天女を空に還すとき

入海月子

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◇◇◇

 天の理は人間には知られてはいけない。
 そのためにダリウスには詳しいことは告げられなかった。

 一目でしびれて動けなくなるほど、心を奪われた。
 望まぬ人との政略結婚を控え、憂さ晴らしに地上に下りてきたときのことだった。
 自分の立場もなにもかも忘れて彼を求めた。そして、与えられた。
 新しい名前を、彼のすべてを。
 
(愛しい人。必ず、戻ります)

 キスをして、天に意識を向ける。
 浮遊感とともに、見慣れた草原に下り立った。
 これから対峙することを思って深呼吸する。決意を固め直すと、白い建物に近づいた。



「シイナフェリス、どこへ行っていたの? 婚礼の日が近いというのに……なんですか、その格好!?」

 玄関を入ると、早速、お母様に見咎められた。人間界の衣に身を包んだ私を見て、柳眉を逆立てる。

「お母様、私はもうシイナフェリスではありません。ゴダック様と結婚もできません。純潔も失っております」
「な、な、なんてこと! あなた、いったい……」

 静かに事実を告げると、お母様はお顔を真っ赤にされて、絶句した。
 そのあと、いつものヒステリックな声で私を罵る。
 それでも、もう心を彼のところに置いてきた私にとってはなにも響かず、聞き流した。

「お父様のところに行きます」

 堕天の手続きをしてもらって、早くダリウスのもとへ帰りたい。
 天界と人間界では時の流れが違う。
 ここでの数時間が人間界での何日にもなって、それだけダリウスを心配させてしまう。

「待ちなさい!」

 叫ぶお母様を残して、別棟へと移動した。


◇◇◇


 シーナが消えて五年が過ぎた。
 最初は俺もシーナの言葉を信じて待った。いや、戻るという言葉にすがっていた。
 シーナのいない家は空虚で、でも、いつ彼女が戻ってくるかわからないと、俺は長期の依頼を入れるのを止めた。
 近場の簡単な依頼をこなし、急いで家に帰る毎日。
 扉を開けて、誰も待つ者がいないとわかったときの落胆を日々味わう。

 周りには里帰りだと告げていたが、一年も経つ頃には逃げられたんだろうと同情され、三年もすると、しきりに再婚を勧められた。
 
(シーナ以外に欲しい女はいない)

 余計なおせっかいを跳ね除け、ただひたすら待つ。
 待つしかできなかった俺は初めてシーナに会った湖にもちょくちょく足を伸ばした。
 それでも、シーナはどこにもいなかった。

 あのとき、戻ると言ったが、やはり天界の方がよかったのか。
 俺のことなど忘れたのだろうか。

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