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本気、なの?

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「悪い。言い方を間違えた。瑞希、結婚してくれ」
「え?」

 ショックによる幻聴かと思った。
 私はゆっくり目を瞬く。
 それでも、その言葉は撤回されず、私たちはしばし見つめあった。息がかかりそうな距離で。

「返事は?」

 催促されて、硬直が解けた。
 それでも、頭が状況の変化についていけない。
 どん底に落とされてからの突拍子もない言葉に戸惑うばかりだ。

「け、結婚?」
「あぁ、ここにお前の名前を書けば完成する」

 伶は持ってきたポリ袋から紙を取り出した。
 それは婚姻届だった。
 『夫』の欄には伶の名前があり、『妻』の欄は空白だ。証人欄には私たちの親の名前があった。

「本気、なの?」

 まじまじとそれを見つめて、つぶやく。
 驚きすぎて、かすれ声しか出ない。
 伶が結婚すると聞いて落ち込んでいたのに、プロポーズされているのは私で、混乱する。

「冗談でこんなことするかよ。俺はもう姉弟は嫌なんだ」
「……嫌われてると思ってた」
「逆だ。お前が好きすぎてまともに見られなかった。押し倒しそうになるのをどれだけ我慢したことか……。そうしている間に、お前は家を出てしまって、俺を避けるし」
「先に避けはじめたのは伶のほうじゃない!」
「あれは……お前がかわいすぎるから、悪い……」 

 赤くなって、伶が目を逸らした。伶が赤面するところなんて見たことがない。
 それに――。

(好きって言った!? かわいすぎる?)

 信じられない思いで、伶を凝視する。
 耳のふちまで赤くなっている彼は、本当に伶なのか、疑わしかった。
 私の視線に耐えられなくなったのか、伶は手で目を覆った。
 その手を外して、彼の目を覗き込む。

「どうしていきなり結婚なの?」
「こうでもしないと、お前は姉の枠から出てこないだろ? ようやく就職して、自分で責任を取れるようになった。だからだ」

 伶はふてくされたように言う。
 そういえば、気持ちを隠そうと、ことあるごとに姉を強調していたかもしれない。
 伶がまたまっすぐに目を合わせてきた。

「瑞希、好きだ。結婚してくれ」

 直球の言葉。誤解しようのない台詞。
 それが胸にすとんと落ちてくる。
 その真剣な瞳に促されて、私は口を開いた。

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