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番外編
ポケットの中の
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ミレーヌとディーンが婚約してから半年ぐらいを過ぎた頃のお話です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アルが卒業パーティーで起こした『婚約破棄騒動』は、一時は学園だけでなく社交界でも大きな話題となった。
何しろ、20年振りぐらいの、公の場での婚約破棄。そしてそれを引き起こしたのが、この国の第一王子であり、あの法律が出来る原因となった22年前の騒動の張本人、現国王の息子だったからだ。
そして学園の校則違反による卒業の取り消し、そして法律を破った為に、第一王子アルフリートは廃嫡となった。
その決定を知った王妃様は、国王陛下の執務室に駆け込んだ。泣いて喚いて国王陛下に縋ったけれど、陛下は王妃様の言葉に首を縦に振る事は出来なかった。
国王陛下に言ってもダメならば、と王妃様は夜会の場で貴族たちを味方につけてアルの処遇の撤回を求めようとした。
22年前なら王妃様の願いを叶えようと動く貴族の令息令嬢は居ただろう。そして傷心の王妃様を慰めようと集まっていただろう。
けれど、あれから22年が経っていた。少年少女であった令息令嬢も、今では子を持つ親となっている。親の後を継いだ者も多い。
22年前、王太子による卒業パーティーでの婚約破棄宣言で国は荒れた。家族や親しい者が騒動の影響で被害者に、そして加害者になった者も多かった。
諸外国からも嘲笑と距離を置かれ始めた頃に出来た法律には、反感と戸惑いもあった。けれど、馬鹿げた婚約破棄をする者は居なくなったのも事実。
それなのに、過去の騒動を己の犯した罪とも思わずに、今もこうして『真実の愛を貫くのが何故悪い。』と息子の処遇を嘆く王妃様を、慰める者はもう居なかった。
それから半年が過ぎてディーンは正式に王太子となった。学園に通いながら王子の執務もこなし、王太子教育も受けているので非常に忙しい身だ。
私はアルとの婚約が解消された為、卒業の3ヶ月後に予定されていた結婚式は、当然だけれど無くなった。
しかし、婚約解消と同時にディーンと婚約を結んだので、今は王太子妃教育の為に週2日ほど王宮で教育を受けていた。
忙しいはずのディーンは、それでも週に一度は時間を作ってくれて『お茶をしよう』と誘ってくれる。
「ごめん、ミレーヌ。待たせちゃったかな。」
ディーンがふわふわと金色の髪を揺らしながら、小走りに私が待つガゼボまでやって来た。時間があまりないディーンの為に、私たちは王宮庭園のガゼボでお茶をしていた。
「いいえ、ディーン様。私も今、来たところです。」
ディーンが腰を下ろすのをお見守りながら笑顔で応えると、心なしかディーンの眉に皺がよった。
「ミレーヌ?何かあったの?」
ディーンは昔から人の感情に敏感だ。私の気持ちの変化にもすぐに気づいてしまう。もしかしたら、私が分かりやすすぎるのかも知れないけど。
少し心配そうに私を見る翠の瞳は昔と変わらないわね。
ずっと変わらない笑顔を私に向けてくれて、そうして私の婚約者になってくれたディーン、、、、。
『ディーン様は本当に聡明でお優しい方よね。だって、お兄様の失態の責任を取って婚約を結んだのでしょう?』
『えぇ、本当に。公衆の面前で恥をかかされたシルフィード公爵令嬢を自分の婚約者にするなんて、中々出来ることでは無いわね。』
『私だったら恥ずかしすぎて、婚約を辞退して領地に引き篭もるわ。』
『本当よね。ディーン様にとっては、なんの利もない政略結婚ですもの。』
王宮の廊下から笑い声とともに聞こえてきたのは、女官か侍女たちの声か。
きっと、私がこの部屋に居るのが分かっていて言っているのね。
私だってあの時は恥ずかしくて、公爵領に引き篭もるつもりだったわよ!
通り過ぎて行った声に、心の中で悪態をついたけれど、彼女たちの言っている事も事実だろうな、と思ってしまう。
ディーンが私に婚約を持ちかけたのは、王族の立場として、あれが正解だった、と騒動が落ち着いた今ならば分かる。
親子揃ってのやらかしをあの場で収めるには、ディーンが私と婚約するのが、王家としての最善の策だったのだと思う。
第一王子によって瑕疵のついた私と王族の者が婚約を再び結び直せば、シルフィード公爵家の面目は保たれ、王家は最小限の痛手で済ます事が出来るだろう、と。
何しろ、私のお父様はこの国の宰相だ。しかも国王だけでなく大臣からも陰で恐れられている人だ。そんな人が、娘が恥をかかされて黙っている訳がない。
宰相の座を辞するだけならばまだ良いが、謀叛などを起こされては国が滅ぶ、と懸念されたとしてもおかしくは無いのだ。
あの場で私に『アルをやっちまえ!』とけし掛けるような人だからね。
けれど、あの場はレティシア様の登場とディーンのいきなりの『政略結婚をしよう!』という言葉で丸く収まった。
アルは廃嫡にはなってしまったけれど、学園や貴族社会で騒がれただけで、なんとかこの半年で、他に被害も無く落ち着きを取り戻せた。
ディーンは本当に凄い人ね。
それだけに貴族のお嬢さんたちが、王太子妃の座を欲する気持ちもよく分かる。
何しろ私は、ディーンよりも2つも年上で、第一王子に婚約破棄されるような女だし、公衆の面前でキレて淑女の仮面を剥がしちゃうような令嬢だし、、、、。
「・・・っヌ?ミレーヌ、聞いているの?」
ハっと気付けば、ディーンが私の目の前で、掌をひらひらと振って確かめている。
「あ、ごめんなさい。考え事をしてて。」
「・・・ふ~ん。本当に何かあったら僕に言ってよ?ミレーヌは僕の婚約者なんだから。」
私の言葉を少し怪しむような素振りを見せながらも、ディーンは私に笑顔を向けた。
僕の婚約者。
そう、確かにそうなんだよね。政略結婚だけど。
でも、コレって本当に政略結婚として成立するのかしら?
ディーンばかりが損をしていない?
ディーンは本当にそれで良いのかな。
そんな事を思ってしまうのは、最近、夜会でご令嬢たちに囲まれる事の多いディーンを見ているからかな。きっと学園でも同じように女生徒たちに囲まれているだろう。
さっきの彼女たちの言葉を聞いたからか、今日はどうしても気持ちが後ろ向きになってしまう。
「ミレーヌ。今日のお菓子は翡翠宮の料理長特製のお菓子だよ。ゼリーをもう少し硬くして粉砂糖を振ってあるんだ。食感も楽しい面白いお菓子なんだよ。ホラ、口を開けて?」
「あっ!」
ディーンが私の口にお菓子を差し出した時、まだぼんやりと考え事をしていた私は、口を開き損なって、お菓子はコロコロと地面に落ちてしまった。
「ごめんなさ、、、。」
謝罪の言葉の途中で、お菓子が転がった先に動く小さなモノに視線が奪われる。
「・・・・ミレーヌ?」
「・・・・・だんごむし。・・・ポケットの、、、、。」
「えっ?」
私の突然の呟きに戸惑いを見せるディーンの声に、私は視線の先のダンゴムシに昔の思い出が蘇っていた。
ディーンと一緒に授業を受けるようになって少し経った頃、私はディーンに泣いているところを見られてしまった。しかも『ディーンに負けて悔しい』と泣いている時に。
こっそり王宮の裏庭で出会う事はあっても、ディーンに泣いているところを見られたのは初めてだった。
ディーンは泣いている私にビックリしたようで、持っていた本をバサリと地面に落とした。そして
「ミ、ミレーヌっ、また泣いているの?ホラ、僕のお菓子を分けてあげるから泣き止みなよ。」
慌てながらそう言うと、私よりも小さなディーンは、ポケットの中に手を入れた。
「はい、口をあ~ん、だよ。」
私の口へと、ふくふくとした小さな手にいっぱいのお菓子を持って近づけてくる。
お菓子が口の中にたくさん入りすぎて、口を動かすのも大変だったけれど、心配そうに私の顔を覗き込む翠の瞳に、ハムスターのように頬を膨らませた自分の顔が映って可笑しくなって笑ってしまった。
その安心したような表情をする小さな男の子に、私は慰められたんだな、と気づいた。そして『負けて悔しいと泣く』自分が、少し恥ずかしくなった。
それからも、裏庭でバッタリと出会うディーンの上着のポケットはいつも膨らんでいた。甘い物が大好きなディーンが、いつもお菓子を入れているからだ。
そうして裏庭で泣いて落ち込んでいる私にお裾分けをしてくれる。言葉は少ないけれど、泣き止むまで側に居てくれた。
ポケットの中には、甘いお菓子ともう一つ、ディーンの好きな物が入っているようになったのはいつからだっただろう。
「いい?ミレーヌ。僕の好きな物を見せてあげるからね。」
そう言って見せてくれたのは、キラキラ光る綺麗な色の包み紙。ピカピカでまんまるの石。どんぐりで作ったおもちゃに、、、、そしてダンゴムシ。
いつもより膨らみの少ないポケットから、ディーンが大事そうに出したのは、コロコロと丸い小さなダンゴムシ。
「・・・・だんごむし。」
いつもは見せて終わるだけだったディーンが、ダンゴムシについてニコニコ笑って説明してくれている。
私を慰めようと、自分の大事な宝物を見せてくれていたディーンが、翠の瞳をキラキラとさせてダンゴムシの生態を力説するのが少し面白かった。
「ディーン様は本当にダンゴムシがお好きなのですね。」
そう言った私の言葉に、ディーンはこてんと首を傾げて黙ってしまった。
「うん。今まで見せた宝物、全部好き。でも、ダンゴムシも好きだけど、ミレーヌはもっと好きだよっ。」
そうして両手にダンゴムシを乗せたまま、にっこりと笑っていたディーン。
そんな事を急に思い出してテーブル越しのディーンを見れば、ディーンは戸惑った顔をしている。
「ねぇ、ディーン。今でもダンゴムシが好き?」
尋ねる私に、ディーンは更に戸惑った表情になる。
「私の事はダンゴムシよりも好きですか?」
そう悪戯っぽく微笑みながら聞けば、ディーンは目を大きく見開いた後、
「勿論。僕の宝物の中で一番好きだよ。」
そう言って、いつものように軽い口調で言ったディーンの耳は少しだけ赤くなっていた。
政略結婚だったとしても、私は幸せになれそうな気がする。
気が付けば、落ち込んでいた事もすっかり忘れて、ディーンの耳がいつ元に戻るのか、そればかりが気になっていた。
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アルが卒業パーティーで起こした『婚約破棄騒動』は、一時は学園だけでなく社交界でも大きな話題となった。
何しろ、20年振りぐらいの、公の場での婚約破棄。そしてそれを引き起こしたのが、この国の第一王子であり、あの法律が出来る原因となった22年前の騒動の張本人、現国王の息子だったからだ。
そして学園の校則違反による卒業の取り消し、そして法律を破った為に、第一王子アルフリートは廃嫡となった。
その決定を知った王妃様は、国王陛下の執務室に駆け込んだ。泣いて喚いて国王陛下に縋ったけれど、陛下は王妃様の言葉に首を縦に振る事は出来なかった。
国王陛下に言ってもダメならば、と王妃様は夜会の場で貴族たちを味方につけてアルの処遇の撤回を求めようとした。
22年前なら王妃様の願いを叶えようと動く貴族の令息令嬢は居ただろう。そして傷心の王妃様を慰めようと集まっていただろう。
けれど、あれから22年が経っていた。少年少女であった令息令嬢も、今では子を持つ親となっている。親の後を継いだ者も多い。
22年前、王太子による卒業パーティーでの婚約破棄宣言で国は荒れた。家族や親しい者が騒動の影響で被害者に、そして加害者になった者も多かった。
諸外国からも嘲笑と距離を置かれ始めた頃に出来た法律には、反感と戸惑いもあった。けれど、馬鹿げた婚約破棄をする者は居なくなったのも事実。
それなのに、過去の騒動を己の犯した罪とも思わずに、今もこうして『真実の愛を貫くのが何故悪い。』と息子の処遇を嘆く王妃様を、慰める者はもう居なかった。
それから半年が過ぎてディーンは正式に王太子となった。学園に通いながら王子の執務もこなし、王太子教育も受けているので非常に忙しい身だ。
私はアルとの婚約が解消された為、卒業の3ヶ月後に予定されていた結婚式は、当然だけれど無くなった。
しかし、婚約解消と同時にディーンと婚約を結んだので、今は王太子妃教育の為に週2日ほど王宮で教育を受けていた。
忙しいはずのディーンは、それでも週に一度は時間を作ってくれて『お茶をしよう』と誘ってくれる。
「ごめん、ミレーヌ。待たせちゃったかな。」
ディーンがふわふわと金色の髪を揺らしながら、小走りに私が待つガゼボまでやって来た。時間があまりないディーンの為に、私たちは王宮庭園のガゼボでお茶をしていた。
「いいえ、ディーン様。私も今、来たところです。」
ディーンが腰を下ろすのをお見守りながら笑顔で応えると、心なしかディーンの眉に皺がよった。
「ミレーヌ?何かあったの?」
ディーンは昔から人の感情に敏感だ。私の気持ちの変化にもすぐに気づいてしまう。もしかしたら、私が分かりやすすぎるのかも知れないけど。
少し心配そうに私を見る翠の瞳は昔と変わらないわね。
ずっと変わらない笑顔を私に向けてくれて、そうして私の婚約者になってくれたディーン、、、、。
『ディーン様は本当に聡明でお優しい方よね。だって、お兄様の失態の責任を取って婚約を結んだのでしょう?』
『えぇ、本当に。公衆の面前で恥をかかされたシルフィード公爵令嬢を自分の婚約者にするなんて、中々出来ることでは無いわね。』
『私だったら恥ずかしすぎて、婚約を辞退して領地に引き篭もるわ。』
『本当よね。ディーン様にとっては、なんの利もない政略結婚ですもの。』
王宮の廊下から笑い声とともに聞こえてきたのは、女官か侍女たちの声か。
きっと、私がこの部屋に居るのが分かっていて言っているのね。
私だってあの時は恥ずかしくて、公爵領に引き篭もるつもりだったわよ!
通り過ぎて行った声に、心の中で悪態をついたけれど、彼女たちの言っている事も事実だろうな、と思ってしまう。
ディーンが私に婚約を持ちかけたのは、王族の立場として、あれが正解だった、と騒動が落ち着いた今ならば分かる。
親子揃ってのやらかしをあの場で収めるには、ディーンが私と婚約するのが、王家としての最善の策だったのだと思う。
第一王子によって瑕疵のついた私と王族の者が婚約を再び結び直せば、シルフィード公爵家の面目は保たれ、王家は最小限の痛手で済ます事が出来るだろう、と。
何しろ、私のお父様はこの国の宰相だ。しかも国王だけでなく大臣からも陰で恐れられている人だ。そんな人が、娘が恥をかかされて黙っている訳がない。
宰相の座を辞するだけならばまだ良いが、謀叛などを起こされては国が滅ぶ、と懸念されたとしてもおかしくは無いのだ。
あの場で私に『アルをやっちまえ!』とけし掛けるような人だからね。
けれど、あの場はレティシア様の登場とディーンのいきなりの『政略結婚をしよう!』という言葉で丸く収まった。
アルは廃嫡にはなってしまったけれど、学園や貴族社会で騒がれただけで、なんとかこの半年で、他に被害も無く落ち着きを取り戻せた。
ディーンは本当に凄い人ね。
それだけに貴族のお嬢さんたちが、王太子妃の座を欲する気持ちもよく分かる。
何しろ私は、ディーンよりも2つも年上で、第一王子に婚約破棄されるような女だし、公衆の面前でキレて淑女の仮面を剥がしちゃうような令嬢だし、、、、。
「・・・っヌ?ミレーヌ、聞いているの?」
ハっと気付けば、ディーンが私の目の前で、掌をひらひらと振って確かめている。
「あ、ごめんなさい。考え事をしてて。」
「・・・ふ~ん。本当に何かあったら僕に言ってよ?ミレーヌは僕の婚約者なんだから。」
私の言葉を少し怪しむような素振りを見せながらも、ディーンは私に笑顔を向けた。
僕の婚約者。
そう、確かにそうなんだよね。政略結婚だけど。
でも、コレって本当に政略結婚として成立するのかしら?
ディーンばかりが損をしていない?
ディーンは本当にそれで良いのかな。
そんな事を思ってしまうのは、最近、夜会でご令嬢たちに囲まれる事の多いディーンを見ているからかな。きっと学園でも同じように女生徒たちに囲まれているだろう。
さっきの彼女たちの言葉を聞いたからか、今日はどうしても気持ちが後ろ向きになってしまう。
「ミレーヌ。今日のお菓子は翡翠宮の料理長特製のお菓子だよ。ゼリーをもう少し硬くして粉砂糖を振ってあるんだ。食感も楽しい面白いお菓子なんだよ。ホラ、口を開けて?」
「あっ!」
ディーンが私の口にお菓子を差し出した時、まだぼんやりと考え事をしていた私は、口を開き損なって、お菓子はコロコロと地面に落ちてしまった。
「ごめんなさ、、、。」
謝罪の言葉の途中で、お菓子が転がった先に動く小さなモノに視線が奪われる。
「・・・・ミレーヌ?」
「・・・・・だんごむし。・・・ポケットの、、、、。」
「えっ?」
私の突然の呟きに戸惑いを見せるディーンの声に、私は視線の先のダンゴムシに昔の思い出が蘇っていた。
ディーンと一緒に授業を受けるようになって少し経った頃、私はディーンに泣いているところを見られてしまった。しかも『ディーンに負けて悔しい』と泣いている時に。
こっそり王宮の裏庭で出会う事はあっても、ディーンに泣いているところを見られたのは初めてだった。
ディーンは泣いている私にビックリしたようで、持っていた本をバサリと地面に落とした。そして
「ミ、ミレーヌっ、また泣いているの?ホラ、僕のお菓子を分けてあげるから泣き止みなよ。」
慌てながらそう言うと、私よりも小さなディーンは、ポケットの中に手を入れた。
「はい、口をあ~ん、だよ。」
私の口へと、ふくふくとした小さな手にいっぱいのお菓子を持って近づけてくる。
お菓子が口の中にたくさん入りすぎて、口を動かすのも大変だったけれど、心配そうに私の顔を覗き込む翠の瞳に、ハムスターのように頬を膨らませた自分の顔が映って可笑しくなって笑ってしまった。
その安心したような表情をする小さな男の子に、私は慰められたんだな、と気づいた。そして『負けて悔しいと泣く』自分が、少し恥ずかしくなった。
それからも、裏庭でバッタリと出会うディーンの上着のポケットはいつも膨らんでいた。甘い物が大好きなディーンが、いつもお菓子を入れているからだ。
そうして裏庭で泣いて落ち込んでいる私にお裾分けをしてくれる。言葉は少ないけれど、泣き止むまで側に居てくれた。
ポケットの中には、甘いお菓子ともう一つ、ディーンの好きな物が入っているようになったのはいつからだっただろう。
「いい?ミレーヌ。僕の好きな物を見せてあげるからね。」
そう言って見せてくれたのは、キラキラ光る綺麗な色の包み紙。ピカピカでまんまるの石。どんぐりで作ったおもちゃに、、、、そしてダンゴムシ。
いつもより膨らみの少ないポケットから、ディーンが大事そうに出したのは、コロコロと丸い小さなダンゴムシ。
「・・・・だんごむし。」
いつもは見せて終わるだけだったディーンが、ダンゴムシについてニコニコ笑って説明してくれている。
私を慰めようと、自分の大事な宝物を見せてくれていたディーンが、翠の瞳をキラキラとさせてダンゴムシの生態を力説するのが少し面白かった。
「ディーン様は本当にダンゴムシがお好きなのですね。」
そう言った私の言葉に、ディーンはこてんと首を傾げて黙ってしまった。
「うん。今まで見せた宝物、全部好き。でも、ダンゴムシも好きだけど、ミレーヌはもっと好きだよっ。」
そうして両手にダンゴムシを乗せたまま、にっこりと笑っていたディーン。
そんな事を急に思い出してテーブル越しのディーンを見れば、ディーンは戸惑った顔をしている。
「ねぇ、ディーン。今でもダンゴムシが好き?」
尋ねる私に、ディーンは更に戸惑った表情になる。
「私の事はダンゴムシよりも好きですか?」
そう悪戯っぽく微笑みながら聞けば、ディーンは目を大きく見開いた後、
「勿論。僕の宝物の中で一番好きだよ。」
そう言って、いつものように軽い口調で言ったディーンの耳は少しだけ赤くなっていた。
政略結婚だったとしても、私は幸せになれそうな気がする。
気が付けば、落ち込んでいた事もすっかり忘れて、ディーンの耳がいつ元に戻るのか、そればかりが気になっていた。
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