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俺とエロ猫さん
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大学四年生の二月――就職先も決まり、卒論も提出した俺は趣味のプロデューサー業に精を出していた。
もちろんプロデュースするのは『初音ミク』だ。ボカロPとしての名前は『放送禁止用語P』――略して『ホーキンP』である。ミクに卑猥な歌詞を歌わせるのを得意としていた。
もちろんこんなやり方は王道ではない。しかし人間誰しもエロが好きなのだ。そこそこのアクセス数はあるし、即売会に訪れてくれるファンもたまには居る。
今度の春休みに行われる即売会に参加することをツイートすると、早速コメント付きでリツイートされた。
『いつも素晴らしいエロ曲をありがとうございます。私のアソコも濡れ濡れです。今度の即売会は参加出来そうなので、ぜひお会いしたいと思います』
俺のフォロワーの一人、『エロ猫』さんである。いつも熱烈なコメントを送ってくれる人物だ。文章を見るに女性のようではあるのだが……。
とにかく俺はエロ猫さんの為にも曲作りに励むのだった。一人でも俺の曲を聴いてくれる人がいれば――いや俺の中にエロスがある限り、俺はエロ曲を作り続けるのだ。
即売会に向け、俺は3rdアルバム『ももいろモザイク』を50枚用意した。今回はちょっと強気なのだ。
隣のメタボな男性に挨拶し、長机の上に売り場を設営した。ドキドキしながらお客さんが来るのを待つ。
昼過ぎ、お客さんの足が途絶えたのを見計らい、カロリーメイトで昼食を取った。
これまでの売り上げ枚数は9枚。少し欲をかきすぎたか……いや、午後になれば遠方から訪れる人もいるはずだ。
そんな事を考えている俺の目に、白と黒の色彩が飛び込んできた。
それは長い黒髪に白いワンピースを着た少女だった。パンフレットを覗き込んでは周囲に視線をさ迷わせている。
その少女と目が合った。
少女が俺めがけて駆け寄ってくる。いや、勢い的には突っ込んでくると言った方が正しい。
「あ、あのっ、『S・ホーキング』の『放送禁止用語P』さんですよね!」
少女は机に手をついて身を乗り出し、早口にまくし立てた。
近い近い! 鼻の頭が触れそうになり、俺は慌てて仰け反った。
ちなみにサークル名の『S・ホーキング』は『サークル・ホーキン』をちょっともじったものだ。俺みたいなのに名前を使われるとは博士も天国で泣いているだろう。
「あっ、すみませんっ」
少女は俺の驚いた様子を見て身を引いた。そして頭を下げる。
「私、エロ猫ですっ」
片手を胸に置き、そう名乗ったのは黒髪ロングに大きな黒目がちの瞳の美少女だった。
年齢は十代半ばくらいに見える。身長は150センチちょっとの小柄で華奢な少女だ。
「え!? エロ猫さん!?」
俺の頭の中では髪を染めた今時のギャルなイメージだったのだが、目の前の少女はエロい言葉など口にしそうにもない清楚な印象だった。
「嬉しい! 私のことちゃんと覚えていてくれたんですね!」
少女――エロ猫さんは再び身を乗り出す。なんか大人しそうなイメージなのにグイグイ来る。
「あ、ああ。いつもコメントくれてありがとう」
「もちろんです! 私、ホーキンPさんの大ファンですから! いえ、もはや崇拝していると言っても過言ではありません! ホーキン教の信者です!」
エロ猫さんは鼻息も荒く応えるのだった。
そこまで言ってもらえるのはありがたいのだが……正直ちょっとヒク。
「じゃあ、今日はCDを買いに来てくれたのかな?」
「当然です! 残り全部下さい!」
「い、いや……それは逆に困るって言うか。まだお客さんが来るかもしれないし」
「はっ!? すみません。私以外にもホーキン教を広めなければいけませんよね。ではせめて観賞用と保存用だけでも」
「まあ、そのくらいなら」
俺は机に積まれたCD二枚を差し出し、代金を受け取った。
「ああ……ホーキンPさんのCDを手に入れられるなんて……なんて幸せ。我が人生最良の日……」
エロ猫さんはCDを胸に抱き、感極まって天を仰ぐ。
「はっ!? 最大の目的を忘れていました!」
エロ猫さんは俺に向き直ると手を差し出した。
「あくちゅしてください!!」
……あ、噛んだ。
手を差し出したままのポーズでエロ猫さんは顔を真っ赤にする。
「これからも応援よろしくね」
俺はそんなエロ猫さんの手を取り、握手を交わした。
「はわぁ……私もう死んでもいい……」
顔を蕩けさせてエロ猫さんが言う。
「いや! 死なないで!」
「あの~」
そんなコントのような場面を繰り広げていると、エロ猫さんの背後に新たなお客さんが現れた。
「はわわわわ! すみません! さあ、どうぞ!」
エロ猫さんは慌てて飛び退き、場所を譲る。
そうこうしているうちに列が伸び始めた。
なんだよ。俺って結構人気があるじゃん。
エロ猫さんの事もあり、気を良くする俺だったが、ちょっとお客さんをさばききれなくなってくる。
「あの……差し出がましいかもしれませんが、お手伝いしましょうか?」
何故か立ち去る様子もなく、そこに留まっていたエロ猫さんが声をかけてきた。
「いいの? じゃあ会計は俺がやるからCDを渡して」
俺は渡りに船とその申し出を受け入れた。エロ猫さんが長机を迂回して俺の隣に立つ。
そこから二人でCDを売ったのだが、美少女のエロ猫さん効果か、午後四時を前に完売を向かえた。
「「やったーーー!」」
俺とエロ猫さんは手のひらを打ち合わせて喜び合う。
「ありがとうエロ猫さん。キミのおかげで完売だ」
「いえいえ、ホーキンPさんの実力ですよ」
「じゃあ片付けて帰ろうか。あっ、もし良かったらご飯を奢るよ。今日のお礼だ」
昼を軽く済ませた上に、しっかり働いたので俺は大分空腹を覚えていた。
「は、はい! ご馳走になります!」
エロ猫さんは元気よく頷くのだった。
俺たち二人は即売会会場近所のファミレスに入った。
「あのさ、ちょっと失礼な質問かもしれないけど、エロ猫さんは幾つなの?」
俺はメニューを選びながら訊ねてみた。
「二十歳です」
同じくメニューを吟味しながらエロ猫さんが答える。
「そ、そうなの? もうちょっと若く見えるけど」
いくら何でも盛りすぎではないだろうか?
「本当ですよ! お酒だって飲めちゃいますからね!」
そう言ってエロ猫さんは食事の他にワインを注文した。
エロ猫さん一人だったら年齢確認を求められたかもしれないが、俺と一緒のせいかちゃんとワインが運ばれてくる。
「「いただきます」」
俺とエロ猫さんは声を揃えて食事に手を伸ばした。
そうして皿を空にするのだったが、エロ猫さんは全然ワインに手を付けない。
「……」
「無理することはないよ。俺が飲もうか?」
「大丈夫です! 毎晩晩酌をしていますからね!」
そう言ってエロ猫さんは一気にワインをあおる。
「うきゅううう~~~~~」
案の定、エロ猫さんは目を回してソファーに倒れ込むのだった。
俺はへべれけになったエロ猫さんに肩を貸し、ファミレスを後にした。
「大丈夫? 家はどこ?」
さすがにこの状態を放っておくわけにはいかない。俺はエロ猫さんを家まで送り届けようと住所を訊ねた。
「今日はホテルに泊まる予定なのれす。ここに――」
そう言ってエロ猫さんはスマホの画面を見せる。
地図を見るにそう遠くない。俺はエロ猫さんを抱えながらそのホテルを目指す。
ぐでんぐでんのエロ猫さんから名前などを聞き出し、代わりにチェクインを済ませて部屋に運んだ。
そこで俺はエロ猫さんの本名を知る。彼女の名前は『花澤るり』といった。
「さて……どうしたものか」
俺はエロ猫さんをベッドに横たえた後、途方に暮れる。
このまま酔っ払ったエロ猫さんを一人で残していくのは心配だし、かといって女の子と同じ部屋に居るというのもだいぶまずい気がする。
とりあえずベッドの端に腰を下ろし、思案に暮れていると背後で動く気配がした。
「エロ猫さん? ――うわっ!?」
振り返ろうとした俺の肩をエロ猫さんが掴み、ベッドへと引き倒す。
そしてエロ猫さんは俺の上へと覆い被さるのだった。
「エロ猫さん、酔ってるの?」
俺の身体を跨ぎ、頭の横に両手をつくエロ猫さんの顔はまだ赤く、息も荒い。酔いが覚めていないようだ。
「……好き」
エロ猫さんがポツリと漏らす。
「えっ!? あ、あー、うん。いつも応援してくれてるもんね。ありがとう」
こんな美少女に押し倒された状態で「好き」などと言われた俺は一瞬勘違いしそうになるが、彼女は俺の熱狂的なファン――そう言う意味での好きなのだ。
「違うのっ、その好きじゃなくて違う好きなの!」
エロ猫さんは首を振る。垂れ落ちた長い黒髪が揺れた。
「こういうことです!」
そう言い放つとエロ猫さんは俺の唇に自分の唇を……えええっ!?
熱く柔らかい唇が俺の唇を貪る。はっきり言おう。俺は童貞だ。キスだってしたことがない。初めて触れた女の子の唇の感触に目を見開き硬直し続けた。
混乱のあまり時間の感覚さえ分からなくなり、気が付くと唇を離したエロ猫さんが潤んだ瞳で俺を見下ろしていた。
「分かってもらえたでしょうか?」
「ちょっと待った待った待った!」
俺はエロ猫さんの下から這い出し、ベッドの上で身を起こす。
「君はあくまで俺のファンだろ?」
「そう、私はあなたの大ファン――そしてそれ以上にあなたを一人の人間として、そして男性として愛しています!」
「いやおかしいって。俺に会うのは今日が初めてだろ?」
「違います! 私は毎日あなたに会っていました。あなたの曲を聴き、エロスの奥底に隠されたあなたの愛と優しさと魂に触れていたのです!」
「いや勘違いだって。俺は単に下ネタ好きのしょうもない男だよ」
「自分を卑下することはありません。私にはあなたのことがよく分かっています。それにネットの――オンの交流はまやかしだとでも言いたいのですか?」
「そうは言わないけどさ……」
「ならば身体に教えてやるまでです!」
エロ猫さんは再び俺に飛びかかり、ベッドへと押し倒す。
エロ猫さんの指が俺のズボンのファスナーに伸びる。
「な、なにを……?」
「もちろんこうするんです!」
「いやぁあああああーーーーー!」
俺は女の子のような悲鳴を上げるのだった。
そして翌朝、俺は雀の囀りに目を覚ます。
エロ猫さんはベッドに肘をついて俺の顔を覗き込んでいたのだが、いきなり背筋を伸ばしてベッドから下りると――
「申し訳ありませんでした!!」
裸のまま土下座する。
「エロ猫さん……?」
「本当に申し訳ありません!! 酒の勢いに任せてホーキンPさんを襲ってしまうなんて!! このエロ猫一生の不覚!! こうなったら腹を切ります!!」
頭を床に擦り付けたたま一気にまくし立てた。
「太一」
俺はそんなエロ猫さんに優しく告げる。
「武田太一……それが俺の名前だ。花澤るりさん」
「太一……さん」
エロ猫さん――いや、るりがやっと顔を上げる。
「るりさん」
俺たちはお互いの本当の名前を呼び合う。
俺はるりの前に跪き、手を引いてその身体を起こした。
「今更だけど。るりさん、俺と付き合って下さい」
順序が逆になってしまったが、俺はるりに交際を申し込む。
「はい! あ、いえ、その……」
るりは視線をそらせて言葉を濁す。
「嫌かな?」
「いいえ! 滅相もない! 違うんです! 私、東京から高速バスで四時間くらいかかるところに住んでいて……」
「遠距離恋愛か……仕方ないな。実はさ、俺もこの春に地方に就職――赴任するんだよね。場合によっては今以上に距離が離れてしまうかもしれない」
「いえ大丈夫です! 私の愛はM78星雲からでも届きます!」
「ウルトラマンか? ちなみにどこに住んでるの?」
「N県I市です」
……あれ?
そこは俺の赴任先だ。
「俺さ、実は教師になるんだ。で、そこのI高校に赴任する予定なんだけど……」
「えええっ!? そこ私が春から通う学校ですよ!!」
「……つまりキミはまだ中学生か」
俺はジト目でるりを見た。
やばいなぁ、十八歳未満だとは思っていたが十五歳の子に手を出しちゃったなんて……。しかも、新任一年目だから担任は任されないだろうが、俺の数学の授業で教え子になってしまうかもしれない。
「いえ違います! 中学は卒業しましたし高校はまだ入学していません。今の私は中学生でも高校生でもないシュレディンガーの女!」
「はぁ……」
屁理屈をこねるるりに、俺はため息をつくのだった。
そして、俺はるりが通う高校に赴任した。
前日に入学式が行われ、今日は全校生徒を集めての始業式だ。
新任教師の紹介で壇上に立った俺は、自分の自己紹介が回ってくる間にるりの姿を目だけで探す。
なにせ人目を引く美少女だ。その姿はすぐに見つかり、るりは笑顔を向けてくる。
はてさて、これから教師と生徒の禁断の関係が始まるわけだが、なんとか上手く乗り切るしかない。だが、どんな困難でも乗り越えてみせる。そして三年後――
俺はるりにプロポーズするのだ!!
もちろんプロデュースするのは『初音ミク』だ。ボカロPとしての名前は『放送禁止用語P』――略して『ホーキンP』である。ミクに卑猥な歌詞を歌わせるのを得意としていた。
もちろんこんなやり方は王道ではない。しかし人間誰しもエロが好きなのだ。そこそこのアクセス数はあるし、即売会に訪れてくれるファンもたまには居る。
今度の春休みに行われる即売会に参加することをツイートすると、早速コメント付きでリツイートされた。
『いつも素晴らしいエロ曲をありがとうございます。私のアソコも濡れ濡れです。今度の即売会は参加出来そうなので、ぜひお会いしたいと思います』
俺のフォロワーの一人、『エロ猫』さんである。いつも熱烈なコメントを送ってくれる人物だ。文章を見るに女性のようではあるのだが……。
とにかく俺はエロ猫さんの為にも曲作りに励むのだった。一人でも俺の曲を聴いてくれる人がいれば――いや俺の中にエロスがある限り、俺はエロ曲を作り続けるのだ。
即売会に向け、俺は3rdアルバム『ももいろモザイク』を50枚用意した。今回はちょっと強気なのだ。
隣のメタボな男性に挨拶し、長机の上に売り場を設営した。ドキドキしながらお客さんが来るのを待つ。
昼過ぎ、お客さんの足が途絶えたのを見計らい、カロリーメイトで昼食を取った。
これまでの売り上げ枚数は9枚。少し欲をかきすぎたか……いや、午後になれば遠方から訪れる人もいるはずだ。
そんな事を考えている俺の目に、白と黒の色彩が飛び込んできた。
それは長い黒髪に白いワンピースを着た少女だった。パンフレットを覗き込んでは周囲に視線をさ迷わせている。
その少女と目が合った。
少女が俺めがけて駆け寄ってくる。いや、勢い的には突っ込んでくると言った方が正しい。
「あ、あのっ、『S・ホーキング』の『放送禁止用語P』さんですよね!」
少女は机に手をついて身を乗り出し、早口にまくし立てた。
近い近い! 鼻の頭が触れそうになり、俺は慌てて仰け反った。
ちなみにサークル名の『S・ホーキング』は『サークル・ホーキン』をちょっともじったものだ。俺みたいなのに名前を使われるとは博士も天国で泣いているだろう。
「あっ、すみませんっ」
少女は俺の驚いた様子を見て身を引いた。そして頭を下げる。
「私、エロ猫ですっ」
片手を胸に置き、そう名乗ったのは黒髪ロングに大きな黒目がちの瞳の美少女だった。
年齢は十代半ばくらいに見える。身長は150センチちょっとの小柄で華奢な少女だ。
「え!? エロ猫さん!?」
俺の頭の中では髪を染めた今時のギャルなイメージだったのだが、目の前の少女はエロい言葉など口にしそうにもない清楚な印象だった。
「嬉しい! 私のことちゃんと覚えていてくれたんですね!」
少女――エロ猫さんは再び身を乗り出す。なんか大人しそうなイメージなのにグイグイ来る。
「あ、ああ。いつもコメントくれてありがとう」
「もちろんです! 私、ホーキンPさんの大ファンですから! いえ、もはや崇拝していると言っても過言ではありません! ホーキン教の信者です!」
エロ猫さんは鼻息も荒く応えるのだった。
そこまで言ってもらえるのはありがたいのだが……正直ちょっとヒク。
「じゃあ、今日はCDを買いに来てくれたのかな?」
「当然です! 残り全部下さい!」
「い、いや……それは逆に困るって言うか。まだお客さんが来るかもしれないし」
「はっ!? すみません。私以外にもホーキン教を広めなければいけませんよね。ではせめて観賞用と保存用だけでも」
「まあ、そのくらいなら」
俺は机に積まれたCD二枚を差し出し、代金を受け取った。
「ああ……ホーキンPさんのCDを手に入れられるなんて……なんて幸せ。我が人生最良の日……」
エロ猫さんはCDを胸に抱き、感極まって天を仰ぐ。
「はっ!? 最大の目的を忘れていました!」
エロ猫さんは俺に向き直ると手を差し出した。
「あくちゅしてください!!」
……あ、噛んだ。
手を差し出したままのポーズでエロ猫さんは顔を真っ赤にする。
「これからも応援よろしくね」
俺はそんなエロ猫さんの手を取り、握手を交わした。
「はわぁ……私もう死んでもいい……」
顔を蕩けさせてエロ猫さんが言う。
「いや! 死なないで!」
「あの~」
そんなコントのような場面を繰り広げていると、エロ猫さんの背後に新たなお客さんが現れた。
「はわわわわ! すみません! さあ、どうぞ!」
エロ猫さんは慌てて飛び退き、場所を譲る。
そうこうしているうちに列が伸び始めた。
なんだよ。俺って結構人気があるじゃん。
エロ猫さんの事もあり、気を良くする俺だったが、ちょっとお客さんをさばききれなくなってくる。
「あの……差し出がましいかもしれませんが、お手伝いしましょうか?」
何故か立ち去る様子もなく、そこに留まっていたエロ猫さんが声をかけてきた。
「いいの? じゃあ会計は俺がやるからCDを渡して」
俺は渡りに船とその申し出を受け入れた。エロ猫さんが長机を迂回して俺の隣に立つ。
そこから二人でCDを売ったのだが、美少女のエロ猫さん効果か、午後四時を前に完売を向かえた。
「「やったーーー!」」
俺とエロ猫さんは手のひらを打ち合わせて喜び合う。
「ありがとうエロ猫さん。キミのおかげで完売だ」
「いえいえ、ホーキンPさんの実力ですよ」
「じゃあ片付けて帰ろうか。あっ、もし良かったらご飯を奢るよ。今日のお礼だ」
昼を軽く済ませた上に、しっかり働いたので俺は大分空腹を覚えていた。
「は、はい! ご馳走になります!」
エロ猫さんは元気よく頷くのだった。
俺たち二人は即売会会場近所のファミレスに入った。
「あのさ、ちょっと失礼な質問かもしれないけど、エロ猫さんは幾つなの?」
俺はメニューを選びながら訊ねてみた。
「二十歳です」
同じくメニューを吟味しながらエロ猫さんが答える。
「そ、そうなの? もうちょっと若く見えるけど」
いくら何でも盛りすぎではないだろうか?
「本当ですよ! お酒だって飲めちゃいますからね!」
そう言ってエロ猫さんは食事の他にワインを注文した。
エロ猫さん一人だったら年齢確認を求められたかもしれないが、俺と一緒のせいかちゃんとワインが運ばれてくる。
「「いただきます」」
俺とエロ猫さんは声を揃えて食事に手を伸ばした。
そうして皿を空にするのだったが、エロ猫さんは全然ワインに手を付けない。
「……」
「無理することはないよ。俺が飲もうか?」
「大丈夫です! 毎晩晩酌をしていますからね!」
そう言ってエロ猫さんは一気にワインをあおる。
「うきゅううう~~~~~」
案の定、エロ猫さんは目を回してソファーに倒れ込むのだった。
俺はへべれけになったエロ猫さんに肩を貸し、ファミレスを後にした。
「大丈夫? 家はどこ?」
さすがにこの状態を放っておくわけにはいかない。俺はエロ猫さんを家まで送り届けようと住所を訊ねた。
「今日はホテルに泊まる予定なのれす。ここに――」
そう言ってエロ猫さんはスマホの画面を見せる。
地図を見るにそう遠くない。俺はエロ猫さんを抱えながらそのホテルを目指す。
ぐでんぐでんのエロ猫さんから名前などを聞き出し、代わりにチェクインを済ませて部屋に運んだ。
そこで俺はエロ猫さんの本名を知る。彼女の名前は『花澤るり』といった。
「さて……どうしたものか」
俺はエロ猫さんをベッドに横たえた後、途方に暮れる。
このまま酔っ払ったエロ猫さんを一人で残していくのは心配だし、かといって女の子と同じ部屋に居るというのもだいぶまずい気がする。
とりあえずベッドの端に腰を下ろし、思案に暮れていると背後で動く気配がした。
「エロ猫さん? ――うわっ!?」
振り返ろうとした俺の肩をエロ猫さんが掴み、ベッドへと引き倒す。
そしてエロ猫さんは俺の上へと覆い被さるのだった。
「エロ猫さん、酔ってるの?」
俺の身体を跨ぎ、頭の横に両手をつくエロ猫さんの顔はまだ赤く、息も荒い。酔いが覚めていないようだ。
「……好き」
エロ猫さんがポツリと漏らす。
「えっ!? あ、あー、うん。いつも応援してくれてるもんね。ありがとう」
こんな美少女に押し倒された状態で「好き」などと言われた俺は一瞬勘違いしそうになるが、彼女は俺の熱狂的なファン――そう言う意味での好きなのだ。
「違うのっ、その好きじゃなくて違う好きなの!」
エロ猫さんは首を振る。垂れ落ちた長い黒髪が揺れた。
「こういうことです!」
そう言い放つとエロ猫さんは俺の唇に自分の唇を……えええっ!?
熱く柔らかい唇が俺の唇を貪る。はっきり言おう。俺は童貞だ。キスだってしたことがない。初めて触れた女の子の唇の感触に目を見開き硬直し続けた。
混乱のあまり時間の感覚さえ分からなくなり、気が付くと唇を離したエロ猫さんが潤んだ瞳で俺を見下ろしていた。
「分かってもらえたでしょうか?」
「ちょっと待った待った待った!」
俺はエロ猫さんの下から這い出し、ベッドの上で身を起こす。
「君はあくまで俺のファンだろ?」
「そう、私はあなたの大ファン――そしてそれ以上にあなたを一人の人間として、そして男性として愛しています!」
「いやおかしいって。俺に会うのは今日が初めてだろ?」
「違います! 私は毎日あなたに会っていました。あなたの曲を聴き、エロスの奥底に隠されたあなたの愛と優しさと魂に触れていたのです!」
「いや勘違いだって。俺は単に下ネタ好きのしょうもない男だよ」
「自分を卑下することはありません。私にはあなたのことがよく分かっています。それにネットの――オンの交流はまやかしだとでも言いたいのですか?」
「そうは言わないけどさ……」
「ならば身体に教えてやるまでです!」
エロ猫さんは再び俺に飛びかかり、ベッドへと押し倒す。
エロ猫さんの指が俺のズボンのファスナーに伸びる。
「な、なにを……?」
「もちろんこうするんです!」
「いやぁあああああーーーーー!」
俺は女の子のような悲鳴を上げるのだった。
そして翌朝、俺は雀の囀りに目を覚ます。
エロ猫さんはベッドに肘をついて俺の顔を覗き込んでいたのだが、いきなり背筋を伸ばしてベッドから下りると――
「申し訳ありませんでした!!」
裸のまま土下座する。
「エロ猫さん……?」
「本当に申し訳ありません!! 酒の勢いに任せてホーキンPさんを襲ってしまうなんて!! このエロ猫一生の不覚!! こうなったら腹を切ります!!」
頭を床に擦り付けたたま一気にまくし立てた。
「太一」
俺はそんなエロ猫さんに優しく告げる。
「武田太一……それが俺の名前だ。花澤るりさん」
「太一……さん」
エロ猫さん――いや、るりがやっと顔を上げる。
「るりさん」
俺たちはお互いの本当の名前を呼び合う。
俺はるりの前に跪き、手を引いてその身体を起こした。
「今更だけど。るりさん、俺と付き合って下さい」
順序が逆になってしまったが、俺はるりに交際を申し込む。
「はい! あ、いえ、その……」
るりは視線をそらせて言葉を濁す。
「嫌かな?」
「いいえ! 滅相もない! 違うんです! 私、東京から高速バスで四時間くらいかかるところに住んでいて……」
「遠距離恋愛か……仕方ないな。実はさ、俺もこの春に地方に就職――赴任するんだよね。場合によっては今以上に距離が離れてしまうかもしれない」
「いえ大丈夫です! 私の愛はM78星雲からでも届きます!」
「ウルトラマンか? ちなみにどこに住んでるの?」
「N県I市です」
……あれ?
そこは俺の赴任先だ。
「俺さ、実は教師になるんだ。で、そこのI高校に赴任する予定なんだけど……」
「えええっ!? そこ私が春から通う学校ですよ!!」
「……つまりキミはまだ中学生か」
俺はジト目でるりを見た。
やばいなぁ、十八歳未満だとは思っていたが十五歳の子に手を出しちゃったなんて……。しかも、新任一年目だから担任は任されないだろうが、俺の数学の授業で教え子になってしまうかもしれない。
「いえ違います! 中学は卒業しましたし高校はまだ入学していません。今の私は中学生でも高校生でもないシュレディンガーの女!」
「はぁ……」
屁理屈をこねるるりに、俺はため息をつくのだった。
そして、俺はるりが通う高校に赴任した。
前日に入学式が行われ、今日は全校生徒を集めての始業式だ。
新任教師の紹介で壇上に立った俺は、自分の自己紹介が回ってくる間にるりの姿を目だけで探す。
なにせ人目を引く美少女だ。その姿はすぐに見つかり、るりは笑顔を向けてくる。
はてさて、これから教師と生徒の禁断の関係が始まるわけだが、なんとか上手く乗り切るしかない。だが、どんな困難でも乗り越えてみせる。そして三年後――
俺はるりにプロポーズするのだ!!
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