堅物副社長の容赦ない求愛に絡めとられそうです

入海月子

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1巻

1-2

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 古民家は、漆喰しっくいの白壁に下見板張りという板チョコを張り合わせたような外観で、石畳の道に沿って十四棟並んでいる。この一画は、見慣れている私でも趣があると思う。
 その中のちょうど真ん中に建つ一棟に、格子戸を開けて入る。
 広い石張りの土間を上がると、中央に囲炉裏がある板張りの部屋が広がっている。
 床板が冷えていて、足裏がジンとした。
 空調は完備しているけど、天井が高い古民家は効きが悪い。
 一月中旬の今は、冬まっさかり。
 外よりひんやりした屋内に、アピールするには一番不利な時期だったなぁと思う。
 それでも、國見副社長は吹き抜けの天井や、年季の入った太いはりを見上げて、「ふ~ん、いいな」とつぶやいた。

(そうでしょ、そうでしょ。ここは素敵なのよ!)

 雰囲気のある室内を見回す國見副社長は、まるで映画のセットの中にいる俳優みたいだった。パンフレットに使いたいと思うほど。
 この古民家は見た目だけじゃなく、ちゃんとバリアフリーにも気を使っていて、土間から上がる一角にスロープをつけている。
 そういった点もアピールすると、生真面目な顔で彼はうなずいた。

「この隣は居間になっていて、そこから個室に繋がっています。ここから先はあえてモダンに改装しています」

 あくまで宿泊施設にする予定なので、快適さを優先している。トイレも洋式だし、寝るのもベッドだ。
 でも、仕切りは板戸や雪見障子にしていて外に目を向ければ日本庭園が見えるし、風情はばっちりだと思うんだよね。
 どうだと自慢げに案内していく。
 ちらっと彼を見上げると、好感触のようで、自信を強める。
 だけど――

「うわぁぁぁ!」

 突然、國見副社長が大声をあげた。私の背後に回って、張りつくようにして肩をつかまれる。どきんと心臓が跳ねた。

「な、なんですか⁉ どうされたんですか?」
「く、く、く……」
「く?」

 笑っているのではなさそうだけど、意味がわからない。
 振り返ると近いところに彼の綺麗な顔があり、動揺しているのかカッと目を見開いている。美形はこんな顔も綺麗なんだなぁとしみじみ思っていると、彼はふるえる指で、部屋の隅を指した。
 そこには小さな生き物がいた。

「あぁ、クモですね」

 私は持っていたバインダーにクモを登らせると、庭に放した。

「き、君は虫が平気なのか?」
「えぇ、なんともありません。もしや、怖いんで……」
「そんなわけないだろう!」

 食い気味に否定された。
 でも、あきらかに逃げて、私の後ろに隠れてましたよね?
 よっぽど動揺したのか、少しうるんだ瞳で私を見つめる。
 慇懃無礼いんぎんぶれいました彼が取り乱しているのがちょっとかわいく思えた。

「こ、ここには、あんな虫が出るのか?」
「そりゃあ、自然に近い土地ですし、そこら中にいますよ」

 國見副社長はめまいがするという様子で額に手を当てた。

「やっぱり虫が苦手なん……」
「違う! ただ、不衛生じゃないか!」
「Gのつく虫の対策はしていますよ」
「当たり前だ!」

 國見副社長がわめいた。
 否定しているけど、どう見ても彼は虫が苦手のようだ。

「あっ、ここにもクモが」

 試しにそう言ってみると、國見副社長が飛び上がった。仮想のクモをバインダーに登らせて、窓から放すふりをした。
 彼は顔をこわばらせたまま、視線だけでそれを追うと、止めていた息を吐いた。
 その様子に、老婆心ながら心配になってしまった。

「あのー、國見副社長、ここで一人暮らしできます?」
「バ、バカにするな! 一人暮らしには慣れている」
「虫が出たらどうします?」
「そもそも虫は外にいるものだろう? 外なら気にも留めないのだが……」
「現にここにいますよね?」

 グッと詰まった國見副社長はじっと私を見た。
 眼鏡のブリッジに指を当て、なにかを考えているようだ。そして、口を開いた時にはもとの冷静な口調に戻っていた。

「佐々木さんはここの責任者なんですよね?」
「はい」
「家の中に出た虫をなんとかするのも責任者の役目じゃないですか?」
「役目ですか?」
「虫が出るなんて管理に問題があります。責任を取ってもらわなくては」

 言われたことの意味がわからなくて、私は首をひねった。

「そう言われましても、虫なんていつ出るかわからないですよ? ここに同居でもしない限り、対策しようがないです」
「それなら、そうしてください」
「えっ?」
「もしくは不衛生な場所を提供されたと社に報告し、このお話はなかったことに……」
「いやいやいや、それは困ります! でも、それなら、御社から他に誰か派遣してもらえば……」

 今度は私がかぶせるように言った。
 そもそも大会社の現地調査なのに、副社長が単身で来るのがおかしいんだよね。

「それはできかねます」

 眼鏡をくいっと上げて、國見副社長は言い切った。
 なにか事情がありそうだけど、教えてくれるつもりはないらしい。


 必ず勝ち取れと言われてるのに、初日で副社長を怒らせて帰してしまうなんて、まずすぎる。私が折れるしかないのかな……
 しばし、私たちは黙って見つめ合った。

「あぁ、女性には不自由しておりませんから、ご安心ください。もちろん、他の方に対応していただくのでも構いません」

 國見副社長がしれっと付け加える。
 私に女の魅力があるとは言い難いけど、その言い方はないんじゃない?
 むかむかする。でも、ふと、ここに同居するというのは、私にも好都合だと気づいた。
 つい一ヶ月前、私を一人で育ててくれた母が、結婚したい人だと言って近藤こんどうさんという男性を連れてきた。近藤さんは母の職場の上司で、昔から私たち親子を気にかけてくれた。
 父の顔さえ覚えていない私は、優しくしてくれる近藤さんを本当の父親みたいに思っていた。
 彼が早くに奥さんを亡くして以来ずっと独り身だと知ってから、二人が結婚してくれたらいいのにとひそかに願っていた。
 当然、私は諸手を挙げて賛成した。
 だからこそ、二人が私に気兼ねしないように家を出なきゃと思っていたのだ。
 しかし、その話を伝えると、二人は私の一人暮らしにいい顔はしなかった。私のことを追い出すように感じているのだ。

(これは家を出るチャンスじゃない? 仕事だと言えば、お母さんたちも納得してくれるわ)

 國見副社長はさっきまでのうろたえた表情を消し去って、眼鏡の奥のクールな目で私を見ている。

(この慇懃無礼いんぎんぶれいメガネが私を襲うことはないわよね。それなら、別にいいか。三ヶ月だけだし)
「……仕方ありませんね」
「それでは、引き受けてくれますか?」
「はい、わかりました。ここで虫対策をさせていただきます」

 私は覚悟を決めて、うなずいた。


 とりあえず報告のために会社に戻ると、國見副社長は田中社長相手にさっきの持論を展開した。

「つまり、佐々木さんと同居したいということですか?」
「いえ、彼女と同居したいのではなく、対策をしていただきたいと言っているのです。虫が出たら、可及的速やかに。それをしていただけるなら、佐々木さんである必要はありません」

 國見副社長は眼鏡のブリッジを押さえ、かっこつけて言っている。

(ようは虫が怖いってだけよね)

 私はおかしくなって、噴き出しそうになるのをこらえた。

「佐々木さんはいいのか?」
「はい。問題ありません」

 はっきり返事をすると、田中社長はこそっと私に耳打ちした。

「でも、独身の女の子なのに外聞が悪くないか?」
「外聞もなにも、私は恋人がいるわけでもないし、結婚する気もないので大丈夫です。そもそも宿泊施設ですし。それより、この仕事を勝ち取らないとヤバいんですよね?」
「そうなんだよね~。でも、本当にいいの?」
「実は私、家を出たかったので、ちょうどいいんです」
「それならいいけど」

 にっこり笑って見せると、社長はためらいながらもうなずいた。
 宿泊施設で個室があるから、離れた部屋を使えば、最低限のプライベートは確保できる。
 ベッドもクローゼットもあるから、服と必需品さえ持っていけば当面は住めるだろう。
 室内を整えたのは私だから、設備についてはよく知っていた。
 誰かと同居なんて窮屈きゅうくつだなあとは思う。しかも、こんな神経質そうな人と。でも、まぁなんとかなるだろう。
 私の唯一の趣味だけは、ままならないかもしれないけど。

「それでは、佐々木さん、今日からしばらくよろしくお願いします」

 話がついたのを見て、國見副社長はにこりともせず慇懃いんぎんに頭を下げた。


   ○●○


「あかりちゃん、本当に今日から行くの?」

 準備のために今日は早退していいと社長から言われ、私はまだ明るいうちに家に戻ってきていた。
 しばらく家を出ると言うと、驚いた母にあれこれ聞かれた。
 服や化粧道具などの必要品をキャリーバッグに詰めながら答える。

「仕方ないのよ。虫が怖い御曹司の面倒を見ないといけないから」
「男の人と住むの⁉」
「住むといったって、ホテルの違う部屋に泊まるようなものよ?」

 実際は共有部分が多いので距離は近いけど、心配させないようにそう言った。

「それに、こことも近いし。荷物を取りにとか、ちょこちょこ戻ってくるわよ」
「そう? でも、気をつけてね。あかりちゃんはかわいいから」
「ふふっ、そんな心配いらないわよ」

 親バカ丸出しの母の言葉に笑ってしまう。

「笑いごとじゃないわよ! かわいい娘なんだから!」
「はいはい」

 ねたように言う母こそ、娘の目から見てもかわいらしい。
 たくさん苦労しただろうにほんわかした雰囲気で、頑張る姿を見たら思わず助けてあげたくなる人だ。
 実際、母は近藤さんと出会うまでも彼氏が途切れたことがない。
 近藤さんも一生懸命でかわいい母だから惚れたに違いない。

(こんなお母さんを捨てたなんて、お父さんもバカね)

 想像上の父に心の中で舌を出す。


 私が四歳の時、父の本当の奥さんに子どもが生まれて、私たちは捨てられた。
 母は手切れ金を持って、実家があった天立市に戻ってきた。祖父や祖母はすでに亡くなっていたけど、家はあったので、私たちはさしてお金に困ることもなく暮らせた。
 でも、婚外子というのは田舎ではわかりやすく疎外された。
 母のことは大好きだ。けど、既婚者との間に子どもをもうけるとか、男の人がいないと生きていけないところとか、私には信じられない。みんなが言うようにふしだらと思ってしまう。人を好きになったことがない私には、世間のそしりを受けてまで自分の意志を貫くその熱情を理解できない。いや、むしろ理解できるようになんてなりたくなかった。
 会社で事務の芝さんに「あんなイケメンと同居なんていいじゃない。たま輿こしねらえるかもよ」とからかわれたけど、冗談じゃない。私は独身主義だ。
 ここで、一人たくましく生きていくのだ。
 たま輿こしなんてまったく興味ないし、慇懃無礼いんぎんぶれいメガネなんてなおさら興味ない。

(まぁ、顔はいいけどね……)

 國見副社長の整った顔を思い浮かべる。
 そりゃあ、私だって綺麗なものは好きだから、目の保養にはなると思う。
 でも、美人は三日できるというように、イケメンだって三日もすれば見慣れると思うのよね。
 そんな失礼なことを考えながら、荷物を持ち上げた。

「じゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃい。くれぐれも気をつけてね」
「うん。お母さんは近藤さんとラブラブしててね」
「こらっ」
「あはは」

 私は母に手を振ると、車で古民家に向かった。


 古民家に着くと、入口に國見副社長が立っていた。
 もしかして、家の中は虫がいるかもと思って、入れなかったのかな?
 この寒い中に気の毒なことをした。

「お待たせして、すみません。先に中に入っていただいても良かったのに」
「いえ、そんなに待っていません」

 窓を開けて声をかけると、そっけなく答えてくる。
 急いで車を駐車場に停めて荷物を出していたら、彼が手伝ってくれた。

「ありがとうございます」
「荷物があれば手伝うのが普通でしょう」
(もしかして荷物が多いだろうと思って、待っていてくれたの?)

 紳士的な言葉に、感じ悪いと思っていたのを申し訳なく思う。
 やり取りの際に触れた國見副社長の手は、氷のように冷たかった。思ったより長く待たせてしまったようだ。
 古民家の中に入り、「温かいお茶でもれましょうか?」と気づかった。

「あぁ、それなんですが……」

 すると、きまりが悪そうに眉を寄せ、國見副社長が言った。

「他人が作ったものはあまり……」
「他人が作ったもの?」

 つまり、私のれたお茶は飲めないと?
 唖然あぜんとして彼を見つめた。

「もしかして、國見副社長は潔癖症けっぺきしょうなんですか?」

 そう指摘すると、彼は眉をひそめた。

「違います! ただ綺麗好きなだけです! それから申し訳ありませんが、プライベートまで役職で呼ぶのはやめてくれますか? 息が詰まります」

 さすがにこの人も、プライベートは気を緩めたいのね。
 本当に息が苦しいとでも言うように、彼はネクタイを緩めた。
 そのしぐさは無駄に色っぽい。

(確かに家で仕事のことを思い出したくないよね)

 私は素直に呼び方を変えた。

「じゃあ、國見さん」
「名字で呼ばれるのは嫌いです」
「えっと、じゃあ、貴さん?」
「はい。お茶は私がれます」
「え、あ、ありがとうございます」

 貴さんは私の荷物を居間に下ろすと、すたすたと台所に行き、お湯を沸かし始めた。念入りにやかんを洗ってから。
 私はお茶の葉のありかを教えようと、そのあとに続いた。

「お茶っ葉はここに……」
「ありがとう」

 貴さんは私が指した茶筒をさっと取り上げ、手慣れた様子でお茶をれる。

「あぁ、それから食事も私が作りますから、良かったら、佐々木さんも食べてください」
「それは助かりますが、別々でも良くないですか?」
「申し訳ありませんが、なるべく料理道具を他人に触られたくなくて……」
(やっぱり潔癖症けっぺきしょうじゃない!)

 この調子だと、他にも嫌がることが多そうだ。気を使うなぁと先が思いやられる。

(それにしても、貴さんって料理できるんだ。スペック高いなぁ。まぁ、他人の作ったものを食べられないなら自分で作るしかないけどね)

 私は料理が好きでも嫌いでもない。だから作ってくれるというなら楽でいいけど、接待しないといけない立場なのに、私の分までいいのかな。
 まぁ、本人がそれを望んでいるんだからいいか。
 あれこれ考え、私はうなずいた。

「わかりました。お願いしてもいいですか? でも、結構不便じゃありませんか? 外食もできないでしょうし」

 副社長で御曹司の貴さんなら、接待だってありそうなのに。そう思って聞くと、貴さんは首を振った。

「見えないところで作られたものなら、想像力をシャットダウンすればなんとか大丈夫なんです。目の前で作られると、その料理人の衛生状態から調理器具や設備の清潔さまで気になって、気持ち悪くなってしまって……」

 それでも結局は我慢して食べるんですが、と貴さんは言った。

「ご実家ではどうされてたんですか?」
「一人暮らしをするまでは、お手伝いさんが出すものを頭を無にして食べていました」

 淡々と告げられた言葉に、難儀な人だなぁと思う。
 そして、関係ないけど、御曹司の家にはお手伝いさんがいるんだと感心した。

「その理屈で言うと、私が手をしっかり消毒してここで料理をしたら、条件はクリアできませんか? ここの清潔さは思う存分調べられますし」

 ふと思いつきで言うと、思ってもみなかったのか、貴さんは硬い表情を崩して目をまたたかせた。

「……その考えはありませんでした」
「試してみます?」
「まぁ、そのうちに」

 お茶を座卓に運ぶと、座布団を出して座る。
 床暖房を入れておいたので、だんだん足もとが温かくなってきた。
 貴さんがれてくれたお茶は、甘みが出てまろやかでおいしかった。
 れ方が上手だわ。

「あぁ、そういえば、私に対して、敬語を使わなくていいですよ?」
「それは有難ありがたい。それじゃあ、君も……」
「いいえ。貴さんはお客様ですし、たぶん、年上ですよね?」
「僕は二十九だ」
「私は二十六歳ですから、やっぱり年上ですね。それなのに、言葉を崩すわけにはいきません」
「なら、好きにすればいい」

 呼び方をくだけたものにしたいなら、しゃべり方も合わせたほうがいいかなと思って提案すると、貴さんは早速変えてきた。プライベートでも敬語で話していそうな人だけど、実際は違うみたい。このほうが私も落ち着く。

「ついでだから、ここに住む間のルールを決めよう」
「そうですね」

 潔癖症けっぺきしょうのことといい、最初からルールを決めておいたほうがトラブルが少ないだろう。
 私がうなずくと、貴さんは条件を挙げ始めた。

「さっきも言ったように、食事は僕が作る。食材も僕のほうで必要なものを買うので、お構いなく」

 今冷蔵庫に入っているのは、私が用意した野菜や肉類だ。ついくせで、セール品の豚肉とかを買ってきちゃったけど、きっと御曹司様のお口には合わないわ。
 私はそれを思い出して苦笑した。

「でも、この辺りで食材を買うとなると、ちょっと離れたところにあるスーパーか商店街の専門店に行くしかないですよ。車じゃないと不便かもしれません」
「ネットスーパーは?」
「使ったことはありませんが、生鮮品はここで買ったほうが新鮮かと」

 田舎度合いをめてもらっちゃ困る。頼んでから中一日はかかるはず。
 貴さんが買い物袋を提げている姿なんて想像できないと思ったら、ネットスーパーを使ってたんだなぁ。

「じゃあ、近くに車のディーラーはあるか?」
「まさかスーパーに行くために車を買うつもりですか⁉」

 驚いて貴さんをまじまじと見つめるが、彼は「必要なら買うしかないだろ」と平然と言う。

「いやいや、せめてレンタカーにしましょう。もしくは、私の軽で良ければ使ってください」
「いいのか?」
「はい、ぜひぜひ」

 金銭感覚の違いに顔が引きつる。
 でも、貴さんが私の軽に乗っていたらミスマッチだなぁ。
 彼には高級外車が似合う。

「あと、洗濯も引き受けよう。だから、申し訳ないが掃除は頼みたい」

 あー、なるほど、掃除は虫に遭遇する可能性があるもんね。
 それはいいけど、洗濯は御免こうむりたい。他人に下着を見られるなんて恥ずかしすぎる。
 でも、貴さんが真面目な顔で私のパンツを干してる姿を想像して、噴き出しそうになってしまった。

「掃除はもちろん引き受けますが、洗濯は結構です」
「遠慮しなくても……」
「遠慮します!」
「そうか」

 私たちは話し合い、お風呂掃除は貴さん、ゴミ出しは私……というように役割分担を決めていった。

「あと、お互いにプライベートには干渉しないようにしよう。無断で相手の部屋に入らないというのもいるな」
「もちろんです」

 貴さんはいつの間にか、ノートに条件を書き出していた。
 右肩上がりの綺麗な字だ。

「思いついたら、また書き足していこう」

 貴さんは満足げにリストを見ると、ハサミで切り離し、壁に貼ってうなずいた。

「必ず守ってくれ」

 えらそうに言われて、カチンとくる。

「そちらこそお願いしますね!」
「当たり前だ」

 貴さんはクールなまなざしで眼鏡をくいっと上げた。


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