上 下
18 / 20

惚れ薬①

しおりを挟む
 翌朝、遅めに目覚めたラフィーはぼんやりする頭で、ふとテーブルを見ると、昨日完成した惚れ薬が目に入った。朝の光に可愛らしいピンクがきらめいて、とても魅惑的に見えた。

(完成したんだ。夢じゃなかった!)

 と、突然、その素材のために、リュオのものを口に入れたのを思い出した。

「ぅきゃーーーっ!!! なんで今思い出すのよ~~~!!!」

 あの直後は、リュオに触れられたことで頭がいっぱいになってたし、昨日は調合のことで頭がいっぱいになっていた。
 そのまま記憶の彼方に行ってしまえばよかったのにと思うけど、やたらと触感や形状を鮮明に思い出してしまい、ラフィーはベッドをジタバタしながら転がった。
 それに、翠が混じった銀の瞳は熱っぽく、色っぽく、リュオでもあんな表情するんだと、今さらながらひとり赤くなった。

(リュオはどう思ってるのかしら?)

 『なかなかの屈辱感』とか『恥ずかしい姿』とか言っていたのも思い出す。
 しかも、最後にはラフィーはリュオを押しのけて逃げてきてしまった。

(どうしよう? リュオ、怒ってないかな?)

 昨日、一瞬顔を見たとき、リュオはなにか言いかけていたのに、ラフィーは自分の言いたいことだけ伝えてドアを閉めてしまった。今思えば、彼は呆気にとられていたかもしれない。怒っていてもおかしくはない。

(うわぁ~、最悪じゃない、私?)
 
 バカバカと自分の頭をポカポカ殴って、ラフィーは落ち込んだ。

(でも、今日、惚れ薬を持ってくって言っちゃったよね……)

 一方的とはいえ、約束は約束だから、持っていかなきゃとラフィーは惚れ薬を見つめた。

(これを持っていったら、リュオはベアトリーチェという子に使うのかな?)

「やだ、やだやだやだ!」

 自分じゃない誰かに向けたリュオの幸せそうな微笑みが目に浮かんで、ラフィーはブンブン首を振った。
 想像するだけで涙が出てくる。
 その前に、せめて自分の想いを伝えたいとラフィーは思った。

(それで、惚れ薬を使うの? 使わないの?)

 自問するけど、やっぱり答えは出なかった。
 ラフィーは溜め息をつき、仕事に行く準備を始めた。




 惚れ薬は持った。プラムジュースも持った。プラムの蜂蜜漬けも持った。お気に入りのワンピースに着替えた。髪も下ろして丹念に梳いた。リップも塗った。

「よし!」

 鏡で自分の姿を確認して、ラフィーは気合いを入れるように、拳を握りしめた。
 仕事が終わって、夕食後。今からリュオのところへ行くのだ。
 日中、あれこれ考えた末、ラフィーはとにかく自分の気持ちを伝えようと決心した。
 
(惚れ薬を渡すという口実で中に入れてもらって、それから……)

 告白するというのは決めた。でも、惚れ薬をどうするのかは未だ心が定まっておらず、とりあえず、できるだけのオシャレをしてみたのだ。

 ドキドキと胸は高鳴り、顔は赤らんでくる。ラフィーは深呼吸をして、リュオの部屋のドアをノックした。
 すぐリュオが出てくる。
 でも、ラフィーの顔を見ると、固まって、じっと彼女を見つめた。

「リュオ?」

 あまりに見つめられて、ラフィーはなにか変なところがあるのかと自身を見下ろした。

(あ、そもそも、今は間が悪かったのかしら? それか、やっぱり私に会いたくなかったかも?)

 一方的に、惚れ薬を届けにいくと宣言しただけで、リュオの都合は聞いていなかった。
 それに、やっぱり昨日のことでリュオは気まずい思いをしているのかもしれないと、ラフィーは思った。
 相変わらず綺麗に整った顔からも、冷えたような銀の瞳からも、なにも読み取れず、ラフィーは焦って言った。

「ごめんね、突然来て。今、ダメだった?」

 夕食を食べ終わった頃かなと思って来てみたけど、やっぱり邪魔だったのかもしれないと、出直そうかと考えたとき、リュオがようやく返事をした。

「いや、別に。どうぞ?」

 我に返ったリュオはラフィーを部屋に招き入れた。彼は単にラフィーに見惚れていただけだった。

(可愛い。ラフィーが髪を下ろしてるのを初めて見た。すごく雰囲気が違うな。可愛いし、いつもより色っぽく見える)

 髪の毛を結んでいるときに見えるうなじもいいけど、リュオの横をすり抜けて部屋に入るときにさらりと揺れた黒髪もよかった。
 リュオは思わず、そのサラサラの髪に触れたくなった。

「お邪魔してごめんね」

 ソファーに並んで座ると、ラフィーはまた謝った。

「別に邪魔じゃない」

 リュオはそう言うけど、やっぱりなんだかぎこちなくて、ラフィーは気分が沈んだ。 
 手短に済ませたほうがいいかと思って、ラフィーは早速持ってきた小瓶をカバンから取り出した。

「これ、惚れ薬」

 そう言って、ラフィーが小瓶を差し出すと、リュオは大事そうに受け取った。

「これが惚れ薬……」
「一、二滴垂らすだけで効くみたい」
「そんなに少しでいいんだ」

 そう説明すると、神妙な表情でリュオが頷くから、やっぱりリュオはこれを使うつもりなんだとラフィーは切なくなる。

 リュオはとうとう出来上がってしまった惚れ薬を眺めて葛藤していた。ラフィーは用件だけで出ていこうとしているように感じた。

(こんなにオシャレして、もしかしてこのあとクロードのところにでも行くつもりか? それならいっそ、これを使ってしまえば……)

 リュオは、ラフィーをクロードのもとに行かせるのはどうしても嫌だった。引き止めなければと思ったとき、ちょうどよくラフィーがジュースの瓶を差し出した。
 
「あと、こないだと同じプラムジュースとプラムの蜂蜜漬けも持ってきたの」
「ありがとう。早速飲まないか?」
「うん!」

 まだここにいてくれるらしいラフィーにほっとして、リュオはいそいそとキッチンにグラスを取りに行った。
 そして、手に惚れ薬の小瓶を持ったままだったことに気づき、衝動的にラフィーのグラスに薬を垂らした。

 何食わぬ顔で、グラスを持って戻ると、ラフィーがプラムジュースを注いでくれる。それを見ながら、昨日買ってきたお菓子の存在を思い出す。

「あっ、うまいらしいお菓子があるんだ! 食べる?」
「うまいらしいってなによ」

 リュオの言い方がおかしくて、ラフィーが笑った。

(可愛い)

 それは愛想笑いではない自然な笑みで、リュオが惚れた可愛く癒やされる笑い顔だった。彼も口許をほころばせながら返す。

「同僚が今すごく人気だって言ってたから買ってみたんだ」
「へー、それは食べてみたい!」
「わかった」

(リュオはそんなお菓子を誰のために買ったんだろう? やっぱりベアトリーチェのため?)

 お菓子を取りに行ったリュオの背中を見つめる。切羽詰まった想いに駆られて、ラフィーは思わず小瓶を出して、リュオのジュースに惚れ薬を入れた。

「これ、チョコサンドクッキーなんだけど、季節限定のフルーツジャム入りなんだ」

 ちょっと得意そうにリュオがお菓子の箱を持って戻ってくる。
 ラフィーはさっと小瓶を隠して、バクバクする心臓を必死で鎮めようとした。ごまかすようにはしゃいでみせる。

「季節限定! すごい! 美味しそう~!」

 ほんのり上気して目を輝かせるラフィーを可愛いと思い、リュオはやっぱり誰にも渡したくないと思った。

「じゃあ、乾杯でもするか?」
「なにに?」
「惚れ薬の完成に。錬金術師に一歩近づいたんだろ?」
「うん……」

 純粋に喜んでくれているようなリュオに、ラフィーは複雑な想いで頷いた。
 一瞬探るように見つめ合い、二人はグラスに手を伸ばした。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

ドリンクバーさえあれば、私たちは無限に語れるのです。

藍沢咲良
恋愛
同じ中学校だった澄麗、英、碧、梨愛はあることがきっかけで再会し、定期的に集まって近況報告をしている。 集まるときには常にドリンクバーがある。飲み物とつまむ物さえあれば、私達は無限に語り合える。 器用に見えて器用じゃない、仕事や恋愛に人付き合いに苦労する私達。 転んでも擦りむいても前を向いて歩けるのは、この時間があるから。 〜main cast〜 ・如月 澄麗(Kisaragi Sumire) 表紙右から二番目 age.26 ・山吹 英(Yamabuki Hana) 表紙左から二番目 age.26 ・葉月 碧(Haduki Midori) 表紙一番右 age.26 ・早乙女 梨愛(Saotome Ria) 表紙一番左 age.26 ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載しています。

処理中です...