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番外編

ルシウス 〜ガイナード公爵という人〜 2

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日記というよりは書物、いや貴族名鑑か?と思う程の分厚い日記の表紙を捲るとそこにはー。

" ~ 引き裂かれた運命の恋人たち ~ "


え?

コレ、父上の日記だよね?


表紙を閉じて、重厚そうに見える革製の表紙に施された細工と装丁をジッと確認する。


うん。王族が持つような立派な日記帳、、、日記帳の筈だよね、コレ?


送られてきた時はペラペラと捲っただけだったから、まさかこの日記帳にが付けられていたなんて気付きもしなかった。


もうこの時点でなんとなく嫌な予感はした。
してはいたが、態々、父上が僕に送って来たのには何か訳がある。

僕はこれを読むべきなんだ!


そう使命感に駆られて、、、、いえ、御免なさい。


単に船旅に退屈していただけです。


タイトルはアレだけど、中身はキャッキャウフフな内容だと思って、あんな厳しい人の日記ってどんななの?という好奇心を抑えられなかったんだよ。嫌な予感はしたのに!


 最初は父上の母と一緒に出掛ける公爵領で、母の姉妹とその家族との交流から書かれていた。その中で出会った女性がリディア様。
その女性こそが父上が生涯を懸けて愛すべき女性だったのだ。父上、曰く。


" ちょっと自分に酔っているなぁ~。"とか、"ポエム入っているなぁ。"みたいな、" これ絶対夜に書いたよね?" 、と思うような内容に、自分が書いたモノのように恥ずかしい気持ちになる。


 その日記が、呪詛の羅列に変わるのはリディア様をガイナード公爵家に呼び寄せた一年後ぐらいの事。


 彼女と添い遂げる為に当主の言うまま隣国に、って、読んだ時に『ん?』って思った。

そうして父上が知らぬままにリディア様が国王陛下の側妃になっていた。


そこまで読んで『だよね~。オカシイよねぇ。』と、僕が気に掛かった事は正しかったと思ったんだ。


 だって、名目上は" 行儀見習い "で公爵家に呼び寄せておいて自分はずっと国外に居るってオカシイでしょ!?
しかも拝み倒して公爵家に呼び寄せておいてさぁ。


 それでガイナード一族の陰謀で、リディア様の気持ちなど無視して国王陛下の側妃にさせられるってウチの一族ヤバ過ぎる!


何が『私のリディが穢された!』だよ!と思ったところで更に恐ろしい事に気が付いた。


 父上の中ではリディア様をガイナード公爵家に呼び寄せた時点でな気でいるんだよ。
まだ婚約者とも結婚していないし、リディア様も" 行儀見習い "という建前で呼び寄せただけなのに。


 何が恐ろしいか、ってリディア様の事を妻扱いして日記に愛を語りまくっているのに、この時点でリディア様にプロポーズや告白すらしている記述が全く無かった事なんだ。


思い返してみれば、二人が恋人同士になった話も無ければそういう会話も無かった。

 例えば、『彼女の瞳には僕への恋情の色が~。』とか『僕を愛おしげに見つめて~。』みたいな父上視点のリディア様の気持ちは書かれていても、彼女が言った言葉の中にはそれらしい言葉は一つも見当たらない。

リディア様と過ごした内容は彼女が言った言葉全てが書かれているようなのに、父上に向かって" 好きです。"、" 愛しています。"というような言葉を言った様子は全く無かった。


えぇ、、、両想いだというのはまさかの思い込み?



またも嫌な予感がしながら読み進めれば、リディア様を連れ戻そうと彼女の住む宮殿までコッソリと訪ねて拒否られている!

もう、これ完全にただの親戚のお兄さんとしか思われてなかったヤツぅ!


ここまで読んで、もう日記を読まずに閉じてしまいたかったんだけど、数ページ先をチラ見してみれば、気になる一文を発見!

姉上も僕も父上の子どもじゃなかった!!


 リディア様に拒否られ、更にリディア様がカイウス殿下を出産後、亡くなられてからは怨嗟の言葉がずらりずらり。


 リディア様と国王陛下を陥れる計画に加担した者全てを呪い、復讐を誓う言葉の数々に、涙が出そうなくらいビビりつつも自分自身にも関わる話が出てくる筈で、読まずにはいられない。


父上、いや、ここからは公爵と言った方が良いかな。


 公爵はリディア様が国王陛下の側妃になったと知ってから帰国し、リディア様に拒否られると予定通り婚約者と結婚した。

だけど公爵夫人はリディア様を陥れた実行犯のようなもの。

 公爵は復讐を開始する。
 初夜に夫婦の寝室にコッソリと下男を引き入れる。そして公爵は夫人に媚薬と意識を朦朧とさせる薬入りの飲み物を飲ませた後でベッドに向かうと下男と交代し、、、。


鬼畜だ!鬼畜過ぎる!


 相手が公爵だと信じて疑わなかった夫人はそのたった一度の行為で懐妊。公爵は子を授かった事を喜ぶ夫人を心の中ではせせら笑いながら、夫人を気遣う素振りで出産まで閨を拒否する。

そうして生まれたのがナターシャ姉上だ。

 公爵はナターシャを愚かな人間になるようひたすら甘やかす。自分が産んだ我が子を溺愛されていると喜ぶ夫人を" 愚かな女 "だと蔑む公爵。

こっわ!

公爵の心が歪みすぎて怖すぎる。

 こんな描写が延々と続く日記なんて読むのを辞めればいいのに辞められない。
だってまだ僕の誕生まで読んではいないから。


 当主となった公爵は前公爵を、彼に恨みを持つ使用人を使って亡き者にすると、着々と復讐の準備を進める。

夫人との閨は再開されてもナターシャの時と同じように相手は下男だ。因みにこの下男も夫人に恨みを持つ男らしい。

もしかして僕もその男の子か、と読み進めながら覚悟を決めれば違かった。

確かに夫人はまた懐妊し子を出産した。待望の嫡男を。

出産直後の疲労困憊の状態の夫人の前に、赤子を抱えた下男と公爵が現れる。

目と鼻と口がある、とだけ何とか判別出来るような酷く歪んだ顔の男に、不快感を隠しもしない夫人に公爵は告げる。


『君と彼の子どもは無事に生まれたよ。』


そう言って笑う公爵と下男に夫人は取り乱し、公爵家の専属医師が

夫人を死に至らしめた専属医師は罪の意識に耐えかねて
この医師はリディア様に盛られた媚薬を調剤した男だったらしい。


夫人に深い恨みのある下男を探し出したのは公爵だった。

そして公爵は僕の本当の両親も探し出す。

 僕の両親はの後継者だったそうだ。
だけど、ガイナード公爵家と夫人の生家にいいように扱われ騙され、罪を被せられ爵位の返上ののち平民となっていた。

探し出したのには公爵らしい歪んだ理由があった。

公爵はリディア様を側妃にさせる陰謀に加わった者全てに復讐する、と誓った。その復讐にはガイナード公爵家を廃する事も含まれていた。


だから表沙汰にはなっていない" 聖女乗っ取り事件 "の際に、王国騎士たちがガイナード公爵家の屋敷を捜索すると過去の悪事がボロボロと出てきたのだ。

そして捕まった公爵は司法取引をした。一族の過去の罪を洗いざらい白状する事で、の救済を願い出たのだ。

息子は過去にガイナード一族によって潰された平民となったクレル男爵家の後継者だった者の息子であり、贖罪の為に嫡男として育てていた。
だから爵位を返上していたクレル男爵家を継がせてやって欲しい、と。


 その願いが聞き届けられ、今、こうして僕はクレル男爵を名乗っている。

 表向きはガイナード後者家の降爵に伴い、心機一転、家名を変更しました!みたいな?
ちょっと、どころかだいぶ強引な気はするけれど、、、。


ガイナード公爵がそこまでして何故、クレル男爵家を復興に拘り、僕を当主にさせたかったのか。


これは本当に、どうしようもなく気持ちの悪い公爵の願いだった。


 クレル男爵家の後継者にはガイナード一族への復讐とクレル男爵家の復興を餌に、ガイナード公爵夫人と同時期に子を作らせ、その子どもを取り替えてガイナード家の全てを引き継がせる、と約束したらしい。勿論、前払いの謝礼もたっぷり渡して。


そうして公爵夫人の産んだ子どもとして、僕はガイナード家にコッソリと引き取られた。因みに僕の方がひと月程早く生まれているらしい。


だがどうしてそこまでしてクレル男爵家の復興に拘ったのか?

それはクレル男爵家の後継者の妻が、リディア様の親戚だった事と髪色がリディア様と同じだった事が理由らしい。


彼らの子ども、つまりを一目見て公爵は嬉し泣きをしたのだとか。

僕の容姿はリディア様の髪色と公爵の瞳の色をした、正に二人の子どもだ!、と理解したらしい。


そんな訳あるか~い!!


そこからは呪物級の復讐日記に育児日記のような内容が偶に入るようになる。


・・・・・・・。


一緒に住んでいた時は、公爵は涙を飲んで僕に無関心を装っていたらしい。
僕が留学してからは、公爵とリディア様の二人の愛の証の僕に会いに来るのが唯一の楽しみだったとか。


・・・・・・・・。


いや、僕は元クレル男爵家の後継者夫妻の子どもだよね?

 僕の瞳は確かに公爵と同じ青系の瞳だけれど、ざっくり分類すれば、の話だ。
よく見なくても公爵がコバルトブルー系の青色なら、僕の瞳はアクアマリン系の青色だと分かるぐらいに違う。

それでも公爵の目には同じ色に映っていたのだ。髪色だってきっとリディア様とは系統が同じってぐらいなんだろう。

僕を自分の息子だと、愛する人との子だと思い込んでいた公爵の闇が深過ぎる。


留学先で会いに来てくれた公爵の僕を見る瞳に慈しみの色があったのはそういう事だったのだ。
それを思いだ出すと切ない気持ちになると同時に" 男に生まれて良かった。" と安堵の気持ちが生まれてくる。

もし僕が、男ではなく女だったなら、、、、。


いや、考えるのはよそう。


僕が呪物のような日記を読み終える頃、船は母国に到着した。

僕はそのまま王城に呼ばれ、" 他言無用!"、と威圧たっぷりにを聞かされた後、男爵位を授かり屋敷に戻った。

それと同時にガイナード公爵の訃報が入ってくる。

公爵は裁判も行われず、早々に送られた収容所で刺殺された。

何故、収容所にリディア様の兄が居たのかは分からない。
何かの罪を犯して収容されていたのか、それとも誰かの手引きでその場にいたのか。


公爵は元公爵であり罪人であった。だから遺体は屋敷に戻る事もなく、葬式も行われる事なかった。
そしてガイナード一族の墓に入る事もなく、僕は遺体が何処に埋葬されているのかも知らされていない。


 あの呪物のような日記を読み終わって思うのは、ガイナード公爵は良くも悪くもガイナード一族を束ねる当主には向いていなかったのだと思う。

日記の始まりから終わりまで書かれていたのは、リディア様への想いと復讐のみ。

 彼は今までのガイナード一族のような汚い手段を使って強引に他家を潰したり陥れる事はしなかった。復讐以外の一族の繁栄には無関心だったからだ。

 今回の騒動でお家取り潰しや降爵した貴族家は元々悪事を働いていた問題のある者たちばかりだった。

そうしてガイナード一族に名を連ねながら、ずっと蚊帳の外にいた僕にクレル男爵位を用意した。


 公爵は自分の思うように復讐をやり遂げ、僕をクレル男爵とする事で何の憂いもなく満足したのかもしれない。


だけどやっぱり僕は、公爵は詰めの甘い残念な人だったのではないか、と思うのだ。


 リディア様を第二夫人に、と望んで前公爵父親を信じてアッサリと裏切られたのに、どうして僕のを信じる事が出来たのだろう?


いくら公爵に大金を積まれ、爵位を取り戻す約束をしてくれたとしても、を手放して、悪名高いガイナード一族の当主に預けるだろうか?

クレル男爵家を潰したのは他でもないガイナード一族だというのに。


そう考えると簡単に公爵の口車に乗って僕を売り渡したような両親が真面な親だとは思えない。
僕の世話、若しくはに爵位を継がせよう、と両親がこの屋敷に押し掛けてくる未来しか想像出来ない。


だけどそれでもいい。僕は当主の器なんかじゃないし望んでもいなかった。
ならば蚊帳の外に居た男らしく、クレル男爵家の全てを譲って平民になる方がいい。

ついでに譲る条件にナターシャの世話を入れてしまうのもいいな。

この屋敷ではナターシャに恨みを持つ侍女や下女が多かった。ナターシャが戻って来ると知り、今までの恨みを晴らそうと彼女の世話をすると名乗り出てきた者が数人いた。


けれど直ぐに皆、別邸はなれで過ごすのを恐れ、ナターシャの世話をするのを嫌がるようになった。

" 一人で笑ったり喋ったりして気味が悪い。"

" 誰かに見られているようで怖い。"

そんなような事を口々に言っていたが、『そうだろうね。』と言う訳にも行かず、何とか最低限の世話はする様に言い付けてある。
どうやら今では食事を部屋に持って行く事しかしていないらしい。


 それぐらいなら両親が代わりにやってくれるんじゃないだろうか。
だってそうすれば不要な使用人たちを辞めさせる事が出来て、その分の給金が浮くのだから。

まぁ、此処へ両親が押し掛けてきた場合には、の話だけどね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここまでお読み下さりありがとうございます。

ルシウス視点で語られるガイナード公爵の話は、やっぱり気持ち悪い男でしかありませんでした。
もし彼が父親にリディアを妻にしたいと言わなかったら、違った未来もあったかも知れません。
でも彼の想いは一方通行でしかなく、リディアに告白してもしなくても、妻に望んでも望まなかったとしても違った不幸な未来が待っていたように思います。


そしてルシウスは、予想通り実両親兄弟の襲来でアッサリと爵位を譲って平民となり、ナターシャ含めガイナード一族の柵(というかあまり存在を知られていなかった)をスッパリと断ち切って、ほどほどな幸せに満足する生活を送ります。
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