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24.僕が困るんだ②
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駅と反対側に五分くらい歩いたところに、そのお店はあった。
白いタイル張りの壁に、大きなガラス窓があって、そこに白いチョークで英文が書いてあるのがオシャレだった。
中に入ると、板張りの床にコンクリート打ち放しの壁のスタイリッシュな内装。勝手に恵比寿っぽいと思う。
カフェ部分とケーキ販売の部分に分かれていて、カフェ部分には行列ができていた。やっぱり人気のお店らしい。
「カフェは並んでるから、買って帰りましょうね」
「そうだね」
店内は女の子ばかりで、藤崎さんが現れるとざわついた。
目をハートにして藤崎さんを見たあとにチラリと私に飛んでくる視線が気になって仕方がない。こそこそと私たちを見比べている気配がする。
(つり合わないよね。わかってる。大丈夫よ。ただの契約の関係だから)
自嘲の笑みが洩れる。
藤崎さんと外に出るといつも思ってしまう。
当の本人は全く頓着せずに、ケーキのショーウィンドウを見ていた。
「どれにする?」
「テレビで紹介してたのは、このチーズケーキだったんです。ちょっと変わってるみたいで。でも、チョコレートケーキも和栗モンブランもおいしそう!」
「全部買えばいいんじゃない? それぞれ味見すればいい」
藤崎さんがとても魅力的な提案をしてくれた。
遠慮していた私は目を輝かせた。
「いいんですか!?」
「いいよ。めちゃくちゃうれしそうな顔をしてるね。初めて見たよ」
藤崎さんに笑われた。
(そんなに顔に出てた?)
恥ずかしくなって、目を逸らすと、「かわいい」と、すーっと頬をなでられた。
声にならない悲鳴があちこちから聞こえてきた。
かあっと顔に血がのぼる。
(もう! なに言ってるんだか!)
結局、ケーキを三個買ってもらった。
帰りは頬がほてったままだったので、寒さを感じず、あっという間に家に着いた。
さっそくコーヒーを淹れて、ケーキをお皿に盛る。
「どれを食べますか?」
美味しそうなケーキにワクワクしつつも、私はどれも気になって選べないので、藤崎さんに選択をゆだねた。
「君が一口ずつ食べて、気に入ったのを食べればいいよ」
「でも……」
それでは藤崎さんに残り物を食べさせるみたいで申し訳ない。
私が躊躇していると、藤崎さんは苦笑して、チーズケーキを一口切り、口に入れた。
「おいしいよ」
私にも一口差し出してくる。
思わず、パクっと食べる。
「おいしーい!」
テレビで言っていたように、ベイクドチーズケーキの中にクリームチーズの塊が入ってて、二つの食感と味を楽しめる。その濃淡のチーズの味のバランスが絶妙だった。
「次はチョコレートケーキ」
そう言って、また一口差し出された。
素直に口に入れる。
「うわぁ、濃厚! これも好みかも!」
濃厚なチョコレートムースの間に、ラズベリーソースが挟まっていて、甘酸っぱい。
身悶えして、おいしさを伝える。
藤崎さんは笑って、最後にモンブランを差し出してくれた。
「これはすごくクリーミィ。下の生地のサクサクが独特で、これもおいしいです」
「どれどれ」
藤崎さんはいきなり口づけてきて、舌で私の口の中を味わった。
「うん、おいしいね」
「もう! ちゃんとケーキを食べてくださいよ!」
にやにや笑う彼に抗議する。
「それで、どれが一番好きだった?」
「うーん、どれも捨てがたいです……」
私はこういうのは意外と優柔不断で決められない。
真剣に悩む私に結論が出そうにないと思ったのか、藤崎さんは「全部半分ずつにしようか?」と言ってくれた。
すばらしい提案ににこにこしてしまう。
「はいっ!」
「いい返事だね」
藤崎さんはまた笑った。
二人でケーキをつついていたけど、藤崎さんがたびたび私の口にケーキを放り込むから、半分以上私の口に入った。
「あー、お腹いっぱい! ごちそうさまでした!」
とても満足した私は幸せな笑みを浮かべた。
(久しぶりにケーキを食べたなぁ)
うっとりと反芻している私を見て、藤崎さんが笑った。
「君がこんなにケーキが好きだって、知らなかったよ。また今度買ってこよう」
「はい! でも、あんまり食べると太っちゃいます。ただでさえ、最近食べすぎな気がするのに」
普段、仕事で疲れていて、ちゃんとしたものを食べないで寝てしまうことも多かったのに、藤崎さんのところに来ると、しっかりした夕食が用意されているから、前よりいっぱい食べるようになっている。
藤崎さんの前では、せめて見苦しくなくありたい。そう思ったのに、彼はあっさりと肯定する。
「抱き心地がよくなって、いいんじゃない?」
そんなことを言いながら、私を抱き寄せ、ぷにぷにと二の腕を掴む。この感触がいいねなんて言うから、思わず聞いてしまった。
「藤崎さんって、ぽっちゃり系が好きなんですか?」
「いや? 希だったらなんでもいい」
「!」
(……なんてことを言うんですか!)
誤解するようなことは言わないでほしい。
私がどうあれ、曲が湧いてくるから、なんでもいいってことでしょう?
自分を必死でなだめるけど、顔が熱くなるのは止めらない。
黙り込んだ私を藤崎さんが見つめる。
からかうわけでもなく真剣な表情に、どうしていいかわからない。
その視線に耐え切れず、「お皿を片づけてきます」と立ち上がり、キッチンに逃げこんだ。
お皿を食洗器に入れて戻ってくると、藤崎さんが怖い顔をしてテレビを見ていた。
そこには長谷川さんが逮捕されたニュースが流れていた。
詳細が語られる前に、プツっとテレビが消される。
そして、私を膝に座らせると真剣な表情で藤崎さんは言った。
「希、しばらくはここから会社に通いなよ」
「でも……」
「脅すわけではないけど、どんな反動があるかわからない。一人にならない方がいい」
一人で自分の部屋に帰るのを想像する。
ここと違って駅から少し離れてるから暗い道も通る。
部屋にいても、何か物音がしたら気になってしようがなくなるだろう。
考えただけで怖い。
(だからと言って、藤崎さんに頼っていい理由にはならない……。私は契約の恋人なだけなんだから)
そう思うのに、藤崎さんは私の身体を引き寄せて、顔を覗き込む。
私の頬をなでて、苦笑する。
「そんな顔するくらいなら、ここにいなよ。……いや、言い方を変えよう。僕の心の平穏のためにここから通ってよ。じゃないと心配で心配で曲作りもできない。希の会社に押しかけていってしまうかもしれない」
胸がきゅうとしめつけられて、涙が出そうになる。
優しい優しい藤崎さん。
そんなことを言われると甘えてしまう。
「……それは問題ですね」
「そう。僕が困るんだよ」
「わかりました。じゃあ、お世話になります」
「じゃあ、目一杯お世話します」
藤崎さんは笑って、チュッと軽いキスをした。
白いタイル張りの壁に、大きなガラス窓があって、そこに白いチョークで英文が書いてあるのがオシャレだった。
中に入ると、板張りの床にコンクリート打ち放しの壁のスタイリッシュな内装。勝手に恵比寿っぽいと思う。
カフェ部分とケーキ販売の部分に分かれていて、カフェ部分には行列ができていた。やっぱり人気のお店らしい。
「カフェは並んでるから、買って帰りましょうね」
「そうだね」
店内は女の子ばかりで、藤崎さんが現れるとざわついた。
目をハートにして藤崎さんを見たあとにチラリと私に飛んでくる視線が気になって仕方がない。こそこそと私たちを見比べている気配がする。
(つり合わないよね。わかってる。大丈夫よ。ただの契約の関係だから)
自嘲の笑みが洩れる。
藤崎さんと外に出るといつも思ってしまう。
当の本人は全く頓着せずに、ケーキのショーウィンドウを見ていた。
「どれにする?」
「テレビで紹介してたのは、このチーズケーキだったんです。ちょっと変わってるみたいで。でも、チョコレートケーキも和栗モンブランもおいしそう!」
「全部買えばいいんじゃない? それぞれ味見すればいい」
藤崎さんがとても魅力的な提案をしてくれた。
遠慮していた私は目を輝かせた。
「いいんですか!?」
「いいよ。めちゃくちゃうれしそうな顔をしてるね。初めて見たよ」
藤崎さんに笑われた。
(そんなに顔に出てた?)
恥ずかしくなって、目を逸らすと、「かわいい」と、すーっと頬をなでられた。
声にならない悲鳴があちこちから聞こえてきた。
かあっと顔に血がのぼる。
(もう! なに言ってるんだか!)
結局、ケーキを三個買ってもらった。
帰りは頬がほてったままだったので、寒さを感じず、あっという間に家に着いた。
さっそくコーヒーを淹れて、ケーキをお皿に盛る。
「どれを食べますか?」
美味しそうなケーキにワクワクしつつも、私はどれも気になって選べないので、藤崎さんに選択をゆだねた。
「君が一口ずつ食べて、気に入ったのを食べればいいよ」
「でも……」
それでは藤崎さんに残り物を食べさせるみたいで申し訳ない。
私が躊躇していると、藤崎さんは苦笑して、チーズケーキを一口切り、口に入れた。
「おいしいよ」
私にも一口差し出してくる。
思わず、パクっと食べる。
「おいしーい!」
テレビで言っていたように、ベイクドチーズケーキの中にクリームチーズの塊が入ってて、二つの食感と味を楽しめる。その濃淡のチーズの味のバランスが絶妙だった。
「次はチョコレートケーキ」
そう言って、また一口差し出された。
素直に口に入れる。
「うわぁ、濃厚! これも好みかも!」
濃厚なチョコレートムースの間に、ラズベリーソースが挟まっていて、甘酸っぱい。
身悶えして、おいしさを伝える。
藤崎さんは笑って、最後にモンブランを差し出してくれた。
「これはすごくクリーミィ。下の生地のサクサクが独特で、これもおいしいです」
「どれどれ」
藤崎さんはいきなり口づけてきて、舌で私の口の中を味わった。
「うん、おいしいね」
「もう! ちゃんとケーキを食べてくださいよ!」
にやにや笑う彼に抗議する。
「それで、どれが一番好きだった?」
「うーん、どれも捨てがたいです……」
私はこういうのは意外と優柔不断で決められない。
真剣に悩む私に結論が出そうにないと思ったのか、藤崎さんは「全部半分ずつにしようか?」と言ってくれた。
すばらしい提案ににこにこしてしまう。
「はいっ!」
「いい返事だね」
藤崎さんはまた笑った。
二人でケーキをつついていたけど、藤崎さんがたびたび私の口にケーキを放り込むから、半分以上私の口に入った。
「あー、お腹いっぱい! ごちそうさまでした!」
とても満足した私は幸せな笑みを浮かべた。
(久しぶりにケーキを食べたなぁ)
うっとりと反芻している私を見て、藤崎さんが笑った。
「君がこんなにケーキが好きだって、知らなかったよ。また今度買ってこよう」
「はい! でも、あんまり食べると太っちゃいます。ただでさえ、最近食べすぎな気がするのに」
普段、仕事で疲れていて、ちゃんとしたものを食べないで寝てしまうことも多かったのに、藤崎さんのところに来ると、しっかりした夕食が用意されているから、前よりいっぱい食べるようになっている。
藤崎さんの前では、せめて見苦しくなくありたい。そう思ったのに、彼はあっさりと肯定する。
「抱き心地がよくなって、いいんじゃない?」
そんなことを言いながら、私を抱き寄せ、ぷにぷにと二の腕を掴む。この感触がいいねなんて言うから、思わず聞いてしまった。
「藤崎さんって、ぽっちゃり系が好きなんですか?」
「いや? 希だったらなんでもいい」
「!」
(……なんてことを言うんですか!)
誤解するようなことは言わないでほしい。
私がどうあれ、曲が湧いてくるから、なんでもいいってことでしょう?
自分を必死でなだめるけど、顔が熱くなるのは止めらない。
黙り込んだ私を藤崎さんが見つめる。
からかうわけでもなく真剣な表情に、どうしていいかわからない。
その視線に耐え切れず、「お皿を片づけてきます」と立ち上がり、キッチンに逃げこんだ。
お皿を食洗器に入れて戻ってくると、藤崎さんが怖い顔をしてテレビを見ていた。
そこには長谷川さんが逮捕されたニュースが流れていた。
詳細が語られる前に、プツっとテレビが消される。
そして、私を膝に座らせると真剣な表情で藤崎さんは言った。
「希、しばらくはここから会社に通いなよ」
「でも……」
「脅すわけではないけど、どんな反動があるかわからない。一人にならない方がいい」
一人で自分の部屋に帰るのを想像する。
ここと違って駅から少し離れてるから暗い道も通る。
部屋にいても、何か物音がしたら気になってしようがなくなるだろう。
考えただけで怖い。
(だからと言って、藤崎さんに頼っていい理由にはならない……。私は契約の恋人なだけなんだから)
そう思うのに、藤崎さんは私の身体を引き寄せて、顔を覗き込む。
私の頬をなでて、苦笑する。
「そんな顔するくらいなら、ここにいなよ。……いや、言い方を変えよう。僕の心の平穏のためにここから通ってよ。じゃないと心配で心配で曲作りもできない。希の会社に押しかけていってしまうかもしれない」
胸がきゅうとしめつけられて、涙が出そうになる。
優しい優しい藤崎さん。
そんなことを言われると甘えてしまう。
「……それは問題ですね」
「そう。僕が困るんだよ」
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