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OL・瞳の場合
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「なんて読むのかしら~? ワケアリ? ブンユウ?」
瞳は頭上の看板を見上げて呟いた。そこには『分有不動産』と書かれている。
しかし、その疑問はすぐに解消した。
自動ドアをくぐれば「いらっしゃいませ! ようこそワケアリ不動産へ!」と元気な声が瞳を迎える。
カウンターの女性がにっこりと微笑む。二十代後半くらいの美人だった。
「あの~、お部屋を探しているんです。今度こちらに転勤することになって」
瞳は二十代半ばのOLだ。今日もスーツ姿である。
「はい、承りました。わたくし吉沢と申します。よろしくお願いいたします」
「あ、はい。こちらこそ~」
「どのようなお部屋をお探しですか?」
「え~と、出来れば会社に近くて家賃が安いところが」
瞳が希望を伝えると、吉沢はすぐに候補を挙げる。
「では、ご案内いたしましょう」
そうして辿り着いたのは立派なタワーマンションである。
「あの~、ここってお高くないですか?」
部屋《へや》に案内された瞳は吉沢にそう訊ねる。
「ご安心ください。家賃は月1万です」
「あら~、ずいぶんリーズナブルですのね。ではここにします」
のほほんとした瞳は何の疑いも持たずにそう言った。
「えーと……ひとこと言っておきますと、この部屋出るんですよ」
吉沢は予想外の反応に戸惑いながらそう忠告する。
「出る? ゴキブリはいやですね~」
「いえ、そうではなく。ボウ霊が出るんです」
「ボウレイ? 幽霊さんですか?」
そう言って小首を傾げる瞳。
「はい。ここには夜な夜な老人の霊が」
「でも幽霊なら実害はなさそうですね~。じゃあここにします」
「……あ、はい。では契約を」
瞳の態度に毒気を抜かれ、吉沢は淡々と仕事をこなすのだった。
◆
数日後、引っ越しを終えた瞳は初めての夜をその部屋で迎えた。
そして深夜――
「あ~、あ~、ああ~」
部屋に居るはずのない男性の声に瞳は目を覚ます。
「なんですか~」
身体を起こし、寝ぼけたままの視線で声の方を見れば半透明の老人の姿があった。
「あら~」
その姿を見ても瞳は驚く様子がない。
「あ~、|良子さん。飯はまだかいのぉ?」
瞳に向かって老人は訊ねる。
「私は良子じゃありませんよ~、瞳っていいます」
幽霊の姿を目の当たりにしても、まったく動ずることなく瞳は返す。
「あ~、婆さんはどこに行ったのかのぅ?」
「たぶん天国じゃないですかね~」
「う~、そうなのか。婆さんや、ワシは寂しい」
「お爺さんも成仏なさっては?」
瞳はそう提案する。
「いや、だが腹が減ってのう」
「わかりました~。ではちょっと待っていて下さいね」
瞳はベッドから起きると、パジャマにエプロンを着けて料理を始める。
そして出来上がった食事をテーブルに置いた。純和食なメニューである。
「さ~、お爺さん。召し上がれ」
「おおぅ! これは美味そうじゃ!」
老人の幽霊は料理の前でそれを口にする仕草をする。実体が無いので触れることすら出来ないのだ。
「ふう……ご馳走様」
それでも老人の幽霊は満足そうだった。
「ところで良子さん。飯はまだかいのぉ?」
「私は良子じゃありませんし、いま食べたばかりですよ~」
ニコニコしながらも瞳はそう返す。老人は痴呆症の「忘霊」だったのだ。
お爺さんの話に根気よく付き合った瞳は、いつしか眠りに落ちる。
次の日の夕食から、瞳は自分の分以外にもう一人分の食事を用意した。
それをテーブルの対面に置き、「ご飯ですよ~」と何もない空間に声をかける。
それを日課にして以来、お爺さんの忘霊が現れることはなかった。
~END~
瞳は頭上の看板を見上げて呟いた。そこには『分有不動産』と書かれている。
しかし、その疑問はすぐに解消した。
自動ドアをくぐれば「いらっしゃいませ! ようこそワケアリ不動産へ!」と元気な声が瞳を迎える。
カウンターの女性がにっこりと微笑む。二十代後半くらいの美人だった。
「あの~、お部屋を探しているんです。今度こちらに転勤することになって」
瞳は二十代半ばのOLだ。今日もスーツ姿である。
「はい、承りました。わたくし吉沢と申します。よろしくお願いいたします」
「あ、はい。こちらこそ~」
「どのようなお部屋をお探しですか?」
「え~と、出来れば会社に近くて家賃が安いところが」
瞳が希望を伝えると、吉沢はすぐに候補を挙げる。
「では、ご案内いたしましょう」
そうして辿り着いたのは立派なタワーマンションである。
「あの~、ここってお高くないですか?」
部屋《へや》に案内された瞳は吉沢にそう訊ねる。
「ご安心ください。家賃は月1万です」
「あら~、ずいぶんリーズナブルですのね。ではここにします」
のほほんとした瞳は何の疑いも持たずにそう言った。
「えーと……ひとこと言っておきますと、この部屋出るんですよ」
吉沢は予想外の反応に戸惑いながらそう忠告する。
「出る? ゴキブリはいやですね~」
「いえ、そうではなく。ボウ霊が出るんです」
「ボウレイ? 幽霊さんですか?」
そう言って小首を傾げる瞳。
「はい。ここには夜な夜な老人の霊が」
「でも幽霊なら実害はなさそうですね~。じゃあここにします」
「……あ、はい。では契約を」
瞳の態度に毒気を抜かれ、吉沢は淡々と仕事をこなすのだった。
◆
数日後、引っ越しを終えた瞳は初めての夜をその部屋で迎えた。
そして深夜――
「あ~、あ~、ああ~」
部屋に居るはずのない男性の声に瞳は目を覚ます。
「なんですか~」
身体を起こし、寝ぼけたままの視線で声の方を見れば半透明の老人の姿があった。
「あら~」
その姿を見ても瞳は驚く様子がない。
「あ~、|良子さん。飯はまだかいのぉ?」
瞳に向かって老人は訊ねる。
「私は良子じゃありませんよ~、瞳っていいます」
幽霊の姿を目の当たりにしても、まったく動ずることなく瞳は返す。
「あ~、婆さんはどこに行ったのかのぅ?」
「たぶん天国じゃないですかね~」
「う~、そうなのか。婆さんや、ワシは寂しい」
「お爺さんも成仏なさっては?」
瞳はそう提案する。
「いや、だが腹が減ってのう」
「わかりました~。ではちょっと待っていて下さいね」
瞳はベッドから起きると、パジャマにエプロンを着けて料理を始める。
そして出来上がった食事をテーブルに置いた。純和食なメニューである。
「さ~、お爺さん。召し上がれ」
「おおぅ! これは美味そうじゃ!」
老人の幽霊は料理の前でそれを口にする仕草をする。実体が無いので触れることすら出来ないのだ。
「ふう……ご馳走様」
それでも老人の幽霊は満足そうだった。
「ところで良子さん。飯はまだかいのぉ?」
「私は良子じゃありませんし、いま食べたばかりですよ~」
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お爺さんの話に根気よく付き合った瞳は、いつしか眠りに落ちる。
次の日の夕食から、瞳は自分の分以外にもう一人分の食事を用意した。
それをテーブルの対面に置き、「ご飯ですよ~」と何もない空間に声をかける。
それを日課にして以来、お爺さんの忘霊が現れることはなかった。
~END~
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