私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜

入海月子

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【番外編】

ボーナストラック

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「アルバムができたんだ」

 そう言われたのは、あの騒ぎから三ヶ月経ち、ようやく仕事も落ち着いてきた頃だった。
 曲がすべてできたとは聞いていたし、レコーディングを行っていたのも知っていたけど、まさかこんなに早くできるとは思っていなかったから、驚いた。

「本当ですか!」

 藤崎さんに渡されたCDケースを大喜びで受け取る。
 パッケージには、ピンクと水色をベースに様々な色が渦巻いている絵が使われていた。タッチが独特だから、油絵かもしれない。
 そこに、オシャレなフォントでさりげなく『Love Stories』とタイトルが書かれていた。
 
「わぁ、素敵なデザイン!」
「うん、その絵は新鋭画家の作品らしくて、レコード会社がいくつかサンプルで持ってきた中で、断トツで気に入って採用したんだ」
「もうパッケージからときめきますね! 開けてもいいですか?」
「もちろん。それは君だけのオリジナルパッケージなんだ。本当の発売はまだ先だけど、特別に作ってもらったプレミアム版」

 そう言われて、息を呑む。
 手の中の物をじっと見る。

「オリジナル? 特別に?」
「そう。それにだけボーナストラックが入ってる。世界にひとつしかないものだよ」

 そんなことをさらりと言われて、手が震えた。
 サンプルではなく、シュリンクされた完全に正規品と言っても通るものをひとつだけ作る。それがどれだけ手間もコストもかかることか。同じ業界にいるので、よくわかる。

(制作会社がよく作ってくれたわよね。そりゃあ、藤崎さんが言えば、なんでも通りそうだけど)

「ちょっと、藤崎さん、なにやってるんですか~! 世界にひとつ?? ウソでしょ?」

 うれしいけど、うれしいけど、とんでもないものがここにある!
 藤崎さんは私に心臓麻痺でも起こさせたいのかな。
 本当に少しは自重してほしい。
 そうやって、私が驚愕と感動に打ち震えているというのに、藤崎さんはちょっと拗ねた顔をして、私を見た。

のぞみ、僕はいつまで『藤崎さん』なんだろう?」

 今、その話?
 カリスマミュージシャンの世界にひとつのアルバムに畏怖の念を覚えているところなんですけど。

「そんなこと言ったって、ずっと藤崎さんって呼んでいたから、それ以外は違和感がすごくて……」

 ただのファンの時代から、ずっと『藤崎さん』と呼んできた。なんなら『藤崎さま』とも拝んでいたかも。
 その人が今、私の恋人で同棲することになるとは、当時は想像さえしなかった。今でもまだ不思議。

「いい加減、慣れてよ」

 藤さ……東吾さんが私を腕に囲って、頬にキスをした。
 甘いしぐさに、ポーッとなる。
 うん、やっぱり不思議。
 憧れのミュージシャンで格好よくて優しくて非の打ち所がない彼が私のことを好きだなんて。

 告白された時は私も気持ちが盛り上がっていたし、東吾さんから懇願されて、同棲することになったけど、落ち着いていくにつれ、不安がぞろぞろ顔を出す。
 
(だって、彼と私はあまりにも世界が違いすぎる……)

 東吾さんの気持ちを疑うことはない。
 手にしたCDのように、とんでもなく特別扱いをされているのも感じる。

 それでもやっぱり、私でいいの? いつまで続く?
 そう思ってしまう。

 それに、東吾さんは私をミューズだと言ってくれるけど、他のミューズが現れたら、東吾さんはどうするんだろうとも思ってしまう。

 プロポーズに未だに返事できないのもそのせいだ。

「希?」

 気がつくと、藤崎さんの綺麗な顔が目の前にあった。
 暗い考えに囚われていた私を覗き込んで、心配そうにしている。
 無理にはしゃいだ笑顔を作って言った。

「贅沢すぎるアルバムに放心してただけです。聴いてみてもいいですか?」
「うん、もちろん。じっくり聴いて。このアルバムは希を想って作ったものだから」

 また、さらりと甘いことを言われて、顔が熱くなる。

 私は定位置、つまり東吾さんに後ろから抱きかかえられて、アルバムを聴き始めた。

 アルバムは以前提案したように、ストーリー仕立てだった。
 
 ──出会いの喜び、片想いの切なさ、すれ違い、うまくいかないやるせなさ、嫉妬、そして、告白。
 
 それぞれの感情に心を揺さぶられ、うっとりし、感動した。
 私の大好きな藤崎東吾のアルバムは本当に素晴らしかった。

 そして、最後のボーナストラックは『marry me』というセリフでいきなり始まった。
 心の準備ができていなかったというか、深く感情を掻き混ぜられた状態の私には心にしみすぎて、胸が痛かった。
 紛れもない藤崎さんの愛が、焦がれるような想いが余すところなく伝わって、私は涙をこぼした。
 
 曲が終わり、私の身体を自分に向き直させると、東吾さんは私の頬を優しく拭った。

「希、結婚してください」

 直球のプロポーズ。

(東吾さん……)

 すごくすごくうれしい。なにも考えず、その手を取りたい。
 それでも、私は勢いではうなずけなかった。

(こんなすごい人が私でいいの?)

 アルバムを聴いて、その想いがよりいっそう強まってしまったから。

 私の顔を見て、東吾さんは落胆したように視線を落とした。

「これでもダメか……。君はどうしたら手に入るんだろう?」

 落ち込んだ顔にハッとして、慰めるように彼の頬に手を伸ばす。

「だから、もうとっくに手に入ってますって」
「じゃあ、なんでうなずいてくれないの?」

 私の手を自分のもので覆い、ひたっと東吾さんが見つめてきた。
 その熱く焦がれるような視線に耐えきれず、目を逸らす。

「……だって、不安で……」
「不安? 希はまだ僕の気持ちを疑ってるの?」

 私の手を握る力が強まった。
 不本意そうな声に、慌てて否定した。

「違います! 東吾さんを疑ってなんかいません! 私の問題なんです……。私は自信がないんです。私で本当にいいのか、『藤崎東吾』に本当に釣り合うのか……」
「釣り合うかどうかなんて、誰が決めるの? 僕が希がいいって言ってるのに!」
「でも! 私がいても、曲が書けなくなったらどうするんですか!? スランプになって、辛かったんでしょ? だから、私を求めたんでしょ? その前提がなくなったら……」

 つい言ってしまった。不安の正体を。
 目を見開いた東吾さんは、苦しげにグッと目をつぶった。
 
「やっぱり信じてくれてないじゃないか……」

 小さくつぶやくと、私の両肩を持ち、顔を近づけた。
 逃さないというように視線を合わせる。

「それだったら、『藤崎東吾』は今をもって引退するよ。そうしたら、スランプとか気にしなくてもいいでしょ?」
「ダメですよ! そんなの!!!」
 
 つらそうな声色で告げられた言葉に驚いた私は、ブンブン首を振って、それを止める。

「だって、『藤崎東吾』であることが君を不安にさせるなら、それを辞めるしかないじゃないか」
「ダメです! ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃ……」

 東吾さんが本気で言っているのがわかって、焦ってなんとか思いとどまらせようとする。
 私のわがままで、『藤崎東吾』が消えてしまうなんて、絶対にヤダ!
 うろたえ、そして、彼の傷ついた目を見て、自己嫌悪に陥る。

(どうしよう……)

 パニックに陥った私を見た東吾さんは、ふいに手で顔を覆って、大声を出した。

「あああーーッ!」

 ビクッと肩を震わせる。
 東吾さんは溜め息をつくと、今度は絞り出すように声を出した。

「……ごめん。僕はこんなふうに君を脅したいわけじゃないんだ。『藤崎東吾』を盾にするのは卑怯だね。今のは忘れて。ごめん……」

 私から離れて、東吾さんはふらっと立ち上がった。

「ごめん、出直すよ。今回の作戦は自信あったんだけどな」

 おどけたような弱々しい笑みを浮かべて、リビングを去ろうとする。

「藤崎さんっ!」

 背を向けられて、思わず引き止める。
 彼はなにも悪くないのに、謝って、私を気づかって、私を拘束しないようにしてくれる。優しい人。愛しい人。

 呼びかける私の声に振り向いた彼は、「希、愛してるよ」とだけつぶやいて、また背を向けた。

「東吾さん! 私も愛してる!」

 体当たりするように背中から彼に抱きつく。
 このまま彼を行かせたくなくて、傷つけたままにしたくなくて。
 
 まだ見ぬ未来に怖がって、東吾さんを傷つけている。
 こんなに彼は愛してくれているのに。

(私が覚悟を決めればいいだけじゃない?)

 そう思うものの、まだ、ためらっている私に対して、東吾さんが歌いだした。

 ~~♪♪ 
   なにを押しても なによりも
   君を愛してる
   ただ、君が欲しい

   なにをしても なにを捨てても
   それでいい
   ただ、君が欲しい
   
   でも、それが君の負担になると
   いうなら
   もうなにも望まない
   ただ、そばにいて 
   そばにいてくれたら
   それでいい

 腹をくくろうと思ったのに、優しい彼は私に逃げ道を用意してくれる。

「……結婚が嫌なら、このままそばにいてくれるだけでいいよ」

 そう言って、私の手を取り、甲に口づけた。
 私の好きな声で好きな歌でそんなことを伝えられたら、もう抵抗できない。

「東吾さん、ずるいです」
「うん、僕はずるいよ。君を繋ぎ止めるためならなんでもする」

 自嘲気味に言う東吾さんの背中に顔を擦り寄せる。
 愛しくて仕方ない人をこれ以上待たことはできないと思った。

「……本当に私でいいんですか?」
「希!?」

 私の言葉に、振り向いた東吾さんはぐいっと私の身体を反転させて、目を覗き込んできた。
 私は東吾さんの目を見つめ返して言った。

「東吾さん、私と結婚してください」
「希! 本当に!?」

 顔を輝かせた東吾さんが私を抱きしめた。
 
「本当に。でも、その代わり『藤崎東吾』は辞めないでくださいね」

 そう言うと、東吾さんは苦笑した。

「あ~あ。そして、『藤崎東吾』に嫉妬する日々が続くというわけか……」
「なんで自分に嫉妬するんですか! それに、ミュージシャンじゃない東吾さんもちゃんと好きですから!」

 東吾さんが幸せそうに微笑んだ。
 
(この笑顔を見るためなら、なんでもできるかも)

 私もふふっと笑った。
 そして、見つめ合い、誓いのキスのような触れ合うだけのキスをした。

「結婚式のことはじっくり考えるとして、いつ籍を入れる?」
「え? まだ両親にもなんにも話してないから無理です!」
「あー、そっちの挨拶の方が先か。いつ行く?」

 東吾さんにねだられて実家に行き、両親が腰を抜かすほど驚かせたのは翌日のことだった。




      ○あとがき○

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
 大改稿して連載しなおしたのに、番外編はそのままだったので、あとがきを変えるのを忘れてました。
 すみません。
 ものすごく思い入れのあるお話ですが、いかがだったでしょうか?
 楽しんでもらえたら幸せです。 
 感想などいただけたら、とてもうれしいです
 引き続き、いろんなお話を書いていきますので、よろしくお願いします。
 

 
 
 

 

 

 
 
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感想 9

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みんなの感想(9件)

2022.02.11 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

入海月子
2022.02.11 入海月子

rbさん、早速読んでくれた上、感想までありがとうございます!
久しぶりの藤崎&希でした。
忘れられてなくて、大好きな二人と言ってもらえてよかったです!
藤崎は希に尻に敷かれるのが決定ですね(笑)
でも、希の不安などことごとく潰して、仲良く過ごすと思います。

解除
濘-NEI-
2022.02.11 濘-NEI-

とても素敵な物語にキュンキュンさせられっぱなしでした!
東吾さんが一途過ぎて可愛くて、だけど希ちゃんはファンゆえに心にブレーキを掛けちゃうんですよね…もどかしかったです。
ストーリーに変なライバルが出てこないのが最高に読んでて心地が良かったです。
もちろんアクシデントや希ちゃんの思い込み?での行き違いがあって、ストーリーにはもどかしさもあって、けれどとても素敵な読み応えがありました。
月子さんのストーリーって本当に素敵で、こちらの作品も読めて幸せです。

また番外編が読めたら幸せですが、勝手に想像して想いを馳せるのも楽しいです笑
ごちそうさまでした!!

入海月子
2022.02.11 入海月子

濘さん、感想まで書いていただいて、ありがとうございます!
「素敵な読み応え」なんて、本当に書いてよかったと思いました。
キュン至上主義なので、キュンキュンさせられっぱなしと言われるのも、すごくうれしいです。
ありがとうございました!

解除
mmmma
2021.11.24 mmmma

キュンキュンしました!
心拍数上がって夜眠れないww
最初から最後まで素敵でした!!
また次回作も楽しみしてます!
ありがとうございます♡♡

入海月子
2021.11.26 入海月子

mmmmaさん、うれしい感想をありがとうございます❤️
最初から最後まで!!!
気に入っているお話なので、本当にうれしいです。
書き続ける勇気が湧きました!

解除

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