夢魔はじめました。

入海月子

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街に到着

夢魔はじめました。

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 それからまたひたすら歩き続けて、ライアンの言う通り、日暮れ前にはようやく森の外に出た。
 と言っても、突然道が現れるわけでもなく、当然建物もなく、だだっ広い草原が続いているだけだった。
 それでも、遥か遠くの方にぼんやりと街のような建物が見える。

「今日は、ここまでだな」

 ライアンは立ち止まって、伸びをする。

「飯にするか?」
「はい」

 彼は、頷く私の手を引き、岩に腰かけると、私を膝に乗せた。

「えっ……んんっ……」

 唇を塞がれて、美味しい唾液を流し込まれる。

 なるほど、ライアンのご飯じゃなくて、私のご飯だったのね。
 また、瞳が赤くなりかけてたのかな。
 ライアンのは本当に美味しくて、毎回うっとりしてしまう。
 彼の首元に抱きついて、思う存分味わう。
 始めるのはいつもライアンなのに、途中から夢中になるのはいつも私。
 彼は、私がしたいようにしてくれる。

 私のご飯が終わると、今度はライアンのご飯だ。
 と言っても、昼に食べてた残りがあるから、大して準備することはない。
 薄暗がりになってきたので、ライアンは「ライト」と唱えて、明かりを灯し、いつもの乾パンと一緒に肉や魚を食べた。
 簡単な食事が終わると、彼は「ここで待ってろ」と言って、森の中に入っていった。

 私は手持ち無沙汰に、ぼんやり待っていたけど、ふと視線を上げると、満天の星空が見えて、感動する。
 そうか、ここは暗いから、こんなにくっきり星が見えるんだ!
 当然、馴染みの星座は何もない。
 そして、東の空にはなんと二つの小さな月が上っていた。
 本当に異世界なんだなぁ。

 しみじみ眺めていると、ゴゥーッという音が近づいてきた。

「なに?」

 森の方を見ると、小さな竜巻のようなものに木の葉が巻き上げられて、私の方へ近づいていた。

「えぇっ!?」

 逃げるべきか留まるべきか判断がつかず、茫然と見つめていると、私の側に来て、いきなり回転が止まったかと思ったら、バサッと木の葉が落ちた。
 木の葉の山ができる。
 と思ったら、もう一つ竜巻が来た。
 それを追うように、ライアンが歩いてくる。
 もう一つの竜巻も近くに来るとスピードを落とし、止まって、木の葉を落とした。

「これ、ライアンがやったんですか?」
「そうだよ。今夜のベッドだ」
「ここで寝るんですか?」
「ちょうどいい場所がないからな。落ち着かないけど、仕方ない。お前と旅するなら、街でテントくらい買った方がいいかもな」

 背面に森、その他には見渡す限り、なんにもない。
 確かに落ち着かないにもほどがある。

 ライアンは落ち葉を四角くまとめて、マントをかけると、私を抱き寄せ、横になった。
 昨日と同じ背中から抱くように。
 そして、明かりを消すと、辺りは真っ暗になった。
 私の前には果てしない闇が広がる。
 何かが現れそうな、逆に吸い込まれてどこかに連れて行かれそうなねっとりした濃い闇。

 本能的な恐怖を覚えて、身震いする。

「どうした?」

 温かい腕が私をキュッと抱き寄せてくれた。
 ライアン……。

 私は身体の向きを変えて、ライアンと向かい合った。
 星明かりにきらめく瞳が優しく私を見る。

「暗いのが怖いんです……」

 私は子どもみたいに訴えて、その温かい胸に顔をうずめる。
 ライアンが笑った気配がして、頭をなでてくれた。

「大丈夫だ。俺がいる。結界も張ってあるから、魔物に襲われることもない」

 落ち着いた声に、強張っていた身体の力が抜ける。
 心地いい熱に包まれて、安心した私はそのうちうとうとし始めた。

 あれあれ?
 私、図々しくライアンに甘えてるけど、よく考えたら、このイケメン騎士と昨日会ったばかりで、それなのに、キスして、それ以上の恥ずかしいことして、今はその腕の中で寝ようとしている。

 前世(?)ではとても考えられなかったことだ。
 夢魔に変えられて、神さまを恨んだけど、食料問題をライアンが解決してくれた今、私、結構幸せじゃない?
 神さま、ありがとうございます!
 21年間、縁がなかった男性経験がいきなりレベルアップしました。

 そんなことを考えているうちに、私は気がつくと、ぐっすり眠ってた。




「んー、まぶしい……」

 目を閉じていても瞳に入る光のまぶしさに目を開ける。
 目の前に、麗しい顔。
 眼福です。
 まつ毛は濃く長く、スーッと通った鼻、形のいい唇はわずかに開いていて、思わず凝視する。

 キスしたい。
 私は彼の唇から目を離せなくなってしまう。
 だって、お腹空いた……。
 でも、気持ちよく寝ている彼を起こすのは忍びないので、グッと我慢だ。

 ジリジリと彼が起きるのを待っていたら、クッと彼の唇の端が上がった。

「ライアン! 起きてたんですか?」

 パチリと目を開けたライアンはおかしそうに笑った。

「お前が焦れてるのがおもしろくて……」
「もう、意地悪!」
「悪い悪い。腹減ったのか?」

 彼はそう言うと、顔を近づけた。
 唇が合わさって、美味しいご飯が流れ込んでくる。
 朝から濃厚。
 これから毎日こんな目覚めになるのかな?
 ライアンも同じようなことを考えていたようで、「悪くない目覚め方だな」とつぶやくから、私は赤くなった。




 ライアンは携帯食を食べて、準備をすると、落ち葉を吹き飛ばして、「行くか」と言った。
 今日中に街に着けるらしい。
 楽しみのような怖いような……。

 歩きながら、尋ねてみる。

「もし、街で私が夢魔だってバレたらどうなりますか?」
「………夢魔は討伐対象だから、街の警邏隊や冒険者に襲われるかもしれないな。だから、絶対、俺から離れるなよ?」
「はい……」

 討伐対象という言葉に落ち込む。
 いちいち自分でもめんどくさいと思うけど、まだ夢魔になったことを受け入れられてない。

「何かあっても、俺が守ってやる。お前は命の恩人だからな」

 ライアンが頭をなでてくれた。
 うん、心強い。
 彼がいて、本当によかった。
 神さまのお告げの『素敵な出会い』ってライアンのことかな。
 そうだよね。
 こんなに私に都合のいい人っていない。

 イケメンで優しくて、精を分けてくれて、無理強いしなくて、守ってくれて……。
 
(そっか、命の恩人と思ってくれてるから、こんなに世話を焼いてくれるんだ……)

 途中、休憩を入れながら、ひたすら歩く。
 でも、昨日と違って、街がだんだん近づいてくるのがわかるから、精神的な疲労は少ない。
 夕暮れになる前に、街に着いた。

 街はぐるりと高い塀で囲まれていて、大きな門の前には門番が立っていた。

 ライアンは、そこに近づく前に、マントで私を包んだ。

「?」

 不思議そうにする私に、ライアンは「その服は目立ってしょうがないからな」と言った。
 確かに、こっちの人には見慣れない服装だよね。

「あと、その指輪とペンダントも外した方がいい。そんなに高価なものを付けていると狙われるし、摺られる可能性もある。大事なものなんだろ?」
「自分で買ったお気に入りだけど、そんなに高価なものじゃないですよ?」
「自分で買った? 贈り物じゃないのか?贈り主に操を立てているのかと思ってた」
「操を立てる? そんな人いませんよ! いたら、処女じゃありません……」
「そうなのか?」

 ライアンは驚いた顔をした。

「そういえば、私、お金を持ってないんですけど、これを売ったらそれなりのお金になります?」
「それは高く売れそうだが、金のことは気にしなくていい」
「そういうわけにはいきません。街でこれを売れるところに連れて行ってもらえませんか?」
「夢魔なのに、生真面目だな」

 彼は笑って、頷いた。
 だって、ライアンに全部お金を出させるなんて、気を使うよ。

「あぁ、そうだ。街では俺達は夫婦で、新婚旅行の途中だということにするからな」
「えぇ! 夫婦!?」
「お前は身分証とかないだろ?それに、俺もその方が刺客をごまかせて都合がいい」
「わ、わかりました……」

 ライアンと新婚夫婦なんて、フリでも恥ずかしい……。
 まぁ、一緒に旅をするのに、一番自然なんだろうけど。

「あと、補給……」

 彼はおもむろに唇を合わせた。
 甘い唾液が流れ込んでくる。
 途中で瞳が赤く戻ったら困るもんね……。



 そんな事前準備をして、二人で門番のところに近づく。
 街の中に入るのに、検問があるみたい。

 ライアンは身分証のようなものを門番に見せて言った。

「こっちは俺の妻だ」
「なんでマントを巻いてるんだ?」

 尋ねる門番に、「魔物に襲われて服が破かれたんだ」とマントを一瞬開いて見せた。
 私の格好を見て、門番は顔を赤くする。

「ずいぶんとざっくりやられたな……」
「そうだろ?俺が楽しむ分にはいいが、この格好で妻を街で歩かせるのはちょっとな」
「ハハッ、確かに! 通行料は1ベルだ。二人で2ベルだな」

 ライアンがお金を支払って、何かの紙をもらうと、中に通された。
 ついでに彼は服屋の場所を聞いていた。
 私は二人のやり取りが疑問だったけど、彼に続いて、街に入った。

(私って、門番が赤くなるような破廉恥な格好してたっけ?)

 街に入ると、その理由がわかった。
 女の人はみんな、足首までの長いスカートを履いていて、誰一人ミニスカートの人はいなかった。
 と言っても、私のもそんなに短くなくて、膝丈なんだけどね。

「まず、服屋に行こう。俺も着替えたいしな」
「はい」

 マントを巻いた怪しげな格好を早く止めたい。
 通りすがりの人に結構ジロジロ見られている。
 男前のライアンの隣にいるから余計かも。

 教えられた服屋さんに行くと、中古品がドサッと種類別に積み上げてある大衆的なところだった。

「いらっしゃい!」

 気風のいい女主人が迎えてくれた。

「外で魔物に襲われて、彼女の服が破れたんだ。何か見繕ってくれないか?」
「そりゃあ、かわいそうに」

 彼女は私に同情の目を向けた。

「これまた、えらく別嬪さんだね。お兄さん、やるねー!」
「そうだろ? かわいいだろ? 新婚旅行中なんだけど、彼女の着替えもダメになったから、一式欲しいんだ」
「任せときな。かわいい奥さんに似合う服を探してやるよ」

 女主人は張り切って、服の山に向かった。
 そして、いくつか服を見繕って、持ってきてくれた。

「ちょっとこれを着てみなよ」

 そう言って、試着室に案内してくれる。
 私はいくつか試着しては、ライアンとおかみさんにあれこれ感想を述べられ、また試着して……というのを繰り返して、服や下着を3着ずつ買ってもらった。
 その間にライアンも自分の服を選んでいて、騎士らしい格好から、もう少しラフな姿になっていた。

 支払いを済ませて、おかみさんにお勧めの宿を聞いて、そこに向かうことにした。
 今日は遅くなったから、指輪とかを売るのは明日にする。

 宿屋に着いた時にはもう夕闇が迫っていた。

「一部屋空いてるか?」

 受付のおじさんにライアンが聞くと、「お客さん、ラッキーだね。最後の一部屋だよ」と言われた。

「それはよかった。俺達、新婚旅行中なんだ」

 宿帳を書きながら、ライアンが聞かれる前に言う。

「そりゃいいね! 一番楽しい時だ。ゆっくりしていきな。夕食はそこで食べられる。風呂に入るなら、8時までだ。注意しな」

 お風呂!?
 入りたい!
 目を輝かせて、ライアンを見ると、「先に風呂に入るか?」と言ってくれる。
 うんうん頷くと、それを聞いた宿の主人が「今は誰も使ってないから貸切にしてやるよ。二人で入りな」と言った。

「二人で!?」

 私はぱっと赤くなった。

「照れちゃって。かわいい奥さんだな」
「あんまりからかわないでやってくれ。初心なんだ」

 ライアンが私の腰を抱いて引き寄せた。いかにも新婚夫婦のように密着する。
 私はさらに赤くなり、うつむいた。
 そのまま部屋に案内される。二階の奥の部屋だった。

「風呂は一階だ。あがったら声をかけてくれ」
「わかった。ありがとう」

 主人が去っていくと、ライアンは荷物を下ろして、私を見た。

「で、一緒に入るか?」

 私が赤い顔でブンブン首を横に振ると、おかしそうに笑った。

「からかったんですね!」
「ハハハッ、真っ赤だぞ。かわいいな。先に入ってこいよ。その後、俺が入るから」
「もうっ!」

 私はプリプリしながら、お風呂の準備をする。

「じゃあ、先にお風呂をいただきますね」

 着替えを持って、二日ぶりのお風呂にウキウキと向かう。
 新陳代謝はないから、そういう意味では汚れてなかったけど、身体全体が埃っぽい。

 お湯で身体を流してから、石鹸で全身を洗う。
 それを流してから、湯船に浸かると、天国だ。

 あー、スッキリした。
 気持ちいい………。

 すっかりくつろぐ。
 この後、ライアンも入るから、そんなに待たせるわけにはいかないと思いながらも、なかなか湯船からあがれなかった。

 ようやく思い切って、お風呂を出て、部屋に戻る。
 ちょっと浸かりすぎて、身体が火照っている。

「お待たせしました」

 そういう私をライアンは見て、額に手を当てた。

「お前、ここに戻ってくる間に誰にも会わなかったか?」
「はい。誰にも会いませんでしたよ?」
「それはよかった」
「?」

 何か変なのかな?
 自分の格好を確認していると、
 ベッドに腰かけていたライアンが私を引き寄せ、口づけてきた。

「赤くなりかけてました?」
「あ、あぁ」

 その割にはついばむようなキスをしてから、舌を入れてくる。

「ん……んんっ……」

 舌を絡めて、彼のものを与えられる。
 甘い蜜にすぐに夢中になる。
 私の髪をなでたライアンが濡れているのに気づき、手櫛で梳きながら、温風を出して乾かしてくれた。
 彼の唇が、手が心地よくて、陶然とする。

「はぁ………」

 口を離して見つめ合い、もう一度口づける。
 彼の手が私の頬をなでた。

「エマ……」

 ライアンが私を呼ぶ声にキュンとする。
 彼はじっと私を見た後、「風呂に行ってくる」と言って、部屋を出ていった。
 部屋には胸を高鳴らせたままの私が残った。



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