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犬四郎vs.バウザー
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俺の名は犬四郎、茶色の毛並みに顔の下半分、腹や足先が白の柴犬だ。戦争のせいで離ればなれになってしまった主・北斗ユリアを求めて今日も荒野を彷徨っていた。
「こっち来るな! シッシッ!」
と、前方から少女の声が聞こえてきた。犬の唸り声も耳に届く。顔を上げて見やれば、少女の周りを野犬が取り囲んでいる。
こんな荒野に十歳くらいの少女が独りぼっちなのは疑問に思ったが、まずは助けるのが先決だろう。俺は一声吠えるとすぐさま駆け出した。
俺の声に野犬たちがこちらへと視線を移す。その隙に少女は俺の方へと駆け寄ってくる。
「なんだテメエ? そのメスガキの飼い犬か?」
「ヒャッハアアア!」
「汚物は消毒だぁ!」
「種籾をよこせ!」
「ケツ拭く紙にもなりゃしねぇ!」
どこかで聞いたことのある意味不明な台詞と思えば、こいつらは以前出会った犬王の手下ではないか。
「……俺の匂いを忘れたか?」
俺はため息をつきながらそう言い放つ。
「げ、げげぇ! 貴様は犬四郎! ず、ずらかるぞ!」
「ヒャッハアアア!」
「汚物は消毒だぁ!」
「種籾をよこせ!」
「ケツ拭く紙にもなりゃしねぇ!」
言葉の通じる犬の一声に、奴らは文字通り尻尾を巻いて逃げていった。
……あいつらは同じ台詞しか言えないのだろうか?
「ありがとうワンちゃん!」
少女が俺に抱きついてくる。俺はもう大丈夫とばかりにその頬をペロリと舐めてやった。
「あたしの名前はリン。ねえキミ、チビを知らない?」
チビ? おそらくこの少女の飼い犬か飼い猫なのだろう。俺は知らないと首を横に振る。
「そっかぁ……おーい! チビ! チビー!」
少女――リンはペットの名を呼びながら歩き始める。また野犬にでも襲われたら事だ。俺は彼女について行くことにした。
そうしてしばらく歩いていると、前方に白い三角の建造物が見えてくる。
さらに歩を進めると、その建造物に向かって何十匹もの犬が歩いて行く。みな一様に口に骨を咥えていた。なんとも異様な光景だ。
「おい、お前らは何をしているんだ?」
俺は一匹の疲れ果てた顔の犬に訊ねる。
「俺たちはバウザー様の命令で、こうやって骨を運んであの『聖犬十字陵』を造らされているんだ」
「聖犬十字陵?」
「聖犬バウザー様の威光を知らしめるためのものさ」
何者かは知らないが、犬たちに強制労働を課すとは見過ごせない。俺は聖犬十字陵へと向かって走り出した。
「あ、ワンちゃん!」
リンをその場に残し、高さ十メートルはある巨大なピラミッドに辿り着けば、その頂上付近に一匹の黒犬――ラブラドール・レトリーバーが優雅に寝そべっていた。骨でできた階段を駆け上り、俺はそいつに問いかける。
「貴様が聖犬バウザーか?」
「いかにも、我こそは聖犬バウザー。この地の支配者よ」
バウザーは横柄な態度で答える。
「なぜ犬たちを無理矢理働かせてこんなものを造る。何の意味があるのだ?」
「ふっ、もちろん我が力を示すため。これほどのものを造った犬は未だかつておるまい」
「悪趣味な……ならば貴様を倒してやめさせる」
「ほう……貴様ごときに我が倒せるかな?」
バウザーはゆらりと立ち上がった。俺も北斗忍拳の構えをとる。
俺はただの犬ではない。我が主・北斗ユリアは北斗妙見流忍者の末裔、俺は彼女に忍犬として育てられたのだ。
「ホワァタァ!」
「ふはははは!」
俺は北斗忍拳の技を次々と繰り出すが、その全てをバウザーは見切る。そして俺に強力な一撃を喰らわすのだった。
「バカな……北斗忍拳の技が通じないとは……」
「ふん。面白い手品を使う様だが、その程度ではこの聖犬に指一本触れられんぞ」
「くっ……ならば我が最終奥義を喰らえ!」
俺はバウザーに背を向けると、強烈な匂いの屁を放つ。
「北斗放屁拳!」
これで奴も……と振り返った瞬間、俺はバウザーの渾身の頭突きに吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
骨の壁に叩きつけられ、俺の身体は崩れた骨に埋まる。どうやら壁の向こうは空洞になっていた様だ。満身創痍の身体に鞭打ち、顔を上げると奥に何かの影があった。
「……ぬいぐるみ?」
そう、祭壇の中に一体のクマのぬいぐるみが鎮座している。
「ふっ……それこそこの聖犬十字陵を造った真の目的。我が亡き主が大切にしていた遺品よ」
バウザーは表情を曇らせながら言葉を続ける。
「まだ世界が平和で我が子犬だった頃だ……世間知らずの我は道路に飛び出し、車にひかれそうになった。主が身を挺して庇ってくれたおかげでこうして生きているが、代わりに我が主は……」
その瞳は遠い遠い過去を見つめていた。
「さっきの『放屁拳』は我には通じぬ。我もその事故で嗅覚を失っているのだ」
「な……!?」
俺が会得した奥義が利かないとなれば、もはや勝ち目はない。
「とどめだ」
バウザーが爪を伸ばした片足を持ち上げる。
「待てーーー!」
そこへリンが駆け寄ってきた。俺とバウザーの間に立ち塞がる。
「ワンちゃんをいじめるな!」
両腕を広げ、リンは俺を庇った。
「や……やめるんだリン。殺されるぞ」
大の男でもこのバウザーには勝てはしない。
「……」
だが、バウザーは動こうとはしなかった。じっとリンを見つめている。
もしや、奴はリンの姿にかつての自分の主を重ねているのではないか? この聖犬十字陵はバウザーの主のための墓標……奴が求めているもの、それは愛!
そう理解した時、俺の中で何かのピースがカチリとはまる。
俺はゆらりと立ち上がり、リンの前へと歩み出た。
「ふっ……わざわざとどめを刺されに来るとはな。死ねい!」
バウザーの爪が振り下ろされる。だがそれは紙一重で俺に当たらない。
「なに!? ウラァ! オラァ!」
バウザーの攻撃を俺はことごとくかわしていく。これぞ北斗忍拳の奥義の一つ『無双天性』。
そして俺は今まで体得できていなかった究極奥義を放つ。
「アタァ!」
ぺち。
俺の拳がバウザーの頬をはたく。ただし、それはなんの力もこもっていない、いわゆる猫パンチだった。
「き、貴様! このバウザーの頬を殴るとは! 主にもぶたれたことはないのだぞ!」
激昂するバウザーが攻撃を放つが、『無双天性』状態の俺には当たらない。
「思い出せバウザー。主がお前に与えてくれた大きな愛を!」
「我はずっと主の死を招いた罪を背負って生きてきたのだ。こんなに苦しいのなら……こんなに悲しいのなら……愛などいらぬぅ!!」
俺は構わずに猫パンチをバウザーの全身に叩き込む。
「アタ! アタ! アタタタタ!」
「あ、あ、ああ……」
バウザーの顔から険が失われていく。愛を呼び覚ます有情の拳、これぞ北斗忍拳究極奥義――北斗愛羅武拳!!
「愛を取り戻せ! バウザー!」
俺はとどめの一撃を放つ。
「北斗! 羅武羅武! 天驚拳!!」
ぺちん!
その一撃でバウザーの身体はひっくり返った。
「マミたん……俺は……俺は……」
バウザーの顔は子犬の頃に戻り、その両目からは涙が溢れ出る。マミ――それが主の名前なのだろう。
「うん、よし! 仲良くなったんだね」
リンからしてみれば、猫パンチはじゃれている様にしか見えなかっただろう。
「ワン!」
そこへ大きな鳴き声が響いた。巨大な白い犬――グレート・ピレニーズが聖犬十字陵を駆け上ってくる。
「チビ!」
「ワン! ワン!」
嬉しそうに吠えるチビ。名前と見た目がまったく合っていない。
「よし、おうちに帰ろう」
そう言ってリンはチビにまたがる。
「キミ達も一緒に来る?」
「主を探している途中だからな。町に帰るというなら付き合おう」
俺はリンにそう答える。もっとも通じてはいないだろうが。
「俺は……まあ、行く当てもないからな。一緒に行ってやってもいい」
バウザーはそっぽを向きながらもそう言うのだった。
――こうして俺たちは聖犬十字陵をあとにした。働かされていた犬たちも解放され、バウザーの手下達は姿を眩ませる。
しばらくすると、戦いの衝撃で聖犬十字陵は崩れていく。
チビにまたがったリンの後ろに、俺と主の遺品のぬいぐるみを咥えたバウザーが続くのだった。
~END~
「こっち来るな! シッシッ!」
と、前方から少女の声が聞こえてきた。犬の唸り声も耳に届く。顔を上げて見やれば、少女の周りを野犬が取り囲んでいる。
こんな荒野に十歳くらいの少女が独りぼっちなのは疑問に思ったが、まずは助けるのが先決だろう。俺は一声吠えるとすぐさま駆け出した。
俺の声に野犬たちがこちらへと視線を移す。その隙に少女は俺の方へと駆け寄ってくる。
「なんだテメエ? そのメスガキの飼い犬か?」
「ヒャッハアアア!」
「汚物は消毒だぁ!」
「種籾をよこせ!」
「ケツ拭く紙にもなりゃしねぇ!」
どこかで聞いたことのある意味不明な台詞と思えば、こいつらは以前出会った犬王の手下ではないか。
「……俺の匂いを忘れたか?」
俺はため息をつきながらそう言い放つ。
「げ、げげぇ! 貴様は犬四郎! ず、ずらかるぞ!」
「ヒャッハアアア!」
「汚物は消毒だぁ!」
「種籾をよこせ!」
「ケツ拭く紙にもなりゃしねぇ!」
言葉の通じる犬の一声に、奴らは文字通り尻尾を巻いて逃げていった。
……あいつらは同じ台詞しか言えないのだろうか?
「ありがとうワンちゃん!」
少女が俺に抱きついてくる。俺はもう大丈夫とばかりにその頬をペロリと舐めてやった。
「あたしの名前はリン。ねえキミ、チビを知らない?」
チビ? おそらくこの少女の飼い犬か飼い猫なのだろう。俺は知らないと首を横に振る。
「そっかぁ……おーい! チビ! チビー!」
少女――リンはペットの名を呼びながら歩き始める。また野犬にでも襲われたら事だ。俺は彼女について行くことにした。
そうしてしばらく歩いていると、前方に白い三角の建造物が見えてくる。
さらに歩を進めると、その建造物に向かって何十匹もの犬が歩いて行く。みな一様に口に骨を咥えていた。なんとも異様な光景だ。
「おい、お前らは何をしているんだ?」
俺は一匹の疲れ果てた顔の犬に訊ねる。
「俺たちはバウザー様の命令で、こうやって骨を運んであの『聖犬十字陵』を造らされているんだ」
「聖犬十字陵?」
「聖犬バウザー様の威光を知らしめるためのものさ」
何者かは知らないが、犬たちに強制労働を課すとは見過ごせない。俺は聖犬十字陵へと向かって走り出した。
「あ、ワンちゃん!」
リンをその場に残し、高さ十メートルはある巨大なピラミッドに辿り着けば、その頂上付近に一匹の黒犬――ラブラドール・レトリーバーが優雅に寝そべっていた。骨でできた階段を駆け上り、俺はそいつに問いかける。
「貴様が聖犬バウザーか?」
「いかにも、我こそは聖犬バウザー。この地の支配者よ」
バウザーは横柄な態度で答える。
「なぜ犬たちを無理矢理働かせてこんなものを造る。何の意味があるのだ?」
「ふっ、もちろん我が力を示すため。これほどのものを造った犬は未だかつておるまい」
「悪趣味な……ならば貴様を倒してやめさせる」
「ほう……貴様ごときに我が倒せるかな?」
バウザーはゆらりと立ち上がった。俺も北斗忍拳の構えをとる。
俺はただの犬ではない。我が主・北斗ユリアは北斗妙見流忍者の末裔、俺は彼女に忍犬として育てられたのだ。
「ホワァタァ!」
「ふはははは!」
俺は北斗忍拳の技を次々と繰り出すが、その全てをバウザーは見切る。そして俺に強力な一撃を喰らわすのだった。
「バカな……北斗忍拳の技が通じないとは……」
「ふん。面白い手品を使う様だが、その程度ではこの聖犬に指一本触れられんぞ」
「くっ……ならば我が最終奥義を喰らえ!」
俺はバウザーに背を向けると、強烈な匂いの屁を放つ。
「北斗放屁拳!」
これで奴も……と振り返った瞬間、俺はバウザーの渾身の頭突きに吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
骨の壁に叩きつけられ、俺の身体は崩れた骨に埋まる。どうやら壁の向こうは空洞になっていた様だ。満身創痍の身体に鞭打ち、顔を上げると奥に何かの影があった。
「……ぬいぐるみ?」
そう、祭壇の中に一体のクマのぬいぐるみが鎮座している。
「ふっ……それこそこの聖犬十字陵を造った真の目的。我が亡き主が大切にしていた遺品よ」
バウザーは表情を曇らせながら言葉を続ける。
「まだ世界が平和で我が子犬だった頃だ……世間知らずの我は道路に飛び出し、車にひかれそうになった。主が身を挺して庇ってくれたおかげでこうして生きているが、代わりに我が主は……」
その瞳は遠い遠い過去を見つめていた。
「さっきの『放屁拳』は我には通じぬ。我もその事故で嗅覚を失っているのだ」
「な……!?」
俺が会得した奥義が利かないとなれば、もはや勝ち目はない。
「とどめだ」
バウザーが爪を伸ばした片足を持ち上げる。
「待てーーー!」
そこへリンが駆け寄ってきた。俺とバウザーの間に立ち塞がる。
「ワンちゃんをいじめるな!」
両腕を広げ、リンは俺を庇った。
「や……やめるんだリン。殺されるぞ」
大の男でもこのバウザーには勝てはしない。
「……」
だが、バウザーは動こうとはしなかった。じっとリンを見つめている。
もしや、奴はリンの姿にかつての自分の主を重ねているのではないか? この聖犬十字陵はバウザーの主のための墓標……奴が求めているもの、それは愛!
そう理解した時、俺の中で何かのピースがカチリとはまる。
俺はゆらりと立ち上がり、リンの前へと歩み出た。
「ふっ……わざわざとどめを刺されに来るとはな。死ねい!」
バウザーの爪が振り下ろされる。だがそれは紙一重で俺に当たらない。
「なに!? ウラァ! オラァ!」
バウザーの攻撃を俺はことごとくかわしていく。これぞ北斗忍拳の奥義の一つ『無双天性』。
そして俺は今まで体得できていなかった究極奥義を放つ。
「アタァ!」
ぺち。
俺の拳がバウザーの頬をはたく。ただし、それはなんの力もこもっていない、いわゆる猫パンチだった。
「き、貴様! このバウザーの頬を殴るとは! 主にもぶたれたことはないのだぞ!」
激昂するバウザーが攻撃を放つが、『無双天性』状態の俺には当たらない。
「思い出せバウザー。主がお前に与えてくれた大きな愛を!」
「我はずっと主の死を招いた罪を背負って生きてきたのだ。こんなに苦しいのなら……こんなに悲しいのなら……愛などいらぬぅ!!」
俺は構わずに猫パンチをバウザーの全身に叩き込む。
「アタ! アタ! アタタタタ!」
「あ、あ、ああ……」
バウザーの顔から険が失われていく。愛を呼び覚ます有情の拳、これぞ北斗忍拳究極奥義――北斗愛羅武拳!!
「愛を取り戻せ! バウザー!」
俺はとどめの一撃を放つ。
「北斗! 羅武羅武! 天驚拳!!」
ぺちん!
その一撃でバウザーの身体はひっくり返った。
「マミたん……俺は……俺は……」
バウザーの顔は子犬の頃に戻り、その両目からは涙が溢れ出る。マミ――それが主の名前なのだろう。
「うん、よし! 仲良くなったんだね」
リンからしてみれば、猫パンチはじゃれている様にしか見えなかっただろう。
「ワン!」
そこへ大きな鳴き声が響いた。巨大な白い犬――グレート・ピレニーズが聖犬十字陵を駆け上ってくる。
「チビ!」
「ワン! ワン!」
嬉しそうに吠えるチビ。名前と見た目がまったく合っていない。
「よし、おうちに帰ろう」
そう言ってリンはチビにまたがる。
「キミ達も一緒に来る?」
「主を探している途中だからな。町に帰るというなら付き合おう」
俺はリンにそう答える。もっとも通じてはいないだろうが。
「俺は……まあ、行く当てもないからな。一緒に行ってやってもいい」
バウザーはそっぽを向きながらもそう言うのだった。
――こうして俺たちは聖犬十字陵をあとにした。働かされていた犬たちも解放され、バウザーの手下達は姿を眩ませる。
しばらくすると、戦いの衝撃で聖犬十字陵は崩れていく。
チビにまたがったリンの後ろに、俺と主の遺品のぬいぐるみを咥えたバウザーが続くのだった。
~END~
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