エロマン。~EROMAN~

junhon

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二人の少女のまんが道

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 時は昭和63年|(西暦せいれき1988年)――バブル真っただ中の好景気の時代、エロマンガ家を目指す二人の少女がいた。
 
「なによ、このおちんちんは!」
 時田あさぎは相棒に原稿げんこうきつける。
「仕方ないでしょ、本物なんて見たことがないんだから!」
 森高ましろは逆ギレ気味に言い返す。
 あさぎは長い黒髪くろかみゆるく一本の三つ編みにまとめ、黒縁くろぶちの眼鏡をかけた優等生風の少女だ。
 一方ましろは栗色くりいろかみをショートカットにした気の強そうな少女だった。ましろの家は母子家庭で男の兄弟もおらず、その言葉通りおちんちんを見たことがない。いや、父親が生きていた時に見たかもしれないが、幼すぎて記憶きおくに残っていなかった。
 二人とも十四さいの中学二年生、幼いころからの親友同士だ。あさぎが原作、ましろが作画を担当し、共に一流のエロマンガ家になる日を夢見ていた。
 
――二人がエロマンガ家を目指すきっかけは数年前にさかのぼる。当時小学四年生の二人は河原で遊んでいた時に一冊の雑誌を見つけた。
 雑誌の名前は『ロリポップ』、表紙には可愛らしい女の子がえがかれていた。
 二人とも大のマンガ好きで、本屋に行っては何時間も立ち読みをするくらいだった。当時はまだコミックもシュリンクされておらず、店員の視線を気にしない図太さがあれば好きなだけマンガが読めたものだ。
 二人は見覚えのない雑誌のタイトルに引かれ、ページをめくっていく。
 登場人物は高校生の少年に小学生の少女だ。ただそれっぽいと言うだけで明記はされていない。
 最初の数ページは恋愛れんあいモノっぽい内容で、二人はお互いの想いを打ち明けあい、キスを交わす。
 少年は少女を押し倒し、優しく服をはだけさせる。そして――
「「…………」」
 二人はしばし呆然ぼうぜんとしていた。
 なにせまだ小学校ではロクな性教育も行われていなかった頃だ。セックスなんて行為こういも言葉も知らなかった。
 それでも二人は顔を真っ赤にし、これが何かいけない行為だと理解する。だからこそ逆にこのマンガに魅入みいられてしまった。
 夕日が赤く空を染める頃まで、何度も何度も全ページくまなく読みあさる。
 さすがに家に帰らなければならない時間になり、この雑誌はあさぎが預かることになった。ましろの家はせまいし、性格的に秘密をかかえるのに向いていないという判断だ。
 そして二人とも初潮をむかえ、少しずつ性の知識も増え始めた頃、あさぎがましろに話を切り出す。
「ましろ、漫画まんが家になりましょう! それもただの漫画家じゃないわ。この本にるようなエロマンガ家になるのよ!」
 かつて河原で拾ったエロマンガ雑誌をかかげ、あさぎは言い放つ。
「うん! やろう、あさぎちゃん!」
 ましろはその言葉に力強くうなずく。二人は固い握手あくしゅを交わすのだった。
 あさぎには県の作文コンクールに何度も入賞を果たした文才がある。
 そしてましろにも絵画コンクールで何度も入賞した画才があった。
 あさぎが原作、ましろが作画と役割を分担し、二人はエロマンガ家への道を歩み出す。
 あさぎは面白いお話を書くためにこれまで以上にマンガを読みまくった。
 それだけではなく、映画や小説、音楽といったエンターテインメントにも手をばす。
 一方、ましろも上手い絵をく為にマンガを読んでは模写しまくった。そうしている内に自分の絵のスタイルが出来上がっていく。
 
――そして話は現在にもどる。
「大体さ、おちんちんなんて黒くられるか白くぼかされるじゃない。別に描けなくたって問題ないでしょ」
 ましろはほおふくらませながらそっぽを向く。
「分かっていないわね。例えば服を着た人物を描く時でさえ、その下の筋肉や骨格を理解し想像しなければどこかおかしなものになるわ。なんかおちんちんの位置とか角度に違和感いわかんくのよね」
「じゃあ、あさぎちゃんが描いてみてよ。小さい頃にお父さんやお兄ちゃんのおちんちん見たことあるでしょ?」
「もう覚えていないわよ! そもそも私は絵が下手なの!」
「じゃあどっちかにたのんで写真をってきて」
「そんなずかしい真似出来るわけがないでしょう!!」
「……あさぎちゃん、私にばっかり文句言うけどさ。あさぎちゃんの書くエッチシーンもなんかよくわかんないよ。上手く頭の中で想像出来ない」
「それこそ仕方がないでしょ! そんな経験ないんだから!」
「「はぁあああ……」」
 二人はそろって大きなため息をつく。
 現在二人はあさぎの部屋で、『ロリポップ』の新人賞に応募おうぼする原稿に取り組んでいた。
 当然二人は十八歳未満なのだが、応募要項ようこうに「十八歳未満は応募出来ません」とはどこにも書いていないから大丈夫だいじようぶだろう。なんなら歳を誤魔化ごまかしてもいい。
 そしてこの頃はエロマンガ自体に18禁のしばりがなく、恥ずかしい思いさえ我慢がまんすれば二人にも買うことが出来た。二人は交代で駅裏のおばあさんがやっている小さな書店で『ロリポップ』を購入こうにゆうしている。
「あ! いいこと思いついた。エッチシーンなんだけどさ。それこそ実際に見て描けばいいんだよ」
 ましろがひらめいたとばかりに指を立てて言う。
「はぁ? 何よ、のぞきでもするつもり?」
ちがう違う、私とあさぎちゃんでエッチシーンの真似をするの。それを写真にればいいんだよ」
「成る程……あなたにしてはえているじゃない。ちょっとカメラと三脚さんきやくをお父さんから借りてくるわ」
 そうしてカメラをセットし、セルフタイマーを使いつつ、あさぎの指示で二人は様々ながらみを撮影さつえいしていく。
 そうこうしているうちに二人の顔に赤みが差し、女の子同士なのに何か変な気分になってくる。
「……き、今日はこのくらいにしておきましょうか」
「そ、そうだね」
 二人は視線をそらせて身を起こした。
「残るはおちんちんの問題なんだけれど……どうしょうかしらね」
「そう言えばさ。近所に変質者が出るって言う話があったよね」
「ま、まさか……」
 ギョッとした顔をするあさぎにましろはニヤリと笑いかける。
「実際に見せてもらおうよ」
 
 
 
 空が茜色あかねいろに染まった夕暮れ時、あさぎとましろは人気のない路地裏の道を歩いていた。
 ホームルームでの注意事項じこうによれば、最近この辺りに露出ろしゆつきようが現れるらしい。
 二人が周囲に気を配りながら足を進めているいると、曲がり角から人影ひとかげが姿を見せた。
 冬の気配が近付く十一月、夕暮れともなればめっきり冷え込んでくる今日この頃、現れた中年男性はトレンチコートを着込きこんでいた。
 二人の行く手をふさぐように立ち塞がる男性、あさぎとましろも足を止めて向かい合う。
「ふふふ、おじようちゃん達……」
 うつむいた男性から声が発せられる。
 二人はゴクリと息を飲んだ。
おれを見ろぉおおおおお!!」
 顔を上げた男性は、そのさけびと共にコートの前をはだける。もちろんその下は全裸ぜんらだった。ただし、靴下くつしただけはいている。
「「きゃああああああ!!」」
 二人の口から甲高かんだかい悲鳴が上がる。ただし、その叫びにはおどろきではなく歓喜かんきの色がにじんでいた。
「やったね、あさぎちゃん! 変態さんに出会えたよ!」
「ついてるわね! さ、じっくり見せてもらいましょう!」
 二人は男性の前でひざを折ると、いきり立った股間こかんに顔を近づける。
「え? え? え?」
 男性は予想外の反応に戸惑とまどい、コートを開いた姿勢のまま固まった。
「ふん、ふん、ふん。ここが、こうで……」
 ましろは手にしたスケッチブックに鉛筆えんぴつを走らせる。本当なら写真をれれば良かったのだが、猥褻わいせつな写真を現像に出すわけにもいかないし、店が現像してくれないとも聞いていた。
「あの~、お嬢ちゃん達?」
「いまいそがしいの! だまってて!」
 ましろは男性にぴしゃりと言い放つ。
「は、はい!」
 そうしてしばし男は二人の前に股間をさらし続けた。少女達に己の股間を存分に観察され、鼻息をあらくし頬を染め、至福の表情がその顔にかぶ。
「よし! これでおちんちんはバッチリだ!」
 スケッチブックを掲げ、勢いよく立ち上がったましろが宣言する。
「ありがとうございました」
 同じく立ち上がったあさぎが深く頭を下げる。
「う、うん。俺の方こそありがとう」
 男は軽く頭を下げ、コートを閉じると二人に背を向けた。
「バイバーイ! 変態さん!」
 ましろは手をりながらその背中を見送った。
 いつしか茜色の空は藍色あいいろに変わり、一番星が強くかがやいている。
 二人はその明星を見上げ、いつか一人前のエロマンガになることを再び心にちかう。
 
 また一歩、野望に近付いた! のだった。
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