ギャル子さんと地味子さん

junhon

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ガール・ミーツ・ガール①

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 藤見小町ふじみこまちは図書委員である。
 高校一年生の十五歳。長い黒髪を首の後ろで束ね、黒縁の眼鏡をかけた地味な少女であった。
 その日、当番のカウンター係が回ってきた小町は、お気に入りの作家の恋愛小説を読みながら放課後を過ごしていた。
 今時、図書館で本を借りる高校生などはごく少数だ。カウンター係は基本的に暇なのである。
 その日も閉館時間までたっぷりと小説を読み、鍵を閉めるために残っている生徒がいないか図書館の中を見回った。
 本棚の列を覗きながら見回りをしていると、先の方から声が聞こえてくる。
「あ、あん。はぁ、ああ」
 何か妙に悩ましげな声だ。怪訝に思いながらも歩をすすめ、声のする本棚の奥を覗いた。
 見れば、本棚に手を突いてお尻を突き出した女生徒の真後ろに男子生徒が張り付き、腰を振っていた。スカートをまくり上げた女生徒のお尻は丸見え、男子生徒もズボンを脱いで下半身丸出しである。
「#$%&¥@」
 声にならない叫びを押し殺し、慌てて本棚の陰に隠れる。
(なに、なに、なんなの!?)
 心を落ち着かせ、もう一度そっと本棚の陰から顔を出す。
 女生徒の顔には見覚えがあった。金髪をショートカットにしたクラスメイトの日英ハーフ、ギャリソン時子ときこだ。
(ギャル子さん!?)
 このあだ名は小町が勝手につけたものだ。自前の金髪に青みがかった瞳、見るからに派手なコギャル風の見た目から心の中でそう呼んでいた。
 男子生徒も金髪だったが、こちらは脱色したものだろう。長髪のいかにもチャラそうな男だった。小町の知らない顔である。
 そして二人の行っている行為はどう見てもセッ〇スだ。
 小町も思春期の女の子、性に対する興味は人並みにある。顔を赤らめながらも二人の姿に見入ってしまう。
「んっ、んっ、んんんっ!」
 時子が押し殺した声を上げ、男子生徒も動きを止めた。二人の身体が離れる。
 と、時子が身体の向きを変えたその瞬間、小町と目が合う。
(やば!)
 小町は慌てて頭を引っ込め、足音を殺してカウンターに戻った。
 しばらくしてチャラ男と時子が本棚の奥から出てきた。何事もなかったように出口へと向かう。
 小町は本で顔を隠し、何も見なかったフリをしていたが、時子がその前で足を止める。
「どうした?」
「ん、ちょっとね。先に行ってて」
 チャラ男が図書館の扉を出るのを待って、時子は口を開いた。
「あなた、見てたよね?」
「見てません。何も見てませんよ」
 上ずった声で小町は答える。
「目が合ったでしょ」
 そう言って時子が本を取り上げる。
 本を持った姿勢のまま固まっている小町。
「あなた、同じクラスよね。確か藤井……」
「藤見です」
 思わず訂正してしまう小町であった。
「そう、藤見さん。さっき見た事は内緒にしてくれる?」
 小町はブンブンと勢いよく首を縦に振る。
「ありがとう」
 そう言って時子は去って行く。
 これが小町と時子の出会いであった。



 ギャリソン時子はクラスの中でも浮いた存在だ。
 コギャル風の見た目だがクラスの中心的な派手めのグループに所属するわけでもなく、休み時間は一人で窓の外を眺めているし、昼休みはどこかへ姿を消す。顔は美人だが無表情で何を考えているか分からず、何となく近寄りがたい。親しい友達もいないようだった。
 昼休み、小町は昨日の出来事を思い出しながら、主のいない時子の席を眺めていた。
「どこ見てるの?」
 一緒にお弁当を食べている野田和花のだのどかがあらぬ方向を見ている小町に訊ねた。ショートヘアの生真面目そうな少女である。
「いや、ギャリソンさん、いつも昼休みにどこへ行ってるのかなぁと思って」
「お弁当らしき包みを持って行くから、学食ってわけでもなさそうよね。どこかでぼっち飯してるのかしら。いつも一人だし。高校に入学して二ヶ月も経つのに友達いないみたいね」
「う~ん、何か近寄りがたいオーラを発してるんだよね」
「自分から声をかけなきゃ友達なんか出来っこないのに。そう言う小町だって私以外の友達出来たの?」
「うっ、でも私は文芸部に入って交友関係を広げてるよ」
「クラスの中の話よ。あなた私がいなかったら絶対ぼっちだったでしょ」
「いやほんと、わかちゃんと一緒のクラスになれて良かったよ」
 小町にとって和花は小学校以来の親友だ。
「……それに、ギャリソンさんってあんまり言い噂を聞かないのよね」
「どんな噂?」
「援助交際をしてるとか、男を取っ替え引っ替えして遊んでるとか」
 声を潜めて和花が言う。
「あー」
 まさに昨日その現場を目撃したばかりだ。
「何か心当たりでもあるの?」
「い、いや、何も知らないよ」
「ふぅん。とにかく困ったものだわ」
 そう言って和花は話を締めくくった。



 数日後、再び小町は図書館のカウンターにいた。
 思い出すのはやはりあの出来事だ。噂に真実味を帯びさせるに余りある。
 いつものごとく恋愛小説を読んでいるのだが、その事が頭に引っかかっていまいちのめり込めない。
「これお願いします。返却です」
 と、そこへ本が差し出される。
「はいはい」
 顔を上げるとそこには時子がいた。
 一瞬ギョッとなったが、平静を取り繕い本を受け取った。
(こ、これは!)
 小町が何度も読み返した事がある本だ。大ファンである恋水《こいみず》コージィ先生の『見上げれば本当の空』。作者の知名度はややマイナーだが、その中でも最高傑作と小町は思っている。大好きな作家の本を見て小町の中で何かのスイッチが入った。
「ギャル子さんもこの本読んだの?」
「ギャル子?」
「……あ」
 思わず心の中で勝手につけたあだ名で呼んでしまった。だらだらと冷や汗が流れる。
「ああ、ギャリソンだからギャル子ね」
 時子は勝手に納得する。
「そうそう……そうなんですよ。ははは……」
 時子は無言で小町を見ていた。
「嘘をつきました。すみません、見た目がコギャルっぽいので……」
 その圧力に耐えきれず、小町はカウンターに平伏した。
「いいよ、別に。こんな見た目だし。それよりあなた、この本好きなの?」
「大好きです!」
 思わず身を乗り出して小町が言う。
「そう、良かったら放課後少し付き合ってくれない。この本について話がしたいの」
「喜んで!」
 同好の士を見つけ、小町はテンション高く返事をした。



「で、ギャリソンさんもこの本読んだんですよね?」
 とあるファストフード店の中、小町と時子は向かい合って座っていた。
「うん、読んだよ。それと私の事はギャル子でいいよ」
「い、いや、そんな失礼な……」
「ギャリソンって言いづらいし可愛くないでしょう。それにあだ名をつけられるなんて初めてだし」
「では、ギャル子さんと呼ばせていただきます」
「それでね。この本のどこに感動したか教えて欲しいの?」
「……え?」
 小町の目が点になる。
「だ、だってヒロインがサナトリウムに入ってしまって、主人公と離ればなれになりながらもメールをやりとりしながら遠距離恋愛をするところとか、すごく切ないじゃないですか」
「本当に好きなら学校なんて休んでそばにいるべきじゃないかな。余命幾ばくもないんだし」
「じゃあ、クライマックスの実はヒロインはすでに死んでいて、親友の女の子が代わりにメールを打っていて、それを知った主人公が慟哭するところとか」
「三ヶ月も気付かないなんて鈍いんじゃないのかな」
「くぅう……」
 論理的に論破されてしまってうなだれる小町であった。
「ごめん。別にけなすつもりはなかったんだけど。――私不感症なのよ。心も体も」
「え? でもこないだ図書館では、その……感じているようでしたが」
「あれ演技。声を出さないと男の人って喜ばないのよね」
 あっけらかんと答える時子だった。
「それに感情もいつもフラットでさ。好きとか嫌いとかよく分からないの。だから恋愛小説を読んだりして勉強しているんだけど」
「ええ!? 好きでもない人と……その、してたんですか」
「うん、別に嫌じゃないし。したいっていうから」
「したいって言われたら誰とでもするんですか!?」
 小町は思わず身を乗り出して訊ねた。
「うん。別に減るもんじゃないし」
「ハゲでデブで加齢臭がするおっさんでも?」
「う~ん、まぁいいかな」
「ギャル子さん! もっと自分を大切にして下さい!」
「大丈夫だよ。私こんな無表情で感情が表に出ない――というより何も感じないんだけど。だからみんなつまんないって別れちゃうし」
「待って下さい。え~と、何人くらいの男の人と付き合った事があるんですか?」
「う~ん、小学校から数えれば五十人くらい? ちなみに今は五人同時に付き合ってる」
「もしかして……その五人全員と、その、関係があるとか?」
「うん。だってしたいって言うから。しょうがないよ、ヤリたい盛りなんだし」
「ギャル子さーん!!」
 小町は滂沱の涙を流しながら時子の二の腕を掴む。
――駄目だ。絶対この人どうしようもない男に引っかかって酷い目に遭う。と言うかすでに遭ってるんじゃないだろうか?
「ちなみに初体験はいつ頃ですか?」
「えーと、小学四年生の時に担任の先生に無理矢理」
「ギャル子さーん!!」
 小町の涙は止まらなかった。
「そいつ人間のクズですよ。今からでも警察に届け出ましょう」
「でも、私がマグロだったせいで自信をなくしてたなくなったとか……風の噂では出家したらしいよ。悪い事をしたなぁって考えちゃうの」
――この人、自分の不幸さ加減にも気がついていない。なんとかしなくてはという思いが小町の中に湧きあがる。
「ギャル子さん」
 小町は時子の両手を握った。
「私と友達になりましょう!」
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