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蜘蛛の糸

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「おはよう、千明」

 プイッ。

「千明、この書類なんだが……」

 プイッ。
 
「千明、送って――」

 プイッ。
 
 あれ以来、一騎はことごとく雪乃に無視される様になってしまった。
 
 生徒会の仕事を振られる時さえ、わざわざ指示をメモに書いてくるくらいだ。
 
 強引な手段だったとはいえ、一時は友達にまで上がった一騎の株は大暴落、今はさしずめゴミ虫といったところだろう。
 
 昼休みの雪乃と恭子の食事の輪にも加わる事が出来ず、一騎は一人屋上で惣菜パンを食べていた。
 
 パンを食べ終え、牛乳で喉を潤していたところで屋上の扉が開く。
 
 現れたのは雪乃の友人、木下恭子だ。
 
「やっぱここだったか」

「木下か……」

 そう言う一騎の声にはどこかいつもの覇気がない。
 
「雪ちゃんだいぶご機嫌斜めだけど、何やったの?」

 一騎の隣に腰を下ろし、恭子が訊ねる。
 
「う、うむ。実は――」

 一騎は事の顛末を正直に語った。
 
「うわっ、キモッ」

 恭子は身を引きながら率直な感想を口にする。
 
「だが、別に着替えとかを覗いていた訳ではない。千明は着替える時はちゃんとカーテンを引いていたし、ちょっと生活のリズムを観察していただけではないか。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』だからな」

「首藤くんは自分のやってる事がかなり異常だという事を知った方がいいよ」

「ふふ、恋は盲目と言うだろう」

「まだ余裕がありそうだね」

「いや、正直困っている。手詰まり状態だな。まあ、諦めるつもりは微塵もないが」

「そう思っていいものを持ってきたよ」

 そう言って恭子が差し出したのは、一枚の紙切れだ。
 
「なんだ。体育祭のスケジュール表じゃないか。これがどうかしたのか?」

 それは生徒会雑用係として目にした事がある書類だ。
 
「ここ、最後のクラス対抗リレー」

 恭子はその文字を指で差しながら言う。
 
「体育祭の花形競技だよ。得点配分も多いし、これで勝負が決まると言ってもいいくらい。このアンカーで一着を取れば雪ちゃんも少しは首藤くんを見直すんじゃないかな」

「なるほど……」

「脚に自信は?」

「逃げ足の速さには自信があるな」

「……とにかく、今日のホームルームで選手を選ぶから立候補してみたら?」

「よし、そうしよう」

 一筋の光明を見いだした一騎は大きく頷く。
 
「ただ、ウチのクラスには陸上部のエース、東田くんがいるからね。彼に勝てないとアンカーは難しいと思う」

「ふん。そんなモブキャラひとひねりだ」

 一騎は自信満々に答える。
 
「ま、頑張ってよ」

 そう言って恭子は腰を上げた。
 
「ありがとう、木下」

 一騎はその背中に声をかける。片手を上げて応える恭子だったが、少し気になる事を思い出して振り返った。
 
「そう言えば、首藤くんって今どこに住んでるの?」

「ああ、千明の家の近くのマンションに部屋を借りた。元々テント暮らしは契約と引っ越しが済むまでの一時しのぎだったからな」

「……だからそういう所をどうにかした方がいいと思うよ?」

 恭子はげんなりした顔で忠告する。
 
「覗きはしてないぞ?」

 一騎はきょとんとした顔でそう答えるのだった。
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