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あの日
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いつものようにカイウスと紗夜、たった二人きりで使命を果たす。
それは旅の最後、瘴気溜まりを水晶に封印する日も同じだった。
カイウス様に連れられ向かった先は草木も殆ど生えていない場所。
正面、左右と切り立った崖に囲まれたその場所の先にユラユラと黒い霧のようなモノがハッキリと見えていた。
紗夜は黒い霧を確認する前、この場所に向かう途中から不安を感じていた。
段々と狭くなる道、壁の様に鬱蒼と茂っている左右に生えていた筈の草木が減っていくに連れて嫌な空気が濃くなっていくような感覚に怯えてもいた。
「・・・・カイウス様、此処なんか変です。」
「当たり前だっ。此処が穢れを生み出す" 瘴気溜まりの地 "“なのだからな。」
けれどカイウスは全く気にならないようで、次第に歩みが遅くなる紗夜に苛立ち、終いには手を乱暴に取って早足に前へと進んで行った。
当時は得体の知れない何かに怯える私を励ましているのだ、と思って頑張ろうと思っていたのだから自分でも笑ってしまう。
若さとは怖いもの知らず、だなどと色々な場面でよく聞く言葉であるけれど、若さ故の恥ずかしい勘違いも多くあると思う。
根拠の無い自信も意味不明の万能感、自分がヒロインで、ヒーローで、自分に都合の良い解釈をして物語の主人公に収まった気でいる。
後になればソレは黒歴史という本になっていて、それは鍵付きの本で鍵はどこかに投げ捨て必須なモノ。
あの頃は本当に自分に都合の良いように解釈していたなぁと思う。
あんなに乱暴に手を取られて目的地に引っ張って連れて行かれたのに、勝手に脳内で『俺が側に居るから大丈夫だ。』って言われた気になってた。
本当に馬鹿な私。
「サーヤ、あれを見ろっ!
あそこが瘴気溜まりの中心だ!
あんなに穢れを吐き出しているぞ。」
そうやってカイウスが指さした場所には、地面に空いた小さな黒い穴から噴き出していくように見える黒い霧のようなモノが空に向かうほど大きく広がっているように見えた。
カイウスでもハッキリ見えるほど多くの穢れが。
カイウスがそう言ったから私もそう思った。
だって本当は、私はソレを見た瞬間に、黒い霧が吸い込まれている、と思った。
そして小さな黒い穴に入りきらない黒い霧が辺りに散っているように見えた。
それなのに私はカイウスに言われた言葉を本当のように思ってしまった。私は私の見たモノを気のせいだと思ってしまったのだ。
当時の私はカイウスの言葉が正しくて、カイウスのする事に間違いはなくて、カイウスが私に嘘をつくなんて考えもしなかった。
だからあの時の違和感を全て気のせい、考えすぎで軽く流してしまったのだ。
初恋に浮かれて、両想いになったと浮かれて、そして穢れを祓う旅もやり遂げたという高揚感に浮かれて問題を見落とした。
違う、違和感を気のせい、で全て片付けてしまった。
だから私はカイウスに騙されている事に気付かずに、カイウスの言葉を間に受けてアッサリと元の世界に戻ったのだ。
王都の目の前まで戻って来ていたのに、穢れの真実に気付いていたのに。
直ぐにまた呼び戻されるから、と呑気に考えて、そしてケインさんとダニエルさんは殺されてしまった。
あの日、あの辺り一体に漂っていた穢れは、聖女の祈りで紗夜が掲げ持っていた水晶に全て吸い込まれた。
水晶に封印した、そう思った。カイウスも紗夜も。
地面にあった小さな黒い穴はもう黒くはなくて、近寄って確認しようと思って一歩足を踏み出してカイウスに止められた。
「サーヤ、余計な事はしなくていい。封印は成功したんだ。さっさと皆が待つ場所まで戻るぞ。」
カイウスにそう言われてしまえば、紗夜はそれに従うしか無かった。
今回ばかりは神殿からかなり離れた森に目的地があったので、森の入り口で魔術師たちが待機していた。
昼間だったなら一緒に向かっても何もおかしくは無かった筈なのに、だからケインさんとダニエルさんも同行すると激しく抗議していたのだ。
けれど森の入り口までは魔術師たちが、護衛騎士とその他の人たちは神殿で待機だったのだ。
あんなにケインさんたちが抗議してくれていたのに、私はいつもそうしていたから、で済ませてしまった。私の事を心配してくれていたのに。
きっとこの頃にはケインさんたちは何かがおかしい、と気付いていたのだと思う。
つくづく馬鹿な私だったな。
確かに私は十四、五の子どもだった。それでも考える頭はあった。
何度となく違和感を感じてもいたのにその先を考えようとはしなかった。
ファンタジーな世界で紗夜は現実を見ずに聖女の使命を軽く考え過ぎていた。
穢れの真実だって、穢れの謎は解いたっ!ぐらいの感想だったんだろうな。
穢れの正体に気付いたのなら例え最初は信じてもらえなくても何度も訴えれば良かったのだ。カイウスにどう思われようとも、だ。
そうして言われるままに元の世界に戻って聖女の力は意外にもそのままで、それに関してはちょっと大変ではあったけれど、異世界で過ごした日々はいい思い出ぐらいな気持ちでいたのだと、そう思い至って申し訳無さでいっぱいになる。
でもこの世界と元の世界の時間の流れが違っていて良かった。
この世界からしたらまだ半年しか経っていなくて、私は十歳も歳を取っていた訳だけど、そのお陰で私は間に合ったのだ。
あの日、皆の元へと封印した水晶を持って戻る道を行きと変わらずに不安な気持ちで通り過ぎた。
アレクが差し出した手を取って王宮へ歩き出す。王宮を見るとあの時と同じ不安な気持ちになる。
「聖女サーヤ、私は君の側に居るから。」
そう言ってくれたアレクの手をギュッと握りしめる。
元の世界でも聖女の力が使えたのはもしかしたら今日の為だったのかも知れない、とふとそう思った。
この十年間、私がした事はただ幽霊を成仏させるだけじゃなかった。狙ってそうなった訳ではないけれど、彼らとの関わり方は実にさまざまだったからだ。
有名なテーマパークの邸並みに王宮に住まうモノたちは今、荒ぶっている。
十四歳の私には気付け無かった彼らを今の私ならきっと鎮める事が出来る筈。
そして荒れる原因を作ったカイウスたちに己の罪と向き合わせる。そうしなければー。
王宮に近づく程に彼らの怒りと悲鳴にツゥと嫌な汗が流れ落ちる。
「大丈夫か、サーヤ、、、いや、クリスと呼んだ方がいいか?」
「どちらでも。名前が紗夜で名字が栗栖なんですよ。聖女サーヤだとバレたくなくて栗栖と名乗っただけなので、アレク様のお好きなように。」
あの穢れと呼ばれるモノにもなっていない小さなモノの気配に気付いたアレクなら、私でさえ怯みそうになる王城の叫びに気付いていない訳が無い。
それでもそんな事を一切感じさせずに私を気遣いながらも『クリス?いや、やはりサーヤ、、、サヤ、、、うん、私だけの呼び名にしよう!』と真剣に考え込んでいるアレクにクスッと笑ってしまった。
「アレク様、今、カイウス様たちはどちらに?」
いよいよ王宮を目の前にして私たちは立ち止まった。繋いでいた手をそっと離して久しぶりに聖女だった時の様に手をあわせて指を組んだ状態でおでこの位置まで持ってくる。
「王宮に住まう皆様、どうかお鎮まり下さいませ。
皆様方のお怒り、憂いを祓うべく参りました。
未熟者ではございますが、一度わたくしの手にお委ね下さいませ。」
目を閉じて祈る。私が戻って来てから視た王宮で今も見守り続ける王族、自分の仕事に誇り持って今も働き続けている人々。
彼らが居たから王宮に穢れが出現する事は無かった。
血生臭い出来事だって沢山あっただろうこの城は白亜宮程では無いけれど、清廉な空気を漂わせていた場所だったのに。
それを壊したのもカイウスたちだったのだ。
それは旅の最後、瘴気溜まりを水晶に封印する日も同じだった。
カイウス様に連れられ向かった先は草木も殆ど生えていない場所。
正面、左右と切り立った崖に囲まれたその場所の先にユラユラと黒い霧のようなモノがハッキリと見えていた。
紗夜は黒い霧を確認する前、この場所に向かう途中から不安を感じていた。
段々と狭くなる道、壁の様に鬱蒼と茂っている左右に生えていた筈の草木が減っていくに連れて嫌な空気が濃くなっていくような感覚に怯えてもいた。
「・・・・カイウス様、此処なんか変です。」
「当たり前だっ。此処が穢れを生み出す" 瘴気溜まりの地 "“なのだからな。」
けれどカイウスは全く気にならないようで、次第に歩みが遅くなる紗夜に苛立ち、終いには手を乱暴に取って早足に前へと進んで行った。
当時は得体の知れない何かに怯える私を励ましているのだ、と思って頑張ろうと思っていたのだから自分でも笑ってしまう。
若さとは怖いもの知らず、だなどと色々な場面でよく聞く言葉であるけれど、若さ故の恥ずかしい勘違いも多くあると思う。
根拠の無い自信も意味不明の万能感、自分がヒロインで、ヒーローで、自分に都合の良い解釈をして物語の主人公に収まった気でいる。
後になればソレは黒歴史という本になっていて、それは鍵付きの本で鍵はどこかに投げ捨て必須なモノ。
あの頃は本当に自分に都合の良いように解釈していたなぁと思う。
あんなに乱暴に手を取られて目的地に引っ張って連れて行かれたのに、勝手に脳内で『俺が側に居るから大丈夫だ。』って言われた気になってた。
本当に馬鹿な私。
「サーヤ、あれを見ろっ!
あそこが瘴気溜まりの中心だ!
あんなに穢れを吐き出しているぞ。」
そうやってカイウスが指さした場所には、地面に空いた小さな黒い穴から噴き出していくように見える黒い霧のようなモノが空に向かうほど大きく広がっているように見えた。
カイウスでもハッキリ見えるほど多くの穢れが。
カイウスがそう言ったから私もそう思った。
だって本当は、私はソレを見た瞬間に、黒い霧が吸い込まれている、と思った。
そして小さな黒い穴に入りきらない黒い霧が辺りに散っているように見えた。
それなのに私はカイウスに言われた言葉を本当のように思ってしまった。私は私の見たモノを気のせいだと思ってしまったのだ。
当時の私はカイウスの言葉が正しくて、カイウスのする事に間違いはなくて、カイウスが私に嘘をつくなんて考えもしなかった。
だからあの時の違和感を全て気のせい、考えすぎで軽く流してしまったのだ。
初恋に浮かれて、両想いになったと浮かれて、そして穢れを祓う旅もやり遂げたという高揚感に浮かれて問題を見落とした。
違う、違和感を気のせい、で全て片付けてしまった。
だから私はカイウスに騙されている事に気付かずに、カイウスの言葉を間に受けてアッサリと元の世界に戻ったのだ。
王都の目の前まで戻って来ていたのに、穢れの真実に気付いていたのに。
直ぐにまた呼び戻されるから、と呑気に考えて、そしてケインさんとダニエルさんは殺されてしまった。
あの日、あの辺り一体に漂っていた穢れは、聖女の祈りで紗夜が掲げ持っていた水晶に全て吸い込まれた。
水晶に封印した、そう思った。カイウスも紗夜も。
地面にあった小さな黒い穴はもう黒くはなくて、近寄って確認しようと思って一歩足を踏み出してカイウスに止められた。
「サーヤ、余計な事はしなくていい。封印は成功したんだ。さっさと皆が待つ場所まで戻るぞ。」
カイウスにそう言われてしまえば、紗夜はそれに従うしか無かった。
今回ばかりは神殿からかなり離れた森に目的地があったので、森の入り口で魔術師たちが待機していた。
昼間だったなら一緒に向かっても何もおかしくは無かった筈なのに、だからケインさんとダニエルさんも同行すると激しく抗議していたのだ。
けれど森の入り口までは魔術師たちが、護衛騎士とその他の人たちは神殿で待機だったのだ。
あんなにケインさんたちが抗議してくれていたのに、私はいつもそうしていたから、で済ませてしまった。私の事を心配してくれていたのに。
きっとこの頃にはケインさんたちは何かがおかしい、と気付いていたのだと思う。
つくづく馬鹿な私だったな。
確かに私は十四、五の子どもだった。それでも考える頭はあった。
何度となく違和感を感じてもいたのにその先を考えようとはしなかった。
ファンタジーな世界で紗夜は現実を見ずに聖女の使命を軽く考え過ぎていた。
穢れの真実だって、穢れの謎は解いたっ!ぐらいの感想だったんだろうな。
穢れの正体に気付いたのなら例え最初は信じてもらえなくても何度も訴えれば良かったのだ。カイウスにどう思われようとも、だ。
そうして言われるままに元の世界に戻って聖女の力は意外にもそのままで、それに関してはちょっと大変ではあったけれど、異世界で過ごした日々はいい思い出ぐらいな気持ちでいたのだと、そう思い至って申し訳無さでいっぱいになる。
でもこの世界と元の世界の時間の流れが違っていて良かった。
この世界からしたらまだ半年しか経っていなくて、私は十歳も歳を取っていた訳だけど、そのお陰で私は間に合ったのだ。
あの日、皆の元へと封印した水晶を持って戻る道を行きと変わらずに不安な気持ちで通り過ぎた。
アレクが差し出した手を取って王宮へ歩き出す。王宮を見るとあの時と同じ不安な気持ちになる。
「聖女サーヤ、私は君の側に居るから。」
そう言ってくれたアレクの手をギュッと握りしめる。
元の世界でも聖女の力が使えたのはもしかしたら今日の為だったのかも知れない、とふとそう思った。
この十年間、私がした事はただ幽霊を成仏させるだけじゃなかった。狙ってそうなった訳ではないけれど、彼らとの関わり方は実にさまざまだったからだ。
有名なテーマパークの邸並みに王宮に住まうモノたちは今、荒ぶっている。
十四歳の私には気付け無かった彼らを今の私ならきっと鎮める事が出来る筈。
そして荒れる原因を作ったカイウスたちに己の罪と向き合わせる。そうしなければー。
王宮に近づく程に彼らの怒りと悲鳴にツゥと嫌な汗が流れ落ちる。
「大丈夫か、サーヤ、、、いや、クリスと呼んだ方がいいか?」
「どちらでも。名前が紗夜で名字が栗栖なんですよ。聖女サーヤだとバレたくなくて栗栖と名乗っただけなので、アレク様のお好きなように。」
あの穢れと呼ばれるモノにもなっていない小さなモノの気配に気付いたアレクなら、私でさえ怯みそうになる王城の叫びに気付いていない訳が無い。
それでもそんな事を一切感じさせずに私を気遣いながらも『クリス?いや、やはりサーヤ、、、サヤ、、、うん、私だけの呼び名にしよう!』と真剣に考え込んでいるアレクにクスッと笑ってしまった。
「アレク様、今、カイウス様たちはどちらに?」
いよいよ王宮を目の前にして私たちは立ち止まった。繋いでいた手をそっと離して久しぶりに聖女だった時の様に手をあわせて指を組んだ状態でおでこの位置まで持ってくる。
「王宮に住まう皆様、どうかお鎮まり下さいませ。
皆様方のお怒り、憂いを祓うべく参りました。
未熟者ではございますが、一度わたくしの手にお委ね下さいませ。」
目を閉じて祈る。私が戻って来てから視た王宮で今も見守り続ける王族、自分の仕事に誇り持って今も働き続けている人々。
彼らが居たから王宮に穢れが出現する事は無かった。
血生臭い出来事だって沢山あっただろうこの城は白亜宮程では無いけれど、清廉な空気を漂わせていた場所だったのに。
それを壊したのもカイウスたちだったのだ。
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