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やめようと思ったのに。

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「それで、無事採取はできたの?」

 翌朝、ラフィーが工房に行くなり、ガイラがワクワクした顔で聞いてきた。

(無事……なのかな?)

 昨夜のことを思い出して、恥ずかしさに悶えながら、ラフィーは頷いた。

「はい。採取はできました」

 あの後、行きのように抱きついてはいなかったものの、街に戻ってきたところで気がついたらラフィーは、右手はリュオの手のひらを握りしめ、左手はリュオの腕を掴んで、やっぱり彼に身を寄せる体勢になっていて、慌てて飛び離れた。
 そんな彼女にリュオはなにも言わず、溜め息をついただけだった。
 そのまま二人は言葉もなく王宮の通用口に戻ってきて、「今日は本当にありがとね」というラフィーの言葉を最後に、それぞれの寮に帰っていったのだった。

(どう思われたかな……?)

 部屋で何度も反芻した言葉をまた思い返す。
 別れたときのへの字口がデフォルトのものなのか、不機嫌なのか、区別がつかなかった。

(でも、やっぱりウンザリしてたよね?)

 黙り込んで自分の世界で百面相をしているラフィーをガイラはおもしろそうに眺め、「いったいなにがあったの?」と尋ねた。
 師匠の存在を思い出して、ラフィーは赤面する。

「な、なにって、なにもありませんよ?」
「ふ~ん?」
「ただ……湖に落ちただけで……」
「落ちた? ふ~ん」

 なにを想像したのか、ガイラがにやにや笑うので、ラフィーはブンブン首を振った。

「なにもありませんよ!? 師匠が期待してる色っぽいことなんか、なんにも!」
「そうなの? つまらないわね」

 じっと観察するようにガイラはラフィーを見たけど、深くは突っ込まず、話題を変えた。

「ところで、新月の湖の水だけど、半分分けてくれない? 惚れ薬にはあんなに使わないから」
「いいですよ。師匠も惚れ薬を作るんですか?」
「まさか! あれは他にもいろいろ使い道があるのよ。まずは睡眠誘発剤ね……」

 あの水は心に作用する薬の材料になるらしくて、その活用法をレクチャーしてもらい、ラフィーは熱心にメモを取った。
 ガイラの講義はこんなふうにいつもいきなり始まるのだった。

「次の素材は、フタゴダケと月見草ね」

 突発的に始まった錬金術講座が終わると、ガイラはまた唐突に言った。

「フタゴダケ? それならここにありますよ?」
「惚れ薬の材料よ。市販されてるけど、惚れ薬の材料は自らの手で揃えないといけないのよね」
「ああ……。それなんですが、やっぱりやめようと思って」
「なんで?」

 気まずげにラフィーが言うと、驚いたようにガイラが目を瞬いた。

「うーん、だって、脈がない人に惚れ薬で無理やり好きになってもらっても、むなしいじゃないですか……」
「マジメね~。でも、それはきっかけにすぎないわ」
「きっかけ?」

 ガイラは鮮やかな赤毛を指に巻きつけて、妖艶に微笑む。その姿は同性のラフィーでもドキリとするほど、色っぽい。

(師匠だったら、恋もお望みのままなんだろうなぁ)

「そうよ~。惚れ薬が永久に効くわけないんだから、それをきっかけに距離を詰めればいいのよ」
「でも……」
「まだひとつじゃない! ここで止めたら、おもしろ……いえ、もったいないわ!」
「え、でも、あれはいろんな薬に使えるんじゃ……」
「そうじゃないわ。せっかく怖いのを我慢して採取してきたんでしょ? 止めてしまってはもったいないってこと!」
「まぁ、そうですけど……」

 拳を握って力説するガイラに押されてタジタジしているラフィーの後ろから声がかかった。

「なにがそんなに勿体ないんですか?」

 突然の声にラフィーは飛び上がった。
 振り返らなくてもわかる。
 リュオの声だった。
 
(今の話、聞こえてなかったよね?)

 おそるおそる振り返ると、リュオはいつもの無愛想な顔のままだった。

「リュオ、昨日はありがとう」
「別に。いい暇つぶしになったよ」

 通常運転のリュオにラフィーは安心した。
 そこで話は終わるかと思ったのに、ガイラがリュオに言いつける。 

「あら、リュオ。聞いてよ~。ラフィーったら、せっかくあなたに手伝ってもらって採取してきたのに、薬作成をあきらめようとしてるのよ?」

 彼が銀色の冷えた目でラフィーを見た。
 昨日大騒ぎで採取したくせにと、ラフィーの不甲斐なさを責めているようだった。

「人を巻き込んどいて、早くも挫折なのか?」
「うっ……」

 そう言われると負けず嫌いのラフィーは悔しい。

(でも、それはあなたに使おうとしてる惚れ薬なんだけど!)

 そう思ったが、事情を話すわけにもいかなくて、ラフィーは別の言い訳を探す。

「材料が特殊なものばかりで、ちょっと集められそうになくて……」
「でも、あんなに苦手な暗闇の中、取りに行こうと思ったぐらい作りたかったんだろ?」
「そうだけど……」
「今度はどこに行くんだ?」
「へっ?」

 ラフィーがなんとか作らない方向に話を持っていこうとしているのに、なぜかリュオが聞いてくる。

「もしかして、リュオ、ラフィーを手伝ってあげようとしてるの?」
 
 ガイラの口許が楽しそうにクッと弧を描く。
 真っ赤な唇が艶めかしい。
 それを気にも留めずに、リュオは仏頂面で言った。

「別に。ラフィーがどうしてもって頼むなら手伝ってやらなくもない」
「どうしてもなんて言うわけ……」

 ラフィーが反論しようとしたら、それを遮って、ガイラが言った。

「明日はザオウの森よ。三日月の夜の月見草が必要なの。ついでにフタゴダケも」
「明日か……」
「都合が悪いなら、クロードに頼……」
「何時に行けばいい!?」
「八時でいいんじゃない?」
「わかったよ」
「あ、え、ちょっと……!」

 行くとも言っていないのに、勝手に話を進められて、ラフィーは目を白黒させた。

「なんか文句あるの?」

 リュオが目を眇める。
 ラフィーは断ろうにも、なぜかすっかりその気になっているようなリュオにそう言う勇気はなかった。
 だいたい、彼女だって、彼とまた出かけられるのは正直うれしいのだ。

「な、ないけど」
「じゃあ、いいじゃないか」

 なんだかわからないうちに、ラフィーは約束させられて、あいまいに頷いた。

 リュオはいつものように魔力回復薬をもらうとさっさと出ていった。

(あれ? 惚れ薬作るの続行なの?)

 ラフィーが首を傾げるのを、ニヤニヤとガイラは見ていた。
 「しばらく楽しめそうね……」とつぶやいて。
 
 
 

 
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