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しおりを挟むそこがどこなのかわからなかった。
ただあたりは薄暗くて、神秘的な銀色の髪と、あの憂えるような瞳以外はよくわからなかった。
彼の手が——自分の後頭部に触れたとき、この人はこんなに背が高かっただろうかと思った。かかとを少し浮かせなければ、唇が届かないくらいに……。
けれどもすぐに自分の身体は、彼もろともゆるやかに地平へ倒れこんだ。仰向けになって、彼の瞳の黒いところをただ見ていた。
まつ毛をゆっくり下げてまぶたを閉じた。 ——
「ああっ」
両目を見開くと同時に激しい動悸がした。
直は、高所から落下したような気分だった。一瞬の衝撃的な動揺が全身をかけめぐる。その時、彼女の身体は極度の疲労感で満たされた。片手で口をふさぐと、心拍数の速さは尋常ではなかった。ドクン、ドクンと。しばらく、動くことができなかった。
記憶を必死に頭の中に呼び起こす。暗い部屋で。彼とふたりきりで。自分は。いったいなにをしたのか……。思い返すことを拒絶するように、直は強く目をつむった。
・・・
(今週は、会えない。急に用事ができた。ごめんね)
直は、真へそうメッセージを送った。
(わかった。風邪をひかないように)と返ってきた。
これで、週末に彼とは会えない。
真には会いたかったが、このときの直は、彼と普通に接する自信がなかった。同時に急用などないくせに、うそをついたことにひけ目を感じ、いっそう心がしずんだ。
翌週の日曜も直は真に会わなかった。
(授業の宿題が忙しい)といういうと、彼は問いただすこともしない。ただ直の体調を気にかけるメッセージが返ってきた。
そして、二度あることは三度あるという言葉の文字通り、直は次の日曜日も(会えない)と連絡したのだった。
・・・
直が真に最後に会ったのは、もう三週間以上前になる。聖夜をむかえる支度を万全に整えた師走の街は、人々が足早にすれちがっていく。通りやお店のあちこちでクリスマスソングが流れている。日暮も早くなっていた。
ある月曜の放課後。短縮日課で早く学校を出た直がやってきたのは、真の大学だった。久しく正門をくぐり、丸汐の研究棟をめざして歩く。
研究棟が目に入った。すると直の脚は少し震えた。理由は、寒さが原因ではなかった。
「……直?」
大好きだったその低く淡い声にこれほど怯えを感じたことはなかった。ふり返ると、真は片手に数冊の書籍をかかえて立っている。
図書館かわからないが、どこからか戻ってきたらしく、上着も羽織っていなかった。彼は、すぐ近くまでやってくると、直の視線を捕らえようと頭を少し低くした。しかし直は、目を合わせることを拒むようにアスファルトを見つめている。
「来るなら連絡してくれればよかったのに」と真はいった。
直は、黙ったまま人形のように動かない。
「直、」
「ごめんなさい……やっぱり帰る」
そういって一歩ふみだすと、真が道を阻《はば》んだ。
「待って。考えすぎかもしれないけど……。これ、前にもあったよね?」
——足よ、動いて。
直はそう頭の中で叫んだ。やっとの思いで真をよけるように左へ歩をふみだしたが、動きはあっさり先読みされて真は立ちふさがった。
待って。と真は繰りかえす。
「なにがあった?」
問いかけに黙り続ける。時計の秒針が一周を過ぎた頃だ。 直は、右足を少し引いて勢いよく走りだした——。
「直!!」
後ろから叫ぶ声が聞こえたが、構うことなく全力疾走。すると真は追ってきてあっという間に距離を縮めててしまった。
真の足がこんなに速いなんて知らなかった。普段バイクに乗っているからと、直は盲点を突かれた。それでも、かつて陸上部だったころの脚力を取り戻した直のほうが一枚うわてだった。
青信号の点滅する長い横断歩道をまよわず駆け抜ける。赤に変わったとき、彼は大きな交差点の向こう岸に立っていた。ふたりは全身で息をしてにらみ合う。車が行き来してお互いの視線を邪魔した。次に信号が青になったとき、真の前から直の姿は消えていた。
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