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しおりを挟む三日後に直は真と駅前広場で待ち合わせた。そこから彼のバイクに乗って自宅まで連れていってもらった。
十五階建てのマンション。
駐車場にバイクを停めてエントランスに入る時、直は最上階を仰ぎみた。低層二階建ての家屋に住む彼女からしてみると、第一印象は『超おしゃれな高級マンション』だった。
ごくんと唾をのみこんで、オートロックの自動ドアへ。真は何階の部屋に住んでいるのだろうと思った矢先、彼はエレベーターを通り過ぎていく。
「僕は、地面からできるだけ近いところに住みたいんだ」
そういって真は一階の廊下を歩く。直は真のあとについていく。と背後から「おや、真くん」と男性の声が引きとめた。
真は、「こんにちは」と口先だけで挨拶する。
直は軽く会釈して「こんにちは」といった。
白髪混じりで六十歳くらいの男性だった。
「この人は、ここの管理人代理だよ」と、真は教えてくれた。その男性は、朗らかなしわを目元に浮かべている。
「お友達ですか、めずらしいですね」
「えぇ、友人ではありませんけど」
そう真からいい返された男性は眉を高くする。そそくさと、部屋の鍵を開錠している姿を見た彼は、「そうですか。またね」といって、いなくなった。
「ここは、父親の持ち物でね。あの人は、父にかわってここを管理してくれているんだよ」と真は説明する。
——父親の持ち物ってどういうこと?
とりあえず「おじゃまします」といって家にあがった。
指示されて、持っていたバイクヘルメットを内玄関の壁沿いフックに引っかける。部屋に入ってすぐ、広めの廊下が四、五メートル伸びている。その先にリビングダイニングがあった。真は、エアコンのスイッチをいれる。どうやら、別途寝室があるようだ。
直は彼のバルコニーつきワン・エルディーケーの自宅にしりごみみする。キッチンへ目をやった。実家の台所のほうが、ここよりうんと狭いような気がする……と唖然で力が抜けた。
「ここは、一番狭い部屋。上の階にいくほど、間取りが広くて。ちなみに、管理人代理のひとは最上階に住んでる」といって、人差し指で天井にむける。
「僕は十二のときからここに住んでる」
「家族で住んでたの?」
「いいや、ひとり」
「ひとりって、十二歳からこの部屋で一人暮らししてるの? 小学生だよ」
「そうだよ」
「ごはんとかは?」
「よく家政婦がつくり置きしにきてたかな。でも高校入っていらないっていった」
「お父さんとお母さんは?」
「物心ついたときから、もう別居してた。小さいときは、一ヵ月交代とかで両親のとこに泊まってた」
「……どうして家族ばらばらに生活してるの?」
真は壁によりかかった。そして淡々と話す。
「十八のとき、両親が離婚した。そのときの内輪もめがひどいもんで、僕の精神状態は高校受験どころじゃなくなったんだよね……」
離婚という事実を知った直は、気が重くなった。
「両親は、お互いに愛人がいた。それがわかったのが十五歳のとき。当初は、円満離婚になるはずが、あることが問題になって、離婚成立まで長引いた」
真は表情を曇らせて記憶を語った。
「父親のほうの恋人が男性だった。それを知った母は、気が狂って父に高額な慰謝料を求めた。父は、母に対して要求された額以上の慰謝料を払って和解した。僕には、大学を卒業するまでの養育費とこの部屋を残して……いった」
「……いったって、お父さんはどこに?」
「パリだよ。恋人と暮らしてる。母親のほうは、ずっと音沙汰なくてどこにいるか知らないけど」
まるで他人事のように語っている。直は、突然明かされた家庭事情になんといっていいか、言葉が出てこなかった。
「うちの親は、愛がないというより、子供との接し方を知らないんだ。でも経済力だけはあったから、母はベビーシッターとか家政婦とかを雇って僕を育てたんだよ。なんでもお金で解決しようとした。父も同じようなものだった。少なくとも、離婚するまでは」
そのとき、真の黒目は殺風景なリビングをぼんやり眺めていた。ポケットに手をいれたまま、首がだらしなく傾いている。これは彼の癖だ。
「離婚してから父は、僕に隠していた秘密を話してくれた」
「……ひみつ?」
「父さんは、バイだった。それを知ってから何度もふたりで語り合ったんだよ。僕は、あのひとから愛されて幸せだった」
そういって、直に視線をむけた。
「僕が無性愛を自認したのは、十五のときだよ」
「そんなに早く?」
「直と三つしか変わらない」
「ねぇ、真。訊きたいことがある」
直はためらいがちに前置きした。
「なに?」
「無性愛と片親って関係ある?」
直からの質問に、真は迷いのない低くい声で「ないよ。少なくとも僕はそう考えてる。ジェンダーやオリエンテーションと家族構成には、因果関係がない。個人のアイデンティティだよ」と答えてくれた。
直は視線を落として「そっか。ありがとう」とつぶやいた。
そこまで話しおえると「さて」と、真は事態を切りかえた。
リビングにあった本棚へむかい、書籍を探しはじめた。そこから二世冊を、いや三冊、四冊と次々引き抜いていく。テーブルに、どすんと置かれた冊子の山は、参考書。
「はじめよう」
彼はそういった。自分を見下ろす眼力にぎくりとする直は、肌に粟が立った。「ハイ」と、ロボットのように返事すると、真のスパルタ教育が容赦なく開始した。
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2021.08.13
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