恋と呼べなくても

Cahier

文字の大きさ
上 下
5 / 45

しおりを挟む

 直が、はじめて真の大学をおとずれてから二日後のこと。それは水曜日の朝だった。直は教室に入るなり、帰属の女子グループの視線を集めた。
「おはよう」といったが、すぐ違和感に気がついた。友人たち三人は、笑って挨拶を返さない。それどころか、ただならぬ空気をまとって一同だまりこくっている。

 優香が沈黙を破った。
「直……別れたんだって?」

 心の準備ができていなかった直は、その話題に唇をくっつけた。

「別れちゃう前に相談してほしかったよね。ひとりで抱え込むなんて、水くさいじゃん」と真希は眉を下げている。
 
「ねぇ、ずっと思ってたんだけどさ。直ってちょっとなに考えてるのかわからないところあるっていうか。それは、責めてるんじゃなくてね。別れたら普通、めっちゃ落ち込むじゃんか。なのに昨日もいつも通りで。私たちなにも知らなかったなんてショックっていうか」と優香が腰に手を置いていった。
 
「ウチらが恋バナすると口数一気に減るしさ。悩んでたことがあったなら、シェアしてほしかったよね」 
 うんうん、と真希と美結はうなずく。

 直は、この場に暗雲が立ち込めているとわかっていた。けれども同時に、逃げたくない、と告白する決意をした。

「あの。私ね。音也とキスするのがいやだったの……。手をつないだり、抱き合ったり……つまりその、べたべたしたりするのがいやだったの」

 彼女たちは困ったおももちで、お互いの顔を見合っている。
「え、べたべたってなに?」と優香がつぶやいた。そのなんともいえない湿った声色に、直は胸騒ぎがした。

「……ほんとだったの?」

 ポツリとこぼしたのは一番右の真希だった。彼女は直をじっと見つめてその先を暴露した。
「音也と男子たちが話してたの。直は性の病気なんだって」
「ちがう。私は病気じゃない。男の人と……いろいろ、そういうことをしたくないだけだよ」
 
「ねぇ、それってつまり。直ってレズビアンってこと?」
 そういったのは優香だ。
「だから、恋バナもあんま、たのしそうじゃなかったの?」顔を曇らせた。
 
「直、ごめんね。いままでなにも知らずにいて。ひとりで悩んでつらかったよね。でもいまの時代さ、同性愛もめずらしいことじゃないし」と美結がいう。

「……ちょっとみんな待って。私の恋愛対象は男の人で……その。ただ、性愛を抱かないの。性的なことには興味がない無性愛者なんだよ」

「無性愛者って。それ、直が考えた言葉?」と優香はいった。

 そのとき、教室の後方でガタンと机が動く音がした。
 男子生徒の顔には、スキャンダル聞いちゃいました、と書いてある。会話に夢中だった直たちは、その彼に気がつかなかった。
 
「山本くん。今の話……」
 直が声をかけると、彼は引き止めるすきすら見せず教室を出て行ってしまった。
 
「大丈夫だよ。たぶん」と美結は皆を落ちつかせる。
 すぐに真希が話をもどした。
「キスとかその先のこととかは、したくないのに男と恋愛はするってどういう意味なの。だってさ、直。そういう特別なことができる相手を恋人っていうはずでしょ?」
「そうだよ。性愛を抱かないってありえなくない? 愛を確かめ合うには体で確かめ合うしかないと思うよ」と優香も横から口を出す。
「つまり、直は将来、子供も欲しくないってこと?」と優香は質問を重ねた。
 
「子供って。そんなこと、わからないよ」
「ねぇ、それやっぱり病気なんじゃないの。ほら、そういう人のためのセラピー治療とかも聞いたことあるよ……」
「優香。いいかげんにしてよ!!」 
 直は声をあらっぽくした。
「な、なにムキになってんの!! こっちは心配してんのにさ。直ちょっとおかしいよ!」
「ふたりともケンカしないで」と美結は優香を落ち着かせた。
 
「私はキスやセックスなんかしたくないっていってるの! なんで、したくないことが病気なの!?」

 懸命に説明しようとしていたが、直のいうことは逆効果だった。友人たちは後ずさり、直の大きな声が教室中に響き渡った。

 ——いまあの人、セックスっていった? 

 ひそひそと声が聞こえる。タブーにふれた直はクラスメートからひんしゅくをかった。弁明しようと直が一歩ふみだすと、周囲がビクッと動いた。
 
 最悪だ……と逃げるように教室を出ていく。 
 昇降口でローファーに履き替える。ぞくぞくと登校してくる学生の波に逆流するように歩いた。結局その日は、朝から学校を休んだ。
 
 しかし直は、帰宅電車と反対のホームから車両に乗った。
 下車して駅のトイレに入り、鏡をのぞく。白シャツのえりぐりを触り、深紅のリボンをはずした。するとラインの通知が。美結からのメッセージだった。

(いまどこ? さっきはごめんね。私は、直の悩みに気がつかなかったこと反省してる。)

(悩みってなに。なんで美結が反省するの?)

(直が普通の恋愛をしないってわかってたら、きっと相談にのれたと思うんだ……。)

(普通の恋愛ってなに)

 すると美結の返信は途絶えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...