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サプライズ

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 いろいろとハプニングはあったが釣果は上々で、真也と生徒達は昼前に釣りを切り上げた。
 
 学校方面へと帰る道すがら、ののかが真也に声をかけてくる。

「先生、折角ですから釣った魚でお昼にしませんか?」

「え? こいつ食うの?」

 真也は自分の肩に掛かったクーラーボックスを見た。その中に真也が釣り上げたタコが入っているのだ。
 
 なんかあの巨大さと触手の感触を思い出すと、あまり食欲が湧かない。
 
「美味しいですよ」

 自分もタコにはひどい目に遭わされたというのに、ののかは屈託なく笑う。
 
「お、おう」

「じゃあ、私達に付いてきて下さい」

 誰かの家にでも向かうのかと思ったが、ののか達は学校の少し先にある住民生活センター――要は公民館に入っていった。
 
「?」
 
 中からはざわめきが聞こえてくる。かなりの数の人間がいる様だった。玄関にもたくさんの靴が並べられている。
 
「何か集会でもやってるのか?」

「いいからいいから」

 ののかに背中を押され、真也は大広間らしき襖を開けた。
 
 畳敷きの広間には四十人ほどの人間が集まっていた。それはほぼこの島の全住民と言っていい。
 
 真也が何事かと固まっていると、一斉にこちらを見た住人達が声を揃えて言う。
 
「「ようこそ子宝島へ! 桂木真也先生!」」

「え? え? え?」

 真也は何が起こっているか分からず、眼をパチクリさせるのだった。
 
 
       ◆


 それは島民上げての真也の歓迎会だった。
 
 子供達は釣りにかこつけて、ちょっとしたサプライズを仕込んだという訳だ。
 
 長机の上にはどしどしと料理が運ばれ、回されたグラスに酒が注がれる。
 
「先生、ビールでいいですか?」

 真也の隣に座ったののかが訊ねた。

「あ、ああ」

「はい、どうぞ」

「お、おう。ありがとう」

 見た目はアレとはいえ、小学生にお酌なんてさせていいのだろうか?
 
「では、新たな島民の誕生を祝して、乾杯!」

「「乾杯!!」」

 小岩井校長の音頭で真也の歓迎会が始まった。
 
 並べられた料理は魚料理が多いが、肉料理も結構ある。この島は肉牛の生産も盛んなのだ。
 
 この料理がまた美味かった。魚も肉も絶品である。
 
 島に来て以来まともな食事と言えばののかのお弁当だけだ。真也は食いだめするかの様に箸を運んだ。
 
 そして、真也の元には生徒の父兄を筆頭に次々と島の住人達が挨拶にやってくる。

 真也はその一人一人の顔と名前をしっかりと記憶していった。学校の生徒と教師を除けばせいぜい三十人程度、教師として覚えられない人数ではない。
 
「はい、先生。先生が釣ったタコだよ」

 真也の目の前に皿が差し出される。
 
 相手は日に焼けた肌の三十代くらいの女性だ。
 
「初めまして、アタシは大谷小梅。先生にお世話になっているさくらの母親さ。すまないねぇ、うちの娘が迷惑かけてるだろ」

「えー、私いい子だよ」

 一緒に来ていたさくらが抗議の声を上げた。

「なに言ってんだい。このバカ娘は」

 さくらの母は娘の頭を軽く小突く。
 
「担任の桂木真也です。よろしくお願いします。えーと、今のところはいい子ですよ」

 まだ赴任して一週間だ。特にトラブルを引き起こされてはいない。三人の中ではムードメーカーになってくれている。
 
「ほら~。はい、先生。みんなで釣ったアジだよ」

 さくらはタコの刺身の隣にアジのタタキを置いた。
 
「食べて食べて」

 さくらは目をキラキラさせながら真也を見る。
 
「じゃあ、いただきます」

 真也はアジを口に運んだ。
 
 美味い。その身は蕩ける様で口いっぱいに濃厚なアジの旨味が広がる。アジの名前の由来は味が良いからと言われている様に、かなり美味しい魚だった。
 
「おいしい? おいしい?」

「ああ、すごく美味しいよ」

「ひゃっほぅーーー!」

 さくらは自分が褒められたかの様にバンザイする。
 
「先生、お次はタコもどうぞ」

 そう、隣のののかが勧める。
 
「あ、ああ」

 実は真也、タコといえばたこ焼きに入っているのを食べた事があるくらいだ。
 
 ちょっとおっかなびっくり、醤油とわさびを付けて口に運ぶ。
 
 しかしこれが美味かった。ほどよい弾力の身を噛めば噛むほど淡白な旨味が溢れてくる。そして吸盤のコリコリもいいアクセントだ。
 
「美味いなこれ!」

 真也は率直な感想を口にする。
 
「自分が釣った魚は格別ですよ」

 そう言ってののかは微笑んだ。
 
 ――そうして真也は島民達と酒を酌み交わし、料理に舌鼓を打つ。
 
 彼らにしてみれば、真也をダシに宴会を開きたかったというのもあるだろう。だが島民総出で歓迎してくれているのも確かだ。
 
 真也はこの島に来て良かった――そう思うのだった。
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