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ラナダの町
異変 side ウィル
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「なぁ、一体、どういう事なんだ?」
俺は咎める様な口調でコイツに尋ねた。
「何がじゃ」
赤い瞳が愉しげに俺を見ている。
分かっている癖に!
「前に言っていただろう?お前の力が勝手に漏れ出る、と。
だが、お前が来る前からあの町は、何であんなに ー 」
俺が言い切る前に笑い出したコイツは俺の命よりも大切な息子リュシアンだ。今は魔王の意識が表に出ているが。
リュシアンは本当に魔王の生まれ変わりだった。
二歳になったリュシアンは二語か三語の言葉を偶に口にするぐらいの無口で大人しい子だ。
しかし魔王の意識が表に出ている時は流暢に話す。愛らしいリュシアンの容姿で、少々年寄り臭い話し方で喋るのには違和感がある。
そうして俺はリュシアンの中に、リュシアンではない魔王が存在している事を嫌でも認めるしかないのだ。
リュシアンが魔王の生まれ変わりだと知った日。俺は夜の闇に紛れてあの村を出た。
魔王は日中、表に出てくることは無い。だからそのまま村で暮らすことも出来たかも知れない。
だが、村人たちのリュシアンに対する態度には我慢の限界だった。その上、リュシアンが怪我をしても直ぐに元通りになってしまう体質だと知ってしまった。
それを村人に気付かれでもしたら、リュシアンは正真正銘の魔王の生まれ変わりとして命を狙われてしまうだろう。
あの勇者村の村人たちは大昔の栄光に縋り続け、そして今度は自分たちがこの国の人々から称賛を受ける為に、リュシアンを殺そうとする筈だ。
まだ幼いリュシアンならば、容易に倒す事が出来る、と。
そう思ったら、村を出て行くという選択肢以外残っていなかった。
それからは魔王の言う通りにある場所を目指し、なるべく人目を避けて旅をしている。
魔王は人間の作りだす料理に興味津々で村や町に寄りたがる。
特に問題が無ければそれでもいい。
だが魔王曰く、無意識の内に魔王の力が漏れ出てしまうのだそうだ。
魔王が言うには、魔王の持つ力が強すぎる為、人であり、まだ幼子のリュシアンには、それに耐え得る器が出来ていないという。
だから魔王は一日の殆どをリュシアンの中で眠っている。それでも知らずに漏れ出てしまうというのだから、魔王本来の力がどれほど強大なものだったのか、と考えるだけでも恐ろしい。
「まぁ、あれはなぁ。我が生まれた事に関係するのだろうな」
俺の焦りなど気にするでもなく、スープに入っているボア肉をスプーンで掬おうと必死に格闘している。
俺が見兼ねて、変な握り方をしていた小さな手からスプーンを取ると、椀の中のボア肉を掬って口へと運ぶ。
魔王は嬉々として大きく口を開くが、口の中に入った肉の量の少なさに顔を顰める。
「子どもの体は不便だのう。美味しい料理を口一杯に頬張りたくとも、一度に入る量はほんの僅か。その上、直ぐに腹がはち切れそうになる。早く大きくなりたいものじゃ」
「そんな事よりさっきの話だ。魔王のお前がリュシアンとして生まれ変わった事と、あの町で魔素があんなに発生していたのはどう関係しているんだ?」
「お前はせっかちだなぁ。我の食事が終わるまで待てんのか。
だが、まぁ良い。このスープは美味かったからのう。お前、また料理の腕が上がったのじゃないか?」
俺を『せっかちだ』と言いながら、それでもまだ料理の話をする魔王に苛々するが、気まぐれにしか表に出て来ない事を考えれば、話し出すのを大人しく待つしかない。
それに今の中身が魔王だとしても、姿は可愛い我が子のままだ。むやみに怒鳴りつけるのは避けたい。
「あぁ、そうだった。そうだった。何、単純な事じゃ。
目的地に近付けば近付くほど、魔王に縁のある場所や何かは多くなる。
そしてそれらは、我がこの世に再び現れた事で敏感に反応しているのじゃ。
所詮、我は魔王の魂を持って、人として生まれ変わったに過ぎぬ。じゃがアレは魔王の力が強大であった証でもあるのだろうさ」
何が面白いのか、楽しそうに笑うリュシアンに、噛み締めた奥歯がギリッと音を立てる。
あぁ、俺はこのまま魔王の言う通りに、あの場所に行っても良いのだろうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまでお読み下さりありがとうございます。
「いいね」及びエールでの応援もありがとうございます。
承認不要との事で承認しておりませんが、嬉しい感想をありがとうございました。
俺は咎める様な口調でコイツに尋ねた。
「何がじゃ」
赤い瞳が愉しげに俺を見ている。
分かっている癖に!
「前に言っていただろう?お前の力が勝手に漏れ出る、と。
だが、お前が来る前からあの町は、何であんなに ー 」
俺が言い切る前に笑い出したコイツは俺の命よりも大切な息子リュシアンだ。今は魔王の意識が表に出ているが。
リュシアンは本当に魔王の生まれ変わりだった。
二歳になったリュシアンは二語か三語の言葉を偶に口にするぐらいの無口で大人しい子だ。
しかし魔王の意識が表に出ている時は流暢に話す。愛らしいリュシアンの容姿で、少々年寄り臭い話し方で喋るのには違和感がある。
そうして俺はリュシアンの中に、リュシアンではない魔王が存在している事を嫌でも認めるしかないのだ。
リュシアンが魔王の生まれ変わりだと知った日。俺は夜の闇に紛れてあの村を出た。
魔王は日中、表に出てくることは無い。だからそのまま村で暮らすことも出来たかも知れない。
だが、村人たちのリュシアンに対する態度には我慢の限界だった。その上、リュシアンが怪我をしても直ぐに元通りになってしまう体質だと知ってしまった。
それを村人に気付かれでもしたら、リュシアンは正真正銘の魔王の生まれ変わりとして命を狙われてしまうだろう。
あの勇者村の村人たちは大昔の栄光に縋り続け、そして今度は自分たちがこの国の人々から称賛を受ける為に、リュシアンを殺そうとする筈だ。
まだ幼いリュシアンならば、容易に倒す事が出来る、と。
そう思ったら、村を出て行くという選択肢以外残っていなかった。
それからは魔王の言う通りにある場所を目指し、なるべく人目を避けて旅をしている。
魔王は人間の作りだす料理に興味津々で村や町に寄りたがる。
特に問題が無ければそれでもいい。
だが魔王曰く、無意識の内に魔王の力が漏れ出てしまうのだそうだ。
魔王が言うには、魔王の持つ力が強すぎる為、人であり、まだ幼子のリュシアンには、それに耐え得る器が出来ていないという。
だから魔王は一日の殆どをリュシアンの中で眠っている。それでも知らずに漏れ出てしまうというのだから、魔王本来の力がどれほど強大なものだったのか、と考えるだけでも恐ろしい。
「まぁ、あれはなぁ。我が生まれた事に関係するのだろうな」
俺の焦りなど気にするでもなく、スープに入っているボア肉をスプーンで掬おうと必死に格闘している。
俺が見兼ねて、変な握り方をしていた小さな手からスプーンを取ると、椀の中のボア肉を掬って口へと運ぶ。
魔王は嬉々として大きく口を開くが、口の中に入った肉の量の少なさに顔を顰める。
「子どもの体は不便だのう。美味しい料理を口一杯に頬張りたくとも、一度に入る量はほんの僅か。その上、直ぐに腹がはち切れそうになる。早く大きくなりたいものじゃ」
「そんな事よりさっきの話だ。魔王のお前がリュシアンとして生まれ変わった事と、あの町で魔素があんなに発生していたのはどう関係しているんだ?」
「お前はせっかちだなぁ。我の食事が終わるまで待てんのか。
だが、まぁ良い。このスープは美味かったからのう。お前、また料理の腕が上がったのじゃないか?」
俺を『せっかちだ』と言いながら、それでもまだ料理の話をする魔王に苛々するが、気まぐれにしか表に出て来ない事を考えれば、話し出すのを大人しく待つしかない。
それに今の中身が魔王だとしても、姿は可愛い我が子のままだ。むやみに怒鳴りつけるのは避けたい。
「あぁ、そうだった。そうだった。何、単純な事じゃ。
目的地に近付けば近付くほど、魔王に縁のある場所や何かは多くなる。
そしてそれらは、我がこの世に再び現れた事で敏感に反応しているのじゃ。
所詮、我は魔王の魂を持って、人として生まれ変わったに過ぎぬ。じゃがアレは魔王の力が強大であった証でもあるのだろうさ」
何が面白いのか、楽しそうに笑うリュシアンに、噛み締めた奥歯がギリッと音を立てる。
あぁ、俺はこのまま魔王の言う通りに、あの場所に行っても良いのだろうか。
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ここまでお読み下さりありがとうございます。
「いいね」及びエールでの応援もありがとうございます。
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