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彼女は何でも知っている
しおりを挟む目の前のルナリス様こそが初恋の人だと確信した殿下は、右腕に張り付いていたルナティア嬢をベリっと引き剥がし頬を赤く染めて前へと一歩、ルナリス様に歩み寄る。
「どうもこうも、これが私の特殊スキル『女神降臨』ですわ。
私は女神ルナリス様をこの地へとお呼びする事が出来るんですの。
ですが、無闇矢鱈に女神様をお呼び立てする訳にもいきませんので、あの十年前のお忍びの時以来ですわね。」
そうなのだ。あの時だってスキルを使うつもりなどなかったのだ。
けれど毎晩のように眠る前にルナリス様と会話をしていた私は、楽しみにしていた訳ではないけれど、ウッカリとお忍びで街に行く事を話してしまったのだ。
そうしたら『一緒に行きたい!』と駄々をこねた、女神様が。
昼も夜もひっきりなしに話しかけてくる程に。
会話は神託の様に直接私の頭の中に女神様の声が聞こえて来る。
子どもの頃は私は普通に声を出して会話をしていたので、両親たちにも女神様と会話している事がアッサリとバレてしまった。
バレたというより私にはそれが特別な事だ、という認識もなければ相手が女神ルナリス様だと気づいてもいなかったのだけれど。
だって、ある日突然『やっほ~、マリちゃん!私、ルーナだよ。』という声が頭の中から聞こえてきたのだ。それが女神様だと気付く訳が無いよね。
で、まぁ、両親にバレて万が一の事を考えて、私はお父様と誓約を交わす事になった。
『マリエッタが結婚するまでは、ルーデンベルグ公爵の許可無く特殊スキルの事を他人に話してはならない。』、と。
子どもって弾みで秘密を話してしまう事があるからね。
私はこの誓約を結ぶ前にお父様の誓約魔法についてキッチリと説明されたんだよね。
・・・・怖かった。その日の夜は一人では眠れなくて、久しぶりにお母様と寝たわ。
そして根負けして、というより両親が女神様の望みを断るなんて畏れ多い事だ、という事になり遠い国に住む友人設定でお忍び街歩きに参加する事になったのだった。
「何故、私にその事を教えてくれなかった!教えてくれていたらこんな女に騙される事もなかったのに!」
えぇ~、ここで私に自分の目が節穴だった責任を押し付けてきます?
しかもさっきまで『私の女神ルナティア!』とか言っていた癖に。
「いや、それレオンの責任でしょ。レオンが勝手に間違えただけじゃん!」
・・・・ルナリス様のこの口調は私と頻繁に会話していた所為、ではないハズ。
だからお父様っ!私に冷たい視線を向けないでっ。
「えっ!なっ!も、もしかしてルーナは今までの事、全部知って、、、。」
ルナリス様の言葉に一瞬目線を私に向けた後、青い顔をして殿下は言ったけれど、言葉遣い以前に、初恋の人がルナリス様だと知っても思わずルーナと呼んでしまう殿下もどうかと思うわよね。
王族の方々の顔色も面白いぐらいに青くなったり赤くなったりしているもの。
「そんなの当たり前よ~。だって私、女神だよ?
善行も悪事も私にかかれば丸見えよ?」
その言葉に今度は会場中が大きく動揺したのを見て、お父様がニヤついているわね。
腹黒くはあるけれど、悪事に手を染める事の無かったお父様はこの状況を楽しむつもりのようだわ。
この場に居る貴族たちの中には、第一王子の婚約者の私を『スキル無しの無能才女』などと蔑む態度を隠そうともせず聞こえよがしに言っていた者も数多く居る。
お父様たちが私の為にどれほど耐えていたのか、私は知る由も無いけれど、この表情を見るに相当だったようね。
殿下から縋る手を振り払われて床にペタリと座り込んでいるルナティア嬢を気にかける人はもうどこにも居ない。
何しろ第一王子が勘違いしていたとはいえ、自分自身も初恋の人だと嘘を吐いていたのだ。しかもそのつもりは無かった事だとしても、本当の初恋の人は女神ルナリス様でありその尊き人のフリをしていたのだから。
気付けば殿下の後ろに立ち、私を散々睨み付けていた取り巻きたちは今や殿下たちと距離を取ろうと後退りし始めている。
今更逃げようとしたところで時既に遅し、だと思うけれどね。
「おま、、、マリエッタ。今まで誤解していて申し訳なかった。
君は私とルーナのキューピッドだったのだな。」
いや、違う。私はキューピッドなんてモノになった覚えも無ければ、そういうつもりで紹介した訳でもない。
それに頑なまでにルナリス様をルーナ呼びしているけれど、まさかルナリス様が女神様だと言う事に気付いていない、、、訳はない、、、よね?
私が不安になりかけた時、コロコロと鈴の音が鳴るように可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
「相変わらずレオンたら思い込みが激しくて可笑しいわぁ~。
マリちゃんは本当に愛らしくて私の天使だけれど、レオンはもう少しよく考えてから行動した方がいいわよ?」
ルナリス様が普段、私との会話でよく言っていた言葉だ。
『レオンは悪い子じゃ無いんだけれどねぇ、、、。』
子どもの頃の殿下はそうだったのかも知れない。けれどルナリス様に出会って以降の殿下の態度に、時折ふと口をついて出てきた愚痴を聞いていたルナリス様はそう言っていた。
「ルーナ、いえ、ルナリス様。私は貴女と出会った八歳の頃よりずっとお慕いしておりました。
どうかこの私と結婚して下さい。」
ルナリス様の前で跪き、頬を紅潮させて手を差し出したレオンハルト殿下に今日何度目かの驚きが会場全体に広がった瞬間だった。
いくらずっと想い続けていたとはいえ、いきなり女神様に求婚するのは流石に唐突すぎるでしょ。
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