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しおりを挟むこれは現実なのだろうかと困惑する。直は、自分の耳をうたがった。真へも疑心の瞳をむけた。
直は「うそ」と思わずつぶやいた。
「『好きだ』といってる。僕は、……君に出会えてよかったよ」
真は静かにそう答えた。
直は右の頬をつまんで思いっきり引っ張った。「痛いっ」とたえかねた直は、ほっぺを引っ張る手を離した。
それを見た真は、「なにしてんの」と困った顔をする。
「恋人になれませんか。私じゃだめ?」
真が答えるまでテコでも動かない、というほど、直はじっと彼の黒目を捕らえて視線を逸さなかった。
「あなたのことが好きなんです。私は……大好きなんです」
「無性愛者の異性恋愛は、幻想なんだよ」
「でも、私は引力を感じるの」
その言葉に下をむいていた真のまつ毛は、ゆっくり持ちあがった。
「引力って。なんだそれ」
「これは引力だよ。だって来てくれたでしょ。目に見えないけど。ここに、引力あるでしょ?」
「引力……なるほど」と、つぶやいて真はふっと小さく笑った。
「直、」
「はい」
「この前は、わるかったよ」
「こっちこそ、私は生意気でした。ごめんなさい」
「君は間違ってない。なにも。僕は過去を棚に上げて自分を見失ってたんだ」
すると真は、右のポケットから一枚のカードを取って差しだした。丸汐の研究室で見たトランプだった。直は模様が描かれた面を上に受けとった。カードをひっくりかえす。裏を見た彼女は言葉が出なかった。それは黒いカードではなく赤いカード・ハートのエースだった……。
「つづきは、あとにしよう」
「どこ行くの?」
「いつものところ」
直はトランプをシャツの胸ポケットにしまった。
「わるいんだけど、僕以外につかまるところはないんだ。着くまで我慢できそう? さもないと振り落とされる」
「真は、だいじょうぶ?」
「同意してなきゃむかえにきてない」
真は落ち着いた口調でそういうと、わずかに口角をあげて笑った。自然な彼のほほえみは、直の心を安心させた。
「ここに足をかけて」と、真にいわれたとおりバイクへ乗った。
「まってよ、直!」
ヘルメットをかぶろうとした寸前で、なじみのある声が呼び止めた。
「……美結」
追ってきた美結は、懐疑的なまなざしを真にむけている。
「あなた誰なんですか。連れていかないで。直をかえして」
真は、美結の発言に眉をよせた。直にとっても、それは予想外の言葉だった。
「私は直のこと、まだ友達だと思ってるから。無性愛者とか、そんなくだらない理由で直と友達でいられなくなるなんていやなの」
「……くだらない?」と直はおうむ返しする。
「そうだよ。恋愛で色々抵抗あるのは私もわかる。でも経験の差は人それぞれでしょ? なのに一方的に直のことを恥辱《ちじょく》する男子達がすごく許せないよ」
「美結、ありがとう。でもね、私は平気だよ。理解されなくてもいいの」
「音也とのことで、色々悩むのもわかる。でもね、直は焦って結論をだしてると思うよ。まだ、これからいっぱい恋愛できる。きっと今度は、今度こそは、いい人にめぐり会えるから」
直は、言葉を探していた。どうすれば美結に届くのか。友人は納得してくれるのか。やるせなくて思いつめていたところ、静観していた真が口を挟んだ。
「……つまり、無性愛なんて存在しないって君はいいたいの?」
真は眉ひとつ動かさず、穏健な口調で諭した。
「わかるわかるっていうけれど、それは本当に正しいの? 君はきっと、自分が何をわかっていないのかが、わかってないんだと思うよ」
美結の顔は重くるしく、敵意のまなざしをむけていた。
直は「もういいよ」と真につぶやいた。真は、直が抱いていたヘルメットをかぶせてやり、あごひもを調整した。
「直、いっちゃだめだよ」
いっちゃだめ、を繰り返す美結の誠意には応えられない。真もヘルメットをかぶり、エンジン音が轟いた。
美結の喚起を押し切って、直は学校を去った。
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