ギャル子さんと地味子さん

junhon

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ギャル子と番長②

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「あの~、何がどうなってるんでしょうか?」
 鉄骨の柱に縛り付けられた小町は、周りを囲むガラの悪い連中に問いかける。
 放課後、部活の後にトイレに寄り、用を済ませて外に出た時のことだ。いきなり頭に麻袋をかぶせられ、身体を抱え上げられて拉致されたのである。
「ふふふ、あなたにはギャル子を呼ぶための人質になってもらいます」
 周りの連中とは雰囲気の違う男が進み出る。魚津であった。
「ちょ、ちょっと!」
 魚津は小町のスカートに手を入れてスマホを取り出す。後ろ手に縛られている小町の指を当ててロックを解除すると、時子の電話番号を探し出して電話をかけた。
 一方、校門前でトイレに寄った小町を待っている時子たちだったが、一向に小町がやってこない。
「小町、便秘なのかしら」
「それにしても長すぎる気がするが……」
 時子の問いに渚が答えた時、スマホが着信のメロディーを鳴らす。
「ん? 小町からだ」
 時子は電話に出る。しかし、小町からかかってきたはずの電話の相手は男の声だった。
「……あなた、誰?」
「私の名は魚津。藤見さんは預かっています。返して欲しければ一人で学校裏の廃工場まで来てもらいましょう」
「小町は無事なの?」
 そう問いかけると、少しの間を置き小町が電話に出た。
「すいません、ギャル子さん。よくわかんないんですけど捕まってまして……」
「大丈夫よ。すぐに助けるから」
 そう言うと、時子は返事も待たずに走り出す。
「ギャル子、さん?」
「おい! 何があったのだ!?」
「小町がどうかしたの!?」
 バイトに行った早知を除く、友理、渚、和花が声をかけるが、すでに時子は遙か彼方だ。
 時子は全力で駆け、すぐに廃工場へと姿を見せた。
「小町!」
「ギャル子さん!」
 時子は小町の姿を確認すると、改めて周囲を見渡した。
 周りを囲む男達の数は十数人――いかにも不良ですといった格好の男たちだ。
「貴様がギャル子か?」
 低い声と共に、奥で木箱に腰掛けていた男が立ち上がった。
 巨漢である。身長は二メートル近いのに、筋肉がたっぷりとついていてひょろ長い印象は全くない。手の中でクルミを二つもてあそびながら時子の前に出た。
「あなたがこいつらのボス? 私に何の用かしら?」
「俺は明華めいか高校の番長。言いたいことはただ一つ、こうなりたくなければ我が軍門に下れ」
 そう言って強羅は手の中のクルミを握りつぶした。腕を伸ばし、時子に見せつけるように破片を落とす。
「お断りよ。小町を離しなさい」
 それを見ながらも、時子は顔色一つ変えずに言い放った。
「なに!?」
「強羅さん必殺の〝クルミ割り〟が効かないだと!?」
 周囲の男達に動揺が広がる。
「……強羅?」
 時子は首を捻り、その名を口にした。目の前の男の顔をじっと見上げる。
「あなた……薫ちゃん?」
「な、何のことだ?」
 そう答える強羅の顔を冷や汗が伝う。
「な、なぜ強羅さんの意外に可愛い下の名前を!?」
 魚津は思わず声を上げてしまった。
「やっぱり薫ちゃんでしょ? ほら、その額の傷」
「あの~、ギャル子さん。お知り合いですか?」
 小町がおずおずと声を挟む。
「うん、同じ小学校なの。歳は一つ上なんだけど一緒に道場へ通ってたんだ」
 強羅の顔からは滝のように冷や汗が流れた。
「子供の頃は女の子みたいに可愛くて、いつも苛められてたの。その額の傷もチワワに吠えられて木に登って逃げた後、落っこちた時に出来た傷だよね」
「くっ、それ以上喋るようなら――」
 強羅は大きく両手を上げる。今にも時子に襲いかかるかと思われたのだが――
「もう勘弁して下さい! 時子ちゃん!」
 流れるように土下座を極めるのだった。
「バカな!?」
「強羅さんが!?」
「強羅さんがやられた!?」
 周囲の男たちは色めき立つ。
「こういうのもやられたって言うんですかね?」
 素朴な疑問を口にする小町だったが、色めき立った男達が時子の周囲を取り囲む。
「こうなったら仕方がない。いくぞお前ら!」
 魚津の号令一下、男達は構えを取った。時子も迎え撃たんと身構える。
 そして――
「「ごめんなさい! 許して下さい!」」
 一同も見事な土下座を極めるのだった。
 
 
 
「実は我々は高校デビューのなんちゃって不良集団でして……」
 土下座のまま顔を上げ、魚津はポツリポツリと語り出す。
「小学校、中学校といじめられっ子でして……高校に入ったのを機にこんな格好をして不良の真似をしていたんです」
「そして見た目だけは怖い強羅さんを番長と祭り上げ、今に至るというわけでして……」
「分かったわ。なら小町は返してもらうから」
「もちろんです。どうもすみませんでした!」
 時子は小町の縄をほどき、その身体を抱きしめる。
「良かった。小町が無事で……」
「ギャル子さん……」
 小町も時子を抱き返す。心配してくれたことがとても嬉しかった。
(あれ? でもギャル子さん……本当に心配だったのかな?)
 時子は感情の起伏が極端に乏しいはずだということを思い出す。
(ま、いいか……)
 そんな風に抱き合う二人に、魚津が恐る恐る声を挟んだ。
「あの……ギャル子さん。お願いがあるのですが……」
「なに? 別にあなた達のことを言い触らす気はないけど」
「恐れ入ります。それとは別のお願いなんですが……」
 魚津は真剣な目で時子を見上げた。
「どうか強羅さんに代わって番を張っていただけないでしょうか?」
 
 
 
 次の日、小町と時子が登校するとなんちゃって不良集団が二人を出迎えた。
「「おはようございます! ギャル子番長! おはようございます! 小町の姉さん!」」
 校門の両脇にガラの悪い男達が並び、一斉に頭を下げる。その中にはもちろん強羅の姿もあった。周りの生徒たちは何事かと目を見張る。
「……その件なら断ったはずだけど」
 衆目に晒され、さすがに時子の声にも険が滲んでいた。
「我々は諦めませんよ。あの烈怒馬論レツドバロンを壊滅させたギャル子さんにぜひ番を張って頂きたいのです」
 魚津はキラリと眼鏡を光らせながら答える。既成事実を作り上げようというのだろう。――策士であった。
「ははは、なんか外堀を埋められてる感がありますねぇ」
 小町は乾いた声で笑う。他の生徒たちは二人を見ながらひそひそと囁き合っている。
「……最悪だわ」
 こうして時子の意に沿わぬまま、明華高校に新たな番長が誕生したのであった。
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