【フリー台本】朗読小説

【微ホラー】街灯

　冷たい夜風が頬を撫で、木々のざわめきがかすかに耳に届く。
　僕は遅い時間、誰もいない道を歩いていた。
　周囲はまるで時間が止まったかのように静まり返り、遠くに見える街灯がぼんやりと浮かび上がっている。
　自分の足音が妙に大きく響き、夜の静寂に飲み込まれそうな不安が胸を覆っていた。

　突然、背中に冷たい視線を感じて、思わず足が止まった。
　何者かがじっと自分を見つめているような気配がする。
　振り返ると、闇がぽっかりと口を開けたかのように広がっているだけで、誰もいない。
　しかし、その不気味な感覚は消えなかった。
　まるで闇そのものが意志を持ち、こちらを監視しているような錯覚に陥る。

　不安を抱えつつも、僕は再び歩き出した。
　ふと、遠くに見える街灯が目に入る。
　なぜだか。その街灯だけが異様に明るく、周囲を照らし出していた。
　その下に何かが佇んでいるように見えるが、遠すぎて何なのかははっきりしない。
　ただ、その存在がやたらと気になった。

　歩くたびに、街灯の下に映る影が次第に輪郭をはっきりさせてくる。
　近づけば近づくほど、その影にはおかしなところがあった。
　まるで人の形をしているようで、どこか歪んでいるような影。まるで別の次元から滲み出てきた何かが、こちらの世界に形を成しているかのように、不気味な雰囲気を醸し出している。

ついに街灯の下まであと数歩となった。
　驚くことに街灯の下には誰もいなかった。
　さっきまであった歪んだ影はいない。
　戸惑いつつも、僕はなにげなく下を向いた。
　そこで息を呑む。
　足元には街灯に照らされる自分の影が映っている。しかし、よく見ると、その影の横にもう一つの影が映り込んでいるのだ。
　背中を冷たい汗が伝う。

　その影は、まるで自分と同じ動きをしているが、少しずつズレている。腕の長さ、足の位置、首の角度――どれも微妙に異なるのだ。
　影はまるで、別の誰かの存在が自分の動きを真似しているかのようだった。
　ぞっとする感覚が背筋を駆け抜け、急いでその場から離れたい衝動に駆られる。

　僕は逃げるように走り出した。
　怖い。怖い。怖い――。
　怖いのに僕はほんの一瞬だけ後ろを振り返ってしまった。
　遠くの街灯の下にまた影が見える。
　その影は、先ほどと同じように、じっとこちらを見つめているようだった。
　心臓が早鐘を 打ち、視線を外すことができないまま、僕はなぜか立ち止まっていた。

　気がつくと、その遠くの影が少しずつこちらに向かって動いている。まるでスーッと滑るように、音もなく近づいてくる。影の輪郭がぼやけ、不気味な形に変わっていく様子に、恐怖が頂点に達する。逃げ出したいのに、足が動かない。目を閉じて見なかったことにしようとするが、その影の気配がどんどん迫ってくる。

　と、次の瞬間、気配が消えた気がした。
　恐る恐る目を開けた僕は、すぐに後悔することになる。
　目の前に闇が広がった。
　全身の毛穴が開くような恐怖に包まれ、心臓が凍りつく。
　耳の直ぐ側で声が聞こえてくる。

「助けて…」
「タスケテ……」
「こっちに来て……」

　感情のない響きだった。
　影が生き物のようにうねり、僕の身体にまとわりつく。
　視界が急激に暗転し、空気が変わった感覚に襲われる。

　目を開けると、そこは見慣れた夜道だった。
　だけど、足が動かない。
　そして気づく。
　自分が街灯の下の影になっていることに――。
　意思とは関係なく視界がゆらゆらと動く。
　遠くに、人が歩いてくるのが見えた。


　助けて。
　助けて、たすけて、タスケテ……。
　こっちに来て……。