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聖女に戻ると決めた日

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「・・・まだ収まっていないみたい。大丈夫かなぁ。」


 夜が明けるのを待って、いつもより早く身支度を整えると王宮の一角が見える窓辺に立って様子を伺う。


深夜の喧騒は多少減ったものの、それでもまだ王城からは途切れ途切れに声が聞こえてくる。


 昨夜に王宮で何が起こっていたのかは分からない。アレクの婚約者と言っても白亜宮には何の知らせも来ないという事は私には知らせる程の事じゃなかったのかな。


まだ婚約者になったばかりだと言っても、アレクや王族の誰かに何かがあったのなら私も呼ばれる筈だろうし。


でもこの雰囲気は、、、。


白亜宮に居る使用人の数は多くはないけれど、見かける使用人たちの様子は普段通りに仕事をしている。もしかして王宮の様子に気付いていないだけかも知れないけれど。



 その日の午前中は徹夜して寝不足だった事もあり、朝の日課の散歩もしないでずっと部屋で静かに過ごしていた。
もうすぐ昼食の時間という頃になって、先触れもなく突然アレクが白亜宮にやって来た。


アレクの表情には疲れが見えるけれど、怪我や病気などではない事は見てとれたのでホッと小さく息を吐いた。


「いきなり訪れて済まない。少し話があるのだが、、、、。」


ソファーに腰掛けたアレクは言い辛そうな表情は浮かべていたけれど、それでも前置きもなく本題に入る事にしたみたい。


何となく、いや、本当は分かってはいた。
だって王宮の方はあんなに騒がしいのに何でもないって事はないよね。


「その話は昨夜から事が関係ありますか?」


アレクが言い難いのなら私から話を振った方がいいよね。


 この白亜宮に私が住む事になったのは、アレクのお母様が婚約者時代に使っていただけじゃなくて、王族のプライベートエリアの中ではカイウスたちが住んでいる碧玉宮からは一番離れていて、王宮とも庭園一つ隔てた場所にあるからだと思う。


庭園と言っても東京ドーム一個分ぐらいはあるんじゃないかなぁ。王宮は割とすぐ近くにあるように見えるんだけどね。


 きっと私がだと他の人間に気付かれないように配慮してくれていたんだろうね。
王宮の方にはもしかしたら聖女と関わりのあった人たちが働いているのかも知れない。この国では聖女サーヤを召喚してからまだ二年も経っていないのだから。


「・・・・。」


その言葉にアレクの疲れの原因を察してしまう。

だからこそ今、私はアレクに対する疑問を先に聞いた方が良いと思った。


「アレクは、どうして私が浄化をしたと気付いたんですか?」



アレクが私を聖女サーヤだと確信した日。


 私は確かに薄っすらと見える黒っぽいモノをガゼボから確認した。それはまだ穢れと言えない位の、見えたとしても砂埃程度にしか見えないモノだった。
でも確かに、この国でと呼ばれるモノになりかけていたモノだった。


 私の周囲に居た侍女さんや護衛さんも全く気付いていなかったソレは、もしかしたら聖女だった十四歳の頃の私でも気付く事のないほんの小さな存在だった。


だから軽く指を鳴らしただけの、日光の光りの加減と錯覚するぐらいの白い光に誰も気付いてはいなかったのにアレクだけは気付いた。
指をパチンと鳴らす行為が浄化をする為の動作、という事も知らなかった筈なのに。


「そうだな。君に頼み事をする前にキチンと話をしなくてはいけないな。

 私の母はこの国と隣国を挟んだ場所にある小国から嫁いで来た王女だったのだが、聖女だった初代王妃の血筋を受け継ぐ家門の出なのだ。」


「他国にも聖女が居たのですね。」


まぁ、確かにこの国だけしか聖女が誕生しないという訳は無いよね。この国では国産の聖女は久しく誕生していないらしいけれどね。


「あぁ、全ての国に聖女が居た訳でないが、過去に聖女に認定された者が居たのは聞く話ではある。ただ聖女の能力や聖女判定などは各国で違いはあるのだろうが。

母方の家系の女性はその昔、聖魔法や光魔法を持つ者が多かったそうだ。
元々は建国の立役者の初代聖女の血筋と聞いている。」


「初代聖女の血筋、、、王妃様は凄い歴史のあるご実家だったんですねぇ。

ではそれ以降も聖女を輩出してきた家柄という事ですか?」

「いや、一人、二人は居ただろうがどうだろうな。何しろ小国ではあるが、建国したのは千年以上前の事だからな。」


うわっ、めちゃめちゃ歴史のある家柄だった!

「しかし時を経て初代聖女の力も薄まったのだろう。

幾代か前までは巫女に選ばれた者もいたそうだが、今では本家、分家を含めても巫女に選ばれるような強い力を持った者は出ていないそうだ。

母上も聖魔法も光魔法も持ってはいない。ただ、巫女の能力は僅かだが受け継いでいたようで、時折、予言めいた事を言ったり良し悪しなどの勘が働く事があるそうだ。」


勘が働く、、、第六感みたいな感じかな。聖女や巫女の能力を受け継いできた家系ならきっとそうなんだろうねぇ。


「そして私は男とはいえ、この身にその家系の血が流れている。私は聖魔法も光魔法も使えはしないが、事が出来るのだ。本当に僅かだがな。


だからあの日、君元へ向かう途中での気配を感じ、が君の方へと近付いている事に気付き、急いで君の所へと向かったのだ。

そして偶然、君が浄化をしている姿を目にした。が白く薄っすらと光って消えるのも。


私はひと目見て君が聖女サーヤだと気付いてはいたが、たった半年で大人の姿になっている事でそれまでは確信が持てなかったんだ。」


まぁ、そりゃそうだ。半年しか経ってないのに十四、十五の子どもが二十オーバーな姿で戻って来たら誰だって別人だと思うし本人だと言われても疑うよね。


「そうですよね。私もまさかこの世界では半年しか経っていなかった、だなんて驚きましたよ。

だって今では私はカイウス殿下よりも歳上なんですよ?」


少し戯けて言った私の言葉にアレクもフッと笑う。そうしてまた強く口を引き結んだ後、彼は意を決したように言った。


「昨夜遅くにザラ神殿へ出掛けたカイウス一行が逃げ帰ってきたかのような怯えた姿で戻って来た。

それからだ。王宮の気配が不穏な気配に変わってしまったのは。」


そう言って私を真正面から見つめたアレクの赤い瞳には、『貴女も気付いているのだろう?』という口には出さなかった言葉が語られているようだった。


聖魔法も光魔法も持たないアレクが感じる不穏な気配を私が気付かない訳が無い。


不穏な気配だけではなく、王宮から聞こえる、苦しむ声のような助けを求める叫び声のようなモノは、今はまだ私にしか聞こえていないのだろう。


アレクだけでなく、光魔法を使える魔術師や神官ならもしかしたら王宮の不穏な気配を感じ取れる人は居るかも知れない。


でもはまだ違う。この前の様に何処からか迷い込んできた穢れとは違う別のモノたちの悲鳴だ。
でも早くしないと


私が再びカイウスたちによってこの世界に召喚された時、カイウスの言動によって自分が利用されていた事を確信した。


だからもう利用されたくなくて、聖女サーヤだと知られたら皆からどう扱われるのか怖くて他人のフリをしてしまった。


余興で呼ばれただけの何の使命も期待もされてもいないのに聖女と名乗る意味はあるのか、とも思っていた。


穢れの真実を知り元の世界で成長していく中で、カイウスにとってのの穢れを祓う旅は気休め程度のモノだった、と気付いていたのに。


カイウスが酒に酔って気まぐれに言い出しただけの聖女召喚も、もしかしたら必然だったのかも知れない。


そう思う事で、今、私がやるべき事は一つなのだ、と勇気を震い立たせ自分に言い聞かせる。
今更、聖女サーヤであると名乗り出る事を不安に思う気持ちを消し去るように。


私の後悔と彼らへの償いの為にも私は聖女に戻ろう。
そして穢れを祓う旅の真実とカイウスたちの罪を公の場で暴いて絶対に罪を償わせてやるんだ!




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