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わかってる!

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「ハッ、ハァ……、あんた、マジでこんな……最後までやる、つもり、か…………ウッ……」

 壮絶に色っぽい顔で、リュオがラフィーを見下ろす。
 その見たこともない表情に胸がトクンと高鳴ったけど、口を大きなもので塞いでる彼女には答えられない。
 かろうじてコクリと頷くと、リュオがまたハァ……と甘い吐息を漏らす。
 舌を必死で動かして、先っぽを舐め回すと、ちょっと苦いような味がした。

(これが先走りというものかしら?)

 手に握りしめた熱くて硬いものがビクビクしている。
 教書に書いてあった通りに、それを上下に動かして扱きながら、チュウッと吸ってみる。

「うッ……」

 リュオがまた呻いた。
 切れ長の目を伏せて、快感に目許を染めている彼はとても艶っぽい。
 しかも、そんな顔をさせているのが自分だと思うと、なんだかラフィーはうれしかった。

 リュオの脚の間に座り込んでいる彼女の頭に、ふいに手が置かれた。
 ラフィーがチラリと見上げると、リュオと目が合う。
 銀色の瞳の中の翠が濃くなっていて、綺麗だった。
 普段は温度を感じさせないクールな瞳が熱っぽく彼女を見るので、ラフィーはゾクリと身を震わせた。彼女の中からなにかがとろりと溶け出してくる。

 彼の手は、褒めるかのようにラフィーの頭を撫で、彼女の頬に落ちかかる黒髪を掬い上げて、耳にかけた。
 耳の縁をスーッと撫でた指は、ラフィーの頬を愛おしそうにくすぐる。

(違うのに……そういうんじゃないのに……)

 切なくなったラフィーは彼の瞳の磁力からどうにか視線を引き剥がすと、目をつぶり、口の中のものに集中した。






 ───その一ヶ月前。

「いらっしゃい~」

 扉が開く音がして、にこやかな微笑みを浮かべて振り返ったラフィー・リンは、スッと笑みを消した。顔がニヤけるのを我慢すると、眉間にシワが寄って、仏頂面になってしまう。

 腰までの艷やかな黒髪を後ろで一つにくくり、ややツリ気味の大きな目をした彼女は、見た目はインテリ美人だ。しゃべると随分イメージが違うらしく、なんだか残念と思われることが多いが。よく言えば素直、直球で言うとちょっとおバカなのが滲み出てしまうらしい。

「なんだ、またあなたなの。暇ねー」

 入ってきたのは、特級魔術師のリュオ・サザードだった。
 こちらも負けずに仏頂面だが、すこぶる顔がいい。
 きめ細かな白い肌に端正な目鼻立ち、特に印象的なのが、その瞳で、銀色に光る中に翠のきらめきが見えて、美しい宝石のようだった。

「暇なわけないだろ。補給係なだけだ。僕だってあんたの顔なんか見飽きたけどね」

 リュオはそのチョコレートブラウンの髪を掻き上げて、不機嫌そうに言った。
 チョコ好きなラフィーはその髪を見るといつも美味しそうと思ってしまう。
 少し癖のある髪に触れ、口をつけたいと思うのだ。

「悪かったわね、こんな顔で!」

 容姿はラフィーのコンプレックスなので、ついつい過剰に反応してしまう。
 初対面でがっかりされるのを感じるうちに、ラフィーは自分に自信がなくなっていた。

「そう思うなら、愛想のひとつぐらい見せたらどうだ?」
「前に愛想笑いをしたら、不自然で気持ち悪いって言ったのは誰よ!」
「実際、引き攣ってたからね。自然に笑えないのかよ」
「あなた相手に笑みなんか出てこないわよ」
「かわいくないね」
「おあいにくさま! 私のかわいいは人を見て発動するんですー!」
「なんだよ、それ」

 いつものやり取りだけど、かわいくないと言われて、いちいち傷つく自分が嫌だと、ラフィーは心の中で溜め息をつく。
 これは毎日のようにやってくるリュオに惹かれないためのラフィーなりの防衛策だ。勘違いして、期待してしまうくらいなら、嫌われているのを確認して、自分に言い聞かせる方がいい。
 いまいち成功していないけど。

(リュオの好きなのはかわいい子。隣の家の幼なじみ。かわいくない私は眼中にない。わかってる)

 呪文のように繰り返す。
 こんなに仲が悪いのに、リュオがここに日参しているというだけで、二人の仲を勘ぐる噂が絶えない。

(本当に迷惑だわ……)

「それで、いつもの魔力回復薬?」

 ラフィーがめんどくさそうに言うと、リュオも仕方なさそうに答える。

「あぁ、それを一ダースと、体力回復薬もくれ」
「体力回復薬? めずらしい」
「研究が大詰めで徹夜組のやつもいるんだ。その差し入れだ」
「ふ~ん、大変ね」

 気のない返事を装い、せっせと求められた薬を用意する。

 ここは王宮の中の薬剤庫兼錬金術工房だ。
 正確に言うと、ラフィーの師匠の錬金術師ガイラ・サリが割り当てられた錬金術工房に、騎士や魔術師やたまに貴族までも彼女が調合した薬剤を求めてやってくるので、工房の一部を薬剤庫にして、弟子のラフィーが対応するようになったのだ。
 
「体力ないんだから、むちゃするのはやめなよ」

 ツンケンした口調に心配が紛れ込む。
 しかし、リュオは気づかず、ムッとした顔をした。

「僕が体力ないって、なんであんたにわかるんだ?」
「だって、騎士様たちと違って、身体を鍛えてないでしょ?」
「筋肉バカと比べるな」

 ますます渋面になり、リュオは反論する。
 そこにさわやかな声が割り込んだ。

「筋肉バカとはひどいね」

 ラフィーが振り向くと、声と同じくらいさわやかで甘いマスクの人がいた。

「クロード! いらっしゃい!」

 全開の笑顔で彼を迎えるラフィーを見て、リュオは苦虫を噛み潰したようになる。

 クロード・マルクは近衛騎士で、キラッキラの金髪に明るい青の瞳、誰もが認めるハンサムな顔の上、背も高く、鍛えられた身体はスリムながら鋼のようと、女の子が憧れるすべてを持っていた。
 その上、驕ることなく性格は穏やかで、常に微笑みを湛えている。

「やぁ、こんにちは、ラフィー。今日も元気だね」

 今も少し垂れ気味な目を細めて、うっとりするような笑みを浮かべる。

(笑顔の無駄撃ちだわ)

 他の女の子がこんな笑顔を見せられたら、目がハートになりそうだが、彼に興味のないラフィーは軽く流して、そんなことを思った。

「おかげさまで、この人が来る前は機嫌もよかったんだけど」

 視線でリュオを指すと、クロードは苦笑して、リュオは目つきを鋭くする。

「僕だって不愉快だ!」
「……相変わらずだねぇ、君たち」

 王宮で月と太陽に例えられる二大美男に挟まれて、ラフィーは溜め息をついた。

(どうでもいいけど、ここに来すぎだわ、この二人)

 師匠の昔からの知り合いだというクロードはちょくちょくここにやってくるので、自分たちが三角関係だという噂もあるらしい。
 でも、クロードの目的はラフィーじゃない。

「ねぇ、サリ、そう思わない?」
 
 ついっと目線を奥にやったクロードが、我関せずと調合をしているガイラに話しかけた。

 ガイラは豊かな巻毛と豊満な身体を持つ美女だ。
 ただし、いつからここにいるのか知られておらず、昔から姿が変わらないということから、西棟の魔女とこっそり称されていた。
 ラフィーも怖くて、師匠の歳を聞いたことはない。

 そのガイラに熱い眼差しを送って、クロードが尚も話しかける。

「サリ、今日は街で評判の焼菓子を買ってきたんだ。一緒に食べようよ」

 彼女は皆に『ガイラと呼ぶように』と言っているのだが、クロードはなぜか『サリ』と呼ぶ。

 甘い物好きなガイラはそう言われてようやく顔をクロードに向けた。

「それはありがとう。手が離せないから、そこに置いていって」
「それなら手伝うよ」
「いえいえ、お忙しい騎士様にそんなことをさせられません」
「大丈夫。今日は非番だから」
「それなら、なおさら貴重な休みをこんなところで潰すわけにはいかないでしょ?」
「貴重な休みだからこそ、あなたのそばで過ごしたいんだ」

 クロードは臆面もなくガイラを口説いて、彼女は顔をしかめる。

「だからさー、いい加減あきらめてよ。私はあんたみたいなお子様に興味はないの!」
「だから、お子様かどうか、試してみてよ」

 甘い瞳を蕩けさせてガイラに迫るクロードに、また始まったとラフィーはあきれた。
 こうなると長いのだ。

 ラフィーはリュオのための薬剤を用意し終わるとさっと渡して、「お昼に行ってきまーす」と部屋を出た。

(もう、毎度まいど勘弁してほしいわ)

 はぁと溜め息をついたとき、横から声をかけられた。

「…………あんたもクロード狙いなのか?」

 薬剤を腕に抱えたリュオが探るように見ていた。

「はぁ?」

 ラフィーが聞き返したのを意味がわからないのかと思ったらしく、彼は言い換えた。

「あんたもああいうのが好みなのか?」
「クロードは好みかどうかって枠を超えちゃってるよね。なんというか非の打ち所がないっていうか……」
「ふ~ん」
「唯一の欠点は師匠にべた惚れだってことぐらい?」

 さっきの様子を思い出し、ラフィーがまた溜め息をつくと、リュオが顔をしかめた。

「どうせ、あんたなんて相手にされないんだから……」
「そんなのわかってるよっ! 余計なお世話!」

(女性的な魅力がないって言うんでしょ? 知ってるし!)

 泣きそうになり、ラフィーはプイッと横を向いて、その場を去った。

「あ……」

 なにか言いたげなリュオを残して。



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