ギャル子さんと地味子さん

junhon

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ギャル子と中二病①

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 夏休みが終わり、二学期が始まった。
 夏休みの間、小町と時子、それに和花と早知は何度か一緒に遊びに出かけ、お互いの距離も縮まっていた。昼食の後は学食から戻った早知を交え、こうしてダベる事が日課となっている。
「ねぇ、さっちゃん」
「さっちゃん言うな。このメガネ」
 と、このくらいの軽口の叩ける仲である。
「いや、さっきから中西さんが睨んでるんだけど。そこ中西さんの席だよ」
 教室の戸口、長い黒髪にウェーブのかかったいわゆるワカメ頭の少女が、こちらをじっと見ていた。左目に眼帯、右腕には包帯を巻いている。
「んだよ、どいて欲しいならそう言やぁいいじゃねーか」
 早知は毒づきながらも席を移す。
「……」
 しかし、中西渚なかにしなぎさは席に着く事はなく、その場を去った。
「なんだありゃあ?」
「中西さんて、どっか悪いのかな? いつも眼帯に包帯してるけど」
「そうですね。アレは重い病です」
 時子の問いに小町は答える。
「その名も――中二病」



「クッ、ヤンキー風情が我が王座を穢すとは……。許せんな」
 廊下を歩きながら呟く渚。どこへ行く当てがあるわけでもない。単に仲良くお喋りしている場に近づきたくなかっただけだ。
「禁書の間で時間を潰そう」
 渚は図書館へと足を運んだ。図書館の奥、そこには何故かオカルト関係の書物が集められた一角があった。
「フフッ、我が魔導書グリモワール、またまみえる事が出来たな」
 渚が手に取ったのは『黒魔術大全』という本だった。図書館に通っては何度も読んだ本である。ただし、借りた事はない。だって恥ずかしいから。
「フフフッ、みなぎる。暗黒の波動が我に流れ込んでくるわ」
 一人不気味に笑う渚であった。



「何読んでるんですか? ギャル子さん」
 休み時間、何やら分厚い黒の表紙の本を読んでいる時子に、小町は声をかけた。
「ん、黒魔術の本」
「え!? 何ですか、ギャル子さんにそんな趣味が……」
「ほら、馬本まもとくんが今度魔法の出てくる話を書くって言うから、その参考に」
 ちなみに馬本とは文芸部の一人、ラノベ作家を目指している少年である。
「ああ、でもそれならファンタジーか異世界系のラノベでも読んだ方が良くないですか?」
「う~ん。まあ、何事も基本からね」
「ギャル子さん、意外と真面目ですよね」
 と、そんな会話をしているのを、離れた場所から見ている者がいた。――渚である。ただし、渚が見ているのは二人ではなく、時子が手にしたその本だ。
(あれは我が魔導書グリモワール……何故ギャリソンさんが?)
(そう言えば彼女は日英ハーフ……イギリスと言えばかのハリー・ポッターを生み出した魔術の国……まさか、奴は魔女!?)
(噂では何人もの男と関係を持っていると言う話だが……男女交合によって力を高めるというのはインドのタントラや仙道の房中術にもある。奴はそうやって魔力を得ていたのか……まさにサキュバス!)
 二人の会話自体は聞こえないため、渚の中で妄想は加速していったのだった。



「どうですか? ギャル子さん」
 自分の書いた小説を読んでくれている時子に馬本守は訊ねた。
「そうね。お話自体が面白いかどうかは私には判断できないのだけれど」
 と、前置きし、時子は続ける。ちなみに今は三角眼鏡をかけた編集者モードだ。
「何でこの人達魔法が使えるの?」
「それは……そういう世界なんで」
「そこの設定がまるっきり抜けているわよね。どう思う? 小町」
 時子の隣、別のノートパソコンの画面に目を落としている小町に話を振る。
「そうですね。お話自体はそこそこ面白いと思うのですが、世界設定の部分が弱いですね」
「じゃあ、その世界はマナが溢れていて、呪文でそれに干渉して魔法が使えると言う事で」
「ありきたりですね」
 小町は守の言葉をあっさり切り捨てた。
「そもそもジェームズ・フレイザーは呪術を類感呪術と感染呪術とに大別して――」
 時子が『黒魔術大全』で得た知識を披露し始める。
「とは言え、これも付け焼き刃の知識なんだけど」
「いえ、そこまで言えれば大したものです」
 時子の学習能力の高さに舌を巻く小町だった。
「それで結局のところどうしましょうか?」
「それを考えるのはあなたでしょ」
 守の質問に時子はそう切り返す。
「う~ん、いいアイディアは浮かばないなぁ。――藤見さんはどうですか?」
「いえ、私読む方専門なんで」
「こういう事に詳しい人っていないのかしら?」
「あー、一人心当たりがない事もないですが……」
 時子の問いに小町が曖昧な返事をする。
「誰ですか? 教えて下さい!」
 守がその言葉に食いつく。
「う~ん。役に立つかどうかは分かりませんが、当たってみますか」



 次の日の放課後、小町は時子と共に中西渚に声をかけた。
「中西さん、ちょっと話があるんだけど」
「少し付き合って貰いたいの」
「フッ、我に何の用だ?」
 余裕の態度をとる渚であったが、内心はビクビクしていた。
(警戒すべきはギャリソンさんだが、藤見さんも最近よく一緒にいるな……まさか、こやつギャリソンさんのサーヴァント!?)
「ここじゃあなんですから、ついて来て貰えませんか?」
「いや、今日の我は星の巡りが悪い。こういう日は早く帰る事にしているのだ」
 小町の言葉に渚は中二病的な返答をする。
「まあ、そう言わずに付き合ってよ」
 そう言って席を立つ渚の肩を時子が捕まえた。
「は、離せ! 離すのだ!」
「いいからいいから」
 意外と押しの強い時子であった。渚の肩をがっしりと捕まえたまま、その背を押して廊下に出る。
「な、何の真似だ! どこへ連れて行こうというのだ!」
「いいと・こ・ろ」
 老廃する渚に思わせぶりな態度をとる時子。
「別に取って食おうって言うわけじゃないですよ。ちょっと相談に乗ってもらいたくて」
 そこへ小町がフォローを入れる。
 廊下に出ると渚も大人しくなった。基本的に小心者なので、騒いで注目を浴びたくないのだ。
「ここは……」
 連れてこられた先は文芸部の部室である。
「遠慮なさらずにどうぞ」
 小町に促され、渚は部室に入った。
「この人ですか! 藤見さん」
 席を立った守が駆け寄っている。
「よろしくお願いします」
 守は渚の手を握り、ブンブン振る。
「な、何だ貴様はっ!? 馴れ馴れしい」
 渚はその手を払った。
「あ、すみません。僕は馬本守と言います。ぜひ中西さんにアドバイスを頂きたいんです」
「アドバイス? フッ、よく分からんが我の力が必要というならば、手を貸してやらん事もない」
 小町達は事のいきさつを渚に説明し、守が書いた小説を見せた。
「フッ、駄作だな。正義が勝つ。――なんともつまらん話だ」
「うぐっ」
「そうですか? そこそこ面白いと思いますけど」
 小町が守をフォローする。
「だがこの敵キャラはなかなかだ。こいつを主人公にしよう」
「いや、それだと作品のテーマから外れてしまいますよ」
 渚の提案に守はそう答えるのだが、
「貴様風情がテーマなどとはおこがましい。ならばピカレスクロマンに路線を変更しろ。悪の華を見事に咲かせるのだ」
「う~ん。まあ、それは考えてみます。ところで肝心の世界設定の部分なのですが……」
「そうだな。魔王か堕天使は外せんな。闇の力を駆る悪のヒーローだ。それに絡めて――」
 と、二人は意見を交わし合う。
「どうやら中西さんに相談して良かったようですね」
「そうね」
 小町の言葉に時子は頷くが、これが災難の種をまく事になるとは、その時の二人は気付かないのであった。
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