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32.初めからやり直したい①
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改めて藤崎さんへの想いを自覚してしまった私は、かといってどうすることもできずに、毎日仕事をこなした。
TAKUYAは冗談だったのか、あれからちょっかいをかけてくることもなく、自然体だ。
でも、たまに頭をなでられる。
この間の対談のようなものがなければ、藤崎さんと私の線は交わることなく、彼がどうしてるのかさえ耳に入ってこない。
私たちの距離感は本来こんなものだ。
(藤崎さんは最後の一曲を書き終わったかな?)
そんなことを思っていた会社帰り。
「希……」
エレベーターを出たら、ロビーの壁に藤崎さんがもたれて立っていた。
キャップのひさしを深くかぶっていて、表情はよく見えない。
「藤崎さん! どうしてここに?」
驚いて声を上げる。
っていうか、いつからここにいたの?
屋内とはいえ、初冬の寒いさなかに。
ロビーは暖房も効いていなくて、ひんやりしていた。
キャップを取った藤崎さんが私を見つめてきた。
「君と直接話したいと思って」
前に会ったときより目の下にクマがはっきりできていて、やつれたような藤崎さんはそれでも色っぽい。
私は慌てて周囲を見回した。
「話って……。でも、ここだと目立ち過ぎるし……」
「車に行く?」
ためらったものの、仕方なくうなずいた。
会社の会議室でもどこかのお店でもできる話じゃないだろうから。
駐車場に停めてあった車に乗り込むと、藤崎さんがこちらを見て、弱々しく微笑んだ。
「ごめん、待ち伏せなんてして。かっこ悪いね」
「そんなことありません! 藤崎さんはいつだってかっこいいですよ!」
大真面目に言ったのに、藤崎さんは苦笑した。
「ねぇ、希」
藤崎さんが私に手を伸ばしかけて、宙でこぶしを握って下ろした。
その代わり、飢えたような視線が私をからめとる。
「お願いだ、希。戻ってきて? アルバムができるまで付き合ってくれる約束だろ? このままだとアルバムが完成しない」
予想していた言葉だったけど、アルバムができないと言われて、息を呑んだ。
まだ、曲は書けてなかったんだ……。
それでも、藤崎さんをなだめるように言った。
「私にこだわらなかったら、きっと素敵な曲を作れますよ」
「違う。君がいないとダメなんだ。なにも浮かんでこない。僕はまた無に戻ってしまう」
疲れたような藤崎に懇願されて、気持ちが揺らぐ。
でも、今抱かれると切なくて、想いがあふれてしまいそう。
ゆるゆる首を横に振る。
その私の肩を掴んで、藤崎さんが乞うように言う。
「頼む! あと一曲なんだ! それができるまででいいから!」
あと一曲でアルバムができる。
切実な訴えにぐらりと天秤が傾いた。
なにより藤崎さんの苦しげな顔に耐えられなかった。
「……じゃあ、あと一曲できるまで。それだけですよ?」
「本当!? 希、ありがとう」
顔を輝かせた藤崎さんに複雑な思いが募る。
(藤崎さんは作曲のことしか考えていない。好きな人に気持ちがないまま抱かれるのがどんなに苦しいかわかってない)
それでも、藤崎さんのお守りになると決めた。あと少しだけ。
胸が痛いけど、彼に抱かれると思うと身体中が喜ぶ。ううん、やっぱり身体だけじゃなくて心も歓喜に震えている。
私はそのまま藤崎さんの家に連れていかれた。
♪♪♪
藤崎さんは家の中に入るなり、私を玄関のドアに押しつけて、まるで溺れる人が空気を求めるような激しいキスをした。
息をぜんぶ吸い込まれ、何度も何度も繰り返されるキスにかくんと脚の力が抜けた。
へたり込みそうになった私を抱きあげて、藤崎さんは寝室に運んだ。
ベッドへ下ろされて、性急に愛撫される。
私の気が変わらないうちにというように、さっさと服を剥がれる。
言葉もなく、私の身体を藤崎さんの手と唇が這いまわる。
彼に触れられていると思うだけで、私の身体は潤んで、彼をあっさりと受け入れた。
私の腰を掴んで、藤崎さんは奥深くを何度も穿つ。
彼を刻み込むように。
私は悲鳴のような嬌声をあげつづけるしかできなかった。
つらいも切ないもなく、ただ、快楽を感じる。
激しく余裕なく求められる悦びに浸る。
(藤崎さんがこんなにも求めているのは作曲のため。勘違いしちゃダメ)
二人で達した後、ギュッと痛いくらいに抱きしめられ、激しい行為に息を乱したまま、私は聞いた。
「曲は……できましたか?」
藤崎さんは目を見開き、苦く笑った。
「君はそればかりだね。曲ができたと言ったら、さっさとここを出ていくつもり?」
「そういうわけじゃ……」
「まだだよ。そんなにすぐにはできない」
そう言って、藤崎さんは私を抱きしめた。私の髪に顔をうずめて、つぶやいた。
「ねぇ、希、このまま僕のものになってよ」
「ムリです!」
「ムリか……。本当に君はつれないね」
表情が見えないまま、愛撫が再開されて、また抱かれた。
♪♪♪
朝目覚めたら、腰が重かった。
隣を見ると、藤崎さんは満足した顔で微笑みながら、ぐっすり寝ている。
そりゃあ、あんなにしたら、スッキリするわよね……。
(こんなきれいな顔して、藤崎さんって、けっこう性欲強いよね。だから、契約の恋人なんて言い出したのかな。本当は抱かなくても曲は作れるって言ってたし)
藤崎さんの頬をつついてみる。
彼はピクリともしない。
(私がこんなに好きになっちゃったのに、気づいてないんだろうなぁ)
彼に抱かれるのは、求められるのは、苦しいのにうれしくて、心が千々に乱れる。
気分を変えようと、そっとその腕を抜け出して、シャワーを浴びて着替えた。
私の着替えや歯ブラシはここを出たときのままだった。
今日はちょうど会社が休みだったからゆっくりできる。
コーヒーを淹れて、用意してあったパンで朝食にしようと思ったけど、食べる気にならず、また寝室に戻った。
眠る藤崎さんを見つめて考える。こんな近くにいられるのもあと少しだけ。もう二度とないかと思ってたぐらい。
(それなら、あと少しなら、もうちょっとだけ藤崎さんに甘えてもいいよね?)
そっとベッドに戻ると、藤崎さんに抱きついた。
「……ん………希……?」
私の気配を感じて、藤崎さんは目を閉じたまま、抱きしめてくれた。
胸がきゅんとする。
大好きな人の胸の中で、私はもう一度目を閉じた。
TAKUYAは冗談だったのか、あれからちょっかいをかけてくることもなく、自然体だ。
でも、たまに頭をなでられる。
この間の対談のようなものがなければ、藤崎さんと私の線は交わることなく、彼がどうしてるのかさえ耳に入ってこない。
私たちの距離感は本来こんなものだ。
(藤崎さんは最後の一曲を書き終わったかな?)
そんなことを思っていた会社帰り。
「希……」
エレベーターを出たら、ロビーの壁に藤崎さんがもたれて立っていた。
キャップのひさしを深くかぶっていて、表情はよく見えない。
「藤崎さん! どうしてここに?」
驚いて声を上げる。
っていうか、いつからここにいたの?
屋内とはいえ、初冬の寒いさなかに。
ロビーは暖房も効いていなくて、ひんやりしていた。
キャップを取った藤崎さんが私を見つめてきた。
「君と直接話したいと思って」
前に会ったときより目の下にクマがはっきりできていて、やつれたような藤崎さんはそれでも色っぽい。
私は慌てて周囲を見回した。
「話って……。でも、ここだと目立ち過ぎるし……」
「車に行く?」
ためらったものの、仕方なくうなずいた。
会社の会議室でもどこかのお店でもできる話じゃないだろうから。
駐車場に停めてあった車に乗り込むと、藤崎さんがこちらを見て、弱々しく微笑んだ。
「ごめん、待ち伏せなんてして。かっこ悪いね」
「そんなことありません! 藤崎さんはいつだってかっこいいですよ!」
大真面目に言ったのに、藤崎さんは苦笑した。
「ねぇ、希」
藤崎さんが私に手を伸ばしかけて、宙でこぶしを握って下ろした。
その代わり、飢えたような視線が私をからめとる。
「お願いだ、希。戻ってきて? アルバムができるまで付き合ってくれる約束だろ? このままだとアルバムが完成しない」
予想していた言葉だったけど、アルバムができないと言われて、息を呑んだ。
まだ、曲は書けてなかったんだ……。
それでも、藤崎さんをなだめるように言った。
「私にこだわらなかったら、きっと素敵な曲を作れますよ」
「違う。君がいないとダメなんだ。なにも浮かんでこない。僕はまた無に戻ってしまう」
疲れたような藤崎に懇願されて、気持ちが揺らぐ。
でも、今抱かれると切なくて、想いがあふれてしまいそう。
ゆるゆる首を横に振る。
その私の肩を掴んで、藤崎さんが乞うように言う。
「頼む! あと一曲なんだ! それができるまででいいから!」
あと一曲でアルバムができる。
切実な訴えにぐらりと天秤が傾いた。
なにより藤崎さんの苦しげな顔に耐えられなかった。
「……じゃあ、あと一曲できるまで。それだけですよ?」
「本当!? 希、ありがとう」
顔を輝かせた藤崎さんに複雑な思いが募る。
(藤崎さんは作曲のことしか考えていない。好きな人に気持ちがないまま抱かれるのがどんなに苦しいかわかってない)
それでも、藤崎さんのお守りになると決めた。あと少しだけ。
胸が痛いけど、彼に抱かれると思うと身体中が喜ぶ。ううん、やっぱり身体だけじゃなくて心も歓喜に震えている。
私はそのまま藤崎さんの家に連れていかれた。
♪♪♪
藤崎さんは家の中に入るなり、私を玄関のドアに押しつけて、まるで溺れる人が空気を求めるような激しいキスをした。
息をぜんぶ吸い込まれ、何度も何度も繰り返されるキスにかくんと脚の力が抜けた。
へたり込みそうになった私を抱きあげて、藤崎さんは寝室に運んだ。
ベッドへ下ろされて、性急に愛撫される。
私の気が変わらないうちにというように、さっさと服を剥がれる。
言葉もなく、私の身体を藤崎さんの手と唇が這いまわる。
彼に触れられていると思うだけで、私の身体は潤んで、彼をあっさりと受け入れた。
私の腰を掴んで、藤崎さんは奥深くを何度も穿つ。
彼を刻み込むように。
私は悲鳴のような嬌声をあげつづけるしかできなかった。
つらいも切ないもなく、ただ、快楽を感じる。
激しく余裕なく求められる悦びに浸る。
(藤崎さんがこんなにも求めているのは作曲のため。勘違いしちゃダメ)
二人で達した後、ギュッと痛いくらいに抱きしめられ、激しい行為に息を乱したまま、私は聞いた。
「曲は……できましたか?」
藤崎さんは目を見開き、苦く笑った。
「君はそればかりだね。曲ができたと言ったら、さっさとここを出ていくつもり?」
「そういうわけじゃ……」
「まだだよ。そんなにすぐにはできない」
そう言って、藤崎さんは私を抱きしめた。私の髪に顔をうずめて、つぶやいた。
「ねぇ、希、このまま僕のものになってよ」
「ムリです!」
「ムリか……。本当に君はつれないね」
表情が見えないまま、愛撫が再開されて、また抱かれた。
♪♪♪
朝目覚めたら、腰が重かった。
隣を見ると、藤崎さんは満足した顔で微笑みながら、ぐっすり寝ている。
そりゃあ、あんなにしたら、スッキリするわよね……。
(こんなきれいな顔して、藤崎さんって、けっこう性欲強いよね。だから、契約の恋人なんて言い出したのかな。本当は抱かなくても曲は作れるって言ってたし)
藤崎さんの頬をつついてみる。
彼はピクリともしない。
(私がこんなに好きになっちゃったのに、気づいてないんだろうなぁ)
彼に抱かれるのは、求められるのは、苦しいのにうれしくて、心が千々に乱れる。
気分を変えようと、そっとその腕を抜け出して、シャワーを浴びて着替えた。
私の着替えや歯ブラシはここを出たときのままだった。
今日はちょうど会社が休みだったからゆっくりできる。
コーヒーを淹れて、用意してあったパンで朝食にしようと思ったけど、食べる気にならず、また寝室に戻った。
眠る藤崎さんを見つめて考える。こんな近くにいられるのもあと少しだけ。もう二度とないかと思ってたぐらい。
(それなら、あと少しなら、もうちょっとだけ藤崎さんに甘えてもいいよね?)
そっとベッドに戻ると、藤崎さんに抱きついた。
「……ん………希……?」
私の気配を感じて、藤崎さんは目を閉じたまま、抱きしめてくれた。
胸がきゅんとする。
大好きな人の胸の中で、私はもう一度目を閉じた。
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