お菓子の拳

junhon

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後編

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「ここね……」

 高くそびえる建造物の前にグレーテルは立つ。
 
 周囲には濃密な甘い匂いが漂っている。ミルクや砂糖、バニラなどのお菓子を思わせる匂いだ。
 
 なぜなら、その建造物はお菓子で出来ていた。お菓子の家ならぬ「お菓子の城」だ。
 
 行く手を阻む衛兵たちを北斗グランシヤリオのお菓子で打ち倒し、グレーテルは王座の間に辿たどく。
 
 大きな板チョコレートの扉を開けば、豪奢ごうしやな椅子に腰掛ける女性とその傍らにはべ一人ひとりの男性が居た。
 
「来たか……グレーテル」

 そうつぶやく男に向かい、グレーテルは叫ぶ。
 
「ヘンゼルにいさん! 一体どういうこと? わたしがパティシエールの修行で世界を巡っている間に何があったの!」

 そう、彼もまた〈パテスリー・グランシャリオ〉のパティシエ。妹のグレーテルと共に兄妹きようだいで店を支えてきた男だった。
 
すべては愛するワリー・アントワネットのため。世界中のお菓子を彼女にささげるのだ!」

 ヘンゼルは王座に座る派手派手しいドレスの女性に視線を送り、そう答える。
 
「お菓子がなければパンを食べればいいじゃない!」

 孔雀くじやくの羽根の扇子を仰ぎながら、ワリー・アントワネットは高飛車に言い放つ。
 
「お菓子はすべての人に与えられるべきもの。〈パテスリー・グランシャリオ〉の名にかけて、私は兄さんを倒す!」

「いいだろう! こい、グレーテル!」

「必殺! 魔怒礼濡マドレーヌ!」

「なにを! くらえ魅流不異由ミルフイーユ!」

「秘技! 集亜楽礼夢シユーアラクレーム!」

「ならば! 瑠璃重図ルリジユーズ!」

 ヘンゼルとグレーテルは互いに必殺のお菓子を繰り出しながら戦い続ける。そして長い戦いの末――
 
「最終奥義! 巴里武礼須斗パリブレスト!」

 グレーテルの放ったそのお菓子が雌雄を決する。ヘンゼルは力尽きてその場に倒れた。
 
「お菓子がなければパンを食べればいいじゃない!」

 それでもなお、そう言い続けるワリー・アントワネットに怒りを覚えながらグレーテルは歩み寄る。
 
「――!?」

 そして彼女は気づいた。王座に座っているワリー・アントワネットがただの人形だということに。
 
「ヘンゼル兄さん! これは!?」

「ふふ……本当の彼女はすでにこの世に居ない」

 ヘンゼルは倒れたまま目を閉じ、静かに語り出す。
 
「彼女は僕の作ったお菓子を、とても美味おいしそうに食べてくれた。いつしか僕のお菓子を作る目的は、彼女に喜んでもらうためだけになっていたんだ」

「……」

「そして彼女を失った時、僕も壊れてしまったのさ」

 ヘンゼルはふらつきながらも立ち上がると、王座の間にしつらえられたバルコニーへと歩を進める。
 
「ワリー……僕も君のところへ」

「兄さん!」

 駆け寄るグレーテルの手をすり抜け、ヘンゼルは宙に身を躍らせた。
 
――こうしてフランスの人々はふたたびお菓子を口にすることが出来るようになる。

 人々の笑顔を絶やさぬため、今日きようもグレーテルはお菓子を作り続けるのだった。
 
 
 
~fin~
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感想 1

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みんなの感想(1件)

真田奈依
2025.02.04 真田奈依

おもしろーい! 最高!!

こういう話、好きです。エスプリが効いてますよ。いいですね~

解除

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