堅物副社長の容赦ない求愛に絡めとられそうです

入海月子

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1巻

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   プロローグ


 背中にはひんやりとした床、私にのしかかる体温の高い身体。
 私はたかしさんに押し倒されていた。
 普段はクールで整った顔が、じっと熱く私を見下ろしてくる。

「あかり……」

 耳もとで名前を呼ばれたかと思ったら、ちゅっと湿ったやわらかいものが耳に当たった。
 彼の唇だ。
 それに気づき、顔が燃えるように熱くなる。
 唇が私の耳から頬に移り、そのくすぐったさに彼から逃げようとすると、後頭部をつかまれてキスされた。
 そのキスはこの間と違って、ひどく情熱的で。
 そのまま深く強く吸いつかれる。
 苦しくなって唇を開けると、舌が入り込んできた。
 びっくりして身じろぎしようとしたけど、頭と腰にしっかり手を回されて動けない。
 貴さんの舌は私の舌を探し当てると絡みついた。そして、また吸いつかれる。

「んっ! ぅんんっ……」

 角度を変えて何度も吸われるうちに酸欠のようになって、ぼんやりしてくる。
 そんな私の口を解放した貴さんは、頬に手を当てて見つめてきた。

「あかり、僕は君が欲しい」
「……⁉」

 突然の言葉に驚いた。
 私を切望する瞳に息を呑む。
 普段は冷たい彫刻ちょうこくのような彼の顔から男の色気がしたたり、明確な欲望が見えた。



   第一章


國見くにみコーポレーションの國見貴と申しますが、担当の佐々木ささきさんはいらっしゃいますか?」

 彼がうちの会社、田中たなかプランニングを訪れた時、みんな一瞬フリーズした。そして、ザッと私を振り返る。年が明けて仕事始め早々のことだった。
 現れたのは、銀縁眼鏡の超美形。ギリシャ彫刻ちょうこくを思わせるような整った造作に少しくせのある黒い前髪が落ちかかり、均整の取れた長身の身体には紺のピンストライプのスーツ。
 その姿は美麗で、彼の周りにだけ光が差しているよう。とても田舎の零細企業に現れるような人物に見えなかった。

「佐々木は私です……」

 なんで、私? と思いつつ、手を挙げて席を立つ。彼は怜悧そうな瞳を私に向けて会釈えしゃくし、眼鏡のブリッジを押し上げた。
 その妙に色気があるしぐさに、周囲から、ほぉっと息を吐く音が聞こえた。


 私は佐々木あかり。二十六歳。田中プランニングに勤めて五年目になる。
 うちの会社は公的機関からの業務委託をメインにしており、私はここ天立あまだて市から委託された地域活性化事業を担当している。具体的に言うと、古民家を利用した宿泊施設やカフェ、地元名産品を売るショップなどの運営、広報の担当だ。
 名所らしい名所がない天立市に観光客を呼び込もうとホームページを整えたり、SNSでショップのアピールをしたりと日々努力している。だけど、田舎すぎて残念ながら成果は芳しくない。天がついている地名なだけに星空は綺麗なんだけどね。
 市の予算を使って古民家の整備をしているのに、結果が出ないのは非常にまずい状態だ。
 もうすぐ宿泊施設もオープンできそうなのに。


「國見副社長、行き違ったようで、すみません! 急なことでまだ佐々木には話していなくて……」

 田中社長がそう言いながら、大慌てで走りこんできた。
 社長は七三の髪、柔和な顔、安定感ばっちりの体形を備えたバイタリティあふれる人だ。今日、市役所の担当に呼ばれて打ち合わせに行っていたはずだった。
 なんのことかわからず、社長とイケメンとを交互に見ると、その美形はこれ見よがしに溜め息をついた。

「先ほども言いましたように、私は夕方までに東京に戻らねばなりません。申し訳ないですが、時間がないのです」

 整った顔だけど表情にとぼしい彼の忙しいアピールに、なんだか感じ悪いと思う。
 東京まで三時間はかかるので、夕方までに戻りたいなら、確かに時間はないけど。
 社長はペコペコしながら、ドアを指した。

「とりあえず、会議室へどうぞ。しばさん、お茶をお願い」

 事務の芝さんに声をかけると、社長は國見副社長という人を会議室へ案内した。私を手招いて――


 二人を追って会議室に行くと、美形に紹介された。

「國見副社長。改めまして、田中プランニング社長の田中ひろしです。こちらが担当させていただく佐々木あかりです。若いですが、よく気の利く優秀な社員です。なんでもお申しつけください」

 社長が私に下駄をはかせるような紹介をすると、國見副社長は切れ長の涼しげな目を私に向けた。

「佐々木あかりと申します。よろしくお願いいたします」
「國見コーポレーションの國見貴です」

 私が名刺を出すと、彼も名刺を出して名乗った。その爪先は整っていて、指でさえも繊細で美しい。

(國見コーポレーション?)

 先ほどは國見副社長のあまりの美形ぶりに気を取られて聞き流していたけど、國見コーポレーションといえば、テレビCMを打つほどの都市開発企業最大手だ。そんな社名を聞いて、びっくりする。
 妙に耳に残るCMのフレーズが脳内で再生される。
 ~あなたに夢といやしを。國見コーポレーション~
 あの國見コーポレーション⁉
 しげしげと名刺を見てしまう。

「急なことで申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 丁寧にそう付け加えられ、大企業の副社長の割にえらそうじゃないことを意外に思った。

(肩書きだけで人を見てはいけないわよね)

 そう思ったのに、打ち合わせに入ってすぐに前言を撤回したくなった。


 席につき、お茶が出されると、田中社長は話し始めた。

「國見コーポレーションさんでここ一帯をリゾート開発する計画があるそうなんだ。そこで、國見副社長が事前調査されることになってね。その間の窓口担当を佐々木さんにやってもらおうと思ってるんだ」
(えぇーっ! なんで私⁉)

 びっくりして目を見開く私をクールに見つめた國見副社長は、田中社長に視線を移した。

「佐々木さんは驚かれているようですね。先ほどおっしゃっていましたがかなりお若く見えます。失礼ですが、御社にはベテランの方もいらっしゃるのに、なぜ佐々木さんが担当なんでしょうか」

 下っ端の若い女が担当なんて大丈夫かとほのめかされたようで、カチンとくる。
 働き始めて五年目というのは経験が浅いと思われるかもしれないけど、入社以来携わっている天立市の地域活性化事業については私が誰よりも詳しいと自負している。別にこの人の担当になりたいわけじゃないけど。
 言い返そうとしたら、社長が先んじて反論してくれた。

「佐々木さんは長くこの天立市の観光振興事業を担当していて、よく調べているから適任なんですよ。それに古民家も彼女の担当ですし」
「確かに古民家も担当していますが……なにかに使われるんですか?」

 わざわざ出された言葉が気になって口を挟むと、社長がこちらに目を向けた。國見副社長も補足してくれる。

「國見副社長はここに滞在中、古民家に泊まりたいそうなんだ」
「適当なビジネスホテルもないようですし、せっかくなら、実際に開発予定の古民家に宿泊したいと思ったのです。お手数をおかけしますが」
「ちょうど一つ宿泊施設が完成しただろ? そこを國見副社長に使ってもらおうかと思ってるんだ」
「でも、しばらく滞在されるには電化製品やリネンなどが揃っていません。清掃も入れないといけないですし……」
「至急やってくれ。國見副社長は来週から来られるそうだから」
「来週、からですか……?」

 急な話すぎて不満を言いたくなったけど、観察するように私を見ている國見副社長に気づき、慌てて表情を取りつくろった。

「承知しました。来週からですね。ご用意いたします」
「お願いします」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 慇懃いんぎんに頭を下げた國見副社長に、こちらも頭を下げ返した。
 今日のところは本当に顔合わせに来ただけのようだった。彼はそのあと軽く来週からの段取りを話すと、打ち合わせがあると言って、さっさと東京に帰っていった。


   ○●○


「社長~、どういうことですか!」

 國見副社長が帰ったあと、執務室に戻ってきた私は社長に詰め寄った。

「ご、ごめん! でも、僕だって寝耳に水だったんだよ。観光課の担当に呼ばれて行ったら、いきなり市長室に通されてリゾート開発の話をされたんだ。國見社長から市長に直々に要請があったらしくて、絶対逃すなって言われるし、そこに國見副社長が現れて、紹介されて……。でも、うちとしても國見コーポレーションと提携できるなんておいしい話だろう?」

 うまくいったら、國見コーポレーションと一緒にリゾート開発に携わることになるそうだ。天立市としては絶対成約させたいだろうし、社長が言うのも確かにわかる。

「あの大企業が開発に携わるなら、観光客がわんさか来てお金を落としてくれて、うちの施設はウハウハですね!」
「ウハウハって、君ね……」

 社長は私の直接的な表現が気に入らなかったみたいで、ちょっとあきれたような顔をしたけど、問題はそこじゃない。

「でも、なんで私なんですか! 國見副社長はあきらかに不満そうだったじゃないですか!」

 社長が私を選んでくれたのは有難ありがたいものの、彼の冷ややかな視線を思い出してむかむかする。
 私の勢いにたじたじになった社長は早口で弁解した。

「さっきも言ったように、國見副社長は古民家に泊まりたいそうなんだ。宿泊施設は君の担当だろ? それに彼は若いから、君がひっついてアピールしまくったらうまくいくかな~と思って。市の担当も賛成してくれたし、國見副社長もさー、こんなむさいおじさんじゃなくて、君みたいに若いかわいい女の子が担当のほうがいいと思うんだよねー」

 周りを見渡して社員の面々を指すと、むさいおじさんと言われた先輩たちが苦笑した。
 若手の先輩がもう一人いるけど長期出張中だから、会社に残っているのはおじさんばかりだ。
 だからといって、そんな理由で担当にされるのは腹立たしい。

「社長、それセクハラです」
「ごめん! でも、市長案件だよ? わざわざ市長から念を押されたんだ。先に退出した國見副社長に続こうとしたら、呼び止められて。すごい圧力だろ? プレッシャーをかけられている間に彼がここに来ちゃったんだよ。会社としても、この話が流れるとまずいんだ。来年の予算が減らされたら死活問題だし」

 社長が泣き言を言い、私に手を合わせてきた。

「……実際、佐々木さんが一番ここの観光事業や古民家に詳しいし、熱意もガッツもあるし……少しでも可能性を高めたいんだよ。いいだろ?」

 私は溜め息をついた。

(大企業の副社長が、私ごときの魅力に惹かれるはずないと思うけど)

 私は色っぽいタイプでも美人でもない。あごまでのストレートボブに、いたって普通の顔だ。いて言うなら、ちょっと大きめの目が特徴的かなという程度。
 それに男性には興味がない。
 それでも古民家の担当であることに違いはないので、じとっとした目で見つめたまま、私はしょうがないとうなずいた。
 ぱっと笑みを浮かべた田中社長は、「ありがとう! それじゃあ、よろしくね」と明るい顔で詳しい説明をしてくれた。
 副社長は國見コーポレーションの御曹司。三ヶ月の間、天立市最大のアピールポイントである築百年を超える古民家群の一つに泊まり、市内を視察した上で、開発の適不適を判断するらしい。
 私の役目は彼を要所に案内して、売り込んでいくことだ。

(むちゃくちゃ責任重大じゃない!)

 市長案件というのもプレッシャーだ。
 古民家を改修した宿泊施設はできたばかりで、まだ稼働していない。でも、実際に泊まってもらえたら、良さをアピールできるはず。
 稼働している古民家は、見学するだけのもの、お土産物屋になっているもの、カフェになっているもの、郷土料理レストランになっているものだ。
 他にも温泉地や渓谷など、見どころはそれなりにある。
 そこに案内すればいいのかしら?
 にこりともしなかった國見副社長を思い出して、ちょっと憂鬱になった。
 反対に社長がにこやかにはっぱをかけてくる。

「よし、君がプロジェクトリーダーだ。全力でサポートするから絶対に逃すな! なにがあってもリゾート開発を勝ち取るぞ!」

 プロジェクトリーダーなんて、私一人しかいないチームなのに調子のいいことを言って……

(まぁ、やるからには頑張りますけど)

 溜め息をついたあと、頭を切り替えた。
 まずは来週に迫った國見副社長の来訪までに、古民家を整えなくてはならない。


 私は急いで清掃業者の手配に、水道、電気、ガスの開始手続きをして、すぐに生活できるよう準備をした。
 もともと宿泊施設として作っているから、照明、空調、机やベッドなどの家具はあったけど、生活を想定した家電はまだなかったので、慌てて追加した。調理道具や食材、日用雑貨も揃え、すべての準備が終わったのは、副社長が来る前日だった。

「これだけ用意したら十分よね?」

 母と二人暮らしで、昔から家事をしていたから、必要なものはわかっているつもりだ。
 近々家を出たいと思っていたので、それらの手配は一人暮らしの予行練習みたいだった。
 古民家を最終チェックして、満足してうなずく。
 それが、あんな展開になるとは、夢にも思っていなかった。


   ○●○


「それでは、これから三ヶ月間よろしくお願いします」

 銀縁眼鏡をキラリと光らせた國見副社長は、相変わらずの美形ぶりで私に挨拶あいさつをした。
 私たちは会議室で打ち合わせを始めるところだった。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。改めまして、このたびは天立市に興味を持っていただきありがとうございます。早速ですが、当市のご説明から……」

 私はまずパンフレットを見せてこの地域の特徴を説明しようとした。

「天立市。前年度の調べで人口五万四千三十二人。面積三百三十四キロ平方メートル。一級河川が形づくった平野部とその源流点となる山間部で構成されており、渓谷や林、滝など、豊かな自然と景観に出会える……。私はそんなホームページにも載っているような話を聞きに来たのではありません。もっと実のある内容をお聞かせくださいませんか?」

 國見副社長はちらっとパンフレットを見やると、まさにそこに書いてあるような内容をスラスラと暗唱してみせた。
 事前調査はばっちりということなのだろうけど、慇懃無礼いんぎんぶれいを絵に描いたような態度にカチンとくる。
 私は負けず嫌いなのだ。

「國見副社長は事前に当市のホームページまで見ていただいていたのですね。有難ありがたいです」
「『築百年を超える古民家が並ぶ歴史ある風景。山と川が織りなす自然景観。おいしい空気。ぜひ天立市で非日常に触れ、心の疲れをいやしませんか?』」

 國見氏は私が考えたキャッチコピーをそらんじた。
 一字一句合っていて、記憶力がいいのねと感心した私は、続いた言葉に顔を引きつらせた。

「実に平凡なキャッチコピーですね。どこの田舎でもほぼ通用する。父がこれのどこに惹かれたのか理解に苦しむ……」

 彼は後半は独り言のようにつぶやき、私の表情を見て「あぁ、失敬」と、眼鏡をくいっと上げた。

(なによ! そっちからリゾート開発したいって言ってきたんじゃないの! 副社長は反対派なわけ?)

 ムカッとしたものの、『絶対に勝ち取るぞ!』という社長の言葉を思い出して、無理やり笑顔を作って言った。

「それでは、國見副社長に天立市の魅力が伝わるように、最大限努力させていただきますね」

 私は分厚いファイルの束をドサッと机の上に出した。
 少しでも引きになるところはないかと、天立市内を回って集めた資料だ。

「それは助かります。ご存じの通り、弊社ではここ天立市の大規模リゾート開発を考えております。その実現可能性を探りに私が派遣されたわけです。見込みがないのに投資しても仕方ないですからね」

 眼鏡のブリッジに人差し指を当てて、冷めた目でこちらを見る國見副社長は、全然乗り気じゃないようだ。
 そこで、あえて前向きな質問をしてみた。

「見込みがあれば、どういう流れになるんでしょうか?」
「御社と業務提携して、地元の方との調整をしていただきつつ、景観、文化、食などさまざまな観点から人を惹きつける施設を開発します。同時に交通網の整備等も計画しないといけませんね」
「交通網の整備とはすごいですね」

 ずいぶん大きな話だなと声をあげたら、國見副社長が「当然でしょう」とあっさり言った。

「ここでの主な移動手段はなんですか?」
「自家用車ですね。バスの本数が少ないので」
「それは旅行客には致命的じゃありませんか?」
「その通りです」
「来てもらっても、自由に動けないと話になりません。宣伝はそのあとですね」

 淡々と告げられて、うなずくことしかできない。
 さすが大企業の開発はうちとはスケールが違うなぁ。
 相当な額のお金が動くから、慎重にならないといけないってことね。
 私は國見副社長にここの良さを伝えるべく、ファイルを開いた。
 まずは、最近幸運にも掘り当てた温泉の情報。これはまだ整備中だから、ホームページには載せていない。

(これは知らないでしょ?)

 どうよ? と自慢げにアピールすると、「ふうん。温泉ですか。まぁ、ないよりましですね」とのたまった。

(く~、うちの貴重な観光資源をないよりましって! 腹が立つわ、この人)

 でも、怒るわけにはいかない。
 私は写真や資料を見せながら、観光資源の紹介を続けた。
 渓谷を流れ落ちる川、名水、それを使ったおいしい日本酒に料理。星降る夜空、そしてなにより、大正時代の町並みが残る古民家群。
 にこやかに説明をしながら、そういえばまだ、この人の笑顔を一度も見ていないことに気がついた。私が熱くこの市の魅力を語る間も含め、硬い表情を崩さない。

愛想あいそわらいぐらいすればいいのに!)

 話はちゃんと聞いて相槌あいづちを打ってくれるものの、表情が動かない整った顔をにらみつけたくなった。


   ○●○


「こちらが國見副社長に滞在していただく古民家です。生活できるよう整えてありますが、なにかございましたらお申しつけください」

 私たちは彼が宿泊する予定の古民家の前まで来ていた。
 ホームページに載っていない情報をざっと話したあと、説明ばかりするより見てもらったほうが早いと、現地を案内したのだ。
 いろいろ説明してみて感じたのは、國見副社長はすごく真面目だということ。堅物と言ってもいいかもしれない。
 事前にしっかり調べてきていて、次々と鋭い質問をしてきた。

「古民家だとそれほど大きくないので収容人数が限られますよね?」
「一棟あたり最大十名です。宿泊できる古民家は六棟あり、國見副社長に泊まっていただくものの他は整備中です」
「それをどう運営するおつもりですか?」
「基本は一棟貸しで考えております。それぞれ台所がありますが、食事は近くの食堂で作ったものをお出しする予定です。稼働後は一番端の古民家にスタッフが常駐して、六棟のお客様のお世話をすることになっています」

 図面を見せながら、古民家の配置を説明する。
 なるほどと眼鏡のブリッジに指を当て、國見副社長はうなずいた。

「客室稼働率をどう見込んでいますか?」
「六割は取りたいと思います。一棟は女性専用にして、一人旅の方も泊まりやすいようにするつもりです」
「それはいいですね。まだ他にも古民家がありましたよね?」
「はい。酒蔵や土産屋などに利用しています」
「こちらは?」

 國見副社長は、図面の青い斜線で囲まれた部分を指さした。

「あぁ、そのエリアの古民家はまだ市の予算が下りてなくて、整備できてないんです」
「そうですか。じゃあ、宿泊施設を増やす余力が多少あるのですね。まぁ、弊社が開発することになれば、この他に大型宿泊施設を建設することになると思いますが」

 どんどん降ってくる質問に、緊張しつつも答えていく。
 とりあえずは及第点なのかうなずいてはくれるものの、気は抜けない。國見副社長はなんていうのか、笑顔がないのと同じで遊びもないのだ。

(疲れないのかなぁ。私は疲れる!)

 息が詰まった私は、早々に古民家の中に入ることにした。


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