完璧な惚れ薬を作って、今日こそあの人とラブラブになります!

入海月子

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ルクル湖にて

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「あ、リュオ、お待たせ~」

 ラフィーが八時ぴったりに待ち合わせ場所に行くと、リュオが柱にもたれて立っていた。
 不機嫌そうにラフィーを見やると、「僕を待たせるなんて、いいご身分だね」と嫌味を言う。

「え、だって、今、八時……」
「頼んだ方が早く来るのが常識だろ?」

 そう言われるとその通りで、ラフィーはしょんぼりして、「ごめんなさい」と俯いた。

 本当は彼女も十分前には来ていようと思っていた。
 でも、まずなにを着ていこうから始まり、ひとりファッションショーをしてみたり、あんまり早く行くと待ち遠しかったのが隠せないかもと迷ったりしているうちにギリギリになってしまったのだ。
 ちなみに、服装は、白シャツにズボンというラフな格好に落ち着いた。襟元と袖口にフリルがあるお気に入りのシャツではあるが。

「なんだよ。調子狂うな……。具合でも悪いのか?」

 リュオがしかめっ面で顔を近づけてくる。
 美味しそうなチョコレート色の髪が揺れて、綺麗な銀色の瞳がラフィーを至近距離から見つめてくる。
 彼女は慌ててぷいっと顔を逸らせた。

(ち、ち、ち、近いよ!)

 一瞬で頬が熱を持つ。
 
「そんなんじゃないし! 頼みごとだから、下手に出てみただけよ!」
「なんだそれ。……なにもないなら、さっさと行くぞ?」
「うん」

 ラフィーとリュオは連れ立って歩き始めた。
 街中を西に抜けていく。
 夕食時だからか、街は賑やかで、人出が多い。

(そういえば、こんな時間に出歩いたことなかったかも)

 もちろん、昼には買い物やお茶をしに来たことはあったけど、夜の街は様相が違って見えて、ラフィーは物珍しそうにキョロキョロしながら歩いた。
 リュオはこの用事をさっさと済ませたいようで、スタスタと進んでいくので、二人の距離は開く一方だった。

「よぉ、キレイなねーちゃん、一人か?」
「俺たちと飲みに行かない?」
「おごってあげるよ~」

 突然、ラフィーは明らかに酔っ払っている三人組の男に前方を塞がれた。

「一人ではないです」

 反射的にへらりと愛想笑いをしたラフィーに、男たちもにやにや笑った。

「そんなこと言って、連れなんていないじゃん」
「行こうよ~」

 腕を掴まれて、引っ張られる。

「います! 離してください!」
「そんなつれないこと言うなよ」

 ラフィーは腕を引こうとしたが、酔っぱらっているくせに掴む力は強く、外れない。もう一人には肩を抱かれて、酒臭い息を吐かれて、身体が強張る。

「離してください!」

 ラフィーが泣きそうになりながらもがいていると、ふいに身体が自由になった。

「えっ?」
「うわっ」
「わぁあああ、イテテテ」

 男たちの身体が宙に浮いて、地面に放り出された。

「もう、なにしてるんだよ!」

 リュオが男たちとラフィーの間に入って、彼女を背中に隠した。
 凍えるような銀色の瞳で彼らを見据えると、男たちはビクリと肩を震わせた。
 いつの間にか、右手の上に炎の塊が浮いている。

「僕の連れになんか用?」

 火の玉を指先で弄びながら、淡々とリュオが問う。

「い、いえ、なんでもありません」
「お連れ様だったとは……」
「し、失礼します!」

 青褪めた酔っぱらいたちは後ずさって、リュオから距離を取ると一目散に逃げ出した。
 リュオはそれを確認してから炎を消すと、不機嫌そうにラフィーを振り返った。

「ちんたら歩いてるからだよ。気をつけなよ!」
「ごめんなさい……」

 よそ見していた自覚はあるので、ラフィーは素直に謝った。本日二回目だ。

(街を出る前からこれだとリュオも嫌気がさすわよね)

 さぞかしうんざりしているんだろうなと、リュオを見上げると、彼は眉をひそめてなにか言いたそうにしていたが、ハァァと溜め息をつき、ラフィーの腕を掴んで歩き出した。

「あ、えっ、ちょっと……」

 彼に引っ張られるようにして歩きながら、ラフィーは戸惑う。
 手首を掴まれて、無言で進む姿はまるで連行されているようで、甘さの欠片もない。
 
(これ以上、絡まれたりして時間を取られるのが嫌なのね、きっと)

 ちらちらと見られている気がしたけど、リュオはお構いなしに、ずんずんと街外れまで行くと、ぱっと手を離した。
 いきなり解放された腕にさみしさを感じながら、目を街の外に向けたラフィーは固まった。

「真っ暗……」

 街の中は店の明かりや外灯があって、それなりの明るさだったが、荒野の広がる外側はなんの灯りもなく、ただ暗闇が続くだけだった。

「そりゃそうだろ。新月なんだから。それに今日は雲が出てるから、星明りもない」

 あきれたようにリュオがつぶやく。

「そうよね、新月だもんね」

 でも、こんなに暗いとは思わなかったラフィーはうろたえた。
 ガイラが言っていたとおり、ラフィーは暗いところが苦手だった。なにが怖いのかわからないけど、なにかが出てきそうで、どんどん怖い想像をしてしまうのだ。
 夜になると窓の外を見るのが怖くて、ぴっちりと隙間なくカーテンを閉じるほどだった。

 足を踏み出そうとするけど、完全に固まってしまった足は動こうとしない。
 そんなラフィーの様子をリュオが訝しげに見た。

「もしかして、怖いのか?」
「うん……暗いの苦手で……」
「それでよく新月に素材採取に行こうと思ったね」
「うん……ごめんなさい」

 本日三回目の謝罪。そして、すぐ四回目も口にする。

「ごめんなさい。やっぱり無理かも。帰ろうか?」
「はあ? せっかく来たのに?」
「だって、足が動かないだもん!」
「必要な素材じゃないのか?」
「ほしかったけど、仕方ないわ」

 それに、ムスッとした顔のリュオを見ると、惚れ薬を作るなんて無駄な気がしてきた。 
 ラフィーは「ごめんなさい」ともう一度謝った。
 リュオは無駄足を踏まされたのが嫌だったのか、口を曲げてじっとラフィーを見る。そして、溜め息をついた。

「ハァ……。明かりはつけてやるから行こう」

 思いがけない優しい声でリュオはそう言い、手を差し出した。
 びっくりしたラフィーは彼の顔と手を見比べて、ぽかんとする。
 リュオが言ったとおりに、ふよふよと白い光が現れて、行く手を照らした。
 それを見て、自分もランプを持っていたのを思い出す。

「ほら!」

 リュオが痺れを切らしたように、手をさらに近づけてくる。
 ラフィーはつられたように、手をのろのろとあげると、途中でギュッと掴まれた。
 そのまま、また先ほどのように引っ張っていかれる。

「あ……」
「なに?」

 不貞腐れたような顔でリュオが振り向く。
 優しい声だと思ったのは気のせいだったのかもしれない。
 (手を繋いでる!)という感動は一瞬で霧散した。
 とはいえ、手を繋いで肩を並べて歩くのはやっぱりドキドキして、ラフィーは暗闇の怖さをしばし忘れて歩いた。

(なにを考えてるんだろう?)

 時折、ちらりとリュオを盗み見るけど、彼はいつもの無愛想な表情どころか、口をキュッと引き結んで、不機嫌な様子だった。

(そんなに嫌なら来なければよかったのに……)

 やっぱり引き返そうかと、ラフィーが口を開いたとき───

 ぴとっ

 背中になにか触れた。

「きゃあぁあああーーー!!!」

 ラフィーは盛大な悲鳴をあげて、リュオにしがみついた。

「ど、どうしたの!」

 彼女以上に驚いたリュオが動揺して、ラフィーを見た。

「せ、せ、背中に誰かが触ったの……」

 涙目で彼に訴えるラフィーの背中を見ると、リュオはなにかを摘んだ。

「甲虫だね」
「甲虫……?」
「ほら?」

 リュオがつまんだものを見せた。
 ラフィーの力が抜けた。そのまま座り込みそうになって、慌ててまたリュオにつかまる。

「な、なんだ~、虫だったのね……」
「この光に寄ってきたんだろうな」

 甲虫をぽいっと放って、リュオは足を進めた。
 置いていかれたら大変と、ラフィーもリュオの左手を両手で握りしめてついていく。
 すっかり暗闇の怖さを思い出してしまったラフィーは、それからは、ガサッと音がするたびに飛び上がり、風が首元を撫でるだけで、身を震わせ、リュオの左腕に抱きついてビクビクと移動した。
 リュオの眉間のシワが深くなっていくのも気づかず。
 当然、会話は弾まず、無言のまま二人は歩き続けた。

「ルクル湖だ」

 前方に水面が見えて、ボソリとリュオがつぶやいた。
 変なものが見えたら嫌だと、ほとんど目をつぶるようにして、リュオにしがみつきながら歩いていたラフィーはこわごわと前方を見た。

「ほんとだ~。よかったぁ」

 目的地を確認して冷静になったラフィーは、自分の行動を顧みて、ザーッと青褪めた。

(私、もしかして、ずっとリュオにしがみついてた!?)

 リュオの眉間には深いシワ。疲れたような顔。

(うわぁ、すごく迷惑かけてた……!)

「わ、わ、わたし……ご、ごめんなさい! 湖水を取ってくるね! 明かりが映るといけないから、リュオはここで待ってて!」

 飛び退るようにして身を離すと、ラフィーは湖に向かって全速力で走った。

「おいっ! 暗いから気をつけ……」

 ボチャン!

 リュオが言い終わる前に、派手な水音がした。

「ラフィー!?」

 リュオも慌てて走り寄り、湖に飛び込んだ。

 湖に座り込んだラフィーは呆然としていた。思ったより湖は近く、生い茂った草で境が見えなかったのだ。
 幸い、水深は浅く、腰までしかなかった。
 そこへためらいもせず、リュオが飛び込んできて、ラフィーをグイッと引き上げた。

「リュオ!」
「もう、なにやってるんだ!」

 彼も当然びしょ濡れだ。
 
(えっ、どうして?)
 
 リュオまで濡れる必要なかったのにと、驚きに固まったままの彼女を抱きかかえるようにして、リュオは岸に上げた。
 茫然としたままのラフィーの顔の前でリュオは手を振って、「大丈夫?」と顔を近づける。
 その息がかかる近さに、ラフィーは慌てて胸を押して距離を取る。

「だ、だ、だいじょうぶ。ありがとう」

 ラフィーはお礼を言ったが、その押しのけるようなしぐさにリュオはムッとして、支えていた彼女の身体を離した。
 明かりをつけようとして、水に映してはいけないことを思い出し、さらに口を歪める。

「さっさと湖の水を採れば?」
「う、うん」

 ラフィーは専用の容器を取り出すと、今度は慎重に湖の端に行って、水を汲んだ。

「もう明かりを点けていい?」

 容器を袋にしまったのを見て、リュオは聞く。

「うん」

 リュオが明かりをつけると、白いシャツが身体に貼りついたラフィーが浮かび上がった。
 しかも、下着が完全に透けていた。
 
「うわっ」

 リュオが慌てて明かりを消すと、今度はラフィーが悲鳴をあげて、リュオに抱きついた。

「なんでいきなり消すの! 怖いじゃない!」

 柔らかな身体を押しつけられて、リュオは赤くなった。その身体を押し返すと、「ちょっと離れろよ!」と顔をしかめる。視覚と触覚の暴力だと思った。

「ごめんなさい……」

 バッと離れたラフィーを見ないようにして、リュオはまた明かりを点けた。

(嫌われた! 嫌われちゃった……)

 こちらを見ようともしないリュオに、もともと好かれていないのはわかってたけど、今度は完全に嫌われてしまったと、ラフィーは悲しくなって、俯いた。


 
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