棒食べ屋

junhon

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ミルクアイスキャンディー

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 いつもなら教鞭きようべんを執る声や設問に答える声、グラウンドから聞こえるかけ声ぐらいの厳かなまなが、今日きようは朝から喧噪けんそうに包まれていた。
 
 年に一度の文化祭、秋風あきかぜ高校の「秋風しゆうふう祭」だ。
 
 校門には大きく「秋風祭」と書かれた派手派手しいアーチが設けられ、校舎へと続く道の左右には屋台が並んでいる。体育館からはチューニング中のギターの音が響き、各教室もそれぞれ趣向を凝らして飾り付けられ、生徒たちが準備に追われていた。
 
 午前十時の入場時間になると、生徒の家族や他校の生徒がどっと押し寄せる。秋風祭は普段の休日をずらして土日に行われるのだ。
 
 祭りとなれば羽目を外す生徒や、外からのお客とトラブルが発生することもある。生徒会や文化祭実行委員、風紀委員などが対応とパトロールを行っていた。
 
 風紀委員・近江おうみさくらもその一人ひとりだ。長い黒髪を緩く二つに結び、黒縁の眼鏡めがねをかけた少女はお祭り騒ぎに気を緩めることなく、周囲に目を光らせていた。
 
 香ばしい匂いが漂う屋台通りを歩いていると、やけに人だかりが出来ている屋台があった。気になって近づいてみれば、のぼりに「フランクフルト」「チョコバナナ」「ミルクアイスキャンディー」とメニューが書かれている。
 
「バラバラのような統一感があるような……?」

 桜は手にした秋風祭のパンフレットを開いた。この場所は女子テニス部の屋台だ。
 
「じゃあ、今度はボクのをくわえて。歯を立てずに丁寧にめるんだよ」

 何やら卑猥ひわいっぽい言葉が聞こえ、桜は人だかりをけて前に出る。
 
「ちょっとあなた達! 一体なにを!?」

 そう叫んだ桜の目の前では、若い男性が手にしたアイスキャンディーを女生徒がくわえていた。
 
「……えーと、なにをやってるんですか?」

「ん? ウチらは『棒食べ屋』だよ」

 金髪に染めた髪をポニーテールにしたギャルが、アイスキャンディーから口を離して答える。秋風高校は生徒の個性と自主性を重んじる教育方針で、結構校則が緩めなのだ。
 
「はぁ?」

「だから、こうしてお客さんが買ったものを、ウチらが食べてあげるっていう商売」

 桜の質問にそう答え、テニス部のギャルはふたたびアイスキャンディーを咥えた。
 
 口内の熱でアイスキャンディーを溶かし、舌を動かしめ取っていく。意図してやっているのか口の端から溶けたミルクをちょっと垂らしたり。しかも位置関係が男性の股間の前に差し出したアイスキャンディーをしゃがんで咥えている構図で……。
 
「や、やめなさい! 破廉恥な!」

「えー? ウチはただアイスを食べてるだけなんだけど。風紀委員さんはなにを連想してるのかな?」

 ギャルの言葉に桜の顔がに染まる。周りのお客――男性ばかりからもブーイングが上がった。
 
「く、く、くぅ……」

 桜は反論できず、こぶしを振るわせる。
 
「これで勝ったと思わないでくださいね!」

 そう台詞ぜりふを残し、桜はその場から逃げ出すのだった。
 
 
 
~END~
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