ギャル子さんと地味子さん

junhon

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ギャル子と捨て猫①

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 人間が三人いれば派閥が生まれる――と言われるように、学校という集団の中のさらに小集団、クラスにも当然派閥がある。
 クラスの中心は社交的でモテオーラ溢れるリア充グループ。そしてもう一つの柱が野田和花のだのどかのような優等生グループ。さらには運動部所属のスポーツマングループ。逆に文化系クラブ所属のオタクグループ。ただし、オタクたちはそれぞれの趣味によってもっと小さなグループを形作る。そしてオタク趣味を持ちながらも人付き合いが苦手、あるいは趣味と言えるようなものを持たない地味・根暗グループ。これはグループとは言うものの、個々人の付き合いはない。ぼっちグループと呼んでも良いだろう。小町が所属しているのもここだった。
 しかし、どんな集団にも異端児がいる。一見リア充グループのような派手な見た目ながらも他人と関わろうとしなかった孤高の存在――ギャリソン時子のように。
 本来なら決して交わるはずのない小町と時子であったが、今ではすっかり仲の良い友人だ。
 そして、小町たちのクラスにはもう一人異端児がいた。
 四時限目ももうすぐ終わり、昼休みになろうという時、授業中のドアがガラリと開かれた。
 現れたのは茶髪にウェーブをかけ、制服を着崩した女生徒である。
「橘、今何時だと思ってるんだ」
「すみませーん。寝坊しました」
 とがめる教師の方を見もせず、橘早知たちばなさちは机の上に脚を投げ出し、どかりと席に着いた。
 忌ま忌ましそうな視線を向けるものの、それ以上何も言わずに教師は授業を再開する。
 早知は教科書を広げようともせず、天井を見上げていたがそのまま眠りに落ちた。
 彼女はいわゆる不良少女だ。学校にもあまり顔を出さず、成績、素行ともに悪い。夜な夜な繁華街をうろついているとの噂もある。
 クラスの皆は早知の存在を無視し、関わらないようにしていた。
 やがて彼女は盛大ないびきをかき始めるのだった。



 昼休みになり、小町たちがお弁当を囲んでいる時分になっても早知は眠ったままだ。
「橘さん、起こした方が良くない?」
 彼女の方を見ていた時子がおもむろに口を開く。
「いや、ギャル子さん。触らぬ神に祟りなしですよ。関わらない方が身のためです」
「そうね。色々良くない噂もあるし」
 小町と和花がそれを止める。
「それを言うなら私だってそうだしね」
 何か自分と重なる部分があったのだろう。時子にしては珍しく、親切心を起こしたようだ。立ち上がると早知に近付きその身体を揺する。
「橘さん、橘さん」
 何度か揺すっていると、ガバリと早知は身を起こした。
「やっべー、マジ寝てた」
 そう言いながら口元のよだれを拭う。
「おはよう橘さん。もうお昼だよ」
「んぁ、あんだよ、ギャルソン?」
「ギャリソンね」
「ちっ、せっかく気持ちよく寝てたのに起こしやがって」
「早くお昼食べないと昼休み終わっちゃうよ」
「余計なお世話だ」
 毒づいた後、早知は教室を出て行った。
「何なんですか、あの人。せっかくギャル子さんが起こしてくれたのに」
 自分の事のように腹を立てる小町が戻ってきた時子に言う。
「ま、別にいいよ」
 時子はどこ吹く風で応えるのだった。



 ある日、雨の中を帰宅する小町は道の先に早知の姿を見つけた。
 道の隅で自分が濡れるのにも構わず、前方に傘を突き出している。
「何やってるんだろ?」
「どうしたの?」
 一緒に帰宅していた時子が小町に訊ねる。
「いや、あそこに橘さんがいるんだけど、何してるのかなって」
 時子も小町の指の先を見た。
「何か足下にダンボール箱があるね」
「こ、これはまさか……伝説の『不良が雨の日に捨て犬|(猫)に傘を差し出す』という場面では!?」
「伝説なんだ」
 小町の中で橘に対する好感度がギュンギュン上がる。
 しばらくそうしていた早知だったが、意を決したように足下の箱を抱え上げた。
「拾ったーーー!!」
 思わず大声を上げる小町であった。好感度のメーターはマックスを振り切っている。
「あ……」
 大声に気づいた早知と目が合う。
「なっ、何だお前ら。何見てるんだよっ」
 段ボール箱を抱えたまま狼狽える早知。
「いやいや、良い場面を見させてもらいました。お優しいですなぁ、橘さん」
 ニヤニヤと笑いながら小町は近づく。
「ばっ、そんなんじゃねーよ。こんな所に生ゴミが捨ててあったから、これから保健所に持ってくところだっ」
 顔を真っ赤にしながら早知が言う。
「まあまあ、そう照れないで。――わー、可愛い子猫ちゃんですねぇ」
 小町は箱の中を覗き込んだ。
「ほんとだからなっ。ほんとに保健所に持ってくんだからなっ」
「じゃあ、私が持ってくよ。そんなの橘さんも嫌な気分でしょ。私なら何も感じないから」
 そう言って時子が手を差し出す。
「……よし、じゃあ任せた」
 早知は段ボール箱を時子に渡した。
「え? ちょっと二人とも。そんな事したら多分殺処分されちゃいますよ」
「でも、しょうがないよね」
 無表情のまま時子が応える。
「じゃあ、小町は先に帰ってて」
 と、歩き出す時子だったが――
「馬鹿野郎! そんなかわいそうな真似が出来るか!」
 早知が段ボール箱を奪い取った。
「ふぅ……でもどうするんですかその子猫。橘さんが飼うんですか?」
 安堵の息を吐き、小町は早知に訊ねる。
「うちはアパートだから無理だ。ここで会ったのも何かの縁。お前らが飼ってくれ」
「いや、うちのマンションペット禁止なんで」
「じゃあお前は?」と、早知は時子の方を向く。
「私の部屋、小町の隣だし」
「くそっ……許せねぇ、こんな可愛い子猫を捨てるなんて」
「う~ん……そうだ! わかちゃんは一戸建てです。頼んでみましょう」
 小町の提案に三人は和花の家を訪れた。
 インターホンを押し、和花を呼び出す。すぐに玄関のドアが開いた。
「いらっしゃい。どうしたの?」
 和花が顔を見せると同時に、大型犬が飛び出してくる。
「こら! 駄目よトビー」
 小町たちを尻尾を振って迎えるのはゴールデン・レトリバーだ。
「あー……忘れてました。わかちゃんには犬がいるんでした」
「役に立たねぇな。おいっ」と、つっこむ早知。
「あら、橘さんが一緒なんて珍しいわね。とにかく上がって」
 和花の部屋に案内され、三人はお茶を振る舞われた。あとをついてきたトビーが時子の膝に前足を乗せ、尻尾を振っている。その様子を早知が羨ましそうに眺めていた。
 一応ダメ元で事情を説明してみたが――
「う~ん。うちは見ての通りトビーがいるから無理よ。何日か預かるぐらいならいいけど」
「なら頼む。その間にオレが飼い主見つけるから」
 早知は手をついて頭を下げるのだった。
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