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その4

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頑張って全て終わるなら既にやっている、と言いたい。
終わらないから持って帰って仕事をしているわけで、先で自宅でも仕事しているわけではないのだ。


「はぁ………終わらなかった」


机の上に乗せられていた書類は明日の午前中の会議で使用するもので、アンケート結果を集計して表にし、去年との差を棒グラフで表しその結果がどうであったか記載するものであった。
集計する作業に1時間以上かかったし、昨年のデータを探すのにも時間を要した。
その他にも雑務を行い、報告書の作成をやっとの思いで終わらせ今に至る。
この後にもまだまだやり残したことはあるから、本日の睡眠時間も2時間あれば良い方か。
とりあえず、戸締まりをしっかりしてから外に出れば目立つ白いスポーツカーが駐車場に停まっていた。
久しぶりに会えたのは嬉しいが、急かされたからなのか倍疲れたような気がする。
終わらなかったことを社内で怒られるのかと思いながら車に近付けば、先輩は誰かと電話をしているようだった。
これは中に入って良いものかと悩んでいると、先輩は俺に気付いて電話を切り、助手席のドアを開けてくれた。


「悪い、待たせたな。お疲れ」


「お疲れ様です、いえ、こちらこそこんな時間にありがとうございます」


「俺が勝手にやったことなんだから気にすんな」


それより早く入れ、と促され車内に入ると数時間前に匂いが鼻に入り込んできた。


「シートベルト締めろよ」


「はいっす」


言われるがままシートベルトを締めると、ゆっくりと車が動き始めた。


「お前の家どこ?」


「道案内します。ここを出て左折してください」


「了解」


「そのまま暫く道なりです。曲がるときはまた言います」


「おう」


エンジン音があまりせず、音楽も流れていない車内は俺と先輩の声しかしない。
夜中ということもあり、外も静かだ。
運転席にいる先輩を盗み見見れば、先程の格好とは異なり、黒縁眼鏡に白のワイシャツと紺のスラックスを履いていた。
前髪はオールバックになっているため、普段隠されているであろう凛々しい眉毛が見えている。
学生の頃より顔がシャープになったような気がするし、体格もしっかりとしたように思える。


「で?終わったの?」


やっぱり聞かれるよな。
でも、変に誤魔化してもバレるだろうから正直に言おう。


「すみません、終わりませんでした」


あぁ、怒られる、と思って目を瞑ったら、だよなと少し笑ったような声がした。


「あんなこと言われて終わるならとっくに終えてるよな。悪かったな、変にプレッシャー与えてお前にストレスかけちまって。ついお前の顔見たら懐かしくなって高校の頃みたいに言っちまった」


「い、いえ……」


まさかそんな風に言われると思っておらず、ゆっくりと目を開けて隣を見れば、眉を下げて笑っている先輩の姿があった。
こんな風に笑うこともあるのかと、思うのと同時に初めて先輩に謝られたかも、とか失礼なことを思った。
学生の頃なんか何かあっても謝ってこなかったし、顔を合わせれば弄られたいたような気がする。


「俺さ、あの後、お前が学生の頃みたいに『無理なこと言わないでくだせぇ!』とか言って噛みついてくるかと思ってたんだよ。それがないから驚いた」


確かに学生の頃だったらそんな風に怖さ知らずなのと、怒られても先輩と関わりたいという一心で追い掛けていたかもしれない。
けれど今はそんな時間よりも、勝率が低いものに挑むよりも出来る限りのことを行うことを優先するようになった。
そう考えると俺も少しは大人になったということだろか。


「言い合う時間より仕事を進めることを優先にしたんすよ」


お互い高校を卒業して10年の月日が経っているんだ。
変わっている所があるのは当たり前の事だろう。


「変わったな、お前」


「大人になったと言ってください」


「そうだな、大人になったな」


赤信号で車が緩やかに止まり、誰も渡っていない横断歩道の信号が青になる。
静まりかえった空間に俺の心臓の音が聞こえそうな気がした。
怒られると思って警戒していたときから心臓の音が激しかったが、今では前から大人ぽかった先輩が完全に大人の男性にしか見えず違った意味でドキドキしている。
他の男性では決して感じることのないそれに、まだ俺はこの人に囚われているのだと実感した。
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