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彼女と。
アメリアとアネット
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本編最終話のアメリアがレン(第二皇子グレンフォード)の婚約者として承認された頃の話になります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日は何度目かのアネットとのお茶会だ。
第三皇子テオドールの婚約者のアネット・ジェニング公爵令嬢は、金髪青眼のザ・お姫様という印象の大変可愛らしいご令嬢である。
同郷の前世を持つ者同士だからか、それともプリシラの件で深く感謝されているからなのか、何故かアメリアによく懐いてしまっている。
アネットは大変可愛らしいご令嬢だが、ほんの少しつり目な為に本人の知らぬところで" 高慢な令嬢 "だとか" 意地悪な令嬢 "だとか言われていたらしい。
まぁ、それもプリシラが学園に編入してきた頃から囁かれていた噂という事だから、事実無根で彼女を貶める為に作られた噂、という事だったのだろう。
実際はちょっとつり目なところが仔猫のような印象を受けるのだが、アメリアの前では尻尾を嬉しそうにパタパタと振っている仔犬のようだ、とアメリアは思っていた。
「アメリア様っ!アメリア様もやっぱり転生者なのでしょうか?」
アネットとの初めてのお茶会の時、ガゼボで向かい合って座り、二人のお茶の用意を終えた侍女が数歩後ろに下がった瞬間にそう言われた。
大きな青い瞳をキラキラと輝かせて何かを期待するような表情で彼女に尋ねられたアメリアは困惑する。
やっぱり、って何で?
転生者って?
アメリア自身は生まれた瞬間から前世の記憶を持ってはいるが、それを然程特別な事とは思っていなかったし、ましてや自身を転生者などと認識してはいなかったからだ。
ディバイン公爵家に居た頃のアメリアの世界は狭かった。何しろアメリアの日常は邸の中だけだった。
そう言えば一度だけ、異母妹のソフィアに王都の街中まで荷物持ちとして連れられて行った事があったっけ?
侍女のような服を着たアメリアの恰好は、公爵令嬢の侍女にしては随分と見窄らしく、化粧もせずパサパサの長い髪をお団子にして結んでいる姿は、貴族の令嬢たちが通うようなお店の店員よりも格段に落ちる見た目である。
店員の見下した目やソフィアの取り巻きの下位貴族の令息たちからの蔑む視線、それらに晒されたアメリアが惨めな思いを感じ負の感情を抱くのを狙ったソフィアだったが、アメリア自身はなんとも思っていなかった。
勿論、ソフィアが何か良くない意図でもってアメリアを同伴させた事は薄々感じてはいたが、それよりもアメリアにとって邸から出られる事の方が重要だった。
こんなチャンスは滅多に無い!
邸から勝手に出る事を許されていないアメリアは、人から聞いた話で王都の街を知ってはいても実際に見た事は無いのだ。
いずれディバイン家を出て行こうと思っているアメリアには自分の目で知る機会はまたとないチャンスだったからだ。
あれは本当に素晴らしい時間だった。
ソフィアの思惑としては、アメリアに嫌な思いをさせ悪役令嬢への道を着々と歩ませようと狙った作戦だったのだが、実際は全くの逆効果だった。
アメリアはいつものように辛そうな表情を浮かべたりしてソフィアを上機嫌にさせていたが、心中は表情とは真逆の楽しい気分だったのである。
この日の出来事が、アメリアがディバイン公爵家から出た日の行動に役立った事をソフィアは知らない。
そんな過去を思い出していたアメリアは、我に返ってアネットが質問してきた言葉をもう一度考える。
「転生者って生まれ変わったとか、そういう事?」
アメリアは前世の記憶を持って生まれたから、" 自分が生まれ変わった "という事は理解している。それに前世とは全く違う世界である事も分かってはいる。
でもそれが" 転生者 "と言われると、意味が分かるような分からないような。
「え、えっと、、、アメリア様は前世の記憶というのはお持ちでしょうか?」
ここで初めてアネットは戸惑いを見せた。勢い勇んでアメリアに" 転生者 "という言葉を出して尋ねたのにアメリアの反応は微妙だった。
いや、驚いてはいないところを見るとアネットの思い違いではない、とは思うのだが、、、。
「前世の記憶?あるけど?」
もしかしたらアメリアは転生者だとは知られたくなかったのかも知れない、それとも全く的外れな質問に戸惑っているのかも知れない。
もし、そうだったら私は" 頭のおかしな令嬢 "認定を受けてしまうかも!?
アネットはそう危惧しながらも恐る恐る聞いてみれば、アメリアはあっさりとアネットの言葉を肯定する。
「えっ、前世の記憶、があるのですか?」
アメリアがあまりにしれっとなんでもない事の様に肯定したので、アネットは拍子抜けしてしまって思わず聞き返してしまった。
「うん。それが" 転生者 "っていうものになるの?」
アメリアはアネットの態度を何も気にせずに聞いてきた。
「え、え~と、本来の意味ではそうだと思います。
ですが、よく使われているといいますか、所謂異世界へ転生した、という意味で転生者、正確には" 異世界転生者 "という意味で、わたくしはアメリア様にお尋ねしたのです。」
「・・・・・異世界転生者。」
アメリアは初めて聞く言葉に、自分の今世の人生を思い返してみる。そう長くはない人生ではあるが、" 異世界 "という言葉を頭に思い浮かべて、なるほど、と理解した。
確かに前世とは何もかもが違ったし、どういう訳だか自分は言語の違う他国の言葉も文字も勝手に読み書き出来る。
不思議な事もあるものだなぁ、とは思ってはいたが、それらは" 異世界 "だったからなのか!
アメリアの分かったようで分かっていない" 異世界 "への理解は、アネットによって正される事になるのだが、アネットはアネットでアメリアの態度に益々困惑していた。
しかし、このまま話を止める訳にはいかない。折角、同郷の前世持ちの転生者であり、『スタ☆ラブ』の関係者でもあるアメリアに出会えたのだ。
そこでアネットは三歳で前世の記憶が蘇った事、そしてこの世界が乙女ゲーム『星の数だけ愛されて』通称『スタ☆ラブ』と呼ばれるゲームの世界である事などを語った。
「乙女ゲーム、、、悪役令嬢、、、、。」
アメリアはまたも聞きなれない言葉を耳にして考える。
乙女ゲーム、、、。
ゲームは知っている。孫がよく言っていたテレビゲームとかいうやつだろう。
だが乙女ゲームとは?言葉だけ聞けば、乙女が遊ぶゲームという事だろうか。
けれどよくは分からないが私には関係ない。だってゲームに出てくるキャラだと言われても、アメリア自身が別に誰かに操られて動いているなどとは思ってはいない。
今まで普通に生きてきて自分の意思でディバイン家を出て冒険者になったのだ。
まぁ、ちょっと、なんでか皇子妃になるとか思っていた未来とは違う方向に向かう事にはなってしまったけれど。
どうやらアネットはアメリアとその乙女ゲームだかのこの世界の話をしたいらしいのだが、全く興味の無いアメリアが良い話し相手になれるとは思えない。
しかし、この可愛らしいアネットとお茶をするのは嫌ではない。なんとなくソフィーを思い出すのだ。アネットとソフィーは同じ歳でもあるのでそう思ってしまうのかも知れない。
この間のお茶会では会って早々、ヴァイオリンの授業の話をされた。どうやらアメリアの演奏をアネットも王宮の何処かで聴いていたらしい。
割と直ぐにアメリアは第二皇子グレンフォードの婚約者として認められたのだが、アメリアは貴族教育も淑女教育も一切受けていない。
その為、皇子妃教育は取り急ぎ始めているが、いつ公表するのかを議会で話し合っている最中らしい。
それが決まり次第、正式な婚姻の許可が下りたという事になるという。
それには皇子妃教育の習得がある程度出来ている事が条件になるのだろう。
アメリアの知識は独学で学んだものが殆どで、貴族社会の事などは噂程度でしか知らない。
その噂もディバイン公爵やキャロラインとソフィアが話しているのを耳にした程度のものだ。とても役に立つとは思えない。
それら全てを正直に話して、あわよくば皇子妃という立場から逃げたかった訳だが無理だった。
アメリアを婚約者にする事に少しでも難色を示す者が居れば、レンが ー アメリアにはこの冒険者としての名の男が未だに皇子だとは思えないのだが ー それは良い笑顔で相手の言葉を捻じ伏せアメリアを認めさせていた。
レンの事を好きなのは本当ではあるし、いずれは彼と結ばれる事を念頭に置いていた事を考えれば、結婚も漠然とではあるが思い描いていなかった訳でもない。
だからアメリアとしても全力否定している訳でもなく、皇子妃になる事に多少の抵抗はしたものの、結局、この国の第二皇子であってもレンとの婚姻を強く望む自分がいるのだ、と思う事にした。レンが出した提案も魅力的ではあった事だし。
そして今日のアネットとのお茶会の場では何故だかアネットの様子がおかしい。
決して機嫌が悪そうでもなく体調が悪い様にも見えない。けれど何故だかソワソワしているようなアメリアに何か言いたそうにチラチラと見てくるのだ。
もしかして、" お花を摘みに~ " というやつだろうか?
この言葉を知った時、アメリアは正直、感動した。" トイレに行ってくる " というのを " お花を摘みに行ってくる " と表現するなんて、なんて優雅な言い回しだろうか、と。
是非、いつか自分も使ってみたい。アメリアの密かな野望である。
「あのっ、私は三歳の時に前世の記憶が戻ったんです。」
意を決して話し出したと思われるアネットの口から出た言葉は、初めてのお茶会で聞いた事だった。
「うん、そう言っていたよね。」
なんだ、" お花を摘みに~ " と言う訳じゃなかったのか。言われるのも初めてだからちょっと期待してたんだけど、、、。
「それで前世は女子高生で実は亡くなってしまったんですよ。登校途中の交通事故だったんですけれど。
その、アメリア様もいつ頃お亡くなりになったんですか?やっぱり事故とか?」
アメリアはアネットからの予想外の質問に驚いた。驚きながらも" なるほど " と、これは確かに聞きにくい質問だ、と納得した。
人の生き死に関する話など軽々しく聞くものではない、とアネットはそう思ったのだろう。
けれど"同じ" 異世界転生者 "と知って共通する何かがあるのか、と思ったのだろうか。
アメリアはそう理解したが、アネットはそこまで考えてはいない。
彼女はアメリアからつい最近聞いたゴジュウノテナライという言葉が気になっていた。
その言葉からゴジュウがどうやら数字の五十であるようだ、と察した。そしてテナライは習うなのでは、と思ったのだが。
まさか、五十とは歳の事なのか?
と思い至ったら、どうにもアメリアの前世の亡くなった時の年齢が気になって仕方がない。
前世のアネットが読んだ小説や漫画の異世界モノでは転生したり召喚されたりしていたのは大抵若者が多かった。
三十歳前後の人の設定もあるにはあったが、それはその歳で転生した事にも意味があるような、それを売りにした設定だったように思う。
稀にもっと歳上の転生主人公という設定も有るにはあったが、だがこの乙女ゲームの世界にそのような事があり得るのだろうか?
それがどうした。
そう言われればその通りだし、それが事実だったとしてもアメリアに対する気持ちが変わる訳でもないのだが気になる。
もしそうだったら私は気やすい口調を改めた方が良いのかも、と、割と現代っ子ではあるが生真面目だった前世の記憶を持つアネットは思ってしまったのだ。
一方、アメリアはアメリアで質問に答えようとして、ふと急に恥ずかしさを覚えた。
アメリアは生まれた時より前世の記憶があった。けれど前世の記憶があるが自分は今、十八歳だという自覚がある。
分かりにくいが、前世は前世で、今世は肉体とともに年を重ねてきたと思っているし、年相応の考えを持っていると思っている。レンからすれば実年齢よりも子どもっぽい、らしいが。
前世はアメリアが無事に成長するのを手助けしていた知識 、という感覚をアメリアは持っていた。
事実、前世の記憶のお陰でアメリアはディバイン公爵家での自分の境遇にも耐えられたと思っているし、家を出る事が出来たのだと思っている。
それに前世の記憶を思い出して、懐かしい気持ちになったりする事はあっても、恋しい、寂しいというような気持ちも、家族が気掛かりという想いももう無い。
『皆、元気でやっているだろうな。』というぐらいアッサリとした気持ちがある程度だ。
それはきっと突然亡くなったらしい前世のアネットとは違って、未練などない死を迎えたからなのだろう。
だからアネットに聞かれた事を答えるだけでいい。ただそれだけの事なのだが、歳を聞かれて、些か恥ずかしいという気持ちが何故だか芽生えてしまったのだ。
「・・・・・・大往生。」
アメリアが頬を染めてポツリと言った。
ダイオウジョウ。
またしてもアネットの知らない言葉だった。アネットは前世で国語を苦手としている子だった。いや、この言葉が国語に関係あるのかどうかも分からないが。
「え?ダイオウイー。」
「イカじゃない。」
「・・・ダイオウグソクー。」
「深海生物じゃない。」
なんとも息の合ったボケとツッコミである。
「・・・・天寿を全うして安らかな死を迎えたの。」
流石にこれ以上、漫才の様な会話を続ける気は無かったのか、アメリアがまじまじと彼女見つめるアネットの視線から目を逸らして小さな声で言った。
「天寿、、、、安らかな死。」
流石のアネットも天寿という言葉は知っている。" 長生きして死んだ "とかそういう意味だった筈。
え?アメリア様の前世はそんなに長生きしたの?長生きって何歳からっ!?
新たな疑問にアネットは混乱し、思わずストレートに失礼ながら歳を聞いてしまった。
「一体、幾つでお亡くなりに?」
「・・・・・・・喜寿。」
「キジュ、、、、。」
アメリアはそれだけ言うと、『この話はもう終わり』というように目の前のテーブルにに出されていた焼き菓子を食べ始める。
キジュ、、、、歳を聞いたのだから年齢の事を言っているのだろう。
確かお母さんの方のお婆ちゃんのカンレキ祝いというのを親戚一同でお祝いした覚えがある。赤い座布団の上に赤いベストみたいなのをお婆ちゃんは着て座っていた。
あれは確かお婆ちゃんの六十歳の誕生日だった筈。
え?そういうのって何歳からあるの?学校で習ったっけ?
混乱しているアネットは、アメリアの年齢のほかにも違う年代から転生してきた可能性もあるという事に気付く事なく、只々『前世でもっと勉強を頑張れば良かった!』と思っただけだった。
そして小さなモヤモヤとした疑問が、大きなモヤモヤになってしまった事に後から気付いた。
だってこの世界では" キジュ "が何歳の事かを教えてくれる人は居ないのだ。
態々、喜寿という言い方をしたアメリアが答えを教えてくれる事はきっと無い。
アネットは女性に年齢を尋ねる事はタブーだと身を持って知ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
拙作をお読み下さりありがとうございます。
また、お気に入り登録及びエールでの応援をありがとうございます。
当初は一話1000文字程度の軽い話をイメージしていたのに、書いてみれば5000文字超話ばかり。
毎度、次こそは、と思いながらも5000文字以上になっている事に、そういえば本編でも同じような感じだったな、と気付きました。
短くサクっと話まとめるのは難しいですね。
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今日は何度目かのアネットとのお茶会だ。
第三皇子テオドールの婚約者のアネット・ジェニング公爵令嬢は、金髪青眼のザ・お姫様という印象の大変可愛らしいご令嬢である。
同郷の前世を持つ者同士だからか、それともプリシラの件で深く感謝されているからなのか、何故かアメリアによく懐いてしまっている。
アネットは大変可愛らしいご令嬢だが、ほんの少しつり目な為に本人の知らぬところで" 高慢な令嬢 "だとか" 意地悪な令嬢 "だとか言われていたらしい。
まぁ、それもプリシラが学園に編入してきた頃から囁かれていた噂という事だから、事実無根で彼女を貶める為に作られた噂、という事だったのだろう。
実際はちょっとつり目なところが仔猫のような印象を受けるのだが、アメリアの前では尻尾を嬉しそうにパタパタと振っている仔犬のようだ、とアメリアは思っていた。
「アメリア様っ!アメリア様もやっぱり転生者なのでしょうか?」
アネットとの初めてのお茶会の時、ガゼボで向かい合って座り、二人のお茶の用意を終えた侍女が数歩後ろに下がった瞬間にそう言われた。
大きな青い瞳をキラキラと輝かせて何かを期待するような表情で彼女に尋ねられたアメリアは困惑する。
やっぱり、って何で?
転生者って?
アメリア自身は生まれた瞬間から前世の記憶を持ってはいるが、それを然程特別な事とは思っていなかったし、ましてや自身を転生者などと認識してはいなかったからだ。
ディバイン公爵家に居た頃のアメリアの世界は狭かった。何しろアメリアの日常は邸の中だけだった。
そう言えば一度だけ、異母妹のソフィアに王都の街中まで荷物持ちとして連れられて行った事があったっけ?
侍女のような服を着たアメリアの恰好は、公爵令嬢の侍女にしては随分と見窄らしく、化粧もせずパサパサの長い髪をお団子にして結んでいる姿は、貴族の令嬢たちが通うようなお店の店員よりも格段に落ちる見た目である。
店員の見下した目やソフィアの取り巻きの下位貴族の令息たちからの蔑む視線、それらに晒されたアメリアが惨めな思いを感じ負の感情を抱くのを狙ったソフィアだったが、アメリア自身はなんとも思っていなかった。
勿論、ソフィアが何か良くない意図でもってアメリアを同伴させた事は薄々感じてはいたが、それよりもアメリアにとって邸から出られる事の方が重要だった。
こんなチャンスは滅多に無い!
邸から勝手に出る事を許されていないアメリアは、人から聞いた話で王都の街を知ってはいても実際に見た事は無いのだ。
いずれディバイン家を出て行こうと思っているアメリアには自分の目で知る機会はまたとないチャンスだったからだ。
あれは本当に素晴らしい時間だった。
ソフィアの思惑としては、アメリアに嫌な思いをさせ悪役令嬢への道を着々と歩ませようと狙った作戦だったのだが、実際は全くの逆効果だった。
アメリアはいつものように辛そうな表情を浮かべたりしてソフィアを上機嫌にさせていたが、心中は表情とは真逆の楽しい気分だったのである。
この日の出来事が、アメリアがディバイン公爵家から出た日の行動に役立った事をソフィアは知らない。
そんな過去を思い出していたアメリアは、我に返ってアネットが質問してきた言葉をもう一度考える。
「転生者って生まれ変わったとか、そういう事?」
アメリアは前世の記憶を持って生まれたから、" 自分が生まれ変わった "という事は理解している。それに前世とは全く違う世界である事も分かってはいる。
でもそれが" 転生者 "と言われると、意味が分かるような分からないような。
「え、えっと、、、アメリア様は前世の記憶というのはお持ちでしょうか?」
ここで初めてアネットは戸惑いを見せた。勢い勇んでアメリアに" 転生者 "という言葉を出して尋ねたのにアメリアの反応は微妙だった。
いや、驚いてはいないところを見るとアネットの思い違いではない、とは思うのだが、、、。
「前世の記憶?あるけど?」
もしかしたらアメリアは転生者だとは知られたくなかったのかも知れない、それとも全く的外れな質問に戸惑っているのかも知れない。
もし、そうだったら私は" 頭のおかしな令嬢 "認定を受けてしまうかも!?
アネットはそう危惧しながらも恐る恐る聞いてみれば、アメリアはあっさりとアネットの言葉を肯定する。
「えっ、前世の記憶、があるのですか?」
アメリアがあまりにしれっとなんでもない事の様に肯定したので、アネットは拍子抜けしてしまって思わず聞き返してしまった。
「うん。それが" 転生者 "っていうものになるの?」
アメリアはアネットの態度を何も気にせずに聞いてきた。
「え、え~と、本来の意味ではそうだと思います。
ですが、よく使われているといいますか、所謂異世界へ転生した、という意味で転生者、正確には" 異世界転生者 "という意味で、わたくしはアメリア様にお尋ねしたのです。」
「・・・・・異世界転生者。」
アメリアは初めて聞く言葉に、自分の今世の人生を思い返してみる。そう長くはない人生ではあるが、" 異世界 "という言葉を頭に思い浮かべて、なるほど、と理解した。
確かに前世とは何もかもが違ったし、どういう訳だか自分は言語の違う他国の言葉も文字も勝手に読み書き出来る。
不思議な事もあるものだなぁ、とは思ってはいたが、それらは" 異世界 "だったからなのか!
アメリアの分かったようで分かっていない" 異世界 "への理解は、アネットによって正される事になるのだが、アネットはアネットでアメリアの態度に益々困惑していた。
しかし、このまま話を止める訳にはいかない。折角、同郷の前世持ちの転生者であり、『スタ☆ラブ』の関係者でもあるアメリアに出会えたのだ。
そこでアネットは三歳で前世の記憶が蘇った事、そしてこの世界が乙女ゲーム『星の数だけ愛されて』通称『スタ☆ラブ』と呼ばれるゲームの世界である事などを語った。
「乙女ゲーム、、、悪役令嬢、、、、。」
アメリアはまたも聞きなれない言葉を耳にして考える。
乙女ゲーム、、、。
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どうやらアネットはアメリアとその乙女ゲームだかのこの世界の話をしたいらしいのだが、全く興味の無いアメリアが良い話し相手になれるとは思えない。
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その噂もディバイン公爵やキャロラインとソフィアが話しているのを耳にした程度のものだ。とても役に立つとは思えない。
それら全てを正直に話して、あわよくば皇子妃という立場から逃げたかった訳だが無理だった。
アメリアを婚約者にする事に少しでも難色を示す者が居れば、レンが ー アメリアにはこの冒険者としての名の男が未だに皇子だとは思えないのだが ー それは良い笑顔で相手の言葉を捻じ伏せアメリアを認めさせていた。
レンの事を好きなのは本当ではあるし、いずれは彼と結ばれる事を念頭に置いていた事を考えれば、結婚も漠然とではあるが思い描いていなかった訳でもない。
だからアメリアとしても全力否定している訳でもなく、皇子妃になる事に多少の抵抗はしたものの、結局、この国の第二皇子であってもレンとの婚姻を強く望む自分がいるのだ、と思う事にした。レンが出した提案も魅力的ではあった事だし。
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「うん、そう言っていたよね。」
なんだ、" お花を摘みに~ " と言う訳じゃなかったのか。言われるのも初めてだからちょっと期待してたんだけど、、、。
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けれど"同じ" 異世界転生者 "と知って共通する何かがあるのか、と思ったのだろうか。
アメリアはそう理解したが、アネットはそこまで考えてはいない。
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それがどうした。
そう言われればその通りだし、それが事実だったとしてもアメリアに対する気持ちが変わる訳でもないのだが気になる。
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一方、アメリアはアメリアで質問に答えようとして、ふと急に恥ずかしさを覚えた。
アメリアは生まれた時より前世の記憶があった。けれど前世の記憶があるが自分は今、十八歳だという自覚がある。
分かりにくいが、前世は前世で、今世は肉体とともに年を重ねてきたと思っているし、年相応の考えを持っていると思っている。レンからすれば実年齢よりも子どもっぽい、らしいが。
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事実、前世の記憶のお陰でアメリアはディバイン公爵家での自分の境遇にも耐えられたと思っているし、家を出る事が出来たのだと思っている。
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それはきっと突然亡くなったらしい前世のアネットとは違って、未練などない死を迎えたからなのだろう。
だからアネットに聞かれた事を答えるだけでいい。ただそれだけの事なのだが、歳を聞かれて、些か恥ずかしいという気持ちが何故だか芽生えてしまったのだ。
「・・・・・・大往生。」
アメリアが頬を染めてポツリと言った。
ダイオウジョウ。
またしてもアネットの知らない言葉だった。アネットは前世で国語を苦手としている子だった。いや、この言葉が国語に関係あるのかどうかも分からないが。
「え?ダイオウイー。」
「イカじゃない。」
「・・・ダイオウグソクー。」
「深海生物じゃない。」
なんとも息の合ったボケとツッコミである。
「・・・・天寿を全うして安らかな死を迎えたの。」
流石にこれ以上、漫才の様な会話を続ける気は無かったのか、アメリアがまじまじと彼女見つめるアネットの視線から目を逸らして小さな声で言った。
「天寿、、、、安らかな死。」
流石のアネットも天寿という言葉は知っている。" 長生きして死んだ "とかそういう意味だった筈。
え?アメリア様の前世はそんなに長生きしたの?長生きって何歳からっ!?
新たな疑問にアネットは混乱し、思わずストレートに失礼ながら歳を聞いてしまった。
「一体、幾つでお亡くなりに?」
「・・・・・・・喜寿。」
「キジュ、、、、。」
アメリアはそれだけ言うと、『この話はもう終わり』というように目の前のテーブルにに出されていた焼き菓子を食べ始める。
キジュ、、、、歳を聞いたのだから年齢の事を言っているのだろう。
確かお母さんの方のお婆ちゃんのカンレキ祝いというのを親戚一同でお祝いした覚えがある。赤い座布団の上に赤いベストみたいなのをお婆ちゃんは着て座っていた。
あれは確かお婆ちゃんの六十歳の誕生日だった筈。
え?そういうのって何歳からあるの?学校で習ったっけ?
混乱しているアネットは、アメリアの年齢のほかにも違う年代から転生してきた可能性もあるという事に気付く事なく、只々『前世でもっと勉強を頑張れば良かった!』と思っただけだった。
そして小さなモヤモヤとした疑問が、大きなモヤモヤになってしまった事に後から気付いた。
だってこの世界では" キジュ "が何歳の事かを教えてくれる人は居ないのだ。
態々、喜寿という言い方をしたアメリアが答えを教えてくれる事はきっと無い。
アネットは女性に年齢を尋ねる事はタブーだと身を持って知ったのだった。
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拙作をお読み下さりありがとうございます。
また、お気に入り登録及びエールでの応援をありがとうございます。
当初は一話1000文字程度の軽い話をイメージしていたのに、書いてみれば5000文字超話ばかり。
毎度、次こそは、と思いながらも5000文字以上になっている事に、そういえば本編でも同じような感じだったな、と気付きました。
短くサクっと話まとめるのは難しいですね。
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※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。
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