泣くなといい聞かせて

mahiro

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別れ話をしよう

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「何?俺浮気疑われてんの?アキちゃんとは何ともねぇし、女もいねぇよ」


頭をがしかしと豪快にかき混ぜる奴の仕草を見て、あぁ、きっと今こいつを傷つけたなと分かってしまう。
でも、これも奴のためだと思って話を続けた。


「そうじゃない。このまま俺と一緒に居てはお前は幸せになれぬだろうと気付いてしまってしまったのだ。俺の我が儘でいつまでもお前を縛り付けておくことは出来ぬよ」


うつ向いてしまった奴の表情は長くなってしまった前髪に覆われて見えない。
もしかしたら泣いているかもしれないし、怒っているのかもしれない。
でも、見えなくて良かったかもしれない。
見えてしまっては言いたいこともろくに言えなくなったかもしれないしな。


「北嶌、お前は俺のような男と付き合うのではなく、未来ある女性とお付き合いすべきだ。それがお前には良いと俺は思っている。今まで俺の我が儘に付き合ってくれてありがとう」


そう言って頭を深く下げた。
言った。
本当はもっと良い言い方や、奴を傷付けずに去る方法などあっただろう。
だが、俺はそういうことを考えるのも苦手だし実行するのも苦手だ。
思い付きで動いて失敗する度に奴に怒られるのなんて日常茶飯事で、思えば奴を困らせてばかりいたな。


「俺がいつお前と一緒にいて幸せになれないなんて言った?いつ女と付き合いたいなんて言った?」


暫く経ってから低く怒気の混ざった声が目の前から発せられた。
勝手にこんなこと言われたら怒るよな。
でも、ここで負けるわけにはいかん。


「お前は言っていない。俺がそう思ったのだ」


下げていた頭を上げれば、奴の手がテーブル越しに俺の襟元を掴んだ。


「本当はお前の方が女出来たんじゃねぇの?だからそんなこと言ってんじゃねぇの?」


「そんなわけなかろう。そんな居もしない人の話をしないでくれ。俺はただお前のことを思って言ってるだけだ」


鋭い目付きでこちらを力強く睨み付けてくるこいつの頬に右手を添えた。


「俺はお前のことが今でも大好きだ。アキのことがそういう意味で好きではないことを分かっていても疑ってしまうし、お前の好きなタイプの女性を見ると俺よりその子の所に行ってしまうんじゃないかと思ってしまうくらいに。でもな、それじゃ」


駄目だ、と言う俺の言葉に被せるように。


「そんなに好きならそう言うこと言うんじゃねぇよ!」


勢いをつけて額通しをぶつけられ、痛むが奴の痛々しい視線から目が離せない。


「そんなことお前に告白されたときに考えたっての!この先どうなるのかも!それを考えてもお前と付き合うことに、未来を共にすることに俺の幸せがあると思ったからどんな我が儘言われようが付き合ってきたんだろうが!」


奴から直接好きと言われたことはないし、好意を示すような言葉は何一つ言われたことはなかった。
告白したときも、いいぜ、としか言われていなかったし、こんな俺のことで感情を露にするこいつを初めて見た。


「んな泣きそうな顔するくらいなら、そんな明るい未来よりも幸せにしてやるくらい言ってみせろよこのアホ!」


言われてみれば目の前にいる奴の顔がぼやけて見えるし、鼻はつーんとするし手先は震えてきた。
目尻から次から次へと何かが流れ落ちてくるし、胸は軋むように痛む。


「だって、俺、お前の子供は産めないしお前の家族になれない…」


「当たり前だろ、男なんだから。何?子供でも欲しいの?それに家族って何」


次から次へと流れるそれを奴の体温の低い手が拭ってくれるが、ボロボロと落ちるそれの量が多すぎて追い付けていない。
勝手に別れ話はするは目の前で泣くは、本当に俺こいつに迷惑しかかけてないな。


「俺はいらないが、お前は欲しいだろう。お前だけの家族が」


「は?別にいらねぇけど。俺はうるさいお前1人で十分だっての。これ以上手がかかる奴なんて御免だ」


捕まれていた服を離され、顔が離れたと思ったら、ほらチーンと言われてティッシュで鼻をおさえられ、鼻までかませてしまった。
こいつが子供に慣れたのってまさか俺のせいか。


「たく、1日様子がおかしいと思ったらこれだよ。いいか?一回しか言わないからよく聞けよ」


別のティッシュで目元を拭かれ、やっとまともに奴の顔が見えたかと思ったら、真剣な眼差しをこちらに向けてくる奴がいた。


「俺だってお前のこと好きだったっての、昔から。馬鹿な所もうるさい所も実は人一倍優しいところも全部含めて。お前が俺のことを好きな間は絶対別れないから覚悟しろよ、宝生」
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