからな。俺は……そんな中途半端な状態なんだ」

 ライアンの言葉を聞いて、真っ先に生まれた感情は喜びだった。
 求められていた。
 触れたいと言ってくれた。
 それがどんな感情であってもそう思ってくれてたのがうれしい。
 だって、昨夜から触れてもらえなくて、さみしかったから。
 そう、さみしい。

「………私も自分の気持ちがわからないんです。でも、今日は触れてもらえなくて、さみしかった。ライアンに触れてもらいたいと思いました。あなたに触れられるのは好きなんです」
「エマ……」

 ライアンは驚いた顔をした後、微笑んで、「エマ……おいで」と手を開いた。
 私は彼の胸に飛び込んだ。

 温かい腕に包まれる。
 ライアンは私を膝の上に乗せて、抱きしめてくれた。
 私は心から安堵して、彼の胸にもたれる。
 ライアンはそんな私の髪をなで、耳許にキスをくれた。

「ずっとこうしたかった……」
「私も………」

 私達は抱き合い、しばらくお互いの体温を感じていた。
 心地よい沈黙が流れる。
 顔をあげると、ライアンが目を細めて私を見ていて、頰に額にキスを落とす。
 それがくすぐったくてうれしくて、私も目を細めた。

 でも、ライアンはふいに顔を曇らせると、私の髪をなでながら、ポツリと言った。

「俺が中途半端なのは、お前に心を差し出せないからでもあるんだ……」

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