夢魔はじめました。

入海月子

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乗り合い馬車

夢魔はじめました。

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 馬車は思ったより揺れた。
 でも、これくらいなら酔わなさそうで、安心した。

「しばらく馬車の乗りっぱなしですよね?寝てていいですよ。昨日はあまり眠れなかったんでしょ?」
「そうだな。馬車に乗ってる限り危険はないだろうから、そうさせてもらうよ」

 ライアンは私の様子を見て問題なさそうだと頷いた。
「もたれていいですよ」と言ったのに、彼は腕を組んでうつむいて目を閉じた。
 すぐに、すーすーと穏やかな寝息が聞こえてきた。
 うつむいてる姿が窮屈そうだったので、そっと頭を私の肩にもたれさせる。
 温かい重みを感じる。
 その姿勢で私は窓の外を眺めた。

 草原の中をレンガでできた街道が続いている。
 徒歩で歩いている人もちらほら見える。
 遠くに森も見えるけど、あれがライアンと出会った森なのか、そうじゃないのか、方向音痴の私にはわからない。
 ここは平地のようで遥か遠くに山並みが見えた。

 ペゴンの街って、どれくらいで着くのかな?
 馬車って途中休憩あるのかな?
 一日馬車に乗りっぱなしってライアンが言ってたけど、本当に座り続けなら、クッションの効いていない座席ではちょっとつらいかも。
 ライアンのように寝て時間を潰せたらいいのだけど、彼と違って、ぐっすり寝た私は今のところ全然眠くない。

 っていうか、ライアンの腕の中でいつも私、熟睡してるよね。
 男の人とあんなに密着して、ドキドキするよりも心地よさを感じるなんて、夢魔だから?
 誰とでもそうなのかな?

 例えば、斜め前に座ってる男の人と一緒に寝るのを想像してみる。
 ゾワッと鳥肌が立つ。
 むりむりむり!
 ごめんね、お兄さん……。
 勝手に想像して、勝手にムリとか、ひどいよね。
 人の良さそうな顔のお兄さんに心の中で謝る。

 やっぱりライアンだから大丈夫なのかな?

 肩で眠るライアンの綺麗な顔を見つめる。
 最初は確かに私が彼の怪我を治したんだけど、それ以上にいっぱい助けてもらって、いつの間にか信頼しきっている。
 だから?

 それ以上は考えたらダメだと抑制が働いて、私は思考を停止した。

 私は頭の中を空っぽにして、流れていく景色をぼんやりと眺めた。




 ずいぶん経ったと感じた頃、馬車のスピードが落ちて、やがて止まった。
 東屋のような簡単な建物が横にある。

「ここでしばらく休憩します」

 御者が声をかけると、みんなは伸びをしたり、溜息をついて、外に出ていった。
 ライアンもいつの間にか起きていて、「肩を貸してくれてたんだな。ありがとう。重くなかったか?」とスッキリした顔で微笑んだ。

「大丈夫です。よく眠れましたか?」
「あぁ、珍しく熟睡してた」

 話しながら、馬車を降りる。
 足を伸ばせるのがうれしい。

 ここは馬車の共通の休憩所のようで、二台の馬車が停まっていた。

「今のうちに昼飯を済ませて、用を足すんだ」

 東屋の隣にトイレがあるらしい。
 とりあえず、怪しまれないようにトイレに行ってみる。
 女性は一緒に乗ってた中年婦人と私だけのようだ。
 トイレを出ると、ライアンが待っていてくれた。

 東屋にはベンチが並んでいて、自由に使っていいらしい。
 ライアンは私を連れて、端の方のベンチに腰を下ろした。
 宿屋で作ってもらったお弁当を取り出す。
 肉が挟んであるサンドイッチのようだった。
 デザートにはおまけにもらったパウンドケーキがある。
 私と分けてるフリをしながら、ライアンがパクパクと食べる。
 気持ちのいい食べっぷりだ。
 私は渡されたパウンドケーキの欠片を摘んでみる。
 素朴な甘さが美味しい。

 お弁当を食べ尽くして、ライアンがこちらを向いた。
 私のフードを引っ張って顔を隠すと、「エマはこっちな」とキスをくれた。
 甘い蜜が口に入ってくる。
 身体に甘さが染み渡る。

 口を離されても、うっとりしていたら、ライアンが笑って、指で唇を拭ってくれた。
 今さらながら、カァッと赤くなる。

「かわいいな、俺の『奥さん』は」

 抱き寄せられて、耳許で囁かれる。

 うわぁ、うわぁ、からかうのはやめてー!
 本当に免疫ないから!
 好きになっちゃったら、どうするのよ!

 さらに真っ赤になった私の頬をなでて、ライアンはニヤリと笑う。
 完全に遊んでる。

 もう!

 膨れる私の頭をポンポンと叩いて、「かわいすぎるから、ちゃんとフードは被っておけよ」と言った。

「ペゴン行きのお客さん、そろそろ出発しますよ」

 御者が声をかけてきた。

 もう出発なんだ。
 休憩短いなぁ。

 そう思ったのがわかったのか、「日が暮れる前に街に着きたいだろうからな」とライアンが言った。

「夜は危険なんですか?」
「そりゃあ、魔物の動きも活発になるし、盗賊に狙われる可能性も高くなるしな。街道で襲われることは稀だろうが」
「そうなんですね」

 魔物って、どんなのがいるんだろう。
 想像もつかない。
 できればお近づきにはなりたくないな。

 ライアンの手を借りて、馬車に乗り込む。
 さっきと同じ席に座る。
 みんなも変わらない席に座っていた。
 私達が最後だったようで、席につくと、すぐに馬車は動き出した。

 休憩前と同じく誰も何もしゃべらないので、今度はライアンが起きてるけど、声を出しづらくて、黙って外を眺め続けた。

 ずっと草原が続いていたけど、だんだん草が少なくなってきて、赤茶けた土とゴツゴツした岩の地面が増えてきた。
 風が吹くと砂埃がすごい。
 いつの間にか、街道もレンガではなく、土を踏み固めたような道になっていた。

「………ねぇ、あんた達、新婚かい?」

 向かいに座ってた中年婦人が話しかけてきた。
 退屈が極まったようだ。

「どうして新婚だって……」

 私が目を丸くして尋ねると、ライアンが「よく新婚だってわかりましたね。結婚したばかりで新婚旅行のついでに、シュトラーセ教国に行って、教皇様の祝福をもらってくるつもりなんです」と付け足した。

「やっぱり!イチャイチャしてたから、そう思ったんだよ。楽しい盛りだねー。私達もこんな時期があったわねー」

 そう言っておばさんは、隣の旦那さんを見た。

「さあな」

 旦那さんは無愛想に答える。

「でも、新婚旅行にはとうとう連れていってくれなかったねー。商売が忙しいって」
「その代わり、仕入れでいろんなところに行っただろ。今みたいに」
「仕事は仕事だよ。こんな風にラブラブな新婚旅行に行ってみたかったって言ってるんだよ」
「ラブラブ……」

 おばさん以外の三人が苦笑した。

「そうだ!私達も教皇様の祝福をもらいに行くかい?幸せな結婚生活を送れるって評判だろ?ちょこっと寄り道したら行けるし」

 おばさんはねだるように旦那さんを見た。
 そこで初めて旦那さんが奥さんをじっと見て言った。

「今さら祝福が必要か?」
「…………必要ないね。十分幸せだよ……」

 おばさんは赤くなって、小さくつぶやいた。

 おばさん、かわいい!
 いいなぁ、こんな夫婦関係。

 見ていてほのぼのした。

「俺も負けてられないな……」

 ライアンは言って、私の頭を引き寄せて、てっぺんにチュッとキスをした。
 今度は、私が赤くなる番だった。

 新婚夫婦の演技?
 それ、今必要あるー!?



 そんな感じで話をしてたら、途中からおじいさんやお兄さんも話に加わり、ポツポツと話してる間に、ペゴンの街に着いた。

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