上 下
28 / 42
渡り鳥と竜使い

第11話 全部食べたのか?

しおりを挟む
 ひゅっごぉぉぉおおおおおおおお!!!!

 寒風吹き荒ぶ、荒野の大地。


 僕が運航する飛空船は、そこに着陸し停泊している。
 これから、大陸を分断する大山脈を超える予定だ。

 魔石に魔力の溜めながら、天気の回復を待っている。。


 この辺りに、人里はない。

 茶色に染まった、大地と岩。
 疎らに点在する緑。 

 もうすぐこの辺りにも雪が降り、 大地を白一色に染めるだろう。




「う~ん――」

 もう少し手前で見かけた町の近くに着陸しておけば、食料を買い込めた……。


 そこまで戻るか?

 ――いや、ここでエネルギーを溜めているのは、念入りに準備しているだけで、魔力の補充はほとんど完了している。

 次の停泊地までの分の、食料の備蓄も十分にある。

 




 僕達『ライル商隊』が、ヤト皇国を出発したのは二週間前――
 島国のヤト皇国から、僕とシャリーシャが留学していたフリュードル王国のある『フォーン大陸』へと移動する。

 ヤト皇国の西にあるフォーン大陸は、大陸中央にあるズスタロス大山脈が左右に分断している。


 大陸の東がフォール地域――。
 西がダルード地域と呼ばれている。

 

 ライル商隊が目指しているのは、ダルード地域の北部にある辺境伯領だ。

 大陸の西部への移動は、標高の高い山脈を超えて向かう――

 この旅で、一番の難所だ。
 大陸中央のズスタロス大山脈を越える前に、魔石に魔力を蓄積させている。

 念のためではあるが、準備に万全を尽くす。





 ここまで来るまでに、地上へと着陸したのは四回――。
 町の近くに降りて、魔力の補充を兼ねて補給と休息を行う。

 ヤト皇国から運んでいる商品は、東側のフォール地域で売っても十分儲けは出るが、目的地のダルード地域の方が、高値で売れる。


 実際の商品の販売価格は、現地に行くまで分からない。
 それでも大体の相場は決まっている。


 希少品は高く売れるし、市場に沢山ある物は安く買える。

 ダルード地域へ行けば、この船に積んである農産品や工芸品は高く売れるだろう。

 デルドセフ商会は、ダルード地域にも支店がある。
 海運業を営む商会には、相場関連の情報も集まってくる。

 彼らからのアドバイスを元に、商品を選んで運んでいる。

 間違いは無いだろう。






 目的地までは海路なら半年はかかるが、空を進むこの船なら一か月で辿り着ける。

 飛空船が大量生産されれば、この世界の流通は一変する。
 でも、それと同時に、戦争も増えるか――

 このまま独占しておいた方が良いかな……。


 そんなことを思案していると、甲板の上で見張りをしていた冒険者チームに、緊張が増す。

 彼らはさりげなく、臨戦態勢に入る。





 この船に向かって、百人規模の集団が近付いてくる。

 十数の荷馬車を引き連れた、商隊のようだ。
 彼らはこちらに近づく。

 『この船は一体何か』と尋ねて来た。



 彼らの問いかけに対応しているのは、デルドセフ商会から派遣された、交渉担当の従業員だ。
 交渉担当は、中年の男と女が一人ずつ、この船に同乗してくれている。
 この試験飛行では、世界各地を回る予定なので、交渉担当も得意言語の異なる者が二人いる。

 交渉する相手が貴族なら僕が対応するが、相手が商人なら対応は彼らに任せた方がいい。


 

 話を聞いていると、どうやら相手の商隊は、自分たちの交易ルートに見慣れぬ船が設置してあったので、正体を見極めに来たらしい。
 
 こんな内陸に船がポツンとあれば、不思議に思うのは当然だ。

 安全確認は、商人の基本である。
 盗賊の類では無かったか――


 相手が行商隊なら、警戒する必要はない。

 僕は少し緊張を解いたが、交渉を担当している従業員は、背中の後ろに回した手で、『戦闘になるかもしれない』と、ハンドサインで知らせて来た。



 よく見ると相手の商隊の面々は、身構えながらこちらを観察している。

 僕らを襲うかどうかを、吟味している最中の様だ。


 こっちの護衛も敵意を感じ取り、顔が強張る。



 向こうには馬に乗った戦闘員が、五十以上は控えている。
 魔法の杖を持った者も、十名以上……。
 


 僕は貿易業を始める前に、デルドセフ商会のベテラン商人から受けた、レクチャーを思い出す。

 商隊は商品の売り買いを、移動しながら繰り返す。
 そして、盗賊に襲われるリスクを考慮して、自衛の為に武装する。


 目的地が同じ商隊は協力関係を結んだり、情報交換も行うので仲良くするのが基本だが、人気のないような交易ルートで遭遇した場合は事情が異なる。

 

 町の外で、移動中に別の商隊と出会えば――
 まずはお互いに、相手の戦力を確認する。

 相手の力量を見定めた後は、積み荷の価値を値踏みする。
 

 それから戦って、勝てるかどうかを見積もる。

 勝てると踏めば、次は――
 戦って失う損失と、相手から奪える積み荷の価値を天秤にかける。

 得られる利益が高いと判断すれば、略奪が開始される。





 相手の商隊のリーダーが、手を空に掲げる。

 その腕を下ろすのが、戦闘開始の合図……。
 いつのまにか相手の商隊の戦闘員が、左右に展開している。

 お互いが、武器を構えて身構える。


 僕は武闘派ではないが――

 これから殺し合いが始まる緊張感が辺りを包んでいるのが分かる。


 こちらの交渉担当二人は、後ろに引きさがる。

 相手の弓兵が、弓を構え矢を番える。




 だが――
 殺し合いは起こらなかった。


 バッサ、バッサ、バッサ、バッサ……。

 上空からの響いてくる豪快な羽音が、殺気立った空気を霧散させる。

 空の上から、ドラゴンが下りてくる。
 現れたのは、風竜だった。

 


 シャリーシャとシャーリは、この荒野に着陸するや否や、獲物を求めて空を飛んでいった。

 シャーリの分の保存食もちゃんと積んであるが、新鮮な魔物の肉の方が好みのようで、狩りに行く時間があれば、すぐに飛んで行って獲物を取ってくる。

 食費の節約にもなる。


 さらにこの船に乗っていたワイバーン使い二人も、食料になる魔物を求めて空を飛んでいった。






 シャーリは巨大な芋虫の魔物を咥えて、空を舞ってきた。
 地上に降り立つと、その芋虫を夢中で貪る。
 
 食べながら、器用に魔石を取り出して横に除ける。

 魔石は金になるので、仕留めた獲物をわざわざ、ここまで運んでから食べている。



 風竜は、空の王者と呼ばれている。
 魔物の頂点に立つ、竜の一種。

 その威容は、他の生物を圧倒する。


 相手の商隊の戦意は、すでに霧散している。

 さらにワイバーン二匹が、連れ立って帰還した。
 



 僕たちを襲おうと身構えていた彼らは、顔面を蒼白にしている。

 僕達ライル商隊の交渉担当の商人が、再び前に出て交渉を再開する。
 商隊が交易ルートで鉢合わせた場合、お互いの積み荷を売り買いすることもある。
 
 僕たちの商隊は、相手の商隊の荷物の中から、上質な毛皮を大量に仕入れることになった。


 ――かなり格安で売って貰えた。
 『悪いかな』と少し思ったが、今回のケースでは妥当な取引だろう。



 ムシャムシャ、ムシャムシャ。

 シャーリが美味しそうに、芋虫の魔物の肉を食べきった。
 自分と同じくらいの体積の魔物だったはずだが――

 全部食べたのか?


 毛皮を格安で差し出す彼らは、それを見て脂汗を浮かべている。
 顔は恐怖で引き攣っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

処理中です...