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異世界で一般人として暮らす事になった日

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 私の言葉にカイウスは人好きのする笑顔でこう言った。


「分かった。クリスを元の世界へ帰してやろう!

 だが、元の世界に戻すには魔術師の魔力が

 魔力が戻るにはだろう。

 時が来れば、クリスを元の世界に戻すと誓おう。」


 カイウスのこの誓いのどこに価値があるというのだろうか。


 余興で聖女召喚をするようにと命じる輩の何を信じろ、と?


 しかも召喚された時から今までの会話を聞いていた私が、カイウスたちの何を信じるというのか。


 今の私でさえこんなに舐められているのに、十四歳の私はなんてチョロい女だったのだろうと今更ながらに悲しくなってくる。


「あら、カイウス様。それでは十年の間、この者をどうするのです?」


 今日、カイウスの妻となったらしいナターシャという女性が、私の方にキツい視線を送りながらカイウスの腕にもたれかかった。


 分かる!それって牽制だよね。責任を取ってカイウスが私の面倒を見る、と言われたくないんだよね。


 私もそれは御免だ。半年で元の世界へと戻せる筈なのに十年だよ?

十年間、私をどうするつもり?


「あぁ、それは私のー。」


「カイウスっ、召喚の間で急激な魔力の高まりを感じた!

 親しい者たちで祝いの宴をしていたのでなかったのか!

何故、この部屋に勝手に入り込んだ?この部屋で一体何をした!?」


 カイウスの言葉は、扉を開く音と、この場に現れた男性の声でかき消された。


 うん、どうせ碌でもない事を言っていたんだろうから聞く価値も無いよね。


「カイウス、何故、この部屋で宴会の様な事をしている?それに、、、君はっ!?」


 男性はカイウスの方へとやって来ると、私の姿を見て驚いた表情を浮かべた。



 あぁ、思い出した。この人はこの国の王太子アレクシス殿下だ。


 前回の聖女召喚の時にはカイウスに連れられて国王陛下に謁見する際に、謁見の間で初めて会った。
彼は玉座に座る国王陛下の脇に立ち、私を見定める様な目でじっと見ていた。


 旅に出るまで王宮で聖女について学んでいた時はカイウスが私の側にいつも居てくれた。
けれど時折、回廊や王城にある図書室でアレクシス様と偶然会う事があった。


 アレクシス殿下に話しかけられて、二言、三言、言葉を交わしていると、いつも何処からかカイウスが現れて私をその場から連れ出していた様に記憶している。

 黒髪のアレクシス殿下に親近感を覚えて、もっと話してみたいと思っていたけれど、

「兄上は王太子のお務めに忙しいんだ。サーヤは邪魔をしてはいけないよ。」

 と、カイウスに事あるごとに言われていた。


 私もカイウスに恋をしていたし懐かしいのは髪色だけで、アレクシス殿下と面と顔を合わせて見れば、その赤い瞳に『やっぱり此処は日本では無いのだ。』と思うだけだった。


「この、女性は、、、。」


「あぁ、ザイルたちが勉強の為、聖女召喚を試してみたいと言いだしたのです。

 試しに、自分の役目を果たさずに早々に魔術師たちを脅して、無理矢理に元の世界へと逃げ帰った聖女を召喚させてみようと思ったのです。

彼女の尻拭いをさせられたナターシャに、少しは感謝してもらいたいと思っていましたので。

 まぁ、ご覧の通り、召喚に失敗した様で、ザイルたちもまだまだ修練が足りないようですね。」

カイウスはザイルと呼ばれた人たちにニヤニヤと笑いかけながら言った。


 オイこらっ!私がいつ逃げ帰った!?


 どうやら紗夜と名乗らなくて正解だったみたいだね。十年分の成長があるとはいえ、名乗れば不審に思われていただろう。


何しろ彼らはを召喚しようとしていたのだから。



うん、聖女召喚は成功しているよ?教えてあげるつもりないけど。


「失敗?・・・ではこの者をどうするつもりなのだ。

 いくら愛しい恋人が聖女となり、やっと結婚出来たからとはいえ、浮かれて陛下の許可も取らずに聖女召喚を試すなど勝手が過ぎるぞ。」


 愛しい恋人が聖女?


 やっと結婚できた?


 それって半年の間の出来事では無いよねぇ?


 ・・・・はぁぁ~。


 分かっては居たけれど、私は本当に利用されただけだったんだなぁ。


 あまり詳しくは聞かされなかったけれど、最初の聖女召喚もカイウス主導で行われたと聞いている。


 穢れを祓うのは実は聖女では無くても光魔法を持つものならば出来る。
私が来るまでは、光魔法を使える者、主に魔術師か神官が派遣されて行われていたそうだ。


 けれど瘴気溜まりは光魔法では水晶に封じ込める事は出来ない。だからいつまでたっても穢れがこの国から完全に無くなる事は無かった。


 そこでカイウスは元凶を断つ為にも聖女召喚は必要なのだ、と国王陛下や大臣たちに強く言い続けて聖女を召喚する事が決まった、と聞いている。


 けれどさっきのカイウスの発言を聞いていると、最初から聖女を利用しようと召喚した気がする。


 どういう風に利用されたのかはよく分からないけれど、ナターシャの顔に見覚えがある気がするんだよね。


 穢れを祓う旅ではカイウスが私の面倒をみてくれていたけれど、私の身の回りの世話をする侍女も付けられていた。
カイウスでは出来ないような場になると侍女さんたちがお世話をしてくれていたのだ。


 彼女たちとはあまり打ち解ける事は出来なかったけれど、穢れを祓う時になると神殿から派遣されてくるのか、いつも巫女姿の女性が一人来ていたのを思い出す。


 その女性は穢れた地の領主や神官と思しき人たちと話していて、私の側には来る事は無かったけれど確か綺麗な金色の髪を持った女性だった。

その人に似ている気がするんだよね、彼女。


 それにいつも穢れを祓う時は深夜、誰も居ない時にカイウスだけが見ている前で行っていた。

 カイウスが『住民の安全の為にも人が居ない時間に行う方が良いだろう。』って言ったからなんだけれど、今思えばそれも怪しい。

 次の地へと出発する時は何故か先発隊に私やカイウスが居て、後発隊には魔術師たちがいた。出発して直ぐの休憩地点では合流していたけれど。
態々、隊を二つに分けて出発する意味があったのだろうか?


 十年前の私って本当に人を疑う事を知らない純粋無垢な子だったんじゃない?


 本当に聖女に相応しい子だったんじゃなかろうか。


 誰も言ってくれないだろうから自分で言ってみたけれど。


「浮かれてなどいませんよ。

 まぁ、未だに婚約者を持たない兄上からしてみれば、聖女であるナターシャと婚姻した私の方が王太子に相応しいのでは、などと言われ妬む気持ちも分かりますけれどね。

彼女は魔術師ザイルたちの魔力が戻るまで、ナターシャ付きの侍女にでー。」


「彼女は私が預かる。」


「は?」


アレクシス殿下がカイウスの言葉を遮って言ったので、カイウスは間抜けな顔と声を出した。


「彼女はお前に勝手に召喚させられた被害者だ。加害者カイウスの側に置いておく訳にはいかない。私が責任を持って預かろう。

君、一緒に国王陛下の所に行こう。」


「え?ふぁっ!?」


アレクシス殿下は私の側までやって来て屈んだかと思うと、私を横抱きで抱え上げた。


何故、突然のお姫様抱っこ!?


マジものの王子様によるお姫様抱っこなんだけれど?


突然、体が浮き上がった事で、思わずアレクシス殿下の首に色気もなくガシっとしがみついてしまった。


「なっ!兄上?ちょっ、ちょっとお待ちく、、、。陛下に報告って。」


カイウスがアレクシス殿下の意外な行動に焦っているみたいだけど、アレクシス殿下は振り返る事なく言った。

「安心しろ。酒宴の席で間違って召喚してしまった、とでも言っておいてやる。だからこれ以上は彼女に関わるな。」


酒宴の席で間違って召喚、、、、それはを言い換えただけでは?

アレクシス殿下はその事は知らないけれど。


「・・・・聖女様、お名前を聞いても?」


耳元で発せられた言葉に思わずドキリとして心臓が跳ね上がった。


「く、、、くりす、です。私、聖女ではありませんっ!間違えて呼ばれた一般人です。」


「・・・クリス殿。は、、、私がお側にいます。」


思いの外、アレクシス殿下の甘い声に、ドキドキと早くなった心音を誤魔化す様に焦っていた私は、続いたアレクシス殿下の小さな呟きに気付く事はなかった。



















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