北斗の犬〈ホクトのケン〉

junhon

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犬四郎vs.犬王

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 199X年、世界はかくほのおに包まれた。海はれ地はけ、全ての生物が死滅しめつしたかのように見えた。
 
 だが、人類は死滅していなかった。そしてまた犬も……。
 
       ◆
 
 おれは戦争によって廃墟はいきよとなった街並みを歩いて行く。
 
 だが、この街はまだ原形をとどめている建物が多い。それ故に人間達が集い、活気あふれる場となっている。水や食料を売る店、ぼろ切れのような服をつるした店先、今となっては使えるかあやしい道具や機械を並べて呼び込みをする者などなど。
 
 にぎわう市場の人波を華麗かれいにかわしながら歩く俺の鼻に、ふとなつかしいにおいが届く。
 
 俺はすぐさまその匂いを追った。匂いの主は長い黒髪くろかみの女性だ。その背中に向かって俺は呼び止めるために一声を放つ。
 
「ワン!」

 俺の鳴き声に女性が振り返った。
 
「あら? どうしたのワンちゃん」

 そう声をかけてきたのは二十代半ばの女性だ。
 
 俺はその女性の元に駆け寄るが、匂いのわずかな差異に気付いてしまった。彼女かのじよは俺の主ではない。
 
 そう言えば自己紹介しようかいがまだだったな。俺の名は犬四郎ケンシロウ、茶色の毛並みに顔の下半分、腹や足先が白の柴犬しばいぬだ。
 
「クゥウンン……」

 落胆らくたんのため息をらす俺の頭にしゃがんだ女性がポンと手を置く。
 
「ん~~~? あっ、お腹すいてるのね」

 そう言うと彼女はかたに吊したバッグの中から干し肉を取り出し、俺の鼻先へと差し出した。
 
 俺の落胆は探し続けている主に出会えなかった事なのだが、こんなご時世ゆえにいつも空腹なのも事実。ありがたくほどこしを受けることにする。
 
「よーし、よしよし」

 彼女は干し肉を食べる俺の頭をわしゃわしゃとでながら、言葉をぐ。
 
「キミ、黒と白の毛皮のおっきな犬を知らないかな? アラスカン・マラミュートって種類なんだけど」

 どうやら彼女もはぐれてしまった飼い犬を探しているようだ。名前や特徴とくちようなどを次々に挙げていく。
 
 とは言え、俺には心当たりがないし言葉も通じない。干し肉を食べ終えるとお礼に一声え、その場をあとにした。
 
「バイバーイ」

 手をる女性に見送られ、俺は次の街を目指して荒野こうやへと歩を進める。
 
 小一時間ほど歩いたところで、俺の行く手をさえぎる犬たちが現れた。
 
「おっと、ここを通りたかったら通行料をはらっていきな」

「ヒャッハアアア!」

汚物おぶつは消毒だぁ!」

種籾たねもみをよこせ!」

「ケツく紙にもなりゃしねぇ!」

 最初の一ぴき以外は何を言っているのか分からないが、ここはかれらのテリトリーらしい。
 
 しかし、こちらも日々の食事に苦労している身、余分な持ち合わせなどない。
 
「貴様らにあたえる食料などないな。失せろ」

 俺は眼光するどく言い放つ。
 
「ああ~ん? どうやら痛い目を見なけりゃ分からないようだな。やっちまえ!」

「ヒャッハアアア!」

「汚物は消毒だぁ!」

「種籾をよこせ!」

「ケツ拭く紙にもなりゃしねぇ!」

 唯一ゆいいつ話が通じる犬の号令一下、やつらは一斉いつせいおそいかかってくる。多勢に無勢とめているのだろう。
 
 だがあまい!
 
 俺は素早く跳躍ちようやくすると、奴らを飛び越し背後に回り込む。そして一声――
 
「&%#$*!」

 それは人間の耳には聞こえない高周波だ。しかし聴覚ちようかくに優れた犬にとっては耳をふさぎたくなるかい音である。
 
「「ぎゃああああ!」」

 俺は奴らがひるんだところに突っ込んでいき、一匹ずつ仕留めていった。
 
「アタ!」

「アタ!」

「アタタタタ!」

 鼻面に頭きをらわし、喉笛のどぶえみついてねじ伏せ、背後から飛びかかってきたやつには尻尾しつぽ目潰めつぶしを喰らわす。あっという間に五匹の犬は地面に転がり腹を見せることとなった。
 
「貴様……ただの犬ではないな。何者だ?」

 話の通じる犬が俺に問いかける。

「俺の名は犬四郎。北斗ほくとにんけんの使い手にして北斗忍犬」

 そう、俺の主・北斗ユリアは北斗妙見みようけん忍者にんじや末裔まつえい、俺は彼女に忍犬として育てられたのだ。
 
「……ほう、面白いな」

 不意にがけの上から声がかかる。見上げれば数十頭の野犬の群れが俺を見下ろしていた。風上で匂いが届かなかったのと、俺の耳も自ら放った怪音で少し馬鹿ばかになっていたおかげで気が付かなかったのだ。
 
 その先頭に立つのは黒と白の毛皮を持つ巨犬。そいつに続いて崖を滑り降りてきた野犬たちが俺を取り囲む。
 
「貴様、我が配下となれ」

 巨犬が俺を見下ろしながら告げる。

「断る。俺は主を探す旅の途中とちゆうだ」

「ふん。世界をこんな有様にしたおろかな人間にまだ尻尾を振るか。それよりも共にこの荒野で自由に生きるのはどうだ?」

「全ての人間が愚かなのではない。それに人と共に生きるのが我ら犬の本分だろう」

 俺と巨犬との考えは相容れないものだ。

「ならば力ずくで従わせるまでよ」

 巨犬はゆらりと構えをとる。俺もそれに対峙たいじした。
 
「我が名は犬王けんおう

「犬四郎」

 お互いに名乗りを上げたところで俺たちは戦いに突入とつにゆうする。
 
「アタタタタ!」

「ウオオオオ!」
 
 俺は北斗忍拳の技をもって攻撃こうげきするが、その全てを犬王は力任せにねじ伏せる。小技など通用しない圧倒的あつとうてきなパワーファイターだ。
 
 ならば、我が最終奥義おうぎを使おう。
 
 俺はきびすを返し、犬王に背中を向ける。
 
「ふはははは! 馬鹿め! 敵に背を向けるとはな!」

 背後からおそいかかる犬王。それに向かって俺は奥義を放つ。
 
「北斗放屁ほうひ拳!」

 そのさけびと共に俺はしりからを放った。
 
「ぐはあああ!」

 犬の嗅覚きゆうかくは人間をはるかに凌駕りようがする。そして俺の屁はスカンク並みにくさいのだ。
 
「犬王様が!」

「犬王様がやられた!」

 地面に転がってのたうつ犬王の姿に、配下の野犬たちは散り散りとなって遁走とんそうした。
 
「くっ……貴様ら……」

「力による支配などこんなものだ」

 歯ぎしりする犬王に俺は告げる。
 
「だが、お前にはもっと確かなきずながあったはずだ。犬王――いや、チャッピーよ」

「!? 貴様、なぜ我の本当の名を……」

「お前も主を求めて彷徨さまよったのだろう。おまえの主はこの先にある街に居る」

 先刻、俺が干し肉をもらった女性――彼女こそ犬王の飼い主なのだ。そしてその名を俺は聞いていた。
 
「礼を言おう、犬四郎。さらばだ」

 立ち上がった犬王は遥か遠くにかすむ街に視線を向け、歩き出す。
 
 その背中をしばし見送ると、俺も次の街に向かって歩き出した。
 
「待っていてくれ、ユリア」

 ~完~
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