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しおりを挟む気を取り直して私は訊ねる。
「それで、デ、デ、デートとは何処に行くのでしょう、か?」
「街」
「……まち」
思っていた場所と違ったので驚いた。
でも、すぐに思い直した。
(そうだった、ヴィンセント様は街によく出掛けていてそこでステラと出会ー……)
「……?」
また、頭の中におかしな思考が流れた。
本当に何かしら?
「アイリーン? どうかした?」
「いえ、何でもないです」
このたまに頭の中に過ぎるものが何なのか自分でもよく分かっていないので、今はそう答える事しか出来なかった。
ガタゴトと街に向かう馬車の中。
今、私にはどうしても気になっている事がある。
やっぱり聞かずにはいられない!
「あの、ヴィンセント様」
「何かな?」
「えっと、ヴィンセント様の花嫁……の件は周囲にはどういうお話になっているのでしょうか?」
大々的にパーティーを開いていたくらいだもの。
アディルティス侯爵家としても花嫁が見つかったか否かは重要事項なはず。
だけど心が決まっていないのに、正直、騒がれるのはちょっと……
「指輪の事を知っている家の者だけには話した」
「!」
その発言に怯えた様子を見せた私にヴィンセント様が慌てて補足する。
「あぁぁ、でも安心して欲しい。今はアディルティス侯爵家からカドュエンヌ伯爵家に縁談の申し込みはいかないようにしているから」
「え?」
私が何故? という顔をするとヴィンセント様は苦笑いした。
「言ったじゃないか。今はお互いを知る期間にしようって。だから……」
「だから?」
「今、縁談の申し込みをしてしまったら、カドュエンヌ伯爵家からは断れないだろう? それじゃ駄目なんだよ。肝心のアイリーンの気持ちが僕に向いてくれないと」
「……」
すごく言っている事は誠実なのに、こう、どこかモヤッとするのは多分、指輪のせい。
「とは言っても、すぐに僕と君の事は噂になってしまうと思う」
「ですよね」
お互いを知る為にこうして一緒に過ごす事が増えれば当然の事だった。
「ごめん」
ヴィンセント様はまたしても項垂れた。
そしてポツリと語る。
「僕は物心ついた時から、自分の花嫁となる人は指輪が教えてくれる。そう言われて育って来たんだよ」
「……」
「そうして、先日のパーティーであの指輪をはめている君を見て“本当だったんだ”と嬉しかったんだ」
「……そう言えば。何故、指輪は落ちていたのですか?」
あの時のヴィンセント様は指輪を探している様子だった。
つまり、故意にあそこに置いたわけではなかったはず。
「運命の相手には指輪によって導かれる。としか聞いてなかったからずっと手に持っていたんだけど、うっかり落としてしまっていたみたいで……自分が立ち寄った場所を探して走り回ってた」
だから、息を切らしていたのね。あの時の彼の様子にようやく合点がいった。
「そうしたら、アイリーンが」
「私が指輪を拾っていて、更に指にはめていたんですね?」
「……運命ってそういう事か。そう思った」
「え?」
「うん。だって僕はー……」
ヴィンセント様がそこまで言いかけた所で、馬車が止まった。
(──今の、どういう意味?)
「着いたみたいだね」
「はい……」
「それじゃ、行こうか。アイリーン」
何だか気になる言い回しだったけれど、聞き返すタイミングを失ってしまったまま、ヴィンセント様が手を差し出してくれたので、私はそっとその手に自分の手を重ねて馬車を降りた。
「ヴィンセント様は、よく街に行かれるんですよね?」
「うん……ってあれ? 僕、その話はアイリーンにしたっけ?」
「え? いえ……あっ!」
まただ。
またやってしまった。
よく分からない思考の影響を受けてしまっている……
「い、いえ、慣れているご様子だったからそう思っただけです」
「そっか。そんなに分かりやすいかなぁ」
どうにか誤魔化すも、ヴィンセント様はあまり気にした様子もなく笑った。
それから、ヴィンセント様は本当に慣れた様子で街を案内してくれた。
あの店が美味しいとか、あそこの店の雑貨はきっと私の好みの物があるよ、とか言いながら。
それが何故か本当に私の好みのど真ん中だったので驚いた。
「ヴィンセント様! このお菓子、お、お土産に購入して来てもいいですか?」
「お土産?」
「……お父様がこういうお菓子を好きなのです。だからお土産にしたくて」
「そっか、そうなんだ。アイリーンらしいね」
「!」
私がちょっと照れながらそう口にするとヴィンセント様が柔らかく笑ったので、その笑顔に胸がドキッとする。
そしてそんな私は雑貨屋でも同様で……柄にもなくずっとはしゃいでいた。
そんな私をヴィンセント様はずっと優しい目で見守ってくれていた。
「その様子だと、僕が贈ったクリームも喜んでもらえたのかな?」
「はい! とても気に入りました。あれほどの貴重な物をありがとうございました!」
「そんなに? アイリーンが好きそうだと思ってはいたけど、そこまで喜んで貰えたなら僕としても侯爵家としても嬉しいね」
「何をそんな呑気な! あのクリームは本当に凄いのですよ!」
そう言って私はヴィンセント様の手を取って私の頬に触れさせる。
「ほら、私の頬! ぷるっぷるでしょう?」
口で説明するよりも、実際に触ってもらった方が分かりやすいかと思って、思わずそうしてしまったのだけど──……
「ア、アイリーン……!!」
「?」
ヴィンセント様のどこか焦ったような戸惑う声が聞こえて顔を上げると、何故かヴィンセント様の顔が真っ赤になっていた。
そうして気付く。とんでもなく大胆な事をしている事に。
「え? あ……すみません!! 私ったら!」
私は慌てて自分の頬からヴィンセント様の手を離す。
「いや、違っ……!」
「っっ」
つられて私の顔も赤くなる。
そしてヴィンセント様は、今度は自ら優しい手付きで私の頬にそっと触れた。
そんな彼の頬はまだほんのり赤い。
「うん……確かにぷるぷるだね……ずっと触っていたいくらい……」
「!?」
その言葉と手付きに私の顔はますます赤くなった。
(指輪に選ばれて花嫁に、だなんて困った事になったなぁ……と思っていたのに)
不思議とヴィンセント様と一緒にいる事が苦痛じゃない事に気付いてしまった。
むしろ、楽し……
そんな事を考えていた時だった。
「お花、いかがですか~?」
その声につられて振り返ると、キラキラ輝く金の髪と澄んだ空のような色の瞳を持つ美少女が笑顔で花を売っていた。
「……」
「アイリーン? どうかした?」
思わず足を止めた私にヴィンセント様が心配そうに声をかける。
(私、知っている気がする……ううん、彼女を知っている!)
あの美少女は──“ステラ”だ!
──ヒロイン!!
突然、そんな言葉が私の頭の中を駆け巡った。
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